学位論文要旨



No 114223
著者(漢字) 小田,兼太郎
著者(英字)
著者(カナ) オダ,ケンタロウ
標題(和) 超音速ノズル流と障害物との干渉に関する研究
標題(洋)
報告番号 114223
報告番号 甲14223
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4349号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 李家,賢一
内容要旨 (1)研究背景

 多段式ロケットの段間分離の際、2段目エンジンの点火を速やかに行うことが理想的である。その手法として2段目エンジンの点火と段間分離を同時に行う方式があり、これをfire in the hole(FIH)と呼ぶ。この方式では2段目エンジンから発生する排気プルームが1段目頭部に衝突するため、その影響が2段目エンジン内部流に発生することがある。実際、FIHの際に予想外の横力が発生し機体の姿勢が変化したという報告がある。これらの報告によると、この横力はロケットエンジンノズル内で流れが非対称的(かつ定常)になったためとされている。また、そのノズル噴流の噴出方向が非定常的に変化(非対称振動流れと呼ぶ)することも報告されている。しかしその非対称かつ定常な流れ、及び非対称振動流れが発生する条件と発生機構は未だ十分には解明されていない。

(2)本研究の目的

 この研究ではノズル流の妨げとなる障害物をノズル排気口付近に置き、それがノズル内流れに与える影響を、特に流れの非対称性と非対称振動流れに注目し、実験的・数値的に明らかにする。実験ではノズルから障害物までの距離と、ノズル外界圧とノズル貯気槽圧の比をパラメータとして、各パラメータに対する流れ場の依存性を明らかにする。また数値解析では非対称かつ定常流れと、非対称振動流れが発生するメカニズムを考察する。

(3)実験設備および実験手順

 実験装置全体図を図1に示す。ノズル排気口側は真空槽に接続され、ノズル貯気状態は実験室大気となっている。真空槽内圧すなわちノズル外界圧はPaで、ノズル貯気槽圧はP0で表される。ノズル貯気槽側のバルブを開いている間、圧力PaとP0の差により超音速ノズル内に流れが生じる。障害物はノズルのセンターライン上に、ノズルから適当な距離だけ離して設置され、ノズル噴流によってその位置が変わらないように固定されている。本研究ではノズル排気口から障害物までの距離をXとして定義した。

 本実験ではノズルを2次元wedge形状とし、ノズル開き角を16.2°とした。障害物は2次元鈍頭物体とした。ノズルと障害物の形状を図2に示す。図に示すように、障害物の鈍頭部には2つの圧力計PUとPLを上下対称な位置に設けた。ノズル噴流は障害物に衝突するため、これらの圧力の差PU-PLを計測することにより、流れの非対称性を定量的に得ることができる。さらにその時間変動を捕らえることで、非対称振動流れの周波数特性を定量化できる。

 本実験ではノズル/障害物間距離Xと、圧力比Pa/P0をパラメータとし、シュリーレン法で流れ場を可視化して、高速ビデオカメラで撮影した。同時に、圧力差PU-PLの時間変動を記録した。

(4)可視化実験結果

 流れ場の様子は圧力比Pa/P0とノズル/障害物間距離Xに強く依存する。本研究ではその流れ場の様子を大きく3つの典型的なパターンに分けた。それらを図3に示す。1つめの典型的パターンは図3aに示される状態の流れである。ノズル内に白く写されているものが衝撃波であり、斜め衝撃波が上下のノズル壁から上下対称的に発生していることがわかる。このことから流れ場自体も対称かつ定常であることが推測される。これに類する流れを今、「対称かつ定常流れ」と呼ぶ。2つめの典型的パターンを図3bに示す。ノズルセンターラインより下側では、斜め衝撃波がノズルスロート付近から発生しており、流れ場は強い非対称性を示している。このとき流れ場は定常である。これに類する流れを「非対称かつ定常流れ」と呼ぶ。3つめの典型的パターンを図3cに示す。このとき流れは非定常で、衝撃波(流れ場)は対称な状態と非対称な状態を繰り返す。これに類する流れを「非対称振動流れ」と呼ぶ。

 先に挙げた3つの典型的な流れのパターンに従い、圧力比Pa/P0とノズル/障害物間距離Xをパラメータとして、可視化実験結果を図4にまとめた。図から次のような傾向が見られる:

