学位論文要旨



No 114219
著者(漢字) 金,石男
著者(英字)
著者(カナ) キム,ソクナム
標題(和) 回転するラジアルタイヤの接地変形及び接地圧分布に関する研究
標題(洋)
報告番号 114219
報告番号 甲14219
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4345号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 助教授 青木,隆平
内容要旨

 荷重を受けながら回転するタイヤは路面と接触し、制動、駆動、コーナリングなど様々な変形挙動をする。このような動きにより色々な接地面積、接地圧分布およびタイヤのカーカス(CarcassすなわちSidewall)の変形を産み出す。このようなカーカスの変形および接地部に対するタイヤのトレッドゴムの変形挙動はタイヤの走行性能および摩耗現象に深く関わっており、古くから多くの研究がなされているが、接地面内での変形挙動を予測するのが難しいので、ほとんど実験に頼りにしてきた。現在は自動車および道路の発達によりもっと早く走る要望が高まっている。このような要望に対応するため、タイヤも操縦性、耐久性、コーナリング特性および安全性などを高める必要性がある。

 このようなタイヤの性能を支配する主要部分はサイドウォールの自然断面形状、すなわち、ばね定数であり、この論文の第2章では速度の影響により自然断面形状の変化およびばね定数について解析を行った。タイヤのばね定数は半径方向、横方向および回転方向ばね定数の三つで分類される。この三つのばね定数がタイヤのどんな性能に関係するかを簡単に説明する。先ず、半径方向のばね定数はタイヤの主な機能の一つである荷重を支えるための垂直剛性に重要な影響を及ぼすとともに、接地変形、振動および乗心地などにとっても重要な役割を果たす。

 次に、横方向のばね定数は車両の旋回ときの安全性や限界特性に大きく影響を及ぼす。最後に、回転方向ばね定数はタイヤの駆動、制動のとき、接地変形、転がり抵抗およびエンベロープ特性などに重要な役割を果たす。このようなばね定数を求めるため、ネッティング理論を用いて解析した。ネッティング理論、あるいは、網目理論というのはFW(Filament Winding)圧力容器において、マトリックス(Matrix、母材)の剛性を無視して補強連続繊維(Filament)の張力、平衡形状および密度分布のみを問題にする近似膜理論を意味する。解析方法としては、先ず、内圧による自然断面形状を求めた上、その断面形状に外力(遠心力、半径方向変位など)を加わると新たな断面形状に移る。いわゆる、変形前の断面形状から変形後の断面形状の張力の変化を用いる有限変形で解析をおこない、それぞれのコードのばね定数は張力変化量(半径方向、横方向の力増分およびトルク)に対する変位量で求めた。このようにコードの変形が定められた上で、ゴムのばね定数を求められ、最後にそれぞれの全体的なサイドウォールのばね定数はコードとゴムのばね定数の和で求めた。

 結果としては、タイヤのばね定数は速度が上がりにつれて、減少することが分かった。また、サイドウォールのゴムばね定数の寄与は半径方向、横方向に対しては比較的に小さいが、回転方向のばね定数に対しては大きい。最後にばね定数は内圧増加に対して直線的に増加する。

 本論文の第3章では鉛直荷重を受け平坦な道路上を一定速度で回転するラジアルタイヤの動的な接地圧分布に関する研究である。この動的な接地圧分布はタイヤの転がり抵抗、摩耗および騒音などに密接に関係することが知られている。そのため、路上の動的接地圧分布、タイヤのベルトおよびトレッドゴムの変形特性を解明する目的で、これまで多くの実験や解析が行われてきた。タイヤの接地圧の解析モデルとしては鉛管殻モデル、ばね付リングモデルがあるが、この論文ではばね付リングモデルを用いて解析をおこなった。

 ばね付リングモデルというのはタイヤのrimからベルトとトレッドゴムをばねで置き換えるモデルあり、このモデルを用いて解析する場合、最も重要なことはサイドウォールのばね定数評価である。

