沿面放電現象は異なる誘電体の境界層で起こる放電であって非常に複雑な物理現象である。誘電体表面上の沿面放電は、気中放電に比べて進展しやすく電力機器や電子素子の絶縁設計上、沿面放電の抑制が重要なポイントとなる。一方沿面放電による放電プラズマは、発電所からの排ガスなどの有害ガス処理に有用であるなど、工学的な応用範囲の広い現象でもある。沿面放電を利用する立場からも、抑制する立場からも、その進展機構に関する解析は強く望まれている。 沿面放電に関する研究は、長年多くの研究者によって観測されてきた。測定対象は進展長・発生電圧・電圧分布・残留電荷分布・進展速度と多岐にわたる。しかし今までなされてきた研究の多くは、放電の結果生じた現象を観察し定性的あるいは定量的な結論を得ることをねらいにする内容にとどまるものが多く、沿面放電進展に伴う"過渡現象"を観察し定量的な結論を得ている研究は少ない。 電気光学効果を利用したポッケルス電圧センサは、(1)被測定対象である放電空間に与える擾乱が少ない、(2)周囲からの電気的雑音に強い、(3)高速応答が可能であるという特長を持つ。本研究においてはポッケルスセンサとストリークカメラ及びCCDカメラを組み合わせて5cmの直線領域の電位分布変化を時間・位置的に連続的に測定するシステムを構築した。同測定システムを用いて沿面放電進展に伴う電位分布過渡変化を放電空間に擾乱を与えることなく定量的に測定し、さらに電位分布測定データより沿面放電の進展速度、電界分布、帯電電荷密度分布の過渡的変化を推定することに成功した。 測定システムの概略図を図1に示す。Arイオンレーザより出射した直線偏光をシリンドリカルレンズを用いて50mm幅に拡げた後、ポッケルス効果を持つBGO結晶センサ部に入射する。BGO結晶の入射側表面は電気的に接地され、反対面には誘電体ミラーが蒸着されている。誘電体ミラーにおいて反射されたレーザ光は、PBS(偏光ビームスプリッタ)を介してx方向成分のみが、ストリークカメラに取り込まれる。BGO結晶が電気光学効果を持つため、PBS検出光強度は、結晶に印加された電圧の余弦関数として表される。 図1測定システムの概略 BGO結晶センサ部において50mm長の直線状領域の測定範囲の光輝度分布は、ストリークカメラを高速掃引することにより、その時間変化が測定できる。さらにストリークカメラにはCCDカメラが接続されており光輝度分布時間変化を定量的に捉えることが可能となっている。BGO結晶センサ上の測定視野内に放電電極を設置し、沿面放電を発生進展させることにより、沿面放電進展に伴う表面電位分布変化を測定できる。 この測定システムのセンサ部としては、直径50mm厚さ1mmの円盤形BGO結晶表面上に放電電極を設置し沿面放電を結晶表面を直接進展させる「直接電位測定センサ(直接型センサ)」と、50×5×2mmの角材状のBGO結晶を、同材質の4枚のBGO結晶板材で囲み、誘電体薄板(主に1mm厚ガラスを用いる)で覆い沿面放電は誘電体薄板上を進展させる「分圧電位測定センサ(間接型センサ)」を用意した。 CCDカメラで撮像した光輝度分布よりBGO表面上の電位分布を求めるには既知の電圧がBGO結晶に印加された時の光輝度分布を参照している。なお間接型センサ使用時にはBGO結晶上の電位分布測定データを基に電界計算を行い、誘電体上の電位分布を推定する。 間接型センサは、電界計算に手間がかかり精度も若干直接型センサに劣ると思われるが、測定電圧範囲が広く、沿面リーダや、F.O.に至る沿面放電、正極性放電など幅広い測定対象に適用できる。一方直接型センサは測定対象がセンサの物理的大きさおよび測定範囲から主として沿面ストリーマに限定されてしまうものの、高精度の測定が可能である。 本システムの精度を確認するために、電位分布が電荷重畳法により計算できる円柱電極による電位分布を測定した。2,5,8mm円柱電極を沿面放電が発生しないよう絶縁油に浸し、商用交流50Hzの1サイクル分の波形で、-11kVを印加した。測定結果は電荷重畳法による理論計算値と極めて良く一致した。空間方向の測定分解能は、0.1mmに達することが確認された。また平板電極を高圧電極として使用し、立ち上がり45nsのステップ電圧を印加してポッケルスセンサの時間応答特性を測定した。センサ出力は印加電圧波形に良好に追従し、測定システムの時間方向の分解能は少なくとも2-3nsのオーダに達することが確認された。 