学位論文要旨



No 114224
著者(漢字) 富田,浩文
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,ヒロフミ
標題(和) ベナール対流のパターン形成に関する数値的研究
標題(洋) Numerical Research of Pattern Formation in the Benard Convection
報告番号 114224
報告番号 甲14224
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4350号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,寛司
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 藤井,孝蔵
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 薄い流体層の下面を熱するとある温度勾配以上で空間的に規則正しい対流が発現する(Benard対流)。今世紀初頭のBenardによる歴史的な熱対流の実験以来、対流のパターン形成過程は多くの流体研究者の興味を引き付けてきた。この分野では、実験的或は理論的研究が多く行われてきたが、計算機環境からの制約のため数値的なアプローチは比較的少ない。本研究では、Benard対流中での対流のパターン形成及び支配的な水平波長を数値的に詳しく調査する事を目的とする。水平方向に実験レベルの広い計算領域を設定し、Navier-Stokes方程式を直接計算により理想的な数値実験を行う。これにより、実現不可能ではないが制御が難しいと考えられるパラメータ領域での実験を数値的に補完する。

 下面を一様加熱し上面にも蓋を設けて一様冷却する設定をRayleigh-Benard系と呼ぶ。Rayleigh-Benard系を記述する無次元パラメータは浮力効果の強さを表すRayleigh数である(以下Ra数)。このRayleigh-Benard系については、作業流体を空気として、定常から非定常になるRa数領域での対流パターンの調査を行った。あるRa数を越えると、対流パターンは、典型的なロール型になる(図1(a))。Ra数を増すと、局所的な温度に振動が現れ、ロールは軸方向に波うちはじめる(図1(b))。ロールの波うちの時間変化を詳細に調べた結果、軸方向に一定の位相速度を持つ移動波であり、壁が存在していても、あたかも自由端のように反射が行われない事が分かった。次に流れの状態変化に対する臨界Ra数を特定するため移動波発生付近のRa数について多くの数値実験を行った。その結果、局所的な温度の時間変化のスペクトル解析、及びロールの軸の曲率の測定から状態変化に対する臨界Ra数は、6000であることが分かった。一方、支配的な水平波長の測定も同時に行った(図1(c))。Ra数を増すとロール直径は上昇するが、Ra6000でその勾配に急激な変化があることが分かった。すなわち、定常なロール型対流から移動波を含む非定常なロール型対流への移行は、ロール直径の増加に急激な変化を伴う。

図1:Rayleigh-Benard対流の中間断面での等温線(a)Ra=2500(b)Ra=10000)。(c)Ra数に対するロール直径の変化。

 下面を一様加熱し、上面の蓋を取り除き流体表面を周囲のさらす設定をBenard-Marangoni系と呼ぶ。Benard-Marangoni系を記述する無次元パラメータは既述のRa数と表面張力効果を代表するMarangoni数(以下Ma数)である。この設定による対流では、浮力効果と表面張力効果の拮抗が起こり、対流パターン形成はRayleigh-Benard対流よりも複雑である。浮力が支配的なパラメータ領域ではRayleigh-Benard対流と同様なロール型対流が現れるが(図2(a))、表面張力効果が支配的なパラメータ領域での対流パターンは極めて規則正しい六角形型になる(図2(b))。それらの中間的なパラメータ領域では、六角形型とロール型の混合型の対流パターンが観測された(図2(c))。より広い計算領域での計算及び、より狭い格子間隔での計算を行った結果、同様の混合型対流パターンが現れ、計算領域及び格子間隔依存によるものである可能性は低い。

図2:Benard-Marangoni対流の中間断面での等温線(a)Ra=853,Ma=0(b)Ra=284,Ma=71(c)Ra=807,Ma=28。

 多くの計算により得られた対流パターンを以上の3つ型に分類し、Ra-Maパラメータ空間にまとめた(図3(a))。最近の非線形解析による理論では、「ロール型及び六角形型が同時に安定であるパラメータ領域が存在する。」と結論づけられている(図3(a)中の点線)。本研究で見られた混合型対流パターンは、これらの非線形理論を数値的に裏付けるものである。

図3:(a)Ra-Maパラメータ空間における対流パターンの分類。(b)運動エネルギーとその生成率及び散逸率。が増すことは、表面張力効果が支配的になることに対応する。2Dは2次元計算で、陰に対流パターンがロール型になることを仮定している。3Dは3次元計算で、計算による対流パターンの制約はない。

