学位論文要旨



No 114234
著者(漢字) 全,教錫
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,ギョソク
標題(和) マイクロマシンによる細胞用DNA注入システムに関する研究
標題(洋) STUDY ON A MICROMACHINED DNA INJECTION SYSTEM
報告番号 114234
報告番号 甲14234
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4360号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 平本,俊郎
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨

 本研究では、新しい概念に基づいた細胞用DNA注入システムをマイクロマシン技術を適用して作製することを具体的な研究対象とする。

 近年、半導体集積回路技術を利用して、単結晶シリコン基板上に微細な機構部品を作り、その特質を活かした新しいマイクロシステムを開発しようとするマイクロメカトロニクスの研究が盛んに行なわれている。マイクロメカトロニクスが対象とする構造体は代表寸法が数から数百マイクロにわたるものであり、LSIのような平面的な加工技術に加え3次元的な微細加工技術も開発されつつある。一方、生物学、医学、薬学、生化学、遺伝子工学などを基礎として急速に進歩しつつあるいわゆるバイオテクノロジーの研究と開発は、日進月歩のスピードで進んでおり、組織や細胞レベルでの研究からDNAレベルでの生物機能の解明へと進展している。なかでも、将来バイオテクノロジーの応用面で中核技術と目されている遺伝子組換え技術は、当初の微生物を対象とした医薬品生産から発展し、農作物、家畜などの高等動植物の改良、食品素材や化学品の生産、遺伝子治療、さらには動物複製(cloning)など広範多岐にわたった研究開発が進められている。こういうバイオテクノロジー研究では、細胞、核、染色体、DNA、タンパクなどの生体高分子のハンドリングに対するニーズが多く、また生物の持っている優れた機能を工学的にあるいは産業的に応用しようとする試みも数多くなされている。細胞は1mから数十m、細胞内の小器官は約1m以下、DNAは直径2nm.長さ1000塩基対(1kb)あたり3m、タンパクは数十nm以下、といったように、これらはすべてマイクロメータサイズ以下の大きさを持つので、これらの微細な対象を上手に扱うには、対象にあわせた微細なツールが必要となる。数mから数百mの大きさの機械的構造、電極系などが比較的容易に製作できるマイクロマシン技術は、このニーズに応えることのできる有力な、そしてほとんど唯一の技術であると思われている。

 本研究では、マイクロマシンによる遺伝子注入システムを提案し、作製及び評価を行った。図1が提案したシステムの概念図である。

図1:Schematic presentation of a maicromachined DNA injection system

 本論文は全7章よりなる。

 第1章では、研究の背景と目的を述べ、さらに、研究の方法ならびに流れを示した。

 第2章では、従来の主な遺伝子注入法について説明し、マイクロマシン技術のバイオ応用研究の可能性およびその波及効果について論じてある。

 第3章では、マイクロマシン技術による新しい概念に基づいたDNA注入システムを提案した。マイクロマシン技術の特徴を活かすことにより効率的に遺伝子注入が行えることを示し、また提案した遺伝子注入システムの具体的な動作原理について説明した。

 第4章では、本遺伝子注入システムにおいて細胞へ直接刺し込み遺伝子注入を行うツールとして用いられる中空のマイクロキャピラリーアレイの作製法について述べてある。具体的には、FIB加工やETE加工、そしてICP-RIE加工による三つの作製法である。マイクロマシンによる中空のマイクロキャピラリーアレイの作製はまだ報告されておらず本研究ではじめて提案し、製作した。

 第5章では、作製した中空のマイクロキャピラリーを用いて行った遺伝子注入実験について述べてある。植物細胞に遺伝子注入を行った。実験の手順や注入結果について説明し、高効率の遺伝子注入法の実現性を示した。

 第6章では、遺伝子を注入すべく細胞を捕捉、固定するためのツールであるマイクロチャンバーアレイの作製法について説明してある。そして、植物の細胞を対象にして行ったトラップ実験結果やその実現性を示した。

