内容要旨 | | 1994年,宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU、図1参照)において,日照時と日陰時にいままで予期していなかった姿勢の擾乱が生じた。地球の影に入るときと出るときの軌道遷移の間に,ロール軸周りの角速度に予想外の擾乱が検出された。図2にSFUのジャイロの出力とブランケットの温度変化を,図3にジャイロ出力のパワースペクトル密度を示す。主要な2つのピークが,太陽電池アレイ構造の1次と2次の固有振動数の解析値(0.19Hzと0.31Hz)に非常に近いことから,太陽電池アレイが擾乱の原因である可能性が最も高いと考えられた。さらに,この擾乱は,大きな熱勾配が存在する際に生じていたため,温度変化に密接に関係すると考えられた。この姿勢変化によりSFUのミッションへの直接の悪影響は無かったが、ハッブル宇宙望遠鏡のようにより厳密な姿勢が要求される場合,すなわちポインティング精度が重視される場合には,このような擾乱はミッション目的の達成に悪影響を及ぼす。本論文は,柔軟な太陽電池アレイを有する宇宙構造物において、軌道が日照と日陰を遷移することによる熱入力の変化によって励起される振動問題の原因を明きらかにし、その抑制方法について検討したものである。 図1 軌道上でのSFUの形状図2 日照への遷移時のロール軸回りの角速度と太陽電池ブランケットの温度図3 日照への遷移時のロール軸回りの角速度データのスペクトル密度 本論文の内容は以下の通りである: -SFUの擾乱原因の同定 -衛星の擾乱の抑制手法の提示 -実験による抑制手法の検証 以上により,人工衛星の設計段階において,類似の問題を解析し擾乱の程度を定量化することができる。 はじめに,擾乱の原因を同定しその影響を定量化するため,連続体力学の方程式を用いてSFUの2次元モデル(図4)を解析した。そのため以下の仮定を行った。 図4 SFUの2次元数学モデル -ロール軸に直交する面内変位のみを考慮する。 -マストとブランケットの変位はマストの軸に直交する。 -変位は微小である(ロール角の正弦値をロール角で近似できる)。 -マスト端部の圧力板は剛体として扱う。 -ブランケットの張力は一様である。 -張力は両方の太陽電池アレイに対して同じ値を持つ。 -空間座標方向には物理的性質は一定である。 次に,ハミルトンの原理を適用して運動方程式(連立微分方程式)を求め,モード解析を行った。図5に,太陽電池ブランケットの張力値P=31.4N付近での,1次から4次の弾性振動モードの固有振動数の変化を示す。モード3と5は対称モード、4と6は逆対称モードである。実際の振動現象はこれらの振動成分がさまざまに複合して現れる。日照への遷移時には対称モードが励起され、日陰への遷移時には逆対称モードが励起される。そしてそれらがSFUの運用時の姿勢に起因していたことなど、SFUの軌道上での擾乱振動の特性を明らかにすることができた。 図5 張力Pによる固有振動数の変化 衛星の概念設計の段階において励起される擾乱の振幅の上限を計算するためには、アレイブランケットの温度変化率を模擬する必要がある。そこで,地球を周回する板状の構造物についての既存の理論研究に基づいて,太陽電池ブランケットの温度変化の数値シミュレーションの方法を整理して示した。その数値解析結果は,SFUの場合特に熱衝撃の発生時において,テレメトリーデータとよく一致した(図6参照)。 図6 太陽電池ブランケットの温度変化 次にこのような擾乱の原因を特定する。軌道が日照と日陰を遷移することによる熱入力の変化により、マスト剛性の変化に起因する振動、マストの自分の影の影響に起因する振動、および太陽電池アレイの予荷重機構の張力変動に起因する振動がそのような擾乱を引き起こす可能性を持つ。マスト剛性の変化に起因する振動は次のように考えられる。実験室の試験により,マストの曲げ剛性は温度とともに変化することが示されている。SFUの姿勢は太陽を向いているため,マストはほぼ完全に太陽電池ブランケットの影に入り,マストの先端だけは部分的に予荷重機構の影に入る(図1参照)。それにもかかわらず,マストにも熱伝達現象が起こることが予想される。マストの曲げ剛性は時間と空間に依存し,マストの運動方程式と相対的な境界条件を変化させる。時間依存の境界条件は,構造に力として作用し,熱伝達現象によるマストの熱勾配がかなり小さいとしても,柔軟構造物に振動を励起する可能性がある。 自分の影の影響に起因する振動については、次のようである。SFUの擾乱は楕円軌道を遷移する間に発生していたため,急な太陽熱によるマストの熱変形により振動が励起されることも考慮すべきである。図1に示すように,マストはブランケットの影の側で伸展され,予荷重機構が取り付けられた先端部を除き,全長にわたって太陽から隠れている。