内容要旨 | | マルチメディア時代を支える基盤技術としての伝送方式には,より高い信頼性が要求されてきている.しかし現実には多くのディジタル通信放送で周波数或いは電力制限の厳しい伝送路が前提となっており,将来的な高速伝送を視野に入れた効率的かつ高信頼性を備えた伝送方式の研究開発の上では,各要素技術の総合最適化が不可欠の課題となりつつある.誤り訂正符号化と変調を統合的に扱う符号化変調技術は,その意味において先駆的かつ代表的な例として知られており,今後実用面における重要性はさらに高まることが予想される.またその最適化や理論的基盤の確立は実用面での貢献にとどまらず,独立に設計された個別技術の融合を試みる際の一般的な規範としての価値も高いと考えられる.以上の観点から本研究では,1977年にImai-Hirakawaによって提案されたマルチレベル符号化変調,多段復号法の設計及び評価法に関して検討を行っている. 音声,静止画や動画像などのアナログ情報が量子化,情報源符号化を経て通信路符号化され,受信側では伝送路雑音や誤りを付加された受信信号に基づいて復号を行なう通信路モデルを考える.このとき階層的に情報源符号化された出力シンボルの誤り耐性は一般に均一ではなく,そのため雑音に対する敏感さ,換言すれば情報シンボルが持つ重要度に誤り訂正能力を適合させるような通信路符号化を施すことでより効率的な伝送が可能になる.この手法は不均一誤り訂正(UEP)符号化と呼ばれ,特に放送型通信路において重要な概念となるグレースフルディグラデーション,すなわち通信路状況の悪化に伴い受信品質が緩やかに劣化する特性を実現する.また帯域制限通信路での多値変調に基づく伝送を行なう上では,ハミング空間における符号よりUEP能力を有する符号化変調を設計する方が一般によい特性を与えることが知られている.従来多くのマルチレベル符号化変調,多段復号法はUngerboeckによって提案された集合分割の概念に基づいて設計されてきたが,この手法に依ると上位分割レベルにおいて誤り係数が成分符号のハミング距離に対して指数的に増大するため,必ずしも効率的にUEP特性を与えない.このため本論文では主に集合分割とは異なる信号点分割法に着目し,理論的評価と設計規範を導出している. まずUEP符号化のための非対称な信号点配置を有する変調形式に基づくマルチレベル符号化変調及び多段復号の設計及び解析を行った.従来,非対称変調を用いたUEP能力を有するマルチレベル符号化変調に関する検討は見られたものの理論的に解析されておらず,符号の評価はガウス性通信路において最小ユークリッド距離,レイリー通信路において最小シンボル距離や最小積距離によって行なわれていた.しかしながら,マルチレベル符号を多段復号する場合,誤り係数のビット誤り率特性に対する影響が大きいために符号の距離特性をパラメータとした設計は十分とはいえない.また,従来提案された信号点分割法は極めて発見的に構成されており,最適化されているとは言い難い.このため本論文では,対称PSK,QAM変調に適用可能な分割法として提案されているブロック分割,ハイブリッド分割を非対称変調に拡張した場合のビット誤り率の上界並びにより簡素な記述である近似上界を導出した.ここで特にユニオンバウンドによってビット誤り率の上界を評価する場合には,2種類の一般的評価法を適用する必要性を指摘している.すなわち,多次元空間内の判定領域が各送信シンボルの判定領域の直積となる場合と,各誤り事象に該当する判定平面を直接評価する必要がある場合に分類の上,具体的な定式化を行なった.従来は前者の評価法のみが認識されていたが,より一般化されたマルチレベル符号化変調,多段復号法において後者の手法が必要となる事実は重要であると思われる.さらにハイブリッド分割に対してシンボル内での実効最近接信号点数の概念の導入して実効誤り係数を評価することでビット誤り率の近似上界を導出しており,ユニオンバウンドによる上界と一致した数値結果を得ている.両分割法に対して得られたビット誤り率の上界は全分割レベルで非常に緊密であり,このため信号点配置に関するパラメータを関数とした符号の特性の変化を理論的に評価することを可能とした.一例として,ブロック分割を対称8-PSK変調で用いた場合(成分符号は上位レベルから(64,18,22),(64,45,8),(64,63,2)拡張BCH符号)のシミュレーション結果とそのビット誤り率の上界,各象限内の信号点間の角度を可変にした場合にビット誤り率10-5を達成するのに必要とされるEb/N0(情報ビットあたりの信号対雑音電力比)をそれぞれ図1,2に示す(いずれの場合も無符号化QPSKの特性も表示).図2は非対称変調の導入により,UEP符号設計に対して自由度が得られる事実を示唆しており,情報源符号化出力とマルチレベル符号のパラメータをより広い範囲で整合させることが可能となる. 