 第7章では、本研究の総括を行う。本遺伝子ちゅ入システムを構成している中空のマイクロキャピラリーアレイやマイクロチャンバーアレイの製作法および実現性に関して評価した。

 本研究は、マイクロマシンによる細胞用DNA注入システムの開発を目的とした。そして、遺伝子注入効率の向上に有効な、中空のマイクロキャピラリーアレイ、マイクロチャンバーアレイを提案し、プロトタイプモデルの作製と細胞への注入実験によりその実現性を示した。また、本研究で得た成果や用いた手法は、他のバイオ応用研究にも利用可能である。

審査要旨

 本論文は、「Study on a Micromachined DNA Injection System(マイクロマシンによる細胞用DNA注入システムに関する研究)」と題し英文で書かれており、半導体微細加工に基づくマイクロマシニング技術を応用して微細な中空針のアレイを製作し、それを生きた細胞へのDNA注入に応用できることを示した結果をまとめたものであり、8章から構成されている。

 第1章は「Background(背景)」であり、マイクロマシニング技術の概要とそのバイオ技術への応用の歴史について簡単に述べてある。

 第2章は「A Micromachined DNA Injection System(マイクロマシニングによるDNA注入システム)」であり、バイオ技術におけるDNA注入の重要性とこれまでの手法を述べた後、改善すべき問題点を抽出している。それに対する解決として、マイクロマシニングを用いた並列形DNA注入システムを提案している。

 第3章は「Microcapillaries Fabricated by FIB Technique(FIB技術で製作したマイクロキャピラリアレイ)」について述べており、集束イオンビーム装置を用いて第2章で提案したデバイスの製作が原理的に可能なことを確かめている。シリコン基板に集束イオンビームを照射し、直径2-3m、深さ20m程度の細孔を掘り、それを熱酸化した後裏面からシリコン基板だけを選択的にエッチングすることで、細孔の内面の酸化膜を露出させ中空針のアレイを得ることができた。

 第4章は「Hollow Microcappillaries by Electrochemical Trench Etching(電気化学的トレンチエッチングで製作した中空マイクロキャピラリ)」について述べている。電気化学的エッチングの条件を最適化しシリコン基板に細孔を開け、それを酸化し基板をエッチングすることで微細な中空針を作ることができた。更にドライエッチングもしくはFIBによって中空針の先端に開口を作ることが可能なことを示した。

 第5章は「Hollow Microcapillaries Fabricated by ICP-RIE(誘導性結合プラズマ反応性イオンエッチング(ICP-RIE)で製作した中空マイクロキャピラリ)」について述べている。高アスペクト比のドライエッチング技術を用いて深い細孔を掘ることに成功し、それを出発点として十分な長さの中空針を50m程度の厚さのシリコン基板で支えたデバイスを得ることができた。

 第6章は「DNA Injection by Hollow Microcapillaries(中空マイクロキャピラリによるDNA注入)」について述べている。第5章で作ったデバイスを用いて、タバコの培養細胞へ蛍光色素を並列的に注入できることを確かめた後、実際にDNAを注入した結果、細胞内でDNAが発現することを示した。これにより、提案したデバイスが実際に有効であることが確認できた。

 第7章は、「Microchamber Arrays(マイクロチェンバーアレイ)」であり、将来のDNA注入システムに必要な細胞整列保持デバイスを製作し、細胞を保持できることを確かめている。

 第8章は、「Conclusions and Future Work(結論と将来展望)」であり、本論文の成果を纏めるとともに、将来への展開について論じている。

 以上これを要するに、本論文はマイクロマシニング技術を利用して微細な中空針のアレイを作り、これを用いて一度に大量の細胞にDNAを注入しその発現を確認することにより本システムの有効性を示したもので、電気工学特にマイクロメカトロニクス及び生体電子工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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