本測定システムを用いて、大気圧空気中、窒素中、SF6中における負極性沿面ストリーマをまず測定した。大気圧空気中における測定結果をまとめると以下の通りである。 (1)沿面放電現象は50nsという極めて短い時間内に進展・停止し、それに伴って電位・電界分布が急激に変化する。 (2)沿面放電先端近傍における沿面方向電界強度は、30kV/cmと空気中の電離電界条件以上の値であり、進展停止直後も局所的には高い値を保つ。 (3)沿面放電進展速度は発生直後は108〜109cm/sオーダであるが、電極から離れるにつれ減少し、107〜106cm/sオーダまで低下する。 (4)沿面放電の停止条件として、電離が起こりうる強電界領域の広がりの減少が考えられる。 また、代表的な負性気体であるSF6中、および電子付着のない窒素中における測定結果をまとめると以下の通りである。 (1)窒素中においては、沿面ストリーマは長時間にわたって進展しつづける。これは電子付着がないため、弱い電界でもストリーマ進展を維持するだけの電離が可能であることによると考えられる。 (2)進展中の進展方向電界Exの最大値は、空気中においてほぼ一定値であるのに対し、窒素中では徐々に減少する。 (3)Ex分布形状は、窒素中では直線的な三角形状を維持する。 (4)SF6中のストリーマは空気中のストリーマとよく似ており、進展終了後もストリーマ先端付近においては臨界電離電界値近くの電界強度を維持している。 SF6や空気中においては負極性沿面リーダは進展と一時停止を繰り返しステップ状に進展することは良く知られている。空気中、SF6、窒素-SF6混合ガス中における沿面リーダに関して測定を行った。測定結果をまとめると以下の通りである。 (1)沿面放電の進展一時停止時における先端部の電位・電界分布形状はステップ数に関係なく類似する。またExの最大値は、進展時、停止時ともにどの気体においても臨界電離電界強度近傍の値である。 (2)進展停止後に電界強度の最大値が増加していく現象は、電荷の移動や再配置によるものと思われ、沿面放電幹部におけるリーダ化とも密接な関係をもつことがわかった。沿面放電幹部におけるリーダ化の様子も測定され、リーダ内の進行方向電界強度は4kV/cmである。 (3)空気中における負極性沿面リーダは、ステップ状に進展する場合と、一気に進展する場合がある。電位分布、Ex分布ともに両者の間には有意差がみられないが、一気に進展する場合ストリーマ群の極率半径が小さいため|E|の値としては大きな値になり、進展を維持しやすいと考えられる。 (4)ステップが進展する場合、電極より電極電位に近い値の電圧波が到達した時点から進展を開始する。これはSF6及び混合ガス中において顕著である。 さらに空気中正極性沿面ストリーマを対象に測定を行った。なお観測視野内にストリーマが進展していることを、静止カメラで確認している。結果をまとめると以下の通りである。 (1)正極性沿面ストリーマ進展時の電位分布は、負極性に比べてより直線状の形状分布となる。すなわち進展方向電界強度は部位によらず一定である。 (2)ストリーマ内進展方向電界強度は、ストリーマ発生直後は4kV/cm前後の値であるが、進展とともに徐々に高くなり、停止時には10kV/cm前後の値になる。 (3)ストリーマは発生直後は108cm/sのオーダで進展するが、進展に伴いその速度は減少し107cm/s、オーダまで低下する。またストリーマ進展時間は、同回路条件の負極性測定結果の半分近い値である。 (4)一度ストリーマが放射状に発生した後も、電極の電位が上昇するとストリーマ根元で発光を伴う再電離が生じる。再電離現象により電極近傍の電界は緩和される。 (5)正極性ストリーマの太さは、巨視的には数百ミクロンであると取り扱える。 本研究において、長さ5cmの領域の電位分布変化を高時空間分解能をもって測定できるシステムを構築した。測定範囲は0〜±14Kvである。空間分解能は0.1mm、時間分解能は2〜3nsオーダに達し、電位プローブなど従来の測定手法に比べ時間的にも空間的にも分解能は2〜3桁改善されている。 また本測定システムを用いて、各種環境下における沿面放電進展現象を測定した。放電の進展は電界分布によって決定され、放電自身の電荷分布も含めて形成される電界分布を被接触に擾乱を一切与えることなく測定・算出した例は他に例をみない。放電の物理的機構の解明を行う上で極めて重要な役割を果たすものと考えられる。 |