セルが不透明でブランケットの太陽熱伝達率が低いため,少なくとも食の始まりでは,マストの陰の部分は太陽熱から保護されていると考えられる。逆に,マストの先端は完全に太陽熱に曝されている。このような影の影響のため(図7参照),マストのトラス構造の各部材は異なる熱変形を受け,その結果,マストが曲げ変形を受ける。 図7 マストの影 地球の影を出入りする軌道遷移の間,異なる熱変形によるブランケットとマストの間の相対変位が,太陽電池アレイの予荷重機構のシャフトに内向きか外向きのどちらかの引っ張りを生じさせる(図8参照)。予荷重機構のバネのヒステリシスによる張力変動が曲げモーメントP・offset(図4参照)を変化させる。慣性力を無視できないとすると,そのような時間に依存する曲げが太陽電池アレイに,さらには衛星に擾乱を誘起する可能性がある。 図8 予荷重機構のヒステリシス 上記のような3つの現象を検討すると,最後の現象がフライトデータに近い結果を与えた(図9参照)。 図9 予荷重機構の張力変動により誘起されるロール軸回りの擾乱(日照への遷移時) 他の現象による擾乱の大きさは2桁以下のオーダーであった。したがって,張力機構のヒステリシスによる張力変動が擾乱の原因である可能性が最も高い。SFUの太陽電池アレイは構造性能指数(電力と重量の比:〜30W/kg)がかなり大きいため,それらは衛星の電力供給に極めて有効である。しかしながら,マストと太陽電池ブランケット間にオフセットがあるため,張力機構の回避困難な張力変動により,構造に曲げの擾乱が発生する。太陽電池アレイの曲げ振動によって励起される擾乱の振幅は,ヒステリシスの振幅とブランケットの温度変化率(K/s)の双方に依存する。 次に,予荷重機構の張力変動により励起される太陽電池アレイの振動の抑制方法について検討する。まずその振動を受動的に減衰させるため,新しい張力機構の概念を考案した。オリジナルのブランケット-張力機構の構造モデルを図10.aに,考案した機構の概念図を図10.bに示す。2つの機構における張力変動率(図11参照)は以下の式で与えられる。 図10.a 太陽電池アレイの予荷重機構の数学モデル図10.b 新しい太陽電池アレイの予荷重機構の数学モデル図11 数学モデルの応答 新しい予荷重機構による張力変動率の減少が,太陽電池アレイの振動を減衰させるために効果的であることを数値シミュレーションによって確認した。数値解析の結果を図12に示す。 図12 衛星のロール軸回りの擾乱(日照入り)、受動的制振 前記の新しい予荷重機構は受動的な制振手法の提示になるわけであるが、能動的制御デバイスによる制振効果の向上についても検討した。簡潔性とロバスト性をもち,実現可能な方法として,ジャイロセンサからの角速度のみを入力とする線形出力フィードバック制御法を考案した。問題を次式のように表すことによって,新しい極配置アルゴリズムを開発した(one-stagealgorithm)。 ここで,iはi番目の固有値,[M],[Cc],[Kc]はそれぞれ閉ループ系の質量,減衰,剛性行列であり,pjはゲイン行列のj番目の変数である。最近研究されてきた有力なアルゴリズムにtwo-stages algorithmがあるが、それは局所的最適化手法にもとずいている。One-stagealgorithmは既知の固有値を使ったより簡単なアルゴリズムである。数値解析結果を図13,14に示す。フライトデータに比べて約1/2以下の大きさの擾乱に抑え込むことができた。 図13 衛星のロール軸回りの擾乱(日照入り)、能動的制振(本体のトルクアクチュエータ)図14 衛星のロール軸回りの擾乱(日照入り)、能動的制振(マスト先端のトルクアクチュエータ) 以上のような新しい予荷重機構や能動的制御手法の有効性を確認するために、2次元剛体およびばねモデルを用いて実験を行った。一定予荷重機構の張力変動によって励起されるモデルの姿勢擾乱と,予荷重機構に線形バネを連結することによって得られた擾乱との比較を図15に示す。姿勢擾乱は明らかに抑制されており,新しい予荷重機構の効果が確認された。能動的制御手法も有効であった(図16)。 図15 2次元剛体およびばねモデルの実験結果(受動的制振)図16 2次元柔軟モデルの実験結果(能動的制振) 本論文の結論は以下のようである。熱入力の変化による太陽電池アレイの振動に誘起される衛星の擾乱とその制御について研究した。このアレイは太陽電池セル構造と伸展マスト間のオフセット形状を特徴としている現在および将来型のアレイである。軌道上での実際の衛星に生じた姿勢擾乱の原因の同定および解析を行い、それが膜面アレイの予荷重機構のヒステリシスに起因することを明らかにした。同時に新しい予荷重機構の概念を提案し,その効果を実験によって確認した。線形出力フィードバック制御による制振効果の向上とその実現可能性について理論的に検討し、制御ゲインを決定する新しい極配置アルゴリズムを提案した。さらにそれらの効果を実験的に確かめた。 |