学位論文要旨



No 114225
著者(漢字) 中野,正勝
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,マサカツ
標題(和) 電気推進のシステム解析と性能評価
標題(洋)
報告番号 114225
報告番号 甲14225
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4351号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 助教授 川口,淳一郎
内容要旨

 電気推進は燃料消費量の低さを特徴とし,今後の多種多様な宇宙ミッションにおいて極めて大きな輸送性能の向上をもたらすものと考えられている。電気推進機は現在すでに人工衛星に搭載され,姿勢制御等の推進装置として用いられる段階に至っている。しかしながら,今後の様々な宇宙ミッションへの適用を考えると,電気推進機の推進性能や推進特性を考慮した総合的なシステム解析と性能評価が重要な課題になって来ている。特に,電気推進は低推力推進であるため長時間の作動を必要とし,そのシステム解析と性能評価のためには低推力軌道最適化を含んだミッション解析と電気推進機の耐久性能評価を行う必要となる。こうした背景から,本研究では電気推進の推進性能や特性を取り込んだミッション解析と耐久性評価モデルの構築を行うことにより,電気推進のシステム解析と性能評価を可能とすることを目的としている。

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章は,電気推進ミッションの性能解析のための計算コードの開発についてである。地球近傍及び惑星間の電気推進ミッションについて,非線型計画法ならびにSCGRA法を用いることで,電気推進の特性を容易に組み込むことが可能なミッション解析コードを開発した。地球近傍ミッションにおいては,電気推進機の作動にとって重要な地球の影や放射線帯の影響の解析が可能になり,惑星間ミッションに対しては,最適軌道とともに電気推進機の最適な出力や比推力を求めることが可能になった。同時に,ミッション性能の向上のためには電気推進機の耐久性能の向上が大きいことが示された。

 第3章は,電気推進機の中の一つであるイオンエンジンの寿命を評価するための計算コード及び簡易寿命評価モデルの構築及び検証についてである。イオンエンジンの実験による耐久性能評価は通常年単位の時間を要し,耐久性を向上させるべく様々な要素についてパラメトリックに調べることは極めて困難である。一方,既存の計算コードはPIC法によるプラズマ解析コードが主流で計算コストが極めて高く,実用上パラメトリックな解析が不可能となっている。本研究では,この点を克服するために新たにイオンビーム解析コードを開発し,特に3次元解析では2次元軸対称解析モデルにビーム放出面モデルを導入することにより,従来スーパーコンピュータで行われてきた寿命評価計算をワークステーションレベルで可能とした。また,寿命特性を電流密度ならびに加速グリッド電位で評価するモデルを提案し,イオンエンジンの寿命が従来考えられてきたよりも電流密度に強く依存することを示した。現在までに行われた耐久試験の結果と本コードによる計算値と比較したところ,イオンエンジンの寿命の主因と考えられる加速グリッド損耗について,損耗形状及び損耗率ともよい一致をみた。とりわけ2枚グリッドシステムでは構造破壊により,3枚グリッドシステムでは中和電子の逆流により寿命が決定されることが明らかになった。従って,本コードにより極めて低い計算コストでイオンエンジンの寿命を定量的に推算することが可能になった。

 第4章は,イオンエンジンの簡易寿命評価モデルについてシミュレーションにより詳しく検討している。その結果,簡易寿命評価モデルの予測どおり,寿命が電流密度及び加速グリッド電位に依存することが示された。この特性はイオンエンジンの設計,寿命評価及びミッション運用に関して有用であると期待される。

 第5章は,イオンエンジンの特性をミッション解析に反映させた場合についての考察である。イオンエンジンの寿命評価モデルを組み込んだ解析を行うことで,より現実的なミッション解析が可能になった。また,イオンエンジンの電流密度は,推力密度と寿命を結び付けるパラメータであるが,従来他で行われてきているミッション解析では電流密度は考慮されていない。電流密度に関して最適化を行ったところ,イオンエンジンでは電流密度に最適値が存在し,その電流密度で作動させることによりミッション性能が向上することが示された。

 第6章は結論であり,本研究で得られた結果を要約している。

 以上,電気推進のシステム解析と性能評価を行うため,電気推進機特性の組み込み容易なミッション解析コード及び低計算コストを特徴とするイオンエンジンの寿命評価モデルを開発し,これらを組み合わせることにより電気推進ミッションの性能向上のための極めて有効な解析手段を得た。その結果,本研究により,電気推進ミッションならびにイオンエンジンそれぞれの性能を短時間に評価することが可能になったとともに,ミッション解析と電気推進機の推進性能や特性を相互に反映させた解析が可能になり,今後の電気推進の宇宙ミッションへ適用ならびに宇宙輸送の高度化・高性能化に役立つものと結論づけられる。

