学位論文要旨



No 114232
著者(漢字) 林屋,均
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシヤ,ヒトシ
標題(和) 鋼板の磁気浮上搬送システムのための浮上・推進兼用方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 114232
報告番号 甲14232
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4358号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨

 本研究は、鉄鋼業分野における製品品質の向上を実現するための一手法として期待されている、電磁力を用いた鋼板の非接触搬送技術への、浮上力と推力を同一の機構から発生することで全体のシステムの簡略化につながる、浮上・推進兼用方式の適用を提案するものである。電磁界解析と実験機における検証実験を通じて、その基礎特性の把握、および実際の鋼板搬送ラインを構築するにあたり必要となる諸要素技術の検討を行い、浮上・推進兼用方式を利用した鋼板の磁気浮上搬送システムの実現に向けての指針を与えている。本論文は序論と結論を含めて全6章で構成されており、以下に章ごとの内容を要約する。

 第1章「序論」においてはまず、最近の鉄鋼業分野の趨勢について触れ、鉄鋼業分野における製品品質向上への要求が高まっている背景を述べたあと、この様な状況を受けて、近年大学を中心に研究が進められている電磁力を利用した鋼板の非接触搬送技術について、その研究動向をまとめる。そして、これらの技術的な要請およびこれまでの研究動向を踏まえた上で、本研究の位置付けと目的を明示する。

 第2章「吸引式磁気浮上による鋼板の非接触支持」においては、本方式を実現する上で要となる磁気浮上技術についてまとめる。吸引式磁気浮上技術は産業分野においても既に様々な分野での応用がなされるに至っているが、それらの全体的な特色や研究動向を総括したのち、特に本研究とも共通項が多いと思われる二方向力(浮上力と推力や案内力など)を同一の機構から生じる手法に関する研究・実用化例についての整理を行う。これらを受け、磁気浮上技術という側面から本研究を見た場合の特異性・問題点を示す。鋼板の磁気浮上系においては、通常の磁気浮上系に比べて、浮上対象の質量が大きい割にはその可撓性が高く、また、搬送の際には鋼板位置が時々刻々変化するために、強い支持力を発生する電磁石と振動制御を行う電磁石を分離する方が良い。ここでは、鋼板の鉛直方向速度成分のみをフィードバックした振動制御用電磁石を用いた磁気浮上系により可撓性鋼板の磁気浮上実験を試み、その効果を検証する。

 第3章「リニアモータによる鋼板の浮上・推進兼用方式の特異性と問題点」ではまず、これまでにいくつか研究されている鋼板に非接触で駆動力を与える方法の中での、リニアモータを利用した推進手法の位置付けを行う。この際、推力に関する定量的な比較の他に、浮上支持系の構成も考慮して各種法の比較を行う。続いて、これまでにあまり考慮されていなかった鉄二次構成であることに起因する問題点を示す。ここに鉄二次構成とは、通常の片側式リニアモータの二次側がアルミニウムなどの導体板と磁路を構成するための裏張り鉄板からなるのに対して、鋼板の磁気浮上搬送においては搬送対象である鉄の単体であることを意味する。鉄二次のリニアモータに関して、電磁界中の変数が全て正弦波状に変化すると仮定して常微分方程式を解くことで電磁界解析を行うフーリエ級数法、および有限要素法による電磁界解析を通じて、その垂直力・推力特性を把握し、また、磁気飽和がこれら特性力に与える影響を考察する。鉄二次構成のリニアモータでは鉄の表皮効果に起因する磁気飽和の垂直力に与える影響が大きく、積極的に垂直力を利用しようとした場合、磁気飽和による効率の低下に注意する必要性が明らかにされる。

