学位論文要旨



No 114242
著者(漢字) 宮武,昌史
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタケ,マサフミ
標題(和) ロープレスエレベータを用いた鉛直輸送システムの提案と構築方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 114242
報告番号 甲14242
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4368号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨

 ビルの高層化に対応して、高層ビル内の鉛直輸送の要であるロープ式エレベータの技術や性能は、高速化、運行制御や設備設計の面で進歩を遂げてきた。しかし、ロープ式エレベータは1つのエレベータシャフト内に1つのかごしか持てないという制約から、今後のさらなる高層化時に輸送能力低下が懸念されている。そこで、新しい鉛直輸送システムとして、次の2つの長所:

 ・1本のシャフト内での複数かご運転

 ・シャフト間を乗り移る横行機能

 を持つロープレスエレベータ構想が生まれてきた。しかし、これまでの構想では、輸送能力の高さが期待されておりながら、リニアモータを中心としたロープレスエレベータの駆動装置に研究の興味が集中し、エレベータ設備面や運行面など、潜在的な輸送能力を引き出すためのソフトウエア的な詳細な検討が不十分であった。そこで、本論文ではこの問題に着目し、次の事項を目的として研究を進めた。

 ・ロープレスエレベータの特長を生かした設備の設計方法の提案

 ・ロープレスエレベータを核とし、その特長を生かすために補助的にロープ式エレベータやエスカレータを組み合わせた鉛直輸送システム全体の設計指針の提案

 ・ロープレスエレベータの特長を生かした運行計画方法の提案

 ・大まかに計画された運行スケジュールに従いながらランダムな乗客発生に対応するセミデマンド運行制御システムの提案

 ・現状程度の高さのビルに適用することも含めて、提案したロープレスエレベータシステムの有効性の評価

 ・ハードウエア開発に必要な要求性能の評価

 論文では、前提条件を述べた後、ロープレスエレベータのために行った様々な新しい提案をまとめて述べ、システムの全貌を説明してから、解析結果を述べている。以下に、その概要を示す。

 まず前提条件の一つとして、ロープ式・ロープレスに共通する事柄である、ハードウエア性能面、交通需要、乗客案内や、エレベータ性能の評価方法についてまとめた。その中で、1〜2階床差程度の近接階を階段等で移動する乗客を考慮した上で、各階方向別の乗降人数から運行計画や制御で必要な入力データとなるOD(Origin-Destination)を推定する方法を提案した。さらに、輸送能力評価に必要なサービスゾーン内でのかごの停止階床数の平均値を、これまで一般的に考慮されていなかった一般階間の需要も含めた形でODから求める式として導出した。

 次に、もう一つの前提条件となる、ロープレスエレベータ特有の事項を取り扱った。自走式のかごに必要な推力特性の計算から、加減速度は常に乗り心地の限界まで出せるという前提で問題ないことを確認した。また、ロープレスエレベータに不可欠な信号システムの鉄道との相違点をまとめ、閉塞長1階床分以下という現実的な仮定なら、閉塞長や先行かごの速度情報の有無に関わらずかごの運行間隔がほとんど変わらないことを定量的に示し、以降では閉塞長無限小で先行かごの速度情報を用いない移動閉塞方式を仮定することとした。さらに、信号システムのもとでは鉄道のようにスケジュールに従った運行がよいことから、運行スケジュールを取り入れた上で従来のエレベータと同様のデマンド運行を行うセミデマンド運行を提唱した。

 論文における新しいシステム提案の部分の一つとして、ロープレスエレベータを実際のビルの設備に取り入れるための設備の設計方法をまとめた。まず、高層化による輸送力減少のない方式として、ロープレスエレベータの特長である1シャフト複数かご運転機能と横行機能を有効利用する、複数のシャフトを1運行ユニットとする方法、特にピーク時の上下方向の需要の不均衡を考慮した3本シャフト1ユニット方式を提唱した。その概要を図1に示す。それに関連して、ユニット内のシャフト・乗場面積の削減方法の提唱と、複数ユニットの並列運転を行う際にドアを直線的にいくつも並べる平面的配置方法を提唱した。提唱した運行方式を持つロープレスエレベータやロープ式エレベータなどの各方式には、鉛直輸送システム全体から見てそれぞれ長短所があるため、各方式間の役割分担の重要性を指摘し、ローカルな需要の多い所で輸送能力向上のためにメインの輸送用と補助的なローカル用のものに分ける方法を提唱した。

図1 3本シャフト1ユニット方式の構成

 新しいシステム提案の二つ目として、設備が与えられたもとでの運行計画の議論をまとめた。運行計画は、後述するロープレスエレベータのセミデマンド運行の要素の一つであり、設備設計の段階でも仮定として必要となる。まず、ビル内で最も支配的な地上とビル内の各階の間の需要を考慮すると、通勤鉄道における地域分離型輸送方式がロープレスエレベータに最適であることを指摘し、サービスゾーンの分割方法やかご間の干渉を考慮した運行スケジュール作成方法を提案した。また、下り輸送だけに有効な効率的運行方法として、下りの場合は到着するロビー階は複数あるうちのどこでもよいため案内が簡単であることを利用する方法も提案した。さらに、3本シャフト1ユニット方式における回送スケジュールは全体の輸送能力に影響を及ぼすため、輸送能力を上げるための回送スケジュールを周期的条件のもとで求める方法を提案した。運行スケジュールの作成例を図2に示す。作成したスケジュールは、回送用シャフトに大量のかごが流入する場合でも、各かごの運行曲線を最密充填することができ、輸送能力の低下を防止できることも示した。

