学位論文要旨



No 114222
著者(漢字) 大津,広敬
著者(英字)
著者(カナ) オオツ,ヒロタカ
標題(和) 超軌道速度飛行体の輻射加熱環境に関する研究
標題(洋)
報告番号 114222
報告番号 甲14222
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4348号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 1、はじめに

 現在、文部省宇宙科学研究所では、小惑星サンプルリターンミッションMUSES-Cが進められている。この再突入ミッションでは、地球へ帰還する際、従来の再突入ミッションで用いられる地球周回軌道からの再突入ではなく、惑星間軌道からの直接再突入を行う予定である。このような手法を用いる利点は、地球周回軌道に投入するためのシステムを簡略化でき、再突入カプセルの小型・軽量化が可能になるという点である。しかし、その再突入速度は地球周回軌道からの再突入速度8km/sを大きく上回り、約12km/s程度になることが予想されている。そのため、カプセルに対する空力加熱率は非常に大きなものとなる。空力加熱率は、対流加熱率と輻射加熱率に分けられるが、飛行速度により強く依存している輻射加熱率に関する研究を行った。

2、解析モデル

 本研究では、支配方程式としてNavier-Stokes方程式を熱化学非平衡流れに拡張して用い、再突入カプセルの前面だけでなく、機体の肩や背面を含む全機周りの解析を行った。化学反応モデルには、主にParkモデルを用い、空気に関して11種、再突入カプセルの耐熱構造部材からのアブレーションによる炭素系化合物に関して6種の合計17種を考慮した。熱的非平衡性はParkの2温度モデルによって考慮した。このモデルでは、並進温度と回転温度を一つの温度Tで表し、振動温度、電子温度、そして電子励起温度を共通の温度TVで表している。

3、数値解析手法

 数値計算手法には、FDSスキームとFVSスキームの両方の長所を兼ね備えたAUSMタイプスキームの1種であるAUSM-DVスキームを採用し、熱化学非平衡流れに拡張して用いた。AUSM-DVスキームは、化学種の数が増えた場合でも、演算量はFDSスキームに比べて非常に少なく、境界層などの流体現象をFVSスキームよりも正確に再現する事ができることがわかった。さらに、本研究で対象としている飛行環境に生じる非常に強い衝撃波や膨張波に対しても安定に計算を進めることができるという点で、このような飛行環境の解析に有効であることが示された。また、化学反応流れに適用するためには、対角陰解法などの陰解法を適用する必要があるが、本研究では、対角陰解法にさらに改良を加えた。本研究で提唱した手法では、化学種及び化学反応式が増加した場合にも比較的容易に拡張が可能であり、また、厳しい計算条件においても安定に計算を行う事ができるということが示された。

4、結果及び考察

 空力加熱率は、その飛行経路に沿って大きく変化する。その経路上で、対流・輻射加熱率が最大となると予想されている飛行条件で解析を行った。解析に用いた飛行条件は、飛行速度が11.6km/sで高度が64kmである。境界条件として、表面温度を3000Kに固定し、非触媒壁条件を課した。

 一般に、再突入カプセルまわりの飛行環境の予測に大きな影響を持っているのは、衝撃層内で起こる様々な化学反応であると考えられている。再突入時には、再突入カプセルの前方には、強い衝撃波が生じ、並進温度は非常に高い値となる。そのため衝撃波背後では、まず、解離反応が始まる。その後、ある程度の酸素・窒素原子が生じると、Associative Ionizationによって電子が生成されるが、その量は非常に少ない。しかし、飛行速度が非常に速い場合には、衝撃層内の温度は非常に高くなるために、電離がさらに進み、多くの電子が衝撃層内に生じることになる。その結果、TVが比較的高い状態(約10000K)になると、Electron Impact Ionizationといわれる非常に激しい電離反応が起こる。この電離反応が起きると、非常にたくさんの電子が生じることになる。これは、超軌道速度飛行体の飛行環境に特有の現象である。

 本研究で着目している再突入カプセルまわりの輻射加熱率は、気体の内部エネルギー状態、特に、電子励起エネルギーに強く依存している。その内部エネルギー状態は、各内部エネルギー間の緩和によって決定されるが、その緩和過程は主に2つに分けられることが明らかになった。1つは、分子に関する緩和過程である。この過程は、分子の並進-振動エネルギー間のエネルギー緩和と、分子が解離する際に分子がもっている振動エネルギーが失われる、あるいは、原子が再結合して分子を形成する際にある量の振動エネルギーと共に生じるという過程である。この2つの分子に関する緩和過程は、分子が多く存在する領域、即ち、衝撃波直後で大きな影響を持っていることが分かった。図2に淀み線上の振動温度分布を示す。この図から、特に、分子が解離する際に失う振動エネルギー、あるいは、原子が再結合して分子を形成する際に得る振動エネルギーの量は、衝撃層内の振動-電子エネルギーの分布に大きな影響があるということがわかった。もう1つは、電子に関する緩和過程である。この過程は、電子-重粒子間の衝突によるエネルギー交換により、ある量のエネルギーが増加するのに対し、Electron Impact Ionizationという電離反応によって、振動-電子エネルギーからこの電離反応に必要な電離エネルギーが供給され、電子エネルギーが消耗するという過程である。図3に、各緩和過程の振動-電子エネルギーへの影響を示す。超軌道速度での再突入飛行では、衝撃層内で、窒素・酸素分子は完全に解離し、電離反応も活発に起きるために、この電子に関する緩和過程が支配的で、この緩和過程における2つのエネルギー交換におけるバランスによって衝撃層内の振動-電子温度TVが決定されていることがわかった。特に、Electron Impact Ionizationという電離反応が活発に起きる事により電子が急激に生成され、この2つのエネルギー交換過程が加速されていることがわかった。そのため、この電離反応において失われる電離エネルギーに関するモデル化の中で、基底状態からの電離を考慮したものと、励起状態からのものを考慮する事によって比較を行った結果、どちらのモデルを採用するかにより、結果が大きく影響されることが示された。

 図4に全機周りの輻射加熱率の分布を示す。この図から、輻射加熱率はカプセルの淀み点において最大値をとり、下流側では比較的その値が低い事が示された。図5に淀み点におけるスペクトル分布を示す。この図から、輻射は原子からの発光が支配的である事が示された。また、緩和過程に関するモデルは、淀み点近傍においてその影響が大きい事が示された。輻射加熱率は、淀み点において、最大値は基準値よりも約30%ほど高い値となり、最小値は基準値の約70%となった。また、肩、及び背面における輻射加熱率は、淀み点に比べてかなり低い値となった。これは、カプセル後流におけるTVが比較的低いことと、膨張によって機体背面での密度が低くなっているためである。

 アブレーションを考慮した全機周りの輻射加熱率の分布を図6に示す。表面温度を3000Kと3600Kの2つの値を用いることにより、その影響を調べた。表面温度が低い場合には、最も多く生成される化学種は表面での酸化反応によるCOである。一方、表面温度が高い場合には、表面での昇華反応によって生成されるC3と酸化によって生じるCOである。しかし、CO、C3共に、高温状態で解離しやすいために、境界層内で解離が進み、カプセル表面から離れるに連れて、支配的な化学種はCとなる。そのため、Cが高温領域に多く存在するために、輻射加熱率にはCの影響が大きいという事が示された。また、機体背面では、アブレーションによって生じた化学種からの輻射への影響は大きく、アブレーションを考慮しない場合に比べて、かなり大きい値をとっている。これは、背面での密度はかなり低いために拡散が支配的で、後流の広い領域にアブレーションによって生じた炭素系化合物が多く存在し、結果として比較的温度が高い領域に炭素系化合物が存在しているためだと考えられる。しかし、その絶対値は低く、アブレーションを考慮しても、背面での輻射加熱率は低いという結果が得られた。

5、結論

 本研究では、超軌道速度飛行体の輻射加熱環境の予測を数値解析を用いて行った。その結果、輻射加熱率は、衝撃層内の緩和過程に関する熱化学モデル及びパラメータに強く依存しており、淀み点の値で、最大値は基準値に対して30%ほど高く、最小値は基準値の約70%という結果が得られた。超軌道速度での再突入では、電離反応が活発に起こるために、電子に関する緩和過程が振動-電子温度の決定に大きな影響を持っていることが示された。そのため、電子温度を振動温度と分けて計算を行う3温度モデルを用いた解析が求められる。しかし、3温度モデルでの解析に必要なパラメータやモデル化に関しては、まだ不十分な部分も多く、今後の研究が求められる。

 全機周りの輻射加熱率は、カプセル前面については緩和過程に関するモデルやパラメータに強く依存していることが示された。一方、機体背面においては、値も比較的低いことが示された。また、その領域では、熱化学モデルの影響はあまり強く見られないことがわかった。

 数値解析には、AUSM-DVスキームに対角陰解法を組み合わせた手法を用いることにより、熱化学非平衡流を効率良く、かつ、強い衝撃波などに対しても安定して計算を行うことができるということが示された。