 これまでの研究ではタイヤの半径方向のばね定数の著しい非線形性については厳密な取り扱いをしていない。この論文での解析は接地面を長方形で仮定し、幾何学的に左右対称であると仮定した。また、非接地部と接地部と分け、それぞれラグランジ座標で釣り合い方程式をたてオイラー座標へ変換した後、それらの境界で変形および応力系を結合する方法をとった。そして、非接地部ベルトに対しては、半径方向のばね定数の非線形性を考慮し、荷重段階毎に半径方向のばね定数が異なるので、差分方程式を導き、逐次解析をおこなった。これに対し接地部ついては、狭い領域なので、場所的に半径方向のばね定数の代表値を用い、変形量に対する非線形性のみを考慮し、接地面ベルトは接地面を長方形であるという仮定から、微小付加たわみに対する積層板の板の問題と扱い、Galerkin法を用いて接地圧を求めた。

 この研究の結果としては、逐次解析により荷重段階毎に負荷とたわみの関係ならびに接地圧分布が求められた。接地圧分布の傾向は速度の増加に伴い特にクラウンセンター部の接地前部の圧力が高くなり、接地後部は低くなる。また、それとは逆にショルダー部の接地前部の圧力は低くなり、接地後部は圧力が高くなる。このような接地圧分布の傾向はトレッドゴムの粘性効果であることがわかった。この解析結果は実験結果とよい一致を示している。

 本論文の第4章ではキャンバー角を持ちながら一定速度で回転するラジアルタイヤの接地変形および接地圧分布に関する研究である。回転するタイヤにキャンバー角がつけられた場合の接地変形および接地圧分布の解析はコーナリング特性やタイヤの摩耗を解明するための重要な問題である。このような非対称問題に対する研究はほとんど実験に頼りにしているが、本論文ではこの問題をばね付リングモデルを用いて解析をおこない、実験と比較した。

 キャンバー角がつけられたタイヤに鉛直荷重を与えると接地部ベルトはキャンバー角だけ回転しながら、トレッドの幅方向にせん断変位が生じる。この変位に対して、サイドウォールの横ばね定数よる反力が生じる。この点がキャンバー角がないときと著しく異なる点である。この力により、接地面積が曲げられた台形状になるので、その形状でサイドウォールからのばね反力と摩擦力とのバランスの問題が起き、キャンバースラストの発生の原因になる。

 このような問題の解析も本論文の第3章と同じように、非接地部と接地部と分けて取り扱う。また、半径方向のばね定数も非線形性を厳密に扱い、差分方程式を導き、逐次解析をおこなった。接地面はキャンバー角により非対称変形になるので、台形と仮定し、接地面内の幅方向、周方向およびせん断膜力を解析し、ベルトとトレッドゴムの剛性違いから生じる相対的なずれによりキャンバースラストを求めた。

 この研究の結果としては、キャンバー角毎に、逐次解析により荷重段階毎に負荷とたわみ(接地長が長い端と接地長が短い端)の関係ならびに接地圧分布、荷重とキャンバースラストの曲線が求めた。また、接地面内の周方向の膜力は接地中心近辺から接地長が長い接地面まで、キャンバー角により、引っ張りから圧縮に変わることが分かった。接地圧分布の傾向は、キャンバー角により、接地長が長い接地面での接地中心近辺で浮き上がり現象(接地圧がゼロ)が起きる。また、キャンバー角が増加するにつれて浮き上がり現象(接地圧がゼロ)が広がる傾向があることが分かった。また、ショルダー部の接地圧分布は、キャンバー角および速度が上がるにつれて、トレッドゴムの温度が上昇し、ゴムの粘性効果が大きくなり、キャンバー角がない場合と比べると接地前部より接地後部がもっと高くなる傾向がある。このような接地圧分布の現状を実験により確かめた。

審査要旨

 工学修士金石男提出の論文は「回転するラジアルタイヤの接地変形および接地圧分布に関する研究」と題し,5章と付録からなっている。

 重量を支えながら走行するタイヤは,地面に接触することによって荷重を伝達する。この時のタイヤの変形と応力,特に接地変形と接地圧分布を求めることはタイヤの力学的特性を知る上で不可欠であり,それにより高性能タイヤの設計の指針を得ることが出来る。従来は,実物タイヤによる実験による解析が主であったが,最近は実物をそのまま離散化した有限要素法による数値計算も行われている。一方,タイヤの基本的な力学的特性を求めるために,タイヤを回転リングにモデル化して解析する研究も行われてきた。

