審査要旨 | | 本論文は,「鋼板の磁気浮上搬送システムのための浮上・推進兼用方式に関する研究」と題し,鉄鋼業分野における製品品質の向上を実現するための一手法として期待されている電磁力を用いた鋼板の非接触搬送技術に関し,浮上力と推力を同一の機構から発生する浮上・推進兼用方式の適用を提案し,その諸特性を明らかにするとともに,各種要素技術とシステム全体構成を研究したものであり,全6章で構成されている。 第1章「序論」においては,最近の鉄鋼業分野における趨勢と,それを背景として近年研究が進められている電磁力を利用した鋼板の非接触搬送技術について研究動向をまとめ,そして,これらを踏まえた上で,本研究の位置付けと目的を示している。 第2章「吸引式磁気浮上による鋼板の非接触支持」においては,吸引式磁気浮上技術に関する最近の研究動向を総括したのち,磁気浮上技術という側面から鋼板の非接触支持を考察した場合の特異性・問題点を整理している。鋼板の磁気浮上系においては,通常の磁気浮上系に比べて,浮上対象の質量が大きい割にはその可撓性が高く,また,搬送の際には鋼板位置が時々刻々変化するために,強い支持力を発生する電磁石と振動制御を行う電磁石を分離する方がよい。ここでは,鋼板の鉛直方向速度成分のみをフィードバックした振動制御用電磁石を用いた磁気浮上系により可撓性鋼板の磁気浮上実験を試み,その効果を検証している。 第3章「リニアモータによる鋼板の浮上・推進兼用方式の特異性と問題点」では,まず,鋼板に非接触で駆動力を与える各種方法の中で,リニアモータを利用した推進手法の位置付けを,浮上系の構成も考慮に入れて明らかにしている。続いて,鉄二次構成であることに起因する問題点を整理し,フーリエ級数法および有限要素法による電磁界解析を通じて鉄二次リニアモータの電磁力特性を解析し,鉄の磁気飽和が電磁力特性に与える影響を考察している。その結果,鉄の表皮効果に起因する磁気飽和が垂直力に大きく影響を与え,リニアモータの垂直力を磁気浮上に積極的に利用しようとした場合,問題となりうることを指摘している。 このような鉄二次リニアモータの持つ特異性を受けて,第4章「横方向磁束型リニアモータを応用した浮上・推進兼用方式」においては,鋼板の浮上・推進兼用方式に適した推力発生源として,垂直力の発生に重点をおいた横方向磁束型リニアモータの適用を提案している。磁気浮上系の制御性に重点をおいた構成である鉄二次横方向磁束型リニアモータにおいては,電磁石と同等の強い電磁吸引力を鋼板に作用させることができると同時に,その100分の1程度の推力を非接触支持された鋼板に作用させることができる。さらに,横方向磁束型リニアモータ一次電流として,交流に直流を重畳して供給することの,磁気浮上制御上の利点が示し,有限要素法による過渡解析によりその特性を評価している。また,仮定磁路法による簡易的な電磁界解析により,実ラインで重量鋼板を支持するための横方向磁束型リニアモータの設計を行い,直流重畳給電を行った横方向磁束型リニアモータの利点を定量的に評価している。その結果,磁気浮上系の技術目標である,浮上効率が1kW/tで,浮上対象面積に対する浮上系の占有率が0.1の実用的なシステムが構成できることを示している。さらに,鋼板に作用するブレーキ力に関しても解析的に検討を加え,その影響は微小であることが示している。 続く第5章「鋼板の磁気浮上搬送システムの検討」では,鋼板の浮上・推進兼用方式について,実際に鋼板を搬送する際の問題として,固定された支持機構間での鋼板の受渡しと,鋼板位置の把握に関して,ギャップ誤差から支持質量を推定する等価質量推定法および推定質量より鋼板位置を推定する手法の利用を提唱し,これらの手法の説明,およびシミュレーションと実験を通じてこれらの手法の妥当性を示している。続いて,ある程度大きな推力が必要な搬送ラインの始点・終点付近の加速・減速区間においては,通常の構成のリニアモータで推力を発生し,電磁石により鋼板を非接触支持することになり,この様な加速・減速領域におけるシステム設計を行っている。さらに,鋼板内部の誘導電流による温度上昇を有限要素法を用いた熱伝導解析により行い,その値が微小であることを示している。最後に諸要素技術を総括して搬送ラインの全体像を描いている。 第6章「結論」では本論文の成果をまとめ,今後の課題についても言及している。 以上,これを要するに,本論文は,鋼板製品の品質向上を実現する磁気浮上搬送システムに対し,横方向磁束型のリニアモータを用いた浮上・推進兼用方式の適用を提案し,その特性を明らかにするとともに,鋼板搬送ラインを構築するにあたり必要となる諸要素技術を実験および解析に基づき検討し,同方式による簡略な構成の鋼板磁気浮上搬送システムの全体構成を提示して,その実用化に向けての方向性を与えたものであり,電気工学,特に電気機器工学に対して貢献が大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |