学位論文要旨



No 114233
著者(漢字) 馬場,吉弘
著者(英字)
著者(カナ) ババ,ヨシヒロ
標題(和) モーメント法による鉄塔サージ特性の数値電磁界解析
標題(洋) Numerical Electromagnetic Field Analysis of Tower Surge Response by Moment Method
報告番号 114233
報告番号 甲14233
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4359号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 横山,明彦
内容要旨

 送電線の雷による事故について検討する場合,雷が送電線に落ちるか否かが重要である。送電線への落雷は鉄塔や架空地線への雷撃と,架空地線をかいくぐって電力線に直撃するいわゆる遮へい失敗に分類される。鉄塔あるいは架空地線に雷撃があると,雷電流は鉄塔を経由して大地に流入するが,この過程で,がいし連両端に過電圧が発生し,時には逆フラッシオーバに至る場合がある。送電線の雷事故は,この逆フラッシオーバに起因したものがほとんどであり,遮へい失敗によるものは僅かであることが知られている。送電線近傍の構造物や大地への落雷も送電線に過電圧を誘導するが,その電圧が送電線の絶縁を脅かすまでには至らない。このため,送電線や変電所の耐雷設計を行う上で,逆フラッシオーバ現象を厳密に解析・予測することが極めて重要である。

 逆フラッシオーバ現象を支配する主要因の一つとして挙げられるのが,本論文で対象とする鉄塔のサージ特性である。特に,最近建設が進んでいる100万V2回線送電線では鉄塔が高く,鉄塔内の進行波の往復伝搬時間が雷撃電流の立ち上がり時間に近くなるため,その特性ががいし連両端に生じる電圧に与える影響はますます大きくなる。このため,種々の手法により研究が続けられているが未だに広く合意が得られるには至っていない。

 鉄塔のサージ特性は,回路モデル上ではそれを伝送線路で表現することが多いため,鉄塔サージインピーダンスという代表値で表現されることが多い。それを評価する方法として,実鉄塔における測定,縮小モデルによる測定,解析的手法による電磁界の計算がこれまで利用されてきた。実鉄塔における測定は,その規模の大きさのため理想的な配置で実験を行うのは極めて困難である。縮小モデルによる測定は,理想的な配置で実験ができ,それにかかる人手や時間が大幅に短縮できるという利点があるが,測定対象に与える測定用機器の存在の影響が無視できないことから測定精度に難点がある。このため,これまでのところ得られた結果が実用的な目的に使用された実績はない。電磁界理論により解析的に鉄塔サージインピーダンスを導出しようという場合には,鉄塔を円錐や円筒のような単純な形状に近似する必要があり,問題の定性的な理解を助けるという意義はあるが,実用的な目的には向いていない。

 本論文では,この問題にモーメント法に基づく三次元数値電磁界解析コードNEC-2を適用することにより鉄塔サージ特性の検討を行った。本コードは20年程前に米国のローレンス・リバモア国立研究所で開発され,以来,線状アンテナの標準的な電磁界解析用ツールとして広く使用され続けている。本コードを採用したのは,鉄塔や送電線も線状導体から構成されているため,それらの特性を評価するのに最適であると判断したためである。

 先ず,立体回路に誘導される電圧・電流の実験結果との比較により,NEC-2の適用可能性を検討し,計算値と実験値との相違が5%程度であることを実証した。この数値は実験で通常保証される精度と同等以上であり,極めて良好である。

 この成果に基づき,NEC-2を用いて鉄塔サージインピーダンスの測定法を模擬したシミュレーションを行い,測定法および補助線配置の測定結果に与える影響を調べた。その結果,標準的な形状の2回線鉄塔のサージインピーダンスは,がいし連両端に生じる電圧に着目する直接法により鉄塔単体を対象に評価した場合150程度となること,架空地線と鉄塔のインピーダンスの比に着目する透過波法で評価した場合にはそれより10%程度低い値となることが明らかになった。

 同様に,架空地線を有する鉄塔のサージ特性の直接法による評価をNEC-2を用いて行った。その結果,立ち上がり時間が数sの雷電流が流入した場合でも,がいし連電圧がピーク値をとる時点では,鉄塔に分流する電流がつくる強力な上向き電界の影響で,架空地線-相導体間の結合率は定常値の50%前後の大幅に低い値となるという新事実が明らかになった。また,現象自体は既に知られていたが,その原因が未だ明らかにされていない初期に高い鉄塔接地インピーダンスについて検討を行った。その結果,鉄塔を流れる急峻波電流自体が強力な軸方向電界をつくり電流波の波頭部を変歪させ,また鉄塔の根開きした脚部構造が非均質な導波路として作用するため球面波の反射を不完全なものにしているという2つの物理現象がその背景にあることが明らかになった。

 最後に,架線された鉄塔における上述の複雑な物理現象をEMTPで再現するための等価回路モデルとそのパラメータについて検討を行い,良好な再現性を有するモデルとパラメータ選定手法を提案した。選定した回路モデル上での鉄塔頂部のサージインピーダンスは,初期に低い結合率を考慮したため,単体で評価した場合の150に比べ35%も高い200程度になる。