図2 作成した運行スケジュール例

 新しいシステム提案の最後の内容は、ロープレスエレベータの円滑な運行に欠かせない、セミデマンド運行制御方法である。セミデマンド運行制御では、図3に示したように、上記で説明したスケジューリングによる大まかな制御と、従来のエレベータ群管理制御をベースとした群管理制御部による細かい制御を行う2つの部分があり、それらの役割と相互関係を定義した。次に、乗場呼びをかごに割り付ける段階で運行スケジュールからの遅延を防ぐ方法を提唱し、そのためには特に上り方向の輸送で高度な案内方法が重要であることを指摘した。また、各かごの負荷分担が不均一な場合やスケジュールが乱れた場合の運行の円滑化と遅延拡大防止のために、サービスゾーンの変更方法や回送かごの順序変更といった、スケジュール自体の変更方法を提唱した。さらに、複数ユニット間の負荷を均一化して運行を乱れなくするための運行位相の調整方法や、大きな需要変化時にかごの動く方向を反転するなどの運行モードの切り替え方法も提唱した。

図3 セミデマンド運行制御の全体構成

 最後に、これまで述べた、設計・運行計画・運行制御の議論を踏まえた上で、提案したロープレスエレベータの設備面や運行面での評価を行った。まず、70階建てのビルについて、通常のロープ式エレベータ、スカイロビーを用いたロープ式エレベータ、ロープレスエレベータの3通りの設計を行って比較した。表1はその結果であるが、ロープレスエレベータは現状では最も省面積なスカイロビー方式に匹敵し、占有面積的には現状程度の高層ビルでも適用可能という結論を得た。さらに、各方式の比較を詳細に行ったのが図4であるが、高層ほど提案の3本シャフト1ユニット方式の優位性が増すこと、30階程度では1本シャフトで3個のかごを往復運転させる方が輸送力的に有利という結果を得た。

表1 ロープ式エレベータとロープレスエレベータとの比較図4 各方式における階床数と占有面積の関係

 次に、提案の3本シャフト1ユニット方式のみの解析を行った。提案方式は、ロープ式とは異なり、速度が遅い100〜200m/minの時に輸送力を600m/minの時の約1割増しにできることを示した。水平方向への移動能力に関しては、移動時間30秒以内なら移動時間の増加分だけ周期が延びることを示したが、移動能力が低いとスケジューリングが難しく、遅延の収束時に問題を生じる危険性も指摘した。また、定員に関する議論では、小さい方が停止階が少なくて輸送力的に有利だが、定員1人あたりのエレベータ面積の増加により、定員10名程度がよいことを示した(ただし駆動装置の占有面積と定員の関係は考慮外)。定員を減らす利点は提案方式の方がロープ式よりも大きいことと、定員が少ないと一般階間の需要が多いと問題になることも同時に指摘した。

 そして、セミデマンド運行をもとにした運行制御の基本的シミュレーションを行った。基本スケジュールを守りながらでも、時折満員になるような需要に対して問題なく輸送が可能なことを示した。また、サービスゾーンでの停止階床数の上限値を変えた時の特性は図5のようになったが、停止階床数の増減によるサービスゾーン内所要時間の増減分だけ運行周期を変えた場合は、待ち時間をほぼ一定にできることも明かとなった。これは、運行周期、すなわち輸送能力を停止階床数の上限値によって変化させても、サービスレベルが一定になることを意味している。

図5 停止階床数の上限値と待ち時間の関係
審査要旨

 本論文は、「ロープレスエレベータを用いた鉛直輸送システムの提案と構築方法に関する研究」と題し、序章を含めて8章と付録から成る。

 序論では、研究の背景としてビルの高層化とエレベータシステムとの関係をまとめ、今以上の高層化にはエレベータの輸送能力の向上が必要であり,これを打開するために提案されているロープレスエレベータシステムを用いた上で使い方に工夫を加えることが必要であることを述べている。

 第2章「エレベータの検討に必要な基礎的概念」では、ハードウエア性能、交通需要、乗客案内や、性能評価などを解析する際にロープ式・ロープレスに共通する概念を述べ,各階方向別の乗降人数データから運行計画や制御で必要となる需要OD(Origin-Destination)そのものを推定する方法を提案した。また,輸送能力評価に必要となるサービスゾーン内でのかごの停止階床数の平均値を一般階相互間の需要も含めた形でODから求める式として導出し、評価の精度を高めている。