 Benard-Marangoni対流系において、六角形対流またはロール型対流を選択する理由はなんであろうか。以上を運動エネルギーとその生成率と散逸率を使って考察を行った(図3(b))。パラメータ領域全般にわたって、浮力による運動エネルギーの生成率(PrdR)は対流パターンに依存しない。一方、表面張力による生成率(PrdM)は、表面張力が支配的なパラメータ領域でロール型よりも六角形型の方が高い。すなわち、このパラメータ領域では運動エネルギー(<>)自体も六角形型の方が高く対流運動がすみやかに行われている事を意味する。対流運動の強さは、鉛直方向の対流熱伝達に直接的な影響を及ぼす。鉛直方向の熱伝達効率はNusselt数(Nu数)によって測定することが出来る。表面張力が支配的なパラメータ領域では、Nu数は、ロール型よりも六角形型の方が高いことを確認した。以上により、系はより鉛直方向の熱伝達率が高い対流パターンを選ぶと結論づけた。水平波長を固定した解析的計算により、水平波長の選択についても、同様の結論を得た。すなわち、系は出来るだけ鉛直方向の熱伝達率が高くなるような水平波長を選択しようとする。

審査要旨

 修士(工学)富田浩文提出の論文は、"Numerical Research of Pattern Formation in the Benard Convection(ベナール対流のパターン形成に関する数値的研究)"と題し英文で書かれ、本文5章からなっている。

 本論文は、ベナール対流中での対流のパターン形成及び支配的な水平波長を数値的に詳しく調査する事を目的としている。水平方向に広い計算領域を設定し、ナビア-ストークス方程式に基づいて数値実験を行っている。論文の基本構成は、レイリー-ベナール対流とベナール-マランゴニ対流に関する研究の二本立てである。

 第1章は序論である。まず、ベナール対流の研究に関する歴史的経緯を述べ、レイリー-ベナール対流とベナール-マランゴニ対流の現象の違いを端的に説明している。その後、本論文の内容と意義について述べている。

 第2章はベナール対流を記述する方程式及び境界条件の説明である。また、ベナール対流の直接シミュレーションに関して、いくつかの数値計算法を比較し、最も効率的な方法について記述している。同時に簡単な2次元計算を行い、ベナール対流を十分解像し得る格子間隔の基準を与えている。

 第3章はレイリー-ベナール対流に関しての数値シミュレーションの結果である。非線形性の強い空気のレイリー-ベナール対流について詳しく調べている。流れ場の観察の結果から、定常な2次元ロール型対流から非定常な3次元流れに移行する臨界レイリー数が約6000であることを示している。更に、この流れ場の変化に対する臨界レイリー数については、ロール軸の曲率及び温度の時間履歴の測定結果によっても定量的に裏付けている。また、支配的な水平波長をロール対流の平均直径によって定量化を行っている。その結果、レイリー数に対する平均直径の変化の勾配も同様にレイリー数が6000で急激に変化することを示している。最後に、同じレイリー数においてロールの平均直径が大きい時にロールの軸の波うちが激しくなり、結果として熱伝達効率が悪くなると結論づけている。

 第4章はベナール-マランゴニ対流に関しての数値シミュレーションの結果である。ここでは、レイリー数とマランゴニ数の二つのパラメータ空間上で議論を展開し、パターン形成に関して詳しく解析している。まず、典型的な六角形型対流を再現し、実験との比較を行っている。浮力効果の支配的なパラメータ領域では、ベナール-マランゴニ系においてもロール型対流が現れることを示している。更に、ロール型対流や六角形型対流だけでなく二つの型の混合型対流も数値的に再現している。この混合型の対流については、より広い領域、より細かい格子での数値計算を行っており、その存在を確認している。以上の3種類の対流が支配的に見られる領域をパラメータ空間上にまとめている。また、系が対流パターンとして六角形型或はロール型を選択する理由をエネルギー変換効率と熱伝達効率の観点から以下のように説明している。まず、浮力による運動エネルギーの生成率は対流パターンに依らない。一方、表面張力による運動エネルギーの生成率は、表面張力が支配的なパラメータ領域で、ロール型よりも六角形型の方が高くなる。これらの結果として、表面張力が支配的なパラメータ領域では、六角形型対流の方が対流運動が活発になり、熱伝達効率も高くなることを定量的に示している。また、対流の支配的波長についての解析もなされており、最も熱伝達効率の高い波長が選ばれていることを示している。以上より、系は出来るだけ熱伝達効率が高い対流パターンと支配的波長を選択すると結論づけている。

 第5章はベナール対流問題についての本論文の結果から、今後のベナール対流の研究に方向性を与えている。

 以上を要約すると、レイリー-ベナール対流の水平スケールについて新たな知見を与えたこと、また、ベナール-マランゴニ対流の各対流パターンがパラメータ領域で変化することを明らかにし、その理由を与えたことは流体工学への応用の観点から貢献する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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