 この様な鉄二次リニアモータの持つ特異性を受けて、第4章「横方向磁束型リニアモータを応用した浮上・推進兼用方式」においては、鋼板の浮上・推進兼用方式に適した推力発生源として、垂直力の発生に重点をおいた横方向磁束型リニアモータの適用を提案する。まず、鉄二次構成の横方向磁束型リニアモータに関する基礎的な検討例がこれまでにないため、有限要素法による三次元の電磁界解析により基礎特性の把握を行う。垂直力を効率的に発生し、かつ本質的に不安定な磁気浮上系の制御性に重点をおいた構成である鉄二次横方向磁束型リニアモータにおいては、電磁石と同等の強い電磁吸引力を鋼板に作用させることができると同時に、その100分の1程度の推力を非接触支持された鋼板に作用させることができる。一方、磁気浮上系の支持という観点からは、機械的な支持をされていない鋼板を非接触支持するために、横方向磁束型リニアモータのモータ長は短い方が望ましい。このため、リニアモータを電磁石と同様に取り扱って磁気浮上を実現できることや、鋼板に作用するピッチング方向の脈動トルクを軽減できる、などの利点を持つ交流に直流を重畳して給電を行う手法を導入する。通常の構成のリニアモータでは、この様な直流成分は漏れ磁束の増大を生むだけであるが、横方向磁束型のリニアモータでは進行磁界と垂直な方向に短い磁路を持つため、直流励磁が可能である。この様な直流磁界を利用することにより、横方向磁束型リニアモータは電磁石と同様に効率的かつ安定に鋼板支持のための垂直力を発生することができ、それに交流成分を重畳することにより推力を得る。直流重畳交流給電を行った場合の横方向磁束型リニアモータの特性に関しても、有限要素法による過渡解析により、その特性を評価する。また、仮定磁路法による簡易的な電磁界解析により、実ラインで重量鋼板を支持するための横方向磁束型リニアモータの設計を行い、直流重畳給電を行った横方向磁束型リニアモータの利点を定量的に評価する。この結果、磁気浮上系の技術目標である浮上効率1kW/t,浮上対象面積に対する浮上系の占有率0.1の実用的なシステムが構成できることが示される。さらに、直流磁界を利用することで危惧される、鋼板に作用するブレーキ力に関しても解析的に検討を加え、その影響は微小であることが示される。

 続く第5章「鋼板の磁気浮上搬送システムの検討」では、これまで議論してきた横方向磁束型リニアモータを利用した鋼板の浮上・推進兼用方式について、実際に鋼板を搬送する際に問題となるいくつかの点について検討を行い、続いて搬送システム全体の議論を行う。まず、鋼板が移動していくことに伴う問題点である支持磁石(横方向磁束型リニアモータ)間での鋼板の受渡しと、鋼板位置の把握に関して、ギャップ誤差から支持質量を推定する等価質量推定法および推定質量より鋼板位置を推定する手法の利用を提唱し、これらの手法の説明、およびシミュレーションと実験を通じてこれらの手法の妥当性を示す。ところで、前記の様に横方向磁束型リニアモータの推力は垂直力に比べて非常に微弱であるが、勾配や風などの外乱の無い工場内で鋼板を搬送する場合、搬送ラインの中央付近では鋼板の勢いを保つだけの推力を生じることができれば良い。これに対し、搬送ラインの始点・終点付近では重量鋼板を短区間で加速・減速するためにある程度大きな推力を鋼板に作用させる必要がある。この様な加速・減速区間においては、浮上と推進を兼用することはせず、通常の構成のリニアモータで推力を発生し、電磁石により鋼板を非接触支持することになる。この様な加速・減速領域におけるシステム設計も本章で行う。さらに、本システムにおける推力発生は全て誘導モータの原理に依っているため、鋼板側には誘導電流が流れる。本章で検討した鋼板の加速・減速領域においては、特にこの様な発熱が局所的に大きくなる可能性があり、鋼板内部の誘導電流による発熱に関しても、有限要素法による熱伝導解析を行い、その値が微小であることの確認を行う。最後に本論文で議論した諸要素技術を総括し、搬送ラインの全体像を描く。

 最後の第6章「結論」では本論文での諸検討結果をもとに結論を述べるとともに、今後の課題を示す。

 以上、本研究では、これまで浮上力と推力を別々の機構から発生するとの前提のもとで研究が進められてきた鋼板の磁気浮上搬送システムについて、システムの簡略化の観点から浮上・推進兼用方式の適用を提案している。横方向磁束型のリニアモータに直流成分を重畳した給電を行うことで、実用的な鋼板の磁気浮上搬送システムを構築することができることが示された。さらに、これまで要素技術の検討に留まっていた鋼板の磁気浮上搬送システムに関して、システムを全体的に考察してその全体像を描いた。これまで検討例の少かった鉄二次リニアモータや横方向磁束型リニアモータに関する基礎的な特性の検討から鋼板の磁気浮上搬送に関するシステム設計までを取り扱う本論文は、磁気浮上・リニアドライブ技術の新しい応用への足掛かりとなるものと考えている。

審査要旨

 本論文は,「鋼板の磁気浮上搬送システムのための浮上・推進兼用方式に関する研究」と題し,鉄鋼業分野における製品品質の向上を実現するための一手法として期待されている電磁力を用いた鋼板の非接触搬送技術に関し,浮上力と推力を同一の機構から発生する浮上・推進兼用方式の適用を提案し,その諸特性を明らかにするとともに,各種要素技術とシステム全体構成を研究したものであり,全6章で構成されている。