図1:対称変調に対するブロック分割法の特性図2:ビット誤り率Pb=10-5における所要Eb/N0 続いてハイブリッド分割の概念を一般化した上で,混合ハイブリッド分割の提案を行なっている.本分割法では,上位分割レベルにおいて信号点をクラスタ化した上で集合分割法を適用することで,重要度の高いクラスの情報ビット比率を高めており,UEPマルチレベル符号の設計に柔軟性を与えている.本分割法に対しても前章と同様にビット誤り率の上界と近似上界を導出できるが,この場合は判定領域が各送信シンボルに関して直積とならないため,ユニオンバウンド上界とは一致しない.よって厳密な意味で上界を与えるとは限らないが,本近似上界は簡素な形式で記述され,さらにほぼ全ての場合においてより緊密な数値結果となることを確認している.一方,同手法をQAM変調に応用する場合,特に低SNRにおいては判定領域の重複が誤り判定領域のみならず正判定領域においても発生することから,緊密な上界が得られない場合がある.このため,新たに誤り判定領域のみを考慮した実効近接判定領域数の評価により,近似上界の改善手法を提示している. 以上において扱った信号点分割法とその設計,解析手法は特定の非対称PSK,QAM変調に限定されているが,より一般の信号点配置に対する拡張は本論文の手法により容易に可能である. 以上の検討は比較的長い符号長を有する線形ブロック成分符号を対象としたが,復号複雑度の観点から必ずしも各復号段における最尤復号が可能でない状況が考えられる.このため,本論文では続いて復号計算量の面で実用的なマルチレベル符号,多段復号法に関して考察を行なっている.前半では,線形ブロック成分符号とハイブリッド分割を用いたマルチレベル符号に,順序統計量に基づく軟判定復号法を各段で適用する多段復号法を検討した.ここで特に復号時のreprocessing数を低減した場合のビット誤り率の上界を得ることで,復号計算量とビット誤り率特性の間で有効なトレードオフをとることができる事実を示した.後半では,デファクトスタンダードとなっているレート1/2,状態数64の畳み込み符号とそれを母符号とするパンクチャド符号を成分符号として用いることで,単一のトレリス構造による多段復号が可能なマルチレベル符号を検討している.特に符号長63のハミング符号が同一のトレリス構造により復号可能である事実を用いて,ブロック符号と畳み込み符号の混合符号化を行うことで,効率的にUEP特性を有するマルチレベル符号が構成できることが明らかにされている. 従来多くの符号化変調研究は搬送波位相の正確な推定を前提としていたが,現実的な通信路では特にフェージング通信路において絶対同期検波が困難な場合が多く見られる.このため位相ジッタ存在下における符号化変調の特性を評価することは実用面から重要な課題といえる.しかし,トレリス符号化変調(TCM)に対しては位相ジッタのビット誤り率特性への影響に関する検討が発表されている一方で,マルチレベル符号,多段復号法に関する同種の検討例は殆ど見られない.このため本論文では特に集合分割法とブロック分割法を取り上げ,フェージング通信路(特殊なケースとしてガウス性通信路を含む)における位相ジッタの影響を理論的な観点から議論している.具体的にはビット誤り率の上界表現を導出した上で,モンテカルロ法を用いて数値的な評価し,さらに計算機シミュレーション結果と比較対照することで緊密な上界が得られていることを示している.本評価手法に依れば,任意の位相ジッタ分布や通信路インタリーバの有無などに関わらずビット誤り率特性を一般的に評価することが可能であり,マルチレベル符号化変調の定性的な振舞いを扱うことができる.結果として集合分割の場合は成分符号による誤り訂正効果,実効誤り指数とユークリッド距離の兼ね合いなどの要因により,位相ジッタがビット誤り率特性に大きな影響を与えないことが明らかになった.さらに,ブロック分割の場合は下位分割レベルにおいて比較的大きな特性劣化が見られるものの,重要度の高い情報ビットに相当する分割レベルは位相ジッタに対してロバストであり,UEP能力の観点からは致命的な劣化は発生しない事実が観察された. マルチレベル符号化変調,多段復号法はトレリス符号化変調と比して実用例は多くは見られないが,本論文の検討で示された通り設計の自由度や特性の面で非常に優れており,特に実用を目指した符号設計を行なう際には以上の結果が有益となると考えられる. |