審査要旨

 修士(工学)中野正勝提出の論文は「電気推進のシステム解析と性能評価」と題し、6章および付録から成っている。

 電気推進は比推力が高く、今後の様々な宇宙ミッションにおいて極めて大きな輸送性能の向上をもたらすものと考えられており、現在すでに人工衛星等に搭載され,姿勢制御等の推進装置として用いられる段階に至っている。しかしながら、様々な宇宙ミッションの適用を考えると、電気推進のミッション解析と推進性能や推進特性の解析を考慮した総合的なシステム解析とそのシステム性能の評価を行うことが今後の重要な課題になってくる。また,電気推進は低推力推進であるため長時間の作動を必要とし、そのシステムの解析には耐久性に関する問題を特に考慮する必要がある。こうした背景から,本研究では電気推進の推進性能や特性を取り込んだミッション解析と耐久性評価モデルの構築を行うことにより、電気推進のシステム解析と性能評価を可能とすることを目的とするものである。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章は、電気推進ミッションの性能解析のための計算コードについて述べている。地球近傍および惑星間の電気推進ミッションについて、非線型計画法ならびにSCGRA法を用いることで、電気推進の特性を反映したミッション解析コードを開発した。地球近傍ミッションにおいては、地球の影の影響や放射線帯の影響の解析が可能になり、惑星間ミッションに対しては、最適軌道とともに、最適な電気推進の出力や比推力の値を求めることが可能になった。また、ミッション性能向上のためには電気推進の耐久性能の向上が大きいことが示された。

 第3章は、イオンエンジンの寿命を評価するための計算コードおよび寿命評価モデルの構築及び検証についてである。イオンエンジンの実験による耐久性能評価は通常年単位の時間を要しパラメトリックに調べることは極めて困難である。一方、既存の計算コードはPIC法によるプラズマ解析コードが主流でその計算コストが極めて高く、これも実用上パラメトリックな解析が不可能となっている。本研究では、この点を克服するために新たにイオンビーム解析コードを開発し、特に3次元解析では2次元軸対称解析にビーム放出面モデルを導入することにより,従来スーパーコンピュータで行われてきた寿命評価計算をワークステーションレベルで可能とした。また、寿命特性を電流密度ならびに加速グリッド電位で評価するモデルを提案し、イオンエンジンの寿命が従来考えられてきたモデルよりも電流密度に強く依存することを示した。現在までに行われた耐久試験の結果と本コードによる計算値と比較したところ、イオンエンジンの寿命を主因である加速グリッドの損耗について、損耗の形状および損耗率ともかなりよい一致をみた。とりわけ2枚グリッドシステムでは構造破壊により、3枚グリッドシステムでは中和電子の逆流により寿命が決定されることが明らかになった。従って、本コードにより極めて短時間にイオンエンジンの寿命を推算することが可能になった。

 第4章は、イオンエンジンの寿命評価モデルについてシミュレーションにより詳しく検討している。その結果、寿命評価モデルの予測どおり、寿命が電流密度および加速グリッド電位に依存することが示された。この特性はイオンエンジンの設計、寿命評価およびミッションでの運用に関して有用であると期待される。

 第5章は、イオンエンジンの特性をミッション解析に適用した場合の考察である。イオンエンジンの寿命評価モデルを組み込んだ解析を行うことで、より現実的なミッション解析が可能になった。さらに、イオンエンジンでは電流密度(推力密度)を低下させることにより寿命が伸び、ミッション性能も向上することが示された。このように電流密度を最適化する運用法によりミッション性能が向上することが示された。

 第6章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、電気推進のシステム解析と性能評価を行うため、電気推進機特性の組み込み容易なミッション解析コードを開発するとともに、低計算コストのイオンエンジンの寿命評価コードならびに寿命評価モデルを開発し、それらが有効であることを示した。その結果、本研究により、電気推進ミッションならびにイオンエンジンそれぞれの性能を短時間に評価することが可能になったとともに、ミッション解析と電気推進自体の推進性能や特性を相互に反映させた解析が可能になり、今後の電気推進の宇宙ミッションへ適用ならびに宇宙輸送の高度化・高性能化に役立つものと結論づけられ,その成果は宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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