 アブレーションによる影響は、後流において強く見られた。そのため、機体背面の輻射加熱率の予測には、アブレーションに関するモデルにも注意する必要があると考えられる。

図1:MUSES-Cの形状図2:分子の解離によって失われるエネルギーが淀み線上の振動-電子温度分布に及ぼす影響図3:各緩和過程の振動-電子エネルギーへの寄与図4:熱化学モデルが全機まわりの輻射加熱率分布に及ぼす影響図5:淀み点におけるスペクトル分布図6:アブレーションが全機まわりの輻射加熱率分布に及ぼす影響
審査要旨

 修士(工学)大津広敬提出の論文は、「超軌道速度飛行体の輻射加熱環境に関する研究」と題し、6章より構成されている。

 サンプルリターン型の惑星探査においてサンプルを地球へ持ち帰る機体の開発が必要とされている。この機体は地球へ帰還する際、従来の再突入ミッションで行われる地球周回軌道からの再突入ではなく、惑星間軌道からの直接再突入つまり超軌道速度での再突入を行う必要があり、その開発においては空力加熱環境を予測することが必要となっている。しかし、その再突入速度は地球周回軌道からの再突入速度8km毎秒を大きく上回り、12km毎秒程度になることが予想されているため、カプセルに対する空力加熱率は非常に大きなものとなる。その際、対流加熱率に加えて輻射加熱率が増加し、その予測が重要なものとなる。従来は主に地球低軌道からの再突入に関する研究が行われてきたが、超軌道速度での再突入飛行で輻射加熱率の予測に関する研究は十分行われていない。

 著者は本論文で、超軌道速度での再突入に際しての輻射加熱環境を予測するため、大気の構成分子についての解離電離反応を考慮した高温気体の方程式を数値的に解くコードを開発し、それを基に輻射加熱量の予測を行っている。高温気体からの輻射は解離電離反応のモデルに依存しているため、この研究では、依存の感度を明確にして機体のデザイン要求を明らかにすること、さらに、高温気体の熱化学モデルを改良する際の指針を得ることを目的としている。

 第1章は序論である。超軌道速度での飛行体の飛行環境の特徴を述べ、特に空力加熱環境の予測の重要性、その解析のための熱化学モデルの現状が述べられる。

 第2章では、空力加熱環境を予測するための解析モデルが述べられる。即ち、支配方程式、化学反応モデル、熱的非平衡のモデル化である緩和過程、機体表面のアブレーション効果等である。

 第3章では、支配方程式を数値的に解析するための数値解析法を述べている。流れが高速であり、強い衝撃波を生じること、そのため衝撃層では著しい解離電離反応が生じるなどのため、数値解析法としてロバスト性が要求され、そのためAUSMDV法が採用されていること、また、著しい解離電離反応は数値的には強い硬直性を生じさせるが、これを回避するため、改良された対角化された陰的解法を適用していることが述べられている。

 第4章は、数値解析コードの検証であり、衝撃風洞での円柱周りの流れ計測、OREX飛行実験の結果との比較が行われ、本解析コードの妥当性が検証されている。

 第5章は、MUSES-Cの飛行環境についての結果が述べられている。まず、飛行経路に沿った飛行環境として、よどみ点での対流加熱率履歴、輻射加熱率履歴が述べられ、簡便な手法により予測されていた値におおむね一致することが述べられる。続いて、全機周りでの対流加熱率、輻射加熱率分布が示される。これにより、全機周りのアブレータに対するデザイン要求のノミナル値が与えられる。

 ここで用いられる温度モデルでは、輻射加熱率は振動・電子温度により規定される。振動・電子温度は、重粒子並進エネルギーとの緩和により増加する効果と、逆に、減少させる効果が存在する。即ち、分子の場合には解離の際に振動エネルギーが失われる効果、電子エネルギーの場合は電離反応を起こす際に失われる効果である。超軌道速度での飛行条件では、衝撃波直後で分子はほぼ解離し、その後電離反応が生じるため、両方の効果が生じることになる。振動・電子温度は、これら、増加を促進する効果と減少を促進する効果のバランスにより、規定されることが明らかにされた。これをふまえて、輻射加熱率の予測に対するこれらモデル化のパラメータ依存性が明らかにされた。

 飛行体の機体はアブレータ型の耐熱材料に覆われるため、炭素を主成分とするアブレーションガスの輻射加熱量に対する効果を明らかにする必要がある。表面の酸化が主な場合と、昇華反応が主な場合について、アブレーションガスの輻射加熱量に対する効果が明らかにされた。

 第6章は、結論であり、本論文の総括を行っている。

 以上要するに、本論文は超軌道速度による地球大気再突入飛行に関して解析的研究を行い、特に輻射加熱率予測を行うとともに、その解析モデル依存性を明らかにし、予測の妥当性に検討を加えるとともに、予測精度を向上させる指針を与えており、その成果は高速空気力学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54692