審査要旨 | | 本論文「マルチレベル符号化変調,多段復号法の設計と解析に関する研究(Practical Design and Analysis of Multilevel Coded Modulation with Multistage Decoding)」は,周波数帯域制限通信路における効率的なマルチレベル符号化変調及び多段復号法(以下,MLC/MSD)の設計法,及びその誤り率特性の解析に関して検討を行ったものである.論文は英文で記述されており,6章から構成されている. 第1章「序論(Introduction)」では,誤り訂正符号化の基礎概念及び多値変調伝送における符号化と変調の統合の重要性を論じ,関連分野の従来の研究成果を概説することで本論文の背景を述べている.さらに,本論文の中心課題である不均一誤り訂正(UEP)符号化の概念を導入した上で,本論文の構成を説明している. 第2章「非対称変調に基づく不均一誤り訂正のためのマルチレベル符号化,多段復号法(Multilevel Coded Asymmetric Modulation with Multistage Decoding and Unequal Error Protection)」では,非対称な信号点配置を持つ変調形式に基づいた,UEP能力を有するMLC/MSDの検討を行っている.従来,同種の符号構成は距離特性に基づいて発見的になされていたため最適化されていなかった.本章では,任意の変調形式に適用可能なUEPのための信号点分割法を前提とし,そのビット誤り率(以下BER)に関する緊密な上界並びにそれを簡約化した近似上界を導出している.これは広範なMLC/MSDに対する有用な設計規範を与える.さらに信号点配置を可変とした場合のMLC/MSDのBER特性を調べた上で,UEPの観点からMLC/MSDの設計により大きな自由度が得られることを示している. 第3章「不均一誤り訂正に適した混合ハイブリッド分割法(Mixed Hybrid(Hybrid II)Partitioning for UEP Capabilities)」では,従来の信号点分割法の概念を一般化し,UEPのための混合ハイブリッド分割法を提案している.この分割法では,上位分割レベルで信号点をクラスタ化した上で集合分割法を適用することにより重要度の高い情報ビットの比率を高めており,UEPマルチレベル符号の設計に柔軟性を与えている.さらにPSK変調に対して,前章と同様BER特性の解析を行っている。一方,同様の手法をQAM変調に応用する場合,特に低SNRにおいて緊密な上界が得られないことがあるため,実効近接判定領域数の評価による近似上界の改善手法を示している. 第4章「復号複雑度の小さい不均一誤り訂正能力を有するマルチレベル符号,多段復号法(Multilevel Codes and Multistage Decoding with Moderate Decoding Complexity and UEP Capabilities)」では,復号計算量の小さいMLC/MSDの検討を行っている.まず線形ブロック符号を成分符号とした場合に,各復号段で順序統計量に基づく軟判定復号法を適用し,計算量を減少させた際のBER特性を理論的に定式化することで両者間のトレードオフを評価している.さらに,単一の母符号から生成されるパンクチャド畳み込み符号を成分符号としたMLC/MSDを提案し,同一のトレリス構造に基づくViterbi復号が可能な方式の誤り率特性を示している.両者ともに,復号計算量の小さい符号化,復号手法を与えており,効率的にUEP特性を実現している. 第5章「位相ジッタのマルチレベル符号,多段復号法への影響(Phase Jitter Effects on Multilevel Codes with Multistage Decoding)」では,搬送波位相の推定誤差がMLC/MSDに与える影響を論じている.これまでのMLC/MSD研究は理想的な検波を前提としたものがほとんどであったが,今後,現実的な通信路モデルにおける符号評価が重要な課題となる.本章では集合分割法とブロック分割法に対して,一般のフラットフェージング通信路におけるBERの上界表現を導出した上で,モンテカルロ法を用いて数値的評価を行う手法を示している.集合分割の場合は全復号段において位相ジッタがBER特性に大きな影響を及ぼさず,ブロック分割の場合は下位復号段において比較的大きな特性劣化が見られるが,UEP能力の観点からは大きな問題とはならないことを明らかとした. 第6章「結論(Conclusion)」では本論文をまとめた上で,残された課題に関して触れている. 以上の通り,本論文はMLC/MSDに関して多角的に検討を行っており,効率的な符号化,復号手法の提案とともに,その特性評価を通して重要な知見を得ている.このため,通信理論,符号理論分野に対する理論面での貢献のみならず,今後の衛星放送やディジタル移動通信の符号化方式の設計など,実用的な面への寄与も大きい. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |