学位論文要旨



No 114226
著者(漢字) 藤原,健
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,タケシ
標題(和) 複雑な回転運動をともなう軌道上浮遊物体の運動認識と捕獲に関する研究
標題(洋)
報告番号 114226
報告番号 甲14226
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4352号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 助教授 川口,淳一郎
内容要旨 1はじめに

 近年,故障した衛星に対する修理・補給等の軌道上サービスや,大型スペースデブリ(宇宙塵)の捕獲および軌道からの排除などの目的のため,軌道上で複雑な姿勢運動(タンプリング)をしている物体(ターゲット)を無人宇宙機(チェイサー)によって自律的に捕獲する技術の必要性が,ますます認識されるようになってきた。

 軌道上でタンプリングしている物体を自律的に捕獲することを目的とした研究はこれまで数多くなされてきたが,それらのほとんどがマニピュレータ等の把持装置だけをターゲットの運動と一致させることを前提としてきた(図1)。そのためマニピュレータ等の機械的な限界により,ターゲットの動きが非常に緩やかであるか単純である場合だけしか扱えなかった。しかし,実際のデブリや制御能力を失った衛星は,より高速かつ複雑なタンプリングをしている場合も少なくないため,さらに有効な捕獲方法が必要とされていた。

図1:従来の捕獲法

 本論文は,従来の捕獲法では捕獲が困難であった高速または複雑な姿勢運動を有しているターゲットも捕獲の対象とするため,次のような手順をとる捕獲法を提案するものである。

 1.ターゲットと重心位置を一致させるために,チェイサーがターゲット全体を取り囲む(図2)。

 2.ターゲットを取り囲んだ状態で,姿勢運動もターゲットのものと一致するように,チェイサー自身を回転させる。

 3.姿勢運動が一致した状態で,従来のようにマニピュレータ等の把持装置を用いてターゲットを捕獲する(図3)。

 4.必要があれば,チェイサーの姿勢制御系を用いて,ターゲットを含めた全体を静止させる。

図2:重心および形状の制御図3:相対的に静止したターゲットを捕獲

 このように,把持装置だけでなくチェイサー全体の姿勢運動をターゲットのものと一致させることで,チェイサーからはターゲットが相対的に静止しているように見え,詳細な検査や,マニピュレータ等の把持装置による捕獲,およびその後の制動が容易になると考えられる。

 この捕獲法では,チェイサーはターゲットと姿勢運動を一致させた後,捕獲作業中つねにターゲットと同じ姿勢運動を維持する必要がある。そのためには主慣性モーメントの比をターゲットのものと一致させる必要があるため,ターゲットに合わせて慣性モーメントの比を変化させることができる機構もあわせて提案した(図4)。

図4:可変慣性モーメント機構の一例
2回転する物体の運動認識

 軌道上の姿勢運動は3次元の複雑なものとなりうる。また,スペースデブリ等の捕獲を目的とした場合には,その形状や慣性に関するパラメータも未知である。無人宇宙機であるチェイサーが,軌道上で自律的にターゲットを捕獲するためには,それらを含めてターゲットの運動状態を正確に認識する必要がある。

 このような運動認識問題に対して本論文では,ターゲットの運動を観測して得られる観測量からの,運動状態を表す時変状態量や各種の未知定数パラメータの推定問題として捉え,拡張カルマンフィルタを利用することで,実時間運動推定法を確立した。

 推定対象となる状態量は,ターゲットに関する相対位置rel,相対速度rel,姿勢角,姿勢角速度,慣性モーメント比Itmax,Itmin,およびN個の注視点のターゲット上での位置であり,合計15+3N個になる。一方,この推定に用いる観測量は,取得画像上でのN個の注視点の位置ui,および直前の画像と比べた移動量iであり,合計4N個になる。

 ここで提案した推定法の有効性を検証するため,表1の条件下で計算機シミュレーションを行った。推定結果の一例として,慣性モーメント比に関するものを図5に示す。これによれば,100秒(フィルタリング2000回)ほどで,真値によく収束している。

表1:運動推定シミュレーション図5:慣性モーメント比の推定
3回転する物体への姿勢追従制御

 姿勢運動を一致させるための制御法についてさまざまな検討を行った。

 まず,フィードバック制御法でチェイサーの姿勢運動をターゲットのものと一致させる方法について検討し,以下に示すフィードバック制御則を設計した。

 