 1)ノズル/障害物間距離Xが十分大きく圧力比Pa/P0が十分小さいとき、流れは対称かつ定常

 2)ノズル/障害物間距離Xが十分大きく圧力比Pa/P0が十分大きいとき、流れは非対称かつ定常

 3)ノズル/障害物間距離Xが中間的な値を取るとき、非対称振動流れが発生する

(5)周波数特性に関する実験結果

 非対称振動流の周波数特性はノズル/障害物間距離Xと圧力比Pa/P0に強く依存する。本実験で得られた周波数特性の典型例として、ノズル/障害物間距離X=25mmで、任意の圧力比Pa/P0(約0.1から0.65の範囲内)に対する周波数特性をまとめたものを図5に示す。この図から、圧力比Pa/P0=0.47付近で、低周波から600Hz程度までその強度が急上昇していることがわかる。そのほかのノズル/障害物間距離Xについても同様の傾向が得られた。

(6)数値計算方法

 実験で得られた流れ場をシミュレートするため、2次元の圧縮性Navier-Stokes方程式を支配方程式とした。また計算スキームとしてYeeのSymmetric TVDを用いた。非対称かつ定常流れと、非対称振動流れの発生メカニズムを調べるため、圧力比Pa/P0とノズル/障害物間距離Xをパラメータとして、次の2種類のCaseを考えて、順次現象を考察していく。

●Case1

 計算領域:ノズル/障害物間距離X=無限大(計算領域内に障害物なし)

 目的:非対称かつ定常流れをシミュレートする

 注意点:計算開始時に初期擾乱として、下側のノズル壁にのみ-1°の壁角誤差を与え、後に元に戻す

●Case2

 計算領域:ノズル/障害物間距離X=25mm

 目的:非対称振動流れをシミュレートする

(7)計算結果

 計算領域内に障害物を考えない場合(Case1)の等密度線図を図6に示す。図6aのとき、衝撃波がノズル内に生じ、かつその形状は対称かつ定常である。このとき衝撃波の足下(衝撃波と上下のノズル壁との交点)では流れが剥離し、その背後に弱い再循環流(剥離領域)が発生する。圧力比Pa/P0が0.47からわずかに上昇して0.48になるとき、図6bのように上側ノズル壁上の剥離点のみがノズルスロート方向に大きく移動し、その結果、非対称かつ定常な流れ場が発生することがわかった。この現象に対して、ノズル流れを対称と仮定して計算を行ったところ、圧力比Pa/P0が0.47から0.48に上昇するとき、ノズル内の剥離点の位置がノズルスロート方向に大きく移動する性質があることがわかった。以上から非対称かつ定常流れが発生する原因は次のように考えられる:このノズルにはある圧力比Pa/P0を越えると剥離点が大きく移動するような性質がある(今この圧力比を(Pa/P0)cとする)。すなわちこの圧力比近傍では、ノズル内の剥離位置は圧力比Pa/P0に非常に敏感になる。このためわずかな擾乱が加わることによって上下ノズル壁上の剥離点の位置が強く非対称的になり、その結果非対称かつ定常流れが発生する。

 障害物を考慮した場合(Case2)の計算結果を図7に示す。図のように非対称振動流れが生じる。この周波数は約400Hzである。これは実験結果と同じオーダーである。この数値計算により得られた密度場、圧力場、および速度場について詳しく調べた結果、非対称振動流れと、その流れ場の中で生じる流体現象との因果関係が明らかになった。これから、次の(1)から(7)に示す順序で現象が生じ、それらが非対称振動流れの発生メカニズムを構成していると考えられる(図8参照):

 1)このノズルは、ある圧力比(Pa/P0)cを越えると、そのノズル内の剥離位置が大きく移動するような性質を持つ。

 2)圧力比(Pa/P0)c近傍で流れ場に擾乱が加われば、非対称的な流れ場が生じる。

 3)主流の方向がある程度非対称的になると、ノズル内の剥離点から発生した渦の周りを回る回転流が、ノズル排気口の角部(ノズル噴流が傾いている方のみ。同図ではノズルセンターラインより上側)で角周りの流れとなって加速され、高い速度を持つ。これがノズル内の剥離領域で減速するとき、その位置に高密度部が生じる。

 4)この高密度部はノズル内の剥離領域の再循環流に乗ってノズル流上流側に運ばれる。

 5)この高密度部(1つの物体と考える)がノズル内の剥離点に到達したとき、剥離点の位置を変動させ、これに連動してノズル流れの主流の方向が(同図では下側に)変わっていく。

 6)一方、先程の渦は下流に流されて障害物に衝突し、このとき音波を発生する(渦が外部から変形を受けるとき、一般に音波を放出する)。この音波は亜音速の剥離領域を上流に伝わり、ノズル内の剥離点から他の渦の発生を促す。

 7)ノズル噴流主流の方向が今の反対側(同図下側)に十分傾いた時、次はその位置(同図下側)で再び上の(3)から繰り返す。従ってこれはノズル内の剥離点の位置から障害物までの間でfeed back systemを形成していると考えられる。またこのメカニズムから推測すると、圧力比(Pa/P0)c付近で高強度の非対称振動が発生することが予想される。本数値解析で予想された圧力比(Pa/P0)cの絶対値は0.47から0.48であり、これは図5に見られる高強度の非対称振動流れが発生する圧力比Pa/P0(=約0.47)とよく一致する。

(8)結論

 ノズル内の流れ場は、圧力比Pa/P0と、ノズルから障害物までの距離に強く依存する。非対称振動流れの周波数特性についても各パラメータが強く影響する。また数値解析により、実験で得られた非対称かつ定常流れについてその発生機構が明らかになった。非対称振動流れに対しては、流れ場に生じる流体現象との因果関係から、その発生機構を考察した。またこのメカニズムによって、実験で得られた流れ場の特性を良く説明することができた。

図1 実験装置全体図図2 ノズルおよび障害物形状図3 可視化実験のシュリーレン写真図4 可視化実験結果図5 周波数分布(X=25mm)図6 流れ場の等密度線(Case1)図7 非対称振動流れ(等密度線:Pa/P0=0.49:X=25mm)図8 非対称振動流れ発生機構
審査要旨

 修士(工学)小田兼太郎提出の論文は、「超音速ノズル流と障害物との干渉に関する研究」と題し、8章より構成されている。

 多段ロケットで段間分離後直ちに次段モータの点火をするファイアーインザホール形式や、デルタクリッパー等の垂直離着陸機などにおいて超音速ノズル流と噴流中にある障害物が干渉するが、その際ノズル流の偏りによる横力発生や、その非定常性が問題となっている。従来より、現象に対する定性的簡便な説明が与えられているが、種々のパラメータに依存する現象に対する包括的理解は得られていないのが現状である。

 本論文は、2次元ノズルに着目して、実験パラメータとしてノズル淀み圧力対外部圧力比、ノズル開き角および、ノズル・障害物間距離に着目し、干渉の様相を実験的に明らかにするとともに、その際観測された現象の理解のために、数値解析の手法を用いて現象のメカニズムに対する知見を得ることを目的としている。

 第1章は序論である。超音速ノズル流と噴流中にある障害物との干渉がおきる状況、発生する現象が述べられ、関連研究の概要が述べられる。それをふまえて、この研究の問題提起と研究の目的が述べられる。

 第2章では、実験装置の概要とその方法について述べられ、問題とするパラメータが定義される。

 第3章では、実験結果の内、可視化手段により得られた結果が述べられる。干渉の結果として、ノズル流は3種類の形態に類別される。即ち、定常的偏り(非対称)流れ、非定常な偏り(非対称)流れ、定常な対称流れである。これらの流れの形態は各パラメータに依存して現れることが明らかにされた。特に、ノズル・障害物間距離とノズル淀み圧力対外部圧力比との関係の詳細が明らかにされた。3種類の干渉形態そのものは、従来より知られた物であるが、非対称偏り流れが比較的大きなノズル・障害物間距離でも生じることが明らかにされ、従来の定性的説明では説明不能であることが述べられる。

 第4章では、非定常流れについての周波数特性についての実験結果が述べられる。周波数特性は、障害物上の対称位置で測定された圧力測定に基づいている。ノズル淀み点圧力対外部圧力比が臨界値以下になると突然非定常流れになること、数百ヘルツ程度が特徴的な周波数であることが述べられる。

 第5章は、数値解析の手法が述べられる。圧縮性ナビエ・ストークス式に基づき、非定常な流れが数値的に解析される。

 第6章では、数値解析の結果が述べられる。まず、臨界圧力比付近でノズル内剥離点が急激にスロート側に後退することが述べられ、これに関連して適当な擾乱により、ノズル内壁上面・下面での剥離点位置がずれることにより定常的な偏り流れが生じることが明らかにされる。続いて、ノズル流と障害物が干渉することにより、偏り流が非定常性を持つことが示される。数値的に得られた非定常性の解析により、数キロヘルツ程度の高速現象と数百ヘルツ程度の低速現象の混在したものであることが示され、現象の因果関係を追跡することにより、それぞれの現象のメカニズムを考察している。

 第7章では、数値的に得られた現象と実験的に得られた現象との比較検討が行われ、概ねよい一致を示すことが述べられる。特に、非定常な現象について、高速現象は実験的にはセンサーの特性上得られないが、低速現象については周波数特性上よい一致を見せていることが述べられる。

 第8章では、結論であり、本論文の総括を行っている。

 以上要するに、本論文は超音速ノズル流と障害物との干渉に関する実験的および解析的な研究を行い、実験的に各種パラメータに依存する干渉形態を明らかにし、さらに解析的にその様相を再現すると同時に干渉に内在するメカニズムに関する知見をもたらしており、その成果は流体工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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