 第1章「序論」においては,最近の鉄鋼業分野における趨勢と,それを背景として近年研究が進められている電磁力を利用した鋼板の非接触搬送技術について研究動向をまとめ,そして,これらを踏まえた上で,本研究の位置付けと目的を示している。

 第2章「吸引式磁気浮上による鋼板の非接触支持」においては,吸引式磁気浮上技術に関する最近の研究動向を総括したのち,磁気浮上技術という側面から鋼板の非接触支持を考察した場合の特異性・問題点を整理している。鋼板の磁気浮上系においては,通常の磁気浮上系に比べて,浮上対象の質量が大きい割にはその可撓性が高く,また,搬送の際には鋼板位置が時々刻々変化するために,強い支持力を発生する電磁石と振動制御を行う電磁石を分離する方がよい。ここでは,鋼板の鉛直方向速度成分のみをフィードバックした振動制御用電磁石を用いた磁気浮上系により可撓性鋼板の磁気浮上実験を試み,その効果を検証している。

 第3章「リニアモータによる鋼板の浮上・推進兼用方式の特異性と問題点」では,まず,鋼板に非接触で駆動力を与える各種方法の中で,リニアモータを利用した推進手法の位置付けを,浮上系の構成も考慮に入れて明らかにしている。続いて,鉄二次構成であることに起因する問題点を整理し,フーリエ級数法および有限要素法による電磁界解析を通じて鉄二次リニアモータの電磁力特性を解析し,鉄の磁気飽和が電磁力特性に与える影響を考察している。その結果,鉄の表皮効果に起因する磁気飽和が垂直力に大きく影響を与え,リニアモータの垂直力を磁気浮上に積極的に利用しようとした場合,問題となりうることを指摘している。

 このような鉄二次リニアモータの持つ特異性を受けて,第4章「横方向磁束型リニアモータを応用した浮上・推進兼用方式」においては,鋼板の浮上・推進兼用方式に適した推力発生源として,垂直力の発生に重点をおいた横方向磁束型リニアモータの適用を提案している。磁気浮上系の制御性に重点をおいた構成である鉄二次横方向磁束型リニアモータにおいては,電磁石と同等の強い電磁吸引力を鋼板に作用させることができると同時に,その100分の1程度の推力を非接触支持された鋼板に作用させることができる。さらに,横方向磁束型リニアモータ一次電流として,交流に直流を重畳して供給することの,磁気浮上制御上の利点が示し,有限要素法による過渡解析によりその特性を評価している。また,仮定磁路法による簡易的な電磁界解析により,実ラインで重量鋼板を支持するための横方向磁束型リニアモータの設計を行い,直流重畳給電を行った横方向磁束型リニアモータの利点を定量的に評価している。その結果,磁気浮上系の技術目標である,浮上効率が1kW/tで,浮上対象面積に対する浮上系の占有率が0.1の実用的なシステムが構成できることを示している。さらに,鋼板に作用するブレーキ力に関しても解析的に検討を加え,その影響は微小であることが示している。

 続く第5章「鋼板の磁気浮上搬送システムの検討」では,鋼板の浮上・推進兼用方式について,実際に鋼板を搬送する際の問題として,固定された支持機構間での鋼板の受渡しと,鋼板位置の把握に関して,ギャップ誤差から支持質量を推定する等価質量推定法および推定質量より鋼板位置を推定する手法の利用を提唱し,これらの手法の説明,およびシミュレーションと実験を通じてこれらの手法の妥当性を示している。続いて,ある程度大きな推力が必要な搬送ラインの始点・終点付近の加速・減速区間においては,通常の構成のリニアモータで推力を発生し,電磁石により鋼板を非接触支持することになり,この様な加速・減速領域におけるシステム設計を行っている。さらに,鋼板内部の誘導電流による温度上昇を有限要素法を用いた熱伝導解析により行い,その値が微小であることを示している。最後に諸要素技術を総括して搬送ラインの全体像を描いている。

 第6章「結論」では本論文の成果をまとめ,今後の課題についても言及している。

 以上,これを要するに,本論文は,鋼板製品の品質向上を実現する磁気浮上搬送システムに対し,横方向磁束型のリニアモータを用いた浮上・推進兼用方式の適用を提案し,その特性を明らかにするとともに,鋼板搬送ラインを構築するにあたり必要となる諸要素技術を実験および解析に基づき検討し,同方式による簡略な構成の鋼板磁気浮上搬送システムの全体構成を提示して,その実用化に向けての方向性を与えたものであり,電気工学,特に電気機器工学に対して貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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