本論文は「薄膜SOI MOSFETのデバイスパラメータ最適設計のためのモデリングと抽出方法に関する研究」と題し、絶縁体基板(SOI)上に作成された薄膜電界効果トランジスタ(FET)の電気的特性パラメータとデバイス構造パラメータの抽出方法を研究したもので、8章から構成されている。 第1章は「序論」であり、本研究の背景である半導体集積回路のスケーリングと、これまでのSOI技術の進展についてまとめ、本研究の目的と位置づけを明らかにしている。 第2章は「SOI CMOS回路を用いた実効チャンネル長抽出手法」と題し、SOI CMOSデバイスの容量モデルとダイナミック消費電流のモデル式を明らかにし、それにより消費電流から容量およびSOI CMOSトランジスタの実効チャンネル長を導出する手法を提案している。さらにSIMOX型SOI基板上に作成したリング発振器を用いて消費電流の電源電圧・ゲート長依存性を測定し、実効チャンネル長の抽出を行い、本手法の有効性を実験的に明らかにしている。 第3章は「SOI CMOS回路を用いた閾値電圧モデリング」と題し、フローティング・ボディ型の薄膜SOIFETの実効閾値が動作周波数と電源電圧に依存する現象を実験的に示し、その動作モデルを明らかにしている。このモデルでは実行閾値の関数であるスタティック消費電流が、高電界動作時のインパクトイオン化に由来する正孔による正電荷と、ソース-ボディ間のpn接合にかかる交流バイアスに由来する電荷引き抜き効果とのダイナミックバランスにより決定され、インパクトイオン化現象の発生しやすい高電源電圧時と発生しにくい低電源電圧時では、スタティック消費電流-動作周波数特性が反対の振る舞いをする事を示している。さらにSOI CMOSデバイスの平均ドレイン電界-スタティック消費電流特性から実効閾値がほぼ一意に定められることを実験的に示している。 第4章は「サブスレショルド係数を用いたSOI MOSFETの構造パラメータ抽出方法」題し、薄膜SOI MOSFETの各膜厚パラメータと不純物密度を、サブスレショルド領域での電流-電圧特性の傾き(S係数)のバックゲート電圧依存性から非破壊的に求める手法を示している。本手法は、膜厚パラメータと不純物パラメータ、界面準位等の予測値を用いてS係数-バックゲート電圧特性を1次元SOIモデル数値計算により求め、実測値にフィッテイングするものであり、広い範囲のバックゲート電圧に対するS係数を用いることでゲート酸化膜厚、SOI膜厚埋め込み酸化膜厚、SOI不純物密度、基板不純物密度とともに界面準位等を分離して求めることができることを実験的に示している。 第5章は「透過型電子顕微鏡による断面観察」と題し、第6章で示した非破壊的構造パラメータ抽出手法の有効性を実験的に検証するために、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてSOI MOSFETサンプルの断面観察を行った結果について述べている。第4章で使用したサンプルと同じウェーハ上のサンプルからダイシング装置と収束イオンビーム装置を用いてTEM観察可能な薄膜化断面サンプルを作成し、膜厚構造パラメータをTEM観察した結果、第4章の抽出結果が実際のサンプルのバラツキの範囲内に入っていることを示し、その有効性を実証している。 第6章は「他の方法との比較」と題し、従来の非破壊的SOI MOSFET構造パラメータ抽出手法の一つである閾値-バックゲート電圧特性を利用した抽出法と比較した場合の長所短所を議論している。従来の方法ではサブスレショルド動作域である定められた微小ドレイン電流を与えるゲート電圧(MOSFETの閾値)を用いることから、界面準位の影響を考慮することが困難であり、結果としてフィッティング精度が悪くなる。さらに抽出された構造パラメータを用いたMOSFETの電圧-電流特性上のフィッティング精度の点でも本手法が従来手法より優れていることを述べている。 第7章は「フィッティング誤差解析」と題し、第4章で提案した構造パラメータの抽出手法の抽出精度について述べている。フィッティング残差を2次形式で近似するモデルを用いて固有値解析(多次元誤差楕円解析)を行い、各パラメータ間の依存性を解析した結果、本手法が膜厚構造パラメータと不純物密度に関しては高い分離・抽出精度を持っていることを明らかにしている。反対に界面準位パラメータに関しては相互の依存性が強く精度の高い分離は困難であることを示している。 第8章は「結論」であり本論文の研究成果をまとめている。 以上、本論文は絶縁体基板上に作成された薄膜MOSFETのデバイスパラメータの中の、実効チャンネル長、実効閾値、膜厚構造パラメータ、不純物密度等をデバイスの電圧-電流動作特性の測定結果から非破壊的に抽出する新しい手法を提案するとともに、測定実験と理論的考察からその精度評価し有効性を検証したものであり、電子工学の発展に寄与する点が少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したものと認められる。 |