近年,映像分野におけるポストプロダクションシステムの導入や一般ユーザへのディジタルカメラの普及などにより,デスクトップ上での様々な映像編集,映像生成処理が可能となりつつある. 本論文ではこのような流れの中で,焦点合わせの異なる複数の撮像画像を信号処理的に統合し任意に各奥行きのぼけの程度を抑制あるいは強調した画像(任意焦点画像)を生成する手法を論じる.従来から検討されている画面全体に焦点のあった全焦点画像の再構成に加え,焦点深度の異なるレンズで撮像したような画像や様々な焦点合わせの画像など,任意焦点画像の生成が可能となれば撮像後の映像編集,映像生成により幅をもたせることができる. また,統合手法のみならず,このような焦点合わせの異なる複数の撮像画像からの信号処理的統合のための適切な前処理や,その撮像システムにまで踏み込んだ形での効率的な画像生成の実現手法を提案する.本論文の理論的中心となる複数画像からの信号処理的統合手法そのものについても一般化あるいは様々な拡張を行い,いくつかの応用への可能性を検討する. 焦点合わせの異なる複数の撮像画像からの任意焦点画像の生成 以下,対象シーンの奥行きが複数の層にわかれていると仮定する.それぞれの層に焦点を合わせた撮像画像と所望の任意焦点画像の間に成立する位置不変の恒等式を導出し,これに基づいて複数の撮像画像を信号処理的に統合,任意焦点画像の生成を行う.たとえば奥行きが2層にわかれる場合,各層に焦点を合わせた撮像画像g1,g2および所望の任意焦点画像fを,ぼけ関数hij,ha,hbの画像全体への畳み込みを用いて,図1に示すような鮮鋭な近景のみ,遠景のみでそれ以外の領域が輝度値0と定義されるf1,f2の2層の重ね合わせにより表す.すなわち ここで,hijは撮像時に決まるパラメータであるが,ha,hbはユーザが指定するパラメータである.各ぼけがガウス関数による畳込みで表されるとすれば,畳込みの可換性により,(1),(2)式からf1,f2を消去して, を導くことができる.(3)式は前述の仮定の下で,撮像画像と目的とする任意焦点画像とぼけ関数の間になりたつ位置不変の恒等式となる.まず撮像の条件であるにより と整理できるが,さらに とすれば と書くことができる.hijを何らかの方法によって知ることができれば与えられたg及びhからfを求めるという基礎的な位置不変のぼけ復元問題と同様の式と条件が得られる.以上の定式化から明らかなように,本手法では原理的に領域分割を必要としない.また,3層以上でもまったく同様の議論を展開することが可能である. 図1:重ね合わせによる画像取得モデル任意焦点画像生成のための具体的手順 実際に一般的なカメラにより撮像した焦点合わせの異なる複数画像を用いて任意焦点画像の生成を行なうためには.上述したようなぼけ関数hijの決定のみならず,さらにそれらの前処理として,複数画像間での倍率変化等の補正を行なっておかなければならない. 本論文では以上のような前処理のために2通りの手法を提案した.すなわち, ・階層的マッチングに基づく倍率変化等の補正と統計的処理に基づくぼけ関数の推定 ・あらかじめカメラ特性を分析しておくことにより撮像時のカメラパラメータのみから倍率変化等の補正とぼけ関数の決定をともに行う とくに後者の手法では,撮象システムを整えておかなければならないものの,撮像画像ごとの処理を必要とせず,対象シーンがより多数の奥行きにわかれる場合でも容易に任意焦点画像生成のための前処理を行うことが可能である. 次にこのようにして得られた(6)式を解くことで任意焦点画像を生成することができる.これについても ・周波数領域上に変換することで任意焦点画像を求める ・CGアクセラレータを用いた反復的復元による高速生成 の2通りの手法について提案を行った.後者の手法では映像編集,映像生成という意味では実際に十分高速に所望の画像を得ることができた.前者の周波数ベースの手法も専用チップ化の可能性を期待させるものであり,将来的には動画像を対象としたリアルタイム処理への適用も考えれる. 以上述べたどのような手順を用いても,図2に示すような撮像画像から図3のように各奥行き独立に焦点ぼけを調整した画像を生成することができる.このように本論文の提案する信号処理的統合手法によれば従来の焦点画像処理手法が目的としてきた全焦点画像のみならず,様々な任意焦点画像の生成が可能である.また,図3からも確認できるが、それぞれの層が仮定された奥行きからある程度ずれをもっていても十分良好に所望の画像が再構成可能であることも理論的に検討している. 図2:近景,遠景に焦点を合わせた撮像画像(倍率変化等補正後)図3:様々な任意焦点画像の生成複数の焦点の異なる撮像画像からの信号処理的統合手法の一般化および拡張 本論文の理論的な基礎となっている撮像画像と所望の画像との間に成立する位置不変の恒等式において,そのha.hbはhijと畳み込みに関して可換でさえあれば,必ずしもガウス関数に限られない.これに基づく一般化として以下のような処理が可能となる. ・奥行き各層に領域全体の動きを与えることによる近似的な視差画像の生成 ・領域分割を行う必要のない,各奥行きに対応する領域ごとのフィルタ処理 また,映像編集,映像生成の枠組の中では対話的処理との統合は非常に有効であり,正確な領域分割を用いる必要のない本手法の特徴を生かして,簡単な領域指定により奥行きごとの処理からオブジェクトごとの処理へと拡張することができることを示した. このような処理の応用として,簡易的な仮想環境の構築や,領域強調処理に基づく動画像圧縮手法等についても検討を行う. 焦点画像処理に適した多焦点撮像システム 本論文で論ずる様々な焦点画像処理を動画像に適用しようとすれば,焦点合わせの異なる複数の画像を同時に撮像しなければならない.そこで,図4に示すようにレンズを通過した光をプリズムにより3つの撮像面へと等分配し,これを図5のようなGPIによる同期録画の可能なPCベース非圧縮ディスクレコーダへと蓄積するシステムを提案する.このシステムに対し上述のカメラ特性の分析を行っておけば非常に容易に静止画から動画像まで様々な焦点画像処理が可能となる.なお,PCベースであるため,HDDに蓄積しないリアルタイム処理への展開も考えられる. 図4:多焦点カメラのヘッド部分の構造図5:多焦点画像撮像蓄積システム 本論文では、以下の事を確認した. ・焦点を合わせの異なる複数の撮像画像を信号処理的に統合することにより独立かつ任意に各奥行きに対応する領域のぼけを抑制,強調する画像(任意焦点画像)の生成が可能である. ・その一般化や拡張まで含め,従来の焦点画像処理に比べ非常に多様な画像の生成が可能となった. ・多焦点撮像システムにより動画像においても焦点画像処理を効率よく行うことが可能である. 以上,焦点合わせの異なる複数の撮像画像の信号処理的統合に基づく映像生成手法およびそのための多焦点撮像システムが,撮像画像からの映像編集,映像生成により幅広い表現を持たせるために極めて有効であることが確認された. |