宇宙構造物は一般には剛性が低く、減衰が小さい反面、ミッションによっては極めて高い形状精度が要求されるのでその振動対策は重要である。この問題に対して今まで多くの研究がなされてきている。そのなかで、系に制御力を積極的に与える能動的制振は適切な制御則により制御を行えば非常に大きな制振効果が期待できる。しかし、構造物の正確な動特性が不明などの理由により、設計された制御系が適切でない場合には、スピルオーバー等により系が不安定になることもある。軌道上で組み立てられ、あるいは展開される宇宙構造物の場合には地上で事前にその動特性を正確に把握することは困難であるので、失敗が許されない軌道上の制御に適用するには不安が残る。一方、構造物自体が持つ構造減衰、摩擦力などの減衰効果を効率よく利用することによって振動を減衰させる受動的制振は系にエネルギを与えないため、能動的制振のように系が不安定になることなく、常に安定である。低コスト、軽量であり、不安定となることがないので、現在でも衛星の搭載機器などの制振に多く用いられているが、制振性能の面では能動的制振に劣るという欠点がある。 これらの制振手法の中間に位置する第3の制振手法が準能動的制振である。準能動的制振とは、構造物の受動的振動減衰が大きくなるように構造物やダンパの持つ特性を積極的に制御するものである。準能動的制振の場合には、エネルギは受動的メカニズムにより散逸されるので、能動的制御とは異なり、系は常に安定であり、同時に受動的制振より高い制振能力が期待できる。そのため、構造物の動特性を地上試験で正確に把握することが困難な宇宙構造物用の有力な制振手法と考えられる。そこで、本研究は、宇宙用構造物として多用されるトラス構造物の準能動的制振の実現とその評価を行おうとするものである。 本研究では、準能動的制振を実現するために、引加電圧によって流体の特性が変化する電気粘性流体(Electro-Rheological Fluid,ER流体)の特性を利用して柔軟宇宙構造物への適用を考慮した可変ERダンパを考案・製作した。図1に可変ダンパの断面図を示す。電気粘性流体は、分散型と液晶型ER流体の二つに大別されるが、本論分では分散型ER流体を用いた可変ダンパと、液晶型ER流体を用いたダンパを製作した。両ダンパとも同一の構造であるが、表1に示すよう寸法は異なる。図1のダンパはベローズで囲まれた二つの部屋とそれらを結ぶ連結管(bottle neck)で構成されており、その中に流体が封入されている。右側のベローズ部がトラス部材から伝わる軸力によって押されると、流体が連結管内を流れて、二つのベローズが同時に軸方向に伸縮する。連結管内には細い棒状の電極を固定してあり、管の壁面と電極の間に電圧を加えれば管内を流れる流体の特性が変化することによりダンパの特性も変化するものである。本ダンパは、可動部のない簡単な可変ダンパとなっている。それに、一度流体をダンパ内に封入してしまえば流体が漏洩する恐れがなく、宇宙空間のような真空環境や低圧環境での使用にも適している。また、ベローズ部の伸縮により、流体が連結管内を流れるため、摺動部がなく、摩擦の影響もなくすことができている。 上記の2種類のダンパの特性を把握するために、一定速度での引張試験を行った。図2は可変分散型ER流体ダンパの引張試験測定結果の一例であり、一定速度引張/圧縮の繰り返し試験で得た伸び(d)-荷重(p)関係を示す。作用する荷重が小さい領域では剛性は高い値となるが、荷重がさらに上昇し、ある荷重レベルを越えるとダンパの剛性は低い値となる。また、この剛性値の変化する荷重は引加電圧が高いほど大きな値となっていることが判る。図3は可変液晶型ER流体ダンパの引張試験測定結果の一例であり、2kVの一定電圧下で、四段階の異なった引張速度で行った引張/圧縮の繰り返し試験で得た伸び(d)-荷重(p)関係を示す。ダンパのヒステリシス(引張側と圧縮側での荷重の差)は引張速度に大きく依存していることが判る。これらを含む多くの引張試験結果から、図4に示すような二つのバネ要素k1とk2、可変粘性減衰要素c、可変摩擦要素fで構成されるダンパの数学モデルを提案した。ここで、バネ要素k1とk2はそれぞれ主に流体の体積剛性とベローズの軸剛性を代表し、cとfはダンパの連結管内の流動抵抗を代表している。引張試験結果から各要素の値を同定したところ、可変分散型ER流体ダンパは引加電圧によってほぼ摩擦力fのみが変化する可変摩擦ダンパと近似でき、可変液晶型ER流体ダンパは主として粘性減衰要素cが変化する可変減衰ダンパと近似できることが判った。 次に、提案したダンパの数学モデルを用いて複数の可変ダンパを有するトラス構造物の運動方程式を求めた。ダンパの数学モデル図4のk2の伸びをeiとし、eiからなるベクトルをeとするとき、可変ダンパを持つトラス構造の運動は状態量ベクトルzを用いて と表される。ここに、添字iはi番目のダンパを示し、F[z,ei,fi,ci]はz,ei,fi,ciの非線形関数を示す。式(1)のeを制御量と見なせば、例えばLQ(Linear Quadratic)制御理論からある意味で最適な制御量が求められる。しかし、本研究で取り扱う可変ダンパではeを直接制御することはできず、入力電圧で制御できるのはダンパの数学モデルのfi及びciのみである。そこで、eの値がにできるだけ近づくように式(2)中のfi及びciを制御することを考えた。このような考え方及びこれを発展させたものに基づき、可変ダンパを用いた準能動的制振を行うためのオンーオフ制御則を数種導出した。