学位論文要旨



No 114220
著者(漢字) 内田,英樹
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,ヒデキ
標題(和) 受動減衰を考慮した柔軟宇宙構造物の構造系と能動制御系の同時最適化
標題(洋)
報告番号 114220
報告番号 甲14220
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4346号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 名取,通弘
内容要旨

 宇宙構造物は、宇宙空間でミッション時に必要な形態になることと、地上の構造のように自重を支える必要がないために、その設計においては、強度に関する設計要求は重要でない。対して、形状精度に関する制約が設計において支配的になる。宇宙構造物における構造系の役割は、構造上の一部をミッション時に必要な形状に保つことである。例えば、宇宙用の光学干渉系やアンテナなどの構造であれば、アンテナ鏡面をミッション遂行時のパラボラ面に保つことである。このとき、構造のみではミッション時に必要な形状精度を満足することが不可能な場合には、能動制御系の助けを借りて形状精度を満足するように構造物を制御する。従って、宇宙構造物においては、構造系と能動制御系は構造物の形状を保つという同一の目的を担っていることが分かる。このような観点から、構造系と制御系の統一系に対しての設計法が提案されており、構造系と制御系の統合最適設計法もしくは同時最適化法としてこれまでに多くの研究者が取り組んできている。

 図1に示すように、従来の同時最適化に関する大半の研究では、構造系においては構造の剛性分布が最適化されていた。そして、構造設計側から制御系設計側への構造モデルとして低次元化モデルが渡されていた。そして、その低次元化モデルにもとづいて能動制御系のゲインやアクチュエータおよびセンサーの配置や数が設計されていた。このとき、構造自身が有する内部減衰としては、わずかなモード減衰やRayleigh減衰を仮定することが行われている。そのため、構造自身が有する内部減衰の積極的な最適化を試みる研究は無かった。本論文では、この内部減衰を受動減衰と呼ぶ。

 本論文は、受動減衰をも考慮した構造系と能動制御系の同時最適化法を確立し、その有効性を検討しようとするものである。本研究では、受動減衰を促す構造要素として、粘弾性体を使用することを想定した。

 本研究で取り扱う粘弾性構造物の運動方程式は履歴積分項を含む。そのために、従来の制御系設計理論が適用できないので、同時最適化法が適用できないという問題が生じる。構造の減衰が小さい場合には、現在までに多用されているモーダル歪みエネルギー(MSE)法とモーダルトランケーションを利用して作成した低次元の状態方程式が制御系の設計に利用されている。しかし、MSE法の適用範囲は減衰が小さい場合に限られており、減衰がある程度大きな構造の解析には精度上の問題が生じる。

 本研究では、構造の減衰が大きな場合にでも低次元の状態方程式で粘弾性構造物の動特性を表現でき、制御系が設計可能な数学モデルが導出可能な手法を確立を目指すために、14種類の低次元化手法を新たに提案して吟味した。それらは、修正型のMSE法であるWeighted Stiffness Matrix MSE法、Absolute Value MSE法とモーダルトランケーションを組み合わせる方法、粘弾性構造物の解析手法の一つである時間領域法とモーダルトランケーションを組み合わせる方法、及びRayleigh-Ritz法による縮約と時間領域法を用いる方法である。図2に示すような粘弾性体を一部に持つ片持ち梁の例題についてこれらの手法により得られる低次元化モデルの精度を吟味したところ、Rayleigh-Ritz法と時間領域法を組み合わせる方法の内の1つが最も優れていることが明らかとなった。この手法は、上記の手法の一部に見られる数値計算上の難点もなく、また減衰が無限に小さくなる場合のモデルが、既存の手法のものに漸近するなどの利点もあるので、本論文では、以降本手法を採用することとした。

 本手法と既存のMSE法とモーダルトランケーションを組み合わせる方法から得られる片持ち梁の低次元化モデルの周波数応答関数の一例を、低次元化を行う前の原始モデルから求めた応答関数と比較して図3(b)(c)に示す。新たに導入した手法により高い精度の低次元化モデルが得られることが分かる。