 ただし,nlは観測可能な量から求まる補償項であり,fbは相対姿勢角qrelおよび相対姿勢角速度relから以下のように求まるフィードバック項である。

 

 このとき,相対姿勢角qrelおよびその時間微分qrelの関数V(qrel,qrel)を次のように定義すると,

 

 正のフィードバックゲインk1,k2に対して,関数Vは,V0,V0を満たし,かつ姿勢運動が一致したときのみV=V=0となるため,本制御則の漸近安定性が保証される。

 このフィードバック制御則について,外乱トルクおよび観測誤差がない状態で,表2に示す初期条件およびフィードバックゲインのもとで,計算機シミュレーションを行った。その結果を図6,7に示す。ただし,制御トルクは第2慣性モーメントIyで正規化してあるため,sec-2の次元を持つ。

表2:姿勢追従制御シミュレーション図6:制御トルク(case 1)図7:制御トルク(case 2)

 どちらの場合も漸近安定な解が得られたが,姿勢運動が大きくなるにつれて,必要な制御トルク量が非常に大きくなることも分かり,この制御則だけでは現実的な制御が不可能であると思われる。

 そこで,フィードバック制御の初期に要求される過大な制御量を緩和するために,最適制御手法を利用してあらかじめ制御トルクの最大値および総量を抑えた制御履歴を生成する方法を検討した。

 時刻tfにおいて姿勢運動が一致するという終端条件を境界条件とし,制御トルクにimaxという制御量拘束条件を与え,以下の評価関数Jを最小化する最適制御問題として扱った。

 

 

 以上の最適制御問題をcase 2と同じ条件のもと,以下のパラメータを用いて最適化を行った。ただし,最適制御手法としては,Sequential Conjugate Gradient-Restoration Algorithm(SCGRA)を用いた。結果を図8,9に示す。

 

図8:最適制御トルク(case 3)図9:最適制御トルク(case 4)

 最適制御を用いた結果,フィードバック制御だけの場合に比べて,制御トルクの最大値,総量,制御時間のすべてにおいて,非常に効率のよい制御となった。

 この最適制御履歴を利用した制御を行った後,相対姿勢運動が十分小さくなったところでフィードバック制御に切り替えることで,制御量の制約を満たしつつ安定な制御を行うことが可能となった。

4検証実験

 各要素技術の検証のため,計算機シミュレーションと並行してモーションテーブルと画像取得・処理系を組み合わせたハードウェア実験も行った。

 特に,運動推定フィルタにおいては,画像処理という過程で生じる誤差が,白色ノイズとはかなり違うものと思われるため,ハードウェア実験による検証を並行して行う意義は大きい。また,画像処理や推定フィルタ処理に必要な計算時間の推算のためにも,ハードウェア実験は有効である。

 本研究のために用意した三軸モーションテーブルを図10に示す。表3に示す条件において,この実験装置を用いて検証実験を行った。

図10:実験装置表3:検証実験

 カメラで取得した模型の動画像から注視点の運動を抽出し,その運動情報をカルマンフィルタに入力した。その結果を図11に示す。画像処理によって非白色ノイズが加わったにもかかわらず,複数の注視点を観測しているためにノイズの非白色性が弱まり,計算機シミュレーションで得られた結果と同様に,よい推定結果が得られた。

図11:実験結果

 また,処理時間については,PC(Intel Pentium 133MHz)において,画像処理,運動推定とも実時間処理が可能であった。

5結論

 宇宙空間に浮遊するタンプリング物体を捕獲するための技術は,今後の宇宙開発における必須技術の一つと考えられる。本論文では,従来のマニピュレータだけによる捕獲方法よりも高速かつ複雑なタンプリング物体を捕獲できる手法の一例として,姿勢運動を追従させる捕獲方法を提案した。また,そこで必要となる要素技術について,その実現性および有効性を計算機シミュレーション,および一部についてはハードウェア実験で検証した。