 以上の成果は,雷サージの評価手法について電気学会でまとめられた最新の技術報告にも取り入れられており,今後の雷サージ解析に反映され,解析精度の向上に寄与するものと思われる。

審査要旨

 本論文は、"Numerical Electromagnetic Field Analysis of Tower Surge Response by Moment Method"(モーメント法による鉄塔サージ特性の数値電磁界解析)と題し、送電線鉄塔に急峻な立ち上がりを持つ雷電流が流れるときの鉄塔の電気的な特性を、世界で最初にNEC-2と呼ばれる3次元数値電磁界解析コードを適用して計算することにより、多くの新たな知見を得るとともに、従来は実測に頼っていたこの特性の実用的な評価に、数値解析結果を利用し得ることを明らかにしたもので、英文で6章および付録よりなる。

 第1章は序論で、送電線の故障の大部分が雷の直撃に起因することを述べ、落雷により故障が発生するまでの過程の解析には送電線鉄塔、架空地線、相導体で構成される送電線各部のインピーダンスの時間的変化、すなわちサージ特性を知ることが必要なこと、中でも測定、数値解析のいずれの方法でも評価が困難な送電線鉄塔のサージ特性については未だに合意の得られた説がないこと、および鉄塔サージ特性の評価手法について説明し、本研究の目的、用いた研究手法、本論文の概要について述べている。

 第2章は"Application of NEC-2 Code to the Analysis of Tower Surge Response"と題し、NEC-2コードが採用している解析法であるモーメント法の概要、コードの使用上の制約、周波数領域の定常解しか求められないこのコードで得た計算結果とフーリエ変換、逆変換を用いて、時間領域の鉄塔サージ特性を求める方法について述べている。次いで垂直導体のサージ特性に関する実験結果と数値解析の比較により、導体各部の電流、電圧波形に関する実験と計算結果の差が、実験の精度と同等の5%程度以内となることを示した。この結果、数値解析により、簡略化した形状の鉄塔のサージ特性を解明できる見通しを得た。

 第3章は"Evaluation of Measuring Methods of Tower Surge Impedance"と題し、NEC-2コードを用いて鉄塔のサージ特性測定に用いられる2つの代表的な実験方法をシミュレートし、測定法、および実験における電流注入、電圧測定のための補助線配置が測定結果に与える影響を調べた。鉄塔モデルには簡略化した形状を用いたが、実鉄塔との形状の違いの影響は、同じ測定条件のもとでのモデル計算と実鉄塔での実測の比較により、補正係数を得て対処した。その結果、標準的な形状の2回線鉄塔単体のインピーダンスは、がいし連両端に発生する電圧で評価する直接法では150オーム程度となること、架空地線と鉄塔への雷電流の分流比に基づく透過波法で評価した場合は、架空地線から電流を流入させるとそれより10%程度低い値となり、垂直な雷道から電流が注入されるときは逆に25%程度高くなることを明らかにした。

 第4章は"Lightning Surge Response of Earth-Wired Tower"と題し、前章と同様の解析を、架空地線を有する2回線鉄塔の直接法による特性測定の場合について行った。その結果、鉄塔に流れる垂直方向の電流の影響で、水平な架空地線と相導体の間の電磁気的結合の大きさが、雷サージ解析に重要な初期の数マイクロ秒の間は定常値の半分程度にしかならないことが明らかになった。架線した送電線鉄塔のサージ特性が、鉄塔と架空地線それぞれ単独の場合の特性を単純に組み合わせたものとは異なることが確認されたのは、これが最初である。また、鉄塔上部で観測される、鉄塔塔脚からの電流反射波の大きさから評価される見かけの塔脚接地インピーダンスの値が、実際の接地抵抗の値にかかわらず初期には数十オームの高い数値を示す理由が、鉄塔上部から注入された電流波に伴う電磁波の、鉄塔に沿った伝搬と地上面での反射の際の波形変歪に起因することを明らかにした。

 第5章の"Tower Models for EMTP Analysis"では、架線された送電線鉄塔における上述の現象を、広くサージ解析に用いられている多相回路の進行波解析に基づく回路解析コードEMTPで容易に近似計算を行うための、鉄塔の等価回路を提案した。この回路モデルでは、初期に低い結合率の効果を、鉄塔モデル上部のインピーダンスを鉄塔単体の場合より35%ほど高くすることで反映させ、実際のがいし連両端に出る電圧、および鉄塔と架空地線の間の雷電流の分流比について、数値電磁界解析結果をかなり良好に再現するのに成功している。また初期に高いみかけ上の塔脚接地インピーダンスも再現するよう考慮されている。

 第6章は結論で、以上の研究成果をまとめている。

 以上これを要するに本論文は、送電線鉄塔サージ特性解析に、実物やモデルを使用した実験と同様に3次元数値電磁界解析手法が適用できることを、実験結果との比較によって実証し、さらにこの解析手法を用いて従来知られていなかった鉄塔サージ特性に関する多くの新しい知見を明らかにした。数値電磁界解析手法を立体回路のサージ特性解明に適用することが、実用に耐える水準で可能になったことを初めて実証したもので、電気工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1823