 次に、本手法により得られる低次元化モデルの状態方程式にもとづいて、受動減衰をも考慮した構造系と能動制御系の同時最適化問題を定式化した。このとき、系の総コストを表す評価関数Jとしては構造コストと制御コストの和を考え、構造コストは構造重量に比例し、制御コストは制御努力の単調増加関数と仮定した。そして、外乱入力に対する動的応答がある許容上限値以下でなくてはならないとの制約条件を課した。能動制御系はロバスト制御法の一つである階層型制御系のLAC/HAC(Low Authority Controller/High Authority Controller)を採用し、LACには直接変位速度フィードバック制御系、HACにはLQG(Linear Quadratic Gaussian)制御系を用いた。

 次に、上記の同時最適化問題を図4に示すような両端自由と片持ち条件の3層の積層梁型構造物の設計に適用した。中間層には受動減衰要素として粘弾性体が挿入されている。姿勢の安定化のためにセンサー及びアクチュエータを図4のように同置配置する。

 受動減衰をも考慮した同時最適化の有効性を検証するために、以下の3種類の最適化を考えた。

 アクティブ最適化:粘弾性層がない構造系と制御系の同時最適化

 パッシブ最適化:制御系が無く粘弾性層を有する構造系の最適化

 ハイブリッド最適化:粘弾性層を有する構造系と制御系の同時最適化

 本論文は、上記のハイブリッド最適化の効果を吟味しようとするものである。

 数値計算では、積層は中立面に対して対称と仮定し、図5に示すような粘弾性体を想定して、積層厚分布とセンサー・アクチュエータ位置及び制御ゲインの最適化を行った。

 まず、考察の簡単化のために、両端自由条件で、一様層厚の場合に得た総コストJの最適解周辺の等高線図を図6に示す。このときには、パッシブ最適化は、剛体モードを安定化できないので成り立たない。アクティブ最適化と、ハイブリッド最適化により得た最適解をそれぞれ点(A)(H)として図6中に示す。ハイブリッド最適化により、アクティブ最適化よりも総コストJが小さい系が得られている。

 次に、両端自由と片持ち条件に対して、積層厚分布をも最適化して得られた最適な積層厚分布と総コスト値Joptを図7および図8に示す。いずれの場合も、ハイブリッド最適化によりその他の最適化よりも総コスト値Joptが小さな系が得られている。同図からは明らかではないが、いずれの場合もハイブリッド最適化の結果は構造質量および制御努力の双方共にアクティブ最適化よりも小さい値となっており、受動減衰要素の導入と最適化により軽量でかつ制御しやすい構造が得られていることが分かる。また、図7および図8の積層厚分布は直感的には求め難いものであり、最適化計算の必要性を示唆している。

 次に、上述の最適化により得られた系のロバスト性についての考察を行った。簡単のためにモデル化誤差としてはセンサー及びアクチュエータの設置誤差のみを想定した。そして、設置誤差に伴って生じる閉ループ系の極の変動感度を表す指標の値を求めた。指標は値が小さいほどモデル化誤差により系が不安定になりにくいことを示す。表1に示す計算結果は、いずれの場合にもハイブリッド最適化により、アクティブ最適化よりも指標の値が小さくてロバスト性の高い系が得られていることを示している。

 以上の考察より、受動減衰をも導入して構造系と制御系の同時最適化を行うことにより、軽量でかつ制御されやすい構造が得られ、しかも制御系と組み合わせた閉ループ系のロバスト性が向上し得ることが明らかとなった。

 今後、宇宙構造物は大型化と高機能化に伴って、構造物に要求される形状精度はさらに厳しいものとなる。そのような、宇宙構造物の設計は難しいものとなり、構造設計者と制御系設計者に非常に厳しい設計要求を投げかけることとなる。本研究は、構造自身のもつ受動減衰を最適化することで、このような厳しい設計要求のもとでも優れたシステムを構築できる手法の一つを提案するとともに、その効果の一例を示したものである。

図3:想定した粘弾性特性と周波数応答 図(a):粘弾性特性曲線 図(b):ゲイン線図 図(c):位相線図図4:積層梁構造物の構造系と制御系の構成 図(a):両端自由条件 図(b):片持ち条件図5:NEC社製No.19粘弾性体の実測周波数特性曲線と設計に用いた周波数特性曲線図6:総コストJの等高線図*最適化実行不可能領域:動的応答が最適化を行っても許容上限値以上である領域図7:両端自由条件のときに得られた最適構造形状 図(a):アクティブ最適化 図(b):ハイブリッド最適化図8:片持ち条件のときに得られた最適構造形状 図(a):アクティブ最適化 図(b):パッシブ最適化 図(c):ハイブリッド最適化
審査要旨

