本論文は「マルチバイブレータを利用した高密度集積カオス生成回路とその応用」と題し、シンプルな素子の結合でカオス波形を意図通りに生成できる集積回路を提案し、その設計試作から動作解析と応用の検討に至る研究を述べたもので本文6章からなる。 第1章は序論であり、未だ数理的基礎研究の側面が強いカオスが、今後集積エレクトロニクスに積極的に取り入れられて行くべきことを論じ、少数ながらこの方向に向けられている従来の研究の動向と問題点を紹介し、特に本研究の対象が自励発振型のカオス発生回路である点を強調して、研究室でこれまで開発されてきた、あるいは外部にいくつか研究例のある外部励起型もしくはクロック駆動型のカオス発生回路に比べての利点を述べて本研究の動機と目的を明らかにしている。 第2章は「CMOSカオスマルチバイブレータ」と題して、本研究で独自に提案された、マルチバイブレータを基本とするカオス発生回路の基本概念と動作原理を示している。本回路はマルチバイブレータの発振周波数を決定する抵抗と容量のうち抵抗をインバータに置き換えて時定数を可変とし、かつ発振パルス幅がひとつ前のサイクルのパルス幅で決定されるようにして、その相互関係をカオス生成に必要な写像関数に設定したものである。半定量的な動作説明に続いて、後に試作に用いた具体的な回路に即してカオス発生の動作を説明する数式表現を導き、実測のローレンツプロットの曲線をよく説明できる結果を得て、要求性能に合わせて設計するための指針を確立している。 第3章は「回路設計と試作」と題して、本構想を実証するために行った、個別素子によるボード上の試作、ゲートアレイと外付けキャパシタによる試作、オンチップキャパシタを含むマスタースライスによる試作を、比較的大きい容量をどのように実装するかという設計思想に則って述べ、最後に1.2mルールのフルカスタムCMOSによる試作設計を述べて、従来のいかなるカオス生成回路よりも高密度集積化できることを示している。 第4章は「CMOSカオスマルチバイブレータの特性」と題して、試作した回路の時系列波形の実測データからローレンツプロット、分岐図、相図を求めてカオスとしての性質を論じ、回路の条件によって時に現れる特異なローレンツプロットを、2種のタイプのカオスが混在してものとして解釈できることを示している。さらにカオス発振の周波数スペクトルを求めて、従来の外部励起型に現れるような励起周波数とその高調波の成分が無い、幅広くなめらかな周波数特性が得られることを示している。 第5章は「雑音源としての評価」と題して、本方式のカオス生成回路を用いてボルツマンマシンなどに利用される白色雑音を生成した試みを述べている。まず1つの回路からの出力を雑音源とみなした場合のランダム性の評価に続いて、2つの回路の出力を合成(和もしくは差)した結果を述べ、信号強度分布が正規分布に近い結果を得て、他の雑音源と比べて優れていることを示している。 第6章は「結論」であり、本論文の研究成果を要約、総括している。 以上本論文は、カオス生成回路として独自の自励型回路をCMOSマルチバイブレータによって実現させ、その動作の数式表現を確立して設計指針に役立たせるとともに、実際に集積回路を試作して動作を検証し、集積回路への適合性を実証しかつ雑音源としての応用の有効性をも示したものであって、電子工学の発展に寄与する点が少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したものと認める。 |