審査要旨

 修士(工学)藤原健提出の論文は、「複雑な回転運動をともなう軌道上浮遊物体の運動認識と捕獲に関する研究」と題し、6章と附録からなっている。

 近年、宇宙空間の安全かつ効率的な活用のため、利用価値の高い軌道からのスペースデブリ(軌道上の不要人工物体)の排除や、軌道上の故障した衛星に対する修理・補給等のサービスが注目され、その実現には軌道上の物体(ターゲット)を無人宇宙機(チェイサー)によって自律的に捕獲する技術が必要不可欠であることが認識されてきた。

 ターゲットを安全に捕獲するためには、ターゲットの運動を正しく認識し、捕獲の瞬間に把持装置の運動をターゲットのものと一致させる必要があるが、従来研究されてきた捕獲法は、マニピュレータの先端に位置する把持装置だけをターゲットの運動と一致させることを前提としているため、マニピュレータの可動範囲や動作速度等の機械的な限界により、ターゲットの運動が非常に緩やかであるか単純である場合だけしか扱えなかった。一方、実際のスペースデブリや制御能力を失った衛星は、より高速かつ複雑な姿勢運動を有している可能性もあるため、さらに有効な捕獲法が必要とされていた。

 このような背景のもと、本研究は、従来、研究対象として扱われてこなかった高速かつ複雑な姿勢運動をもったターゲットの捕獲まで対処するため、マニピュレータ先端の運動だけでなくチェイサー全体の姿勢運動をターゲットのものに一致させる捕獲法を提案し、その実現にとって重要な運動認識技術と姿勢追従制御技術について新しい手法を考案して、その実現性および有効性の検証を行うものである。

 第1章は序論であり、研究の背景を述べ、本研究の目的と意義を明確にしている。そして、捕獲問題への従来の取り組み方の問題点を指摘したのち、姿勢運動を追従させる捕獲法を提案し、本論文で扱うべき課題を明確にしている。

 第2章では、本論文で扱う推定問題、および制御問題を記述するための力学モデルを定義し、その定式化を行っている。その結果から、無重量下での自由回転運動の特徴を述べ、慣性モーメントの比を一致させることの利点を説いている。また、具体的な慣性モーメント調整機構を提案し、その実現性について検討している。

 第3章では、ターゲットの運動状態を認識するために必要となる実時間運動推定法を提案し、拡張カルマンフィルタを利用した運動推定フィルタを導出している。従来の運動認識では、ターゲットに関する事前情報がない場合に画像情報だけを利用して運動状態や慣性情報を推定するには、非常に複雑な計算を伴なう手法しかなかったが、本研究では、観測している特徴点のターゲット上の座標値を推定すべき状態量に加えることで、実時間推定可能な拡張カルマンフィルタとしての定式化が可能となることを明らかにしている。同時に、フィルタを構成する各種のパラメータと推定精度の関係を調べることで、フィルタ設計時の指針を示している。

 第4章では、姿勢運動を有するターゲットに対して、チェイサー本体の姿勢運動を一致させるための制御について検討を行なっている。従来の姿勢制御研究においては、姿勢を安定化させる、あるいは静止させる研究が中心であったが、本研究での姿勢制御の目標は異なっており、従来の線形化をベースにした手法の応用が困難であることをまず述べている。これに対処するため、線形化補償法を用いたフィードバック制御則を導き、リアプノフの定理により安定性を保証している。つづいて、フィードバック制御則の初期に必要となる過大な制御入力を避けるために、最適制御理論を利用したフィードフォワード制御法について検討し、これらの組合わせである程度の姿勢追従制御が可能であることを明らかにしている。

 第5章では、前章で検討した制御系が現実にはいくつか問題点を持っていることを指摘し、それらの欠点を除いた全く新しい制御手法として、物理的な保存量に着目し姿勢追従を段階的に行なっていく方法を提案している。これは、必要な制御の総量と必要時間のトレードオフがしやすい点、初期状態や推定誤差に対して頑強である点など、実際の応用の側面で優れた特質をもっていることをシミュレーションをベースに明らかにしている。

 第6章は結論であり、本研究で得られた結論を要約している。

 附録では、剛体の姿勢運動についての補足的な解説を行っている。

 以上要するに、本論文は、軌道上浮遊物体の捕獲問題に対してチェイサー全体の姿勢運動をターゲットのものに一致させる捕獲法を提案するとともに、その実現に必要な運動認識手法および姿勢追従制御手法を考案し、その実現性および有効性を示したものであり、宇宙工学上および制御工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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