 修士(工学)内田英樹提出の論文は「受動減衰を考慮した柔軟宇宙構造物の構造系と能動制御系の同時最適化」と題し、6章と付録からなっている。

 宇宙構造物には、ミッションによっては極めて高い指向精度と形状精度が要求される。軽量、柔軟な宇宙構造物においては、制御系と構造系が密接に関連するので、この様な要求条件を効率的に実現するには構造系と制御系の双方を含めた同時最適化が必要との認識が1980年代より高まり、一連の研究が行われている。一方、構造自身の有する内部減衰即ち受動減衰が、構造物の制御の難易度に大きな影響を及ぼすことは良く知られていることである。にもかかわらず、これらの一連の研究では、受動減衰をも含めた同時最適化の手法や効果については殆ど検討されていないのが実状である。

 この様な現状に鑑み、本論文では、粘弾性体による受動減衰をも含めた構造と制御系の同時最適化の手法を定式化し、受動減衰を同時最適化に含める効果を吟味している。まず、粘弾性体を含む構造物の履歴積分項を含む運動方程式から、減衰が大きい場合にも精度が高く、かつ能動制御系の確立された設計手法が適用可能な低次元の状態方程式を導出する手法を複数考案し、これらを既存の手法をも含めて比較検討した上で、Rayleigh-Ritz法と時間領域法を利用した新手法を最良として選定している。更に、これを用いて受動減衰をも考慮した構造系と制御系の同時最適化問題を定式化すると共に、梁状構造物を例題として同時最適化に受動減衰をも含めることの効果を確認している。

 第1章は序論であり、本研究の背景、従来の同時最適化の研究動向を総括、検討し、問題点を明確にするとともに、本研究の目的と意義および指針を述べている。

 第2章では、有限要素法を用いて粘弾性体を含む構造物の運動方程式を履歴積分項を含む形で導出している。運動方程式は、宇宙構造物を想定して、剛体運動の方程式と、剛体自由度以外の運動方程式とに分離して導出している。

 第3章では、従来多用されているモーダル歪みエネルギー(MSE)法とモーダルトランケーションを組み合わせた低次元化モデルの導出手法について述べると共に、修正型のMSE法であるWeighted Stiffness Matrix MSE法、Absolute Value MSE法とモーダルトランケーションとをそれぞれ組み合わせる手法、時間領域法とモーダルトランケーションとを組み合わせる手法、およびRayleigh-Ritz法による縮約を行った後に時間領域法を用いる手法を新たに提案している。更に、新たに提案した手法を具体化して14種類の低次元化モデルの導出手順を考案し、これらを一部に粘弾性体を有する片持ち梁に適用して、得られる低次元化モデルの精度を、従来の手法をも含めて比較、検討している。その結果、Rayleigh-Ritz法と時間領域法とを利用する手法の内の1つにより、減衰が大きな場合にも、最も高い精度の低次元化モデルが得られると結論している。本手法は、提案したその他の手法の一部に見られる数値計算上の難点も有せず、かつ、減衰が零に漸近した場合には、従来多用されている保存系の低次元化モデルの導出手法であるKlineの方法との整合性を有することを述べ、以降の同時最適化に本法を用いるとしている。

 第4章では宇宙構造物の最適化を想定して、外乱に対する構造物の応答変位の期待値に上限を課した上で、構造コストと制御コストの和を最小化する同時最適化問題を定式化している。構造コストは構造重量に比例し、制御コストは制御力の2次形式の期待値の単調増加関数であると仮定している。

 第5章では、第4章で定式化した同時最適化問題を、中間層が粘弾性体である3層の積層梁に適用し、構造系と制御系の同時最適化において受動減衰の最適化を考慮することの効果を数値的に検証している。現存する粘弾性体を想定して数種類の設計条件のもとで行った最適化計算の結果を考察し、受動減衰を構造系と制御系の同時最適化に考慮することにより、総コストを有意に減少させ得ること、多くの場合に構造重量の低減と制御力の低減を同時に達成できること、及び、閉ループ系のロバスト性が向上することを指摘している。

 第6章は結論であり、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、受動減衰を有する構造物の高精度の低次元化モデルを導出する手法を考案することにより、受動減衰をも考慮した構造系と能動制御系の同時最適化法を確立し、更に、数値計算により同時最適化に受動減衰をも考慮することの有効性を例示したものであり、宇宙工学、設計工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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