それらはいずれも、複数の可変ダンパを有する柔軟構造物に適用できるものであり、可変分散型ER流体ダンパのようにダンパの数学モデルのfが可変なダンパを想定したLQFC制御則と可変液晶型ER流体ダンパのように主としてダンパの数学モデルのcが可変なダンパを想定したLQDC制御則に大別できる。 可変分散型ER流体ダンパとLQFC制御則を用いた準能動的制振の効果を調べるために、可変ダンパを組み込んだトラスの準能動的制振の数値シミュレーションを行った。1次及び2次モードに初期変位を与え、解放した後の振動をここで提案した4種のLQFC制御則を用いて準能動的に制振し、その制振効果を示す指標としてトラスの各接点の変位の二乗平均値を10秒間に渡って時間積分した値Irmsを求めた例を図5に示す。同図はIrmsの値をダンパのモデル内のcの値の関数として示したものである。比較のために同図にはcとfの値が一定である受動系について同様にして求めたIrmsの値をも示してある。受動系の場合にはc=7×103N sec/mで、f=0の時にIrmsが最小となり、その意味で最適となるが、いずれのLQFC制御則を用いても準能動的制振により、この最適な受動系よりも遥かに小さなIrmsの値が得られること、すなわち遥かに良い減衰効果が得られることを同図は示している。 数値シミュレーションにより確認した準能動的制振の効果を実際の構造物で確認するために、可変分散型ER流体ダンパを組み込んだ片持ちのトラス構造物の準能動的制振実験をも行った。図6に実験装置のブロック図を示す。トラスの1次及び2次モードを電磁加振により励振した後、同回路を「開」とし、引き続く自由減衰振動の途中で制御を開始した準能動的制振実験結果の一例を図7に示す。上からトラスの先端変位(u1)、ダンパにかかる荷重(p)、ダンパの伸び(d)、制御シグナルを示す。準能動的制振を行うことにより数値シミュレーションのとおりの速い振動減衰効果が確認できた。また、実験結果は数値シミュレーション結果と良く一致し、本準能動的制振の高い制振効果を実証するとともに、提案したダンパの数学モデルの妥当性も示唆した。 以上の制振実験結果から、比較的大振幅の振動に対する準能動的制振の高い制振効果を確認することができたものの、振動が微小振動となった後(図7の約13秒付近)には振動減衰が遅くなり残留振動が残る現象が示された。これは、高電圧の引加により両電極間に形成されていた微粒子の繋がりが引加電圧を0kVにしても即座には分散せず、fminが大きくなるためと考え、その問題点を改善するために、図1に示す圧電振動子により、ダンパの電極の高周波振動を励起して繋がりを分散させることによりfminを低減させる方法を試みた。その効果を確認するために静的実験とトラスの準能動的制振実験を行った。電極の高周波振動を利用した制振実験結果の一例を図8に示す。同図を図7の電極の振動を励起しない場合と比較すると上記の方法を用いることにより、実際のトラスの準能動的制振において、電極の振動を利用しない場合の1/3の振幅にまで振動を減衰でき、上記の欠点が改善されることが確認できた。また、分散型ER流体の挙動を顕微鏡により観測して、高電圧引加後、電圧を0Vにしても微粒子の繋がりが即座には分散しないこと、電極を励振すると繋がりが分散することを確認した。 可変液晶型ER流体ダンパとLQDC制御則を用いた準能動的制振の効果を調べるために、可変分散型ER流体ダンパを用いた場合と同様の数値シミュレーションをも行った。その結果、準能動的制振を行うことにより最適受動系よりも速い振動減衰が得られることが示された。しかし、本論文で製作したダンパを考える限り、その制振効果は振幅が過大な場合を除き、可変分散型ER流体ダンパによる準能動的制振には及ばないことも示され、より高い制振効果を得る為にはダンパの性能向上が必要であることが示された。また、可変分散型ER流体ダンパとは異なり可変液晶型ER流体ダンパには振幅依存性がないことがその長所の一つであることも示された。 数値シミュレーションにより確認した準能動的制振の効果を実際の構造物で確認するために、可変液晶型ER流体ダンパを組み込んだ片持ちのトラス構造物の準能動的制振実験をも行った。図9は準能動的制振実験結果と、ダンパへの入力電圧を一定に保った状態の自由減衰振動実験結果を比較したもので、トラスの先端の変位(u1)を示す。準能動的制振により一定電圧下での自由減衰振動よりも良い振動減衰効果が得られることを同図は示している。また、可変液晶型ER流体ダンパの入力電圧の切り替えに対する応答は可変分散型ER流体ダンパに比べて遅く、そのために場合によっては制振効果が低下することも示された。 表1 可変ダンパの寸法[Lb,D1,D2,D3は図1に示す寸法である]図1 可変ERダンパの断面図[分散型ER流体ダンパの性能向上のために電極を励振できるよう圧電振動子が新しく取り付けられている]図2 可変分散型ER流体ダンパの引張/圧縮試験結果[引張速度:20mm/min]図3 可変液晶型ER流体ダンパの引張/圧縮試験結果[引加電圧:2kV]図4 可変ERダンパの数学モデル図5 可変分散型ER流体ダンパを用いた準能動的制振の数値シミュレーションで求めたIrmsの値図6 準能動的制振の実験装置ブロック図[電極の高周波振動の励起のための装置が追加されている]図7 可変分散型ER流体ダンパによる準能動的制振実験結果[電極の高周波振動を利用しない場合]図8 可変分散型ER流体ダンパによる準能動的多モード制振実験結果[電極の高周波振動を利用した場合]図9 可変液晶型ER流体ダンパによる制振実験結果の比較 |