 ロープレスエレベータシステムを解析する上での前提を扱った第3章では、まず自走式のかごに必要となる推力特性から加減速度は常に乗り心地の限界まで出せるとみなしてよいことを示し、次いでロープレスエレベータには追突防止の信号システムが不可欠であるが、鉄道信号との相違点から,閉塞長を1階床分以下にすれば閉塞長や先行かごの速度情報の有無に関わらず、運行間隔を事実上最小値にできることをに示している。さらに、信号システムのもとで輸送力を上げるためには鉄道のスケジュール運行を取り入れたセミデマンド運行の概念を提唱している。

 第4章「ロープレスエレベータを利用した鉛直輸送システムの設計」では,まず高層化による輸送力減少のない方式として、ピーク輸送能力を最大限に発揮するには1つのシャフトに複数のかごを運転し、横にも動ける機能を有効利用した3本シャフト1ユニット方式を提唱し,既存の超高層ビル程度でも提案方式が有利に適用できる方法を示した。さらに、提案のロープレスエレベータとロープ式エレベータのそれぞれの長所短所を考慮して,各方式間の役割分担が重要であることを述べ,ローカル需要の多い所での具体的分担方法とともに示している。

 第5章「ロープレスエレベータの運行計画」では、前章の基本構成での輸送力とサービスレベルを高く保つ運行計画を示すとともに、次章のセミデマンド運行制御の前提としている。

 一つのビル内では出入り口のある地平付近階とビルの各階の間の需要が最も支配的であることから、基本的な輸送形態としては通勤鉄道の地域分離型輸送方式が最適なことを明示し、これを利用した運行スケジューリングを提案して、ロープ式エレベータに比べて高速性をあまり犠牲にしない範囲で占有床面積あたりの輸送能力を約2倍に向上させることに成功している。また、到着ロビー階が変わっても差し支えない下り輸送だけに特に有効な効率的運行方法をも提案した。最後に、3本シャフト1ユニット方式の高い輸送能力を維持するための回送かごのスケジューリング方法を示してロープレスエレベータによる鉛直輸送システムのピーク時の基本的運行パターンを確立した。

 第6章「ロープレスエレベータの運行制御」では,セミデマンド運行を詳しく扱って,従来のエレベータ群管理制御の役割と本研究のスケジューリングとの相互関係を定義した上で,セミデマンド運行向きの具体的制御方法を示している。次に、スケジューリング部での制御として,上り用ユニットと下り用ユニットとのユニット数の最適配分や切り替え方法を新たに提唱している。また、サービスゾーンや回送かごの順序を変更し,複数ユニット間の運行位相を調整することにより各かごの負荷を均一化させたり、スケジュールが乱れた場合の運行の円滑化を可能とした。最後に、ロープレスエレベータ向けの群管理制御方法を提唱して乗客の待ち時間増大を防ぎ,スケジュールからの遅延防止を可能とし,上り輸送では個別の行先情報取得と案内が重要であることも示している。

 第7章「提案したシステムの定量的な有効性分析」では、主としてこの前の第4,5,6章で提案したロープレスエレベータの設備面や運行面での評価を定量的に行っている。

 まず、70階建てのビルについて、通常のロープ式エレベータ、スカイロビーを用いたロープ式エレベータ、ロープレスエレベータの3種のシステムについて、それぞれに最適と思われる設計を行って輸送能力の比較を行い、ロープレスエレベータは、現状で最も省床面積になるスカイロビー方式に匹敵する輸送力が得られるとの結論を得ている。次に、提案の3本シャフト1ユニット方式のみの解析を行い、速度が遅い100〜200m/minの時に輸送力を600m/minの時の約1割増しにできることを示した。水平方向への移動能力に関しては、遅延時の収束性から移動時間を20秒以内にする必要性を示した。また、定員に関する議論では、速度と占有床面積とのバランスから10名程度がよいことを示した。定員を減らす利点は提案方式の方がロープ式よりも本質的に大きいことと、定員が少ないと一般階相互間の需要が多い時には停止階数が増えて輸送力が上がらないことも同時に示した。

 最後にセミデマンド運行の解析から,サービスゾーンでの停止階床数の上限値を減らすことによる輸送能力の増加率がロープ式エレベータに比べて2倍程度になり、かつ待ち時間の増加率はロープ式エレベータに比べて半分程度になることを示し,シミュレーションで裏付けるとともに,時折満員になるような需要に対しても問題なく輸送が可能なことを示した。

 第8章は以上をまとめた「結論」であり、併せて今後の課題にも言及している。

 全体として、ロープレスエレベータの利点を活かすための本論文での提案システムは、輸送能力とサービス面から既存の程度の超高層ビルにも十分に適用できることを示しており、今後のロープレスエレベータシステムの導入に際して,本論文はその設計・運行・制御の礎を築いたものである。

 以上をまとめると、本論文は一つのシャフトに多数のかごを配置することができるロープレスエレベータの利点を活かして、占有床面積当たりの輸送力がビルの高さによらない方式を発案し、このシステムに適した運行方式と制御方式を示すことによって超高層ビル用の鉛直輸送システムの基礎を築いたものであって、電気工学・交通工学上貢献するところが多い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54066