 本論文は,タイヤ各部の力学的特性や幾何形状などが,タイヤの挙動に与える影響を明確にするために,タイヤの外周にあるベルト部をサイドウォールに対応するバネによって弾性支持されたリングと見なすバネ付きリングモデルを用いて,タイヤが地面に対して傾いて接地している場合などの複雑な荷重状態における挙動を理論解析する一方,実物タイヤによる実験を行い理論解析の結果の検証を行っている。解析対象は,走行性や操縦性などの力学的特性が優れているために多用されるようになった,ゴムを補強するコードが周方向に対して直角に配置されているラジアルタイヤである。

 第1章は「序論」であり,タイヤの力学的挙動に関する従来の研究を概説し,バネ付きリングモデルを用いてタイヤの非対称変形を解析する,本論文の目的と意義を明らかにしている。

 第2章は「回転するラジアルタイヤサイドウォールのバネ定数評価」であり,バネ付きリングモデルにおいて,サイドウォールをバネに置き換えたときのバネ定数を求めている。サイドウォールを,リムによって内周を固定され,外周はベルトによって断面形が変化しないように拘束された回転対称殻と考える。内圧,遠心力の他に外周に軸対称な半径方向分布力,横方向分布力および周方向分布力を作用させて,捩りをも含んだ軸対称変形を解析する。サイドウォールを面内力のみを受け持ち,コード方向には不伸張である膜とみなして,大変形後の釣合式と,内外周での境界条件を満たす形状を決定する。そして,ゴムの弾性変形をも考慮して,半径方向,横方向および周方向のバネ定数を求める。これにより,サイドウォールのバネ定数に対する内圧,回転速度および外周に作用する外力の影響を明らかにしている。

 第3章は「回転するラジアルタイヤの接地圧分布に関する逐次解析」であり,地面に垂直に接地しているタイヤの左右対称変形を解析し,接地圧分布を求めている。まず,内圧によるベルト部の初期応力を決定する。次に,ある回転速度に対して接地部の周方向長さを仮定し,非接地部のベルトをバネ支持された初期軸力を受ける不伸張リングとみなして梁理論によって解析する一方,接地部のベルトは,サイドウォールに対応するバネによって左右を支持されるとともに,ベルトの外周にあるトレッド部により接地面との間を全面に亘って弾性支持された,初期面内力を受ける初期曲率を有する平板とみなして板理論によって解析し,梁と平板の連続条件により変形と応力を求めている。そして,接地長さを逐次増加させることにより,変形と接地圧に対する,タイヤが支える重量の影響を明らかにしている。接地圧の左右分布については,中央のクラウンセンターより左右のショルダーの方が高いこと,周方向分布については,クラウンセンター部では前部(踏込み部)で高く,ショルダーでは後部(蹴り出し部)で高くなることを見出している。また,実物タイヤによる実験を行い,これらの理論解析結果を検証している。

 第4章は「キャンバー角を持ちながら回転するラジアルタイヤの接地変形および接地圧分布解析」であり,地面に対して傾いて接地しているタイヤの左右非対称変形を解析し,接地圧分布を求めている。まず,与えられた速度と傾き角(キャンバー角)に対して,左右の接地長さを仮定し,非接地部のベルトを,捩りも含んだ三次元変形をする,サイドウォールに対応するバネで支持された不伸張リングとして梁理論で解析する一方,接地部のベルトは,面内荷重と曲げを受けるサイドウォールおよびトレッド部に対応するバネで支持された台形の平板として平面応力理論および曲げ理論によって解析し,梁と平板との連続条件より変形と応力を求める。そして,第3章と同様に,接地長さを逐次増加させることにより,変形,接地圧および水平地面反力に対する,タイヤが支える重量の影響を明らかにしている。その他,接地部ベルトの周方向面内力は,接地部の長い方のショルダー部で圧縮になること,また接地部の長い方のセンタクラウン部で接地圧が零となることがあることを理論解析によって示している。また,その接地圧が零となる現象を,実物タイヤによる実験で実証している。

 第5章は「結論」であり,本論文の研究成果を要約するとともに,今後の研究課題を提示している。

 以上要するに,本論文は,タイヤのサイドウォールのバネ定数を厳密に求めて,バネ付きリングモデルの精密化を行い,キャンバー角を持ちながら走行するタイヤの左右非対称変形を解析し,接地変形,接地部における垂直応力および剪断応力の分布を求め,タイヤの複雑な力学的挙動の解明に寄与するとともに,バネ付きリングモデルの有効性を例示したものであり,構造工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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