ロボットは人間の労働力を代替する手段として考案され、産業発展に大きな役割を担ってきた。工場の中でのロボットによる大量生産は製品の値段を下げ、生産の高速化を可能にし、危ない仕事でのロボットの活用は人間を危険から守ることも可能にした。しかし、現在までロボットの活用は生産という非常に限られた分野にすぎなかったが、社会構成員の高齢化と福祉の重要性の増加に伴い、人間が普段生活している一般環境でのロボットの活用に対する要求がだんだん多くなりつつのが現状である。一般環境は工場等の特別な環境とは異なり、ロボットを活用するのに様々な困難要素が含まれている。その中で一番大きな困難要素は作業空間の無制限性あるいは広大性である。工場などでよく用いられるロボットはほとんどがある位置に固定され、狭い作業空間を持ち、その狭い作業空間の中に入ってくる予測可能なオブジェクトを処理するが、一般環境で必要とされるロボットは空間全体を作業空間としなければならない。このような条件から、自分の位置を変えることで作業空間を変えられる移動ロボットが一般環境で活用可能なロボットとして一番適していると言える。移動ロボットは現在でも工場中での物流、未知世界の探索(例:火星探索ロボットソジャーナ)などの分野で使われている。しかし、移動する特性だけでは、状況の予測が大方不可能で、不確実性が蔓延している一般環境での移動ロボットの活用は大変困難であり、解決すべき問題がたくさん残っている。本研究では移動ロボットにとって一番重要とも言える自己位置推定を改善し、一般環境で活用可能な移動ロボットの実現を促進させることを試みている。 自己位置推定とは、作業空間に於いて自分自身の位置をセンサなどで求めることである。ロボットは人間とは違い、インテリジェンスのレベルが非常に低いため環境を個々の要素に分解し、その結果を処理、判断の対象にしている。移動をするためにもセンサなどで環境パラメータやロボット内部パラメータを測定し、現在自分が何処にあるのかを確認しながら動くようになっている。本研究では動きに制限がないという特性から一般環境で最も適している思われるホロノミック全方向移動ロボットのための自己位置推定を提案する。ホロノミック全方向移動ロボットはオフセットがある方向制御が可能な駆動輪二つとキャスター輪一つでホロノミック全方向移動特性を生み出している。式(1)はこのロボットの運動学を表している。(x,y,はそれぞれロボットのx座標、y座標、方向角で、Wは区動輪の間の幅、xW,yW,Wは区動輪のx座標、y座標、方向角である。) 式(1)をもとに区動輪に装着されている四つのロータリエンコーダで車輪の偏差を測定し、ロボットの位置を推定するdead reckoningを行った。 しかし、この方法は車輪の偏差からロボットの位置を推定するため、車輪が特殊であるホロノミック全方向移動ロボットでは、地面の小さな凸凹にもロボットの動きが非常に影響されやすい短所をもっていることが確認できた。この短所を改善するべく正確な角速度の測定が可能な光ファイバジャイロセンサを用い、ロータリエンコーダのデータとセンサフュージョンを行った。光ファイバジャイロセンサはロータリエンコーダとは違い、ロボットの角度の偏差を測定するため環境の影響がほとんどない。これら二種類のセンサの長所を捕らえてフュージョンすることで正確なロボットの位置を推定することが可能になった。図1はロータリエンコーダによる自己位置推定でロボットを動かした時のロボットの軌跡である。太い実線はロータリエンコーダによる自己位置推定結果で、実際にロボットが動いた軌跡は細い実線で表している。図2はロータリエンコーダと光ファイバジャイロセンサをフュージョンした時の実験結果である。 図1、ロータリエンコーダによる自己位置推定結果図2、ロータリエンコーダと光ファイバジャイロセンサをフュージョンした時の自己位置推定結果 しかし、ロータリエンコーダとジャイロセンサは環境を除いてロボットだけの動きを計るセンサであり、ある基準の位置からの相対的な位置を知ることしかできない。さらに、ジャイロセンサは時間が経つことに伴いドリフトする(図3)短所があって、長時間走行するためには環境を基準にする絶対位置による補正が必要である。そこでロータリエンコーダとジャイロセンサ等の相対位置センサに加えて絶対位置センサとしてビジョンカメラを用いた。ビジョンセンサは天井に付いているバイナリコードランドマークから情報を読みとって、天井の高さ、カメラの仰角などのパラメータを加えて計算し、ロボットの絶対位置を推定する。これら3種類のセンサ(ロータリエンコーダ、ジャイロセンサ、ビジョンセンサ)、2階層の推定(相対位置推定、絶対位置推定)により全方向移動ロボットが長時間走行しても、確実に自分の位置決めができるようになった。図4はこの2階層自己位置推定システムによる結果である。下位層である相対位置推定層は常にロボットの位置を推定する。上位層である絶対位置推定層は下位層の推定誤差が大きくなったと判断すると推定位置の修正を行う。 図3、時間の経過とジャイロセンサのドリフト図4、相対位置センサと絶対位置センサを併用した自己位置推定の結果 以上の階層的自己位置推定により全方向移動ロボットがある空間で一定範囲の位置誤差を保ちながら走行することが可能になったが、本研究の目標である一般環境での移動ロボットの活用にはまだ様々な問題がある。一般環境は普段人間が生活する場であり、要素分解法のような還元主義的なアプローチでは解析できない複雑系である。人間とロボットが共存するためには、移動ロボットは静的で物理的な位置を推定する典型的な自己位置推定だけではなく、同じ場にいる人間との相関位置、空間中で生じるタスクへの役割的な関係などの抽象的な位置も自覚しなければならない。しかし、ロボットにこのような機能を実現するには相当なレベルのインテリジェンスが必要とされる。ハイレベルのインテリジェンスは数多くの研究者が挑んでいるものの、実用可能なレベルまではまだ遥遠である。そこで本研究では空間全体にセンサ、ネットワークデバイス、コンピュータ等を埋め込むことにより空間と移動ロボットの一体化を試みた。空間とロボットがコミュニケーションネットワークを通じて一体化することで予測できぬ外乱であった人間などの複雑要素がロボットの内部パラメータとして扱えるようになる。なおかつ、空間が人間を観測することでロボットにダイナミックな情報を与えることができ、ロボットが高い知能を持たなくても人間と共存することができるようになる。 提案した自己位置及び自己認識アルゴリズムを確かめるべく実際の環境を変え、実験を行った。図5のように実際の環境の中でビジョンセンサを配置し、センサにはコンピュータとネットワークが接続されている。ビジョンセンサからとったイメージから処理を行い実時間で常に人間と移動ロボットの検出を行う。(図6) 図5、自己位置及び自己認識のための空間とセンサ配置図6、空間による人間及び移動ロボットの認識 空間とロボットが一体化になることでロボットは自分自身を外から観測することができ、自分を除いて空間中の自分の位置だけを考えた従来の方法と違い、自分を入れて空間を見るようになった。これによって移動ロボットはロバストに自己位置推定を行うことが可能になり、その例は図7に示している。 図7、空間による移動ロボットの自己位置推定結果 また、空間中の人間の動きを見ることで、移動ロボットのための動的なトポロジーマップの生成も可能である。図8は人間の動きからの空間のトポロジーマップ生成過程を示している。 図8、空間中の人間の動きから空間のトポロジーマップの生成例 空間にセンサと処理機能とネットワークデバイスを埋め込むことは普通の環境が持っているアフォーダンスを移動ロボットが認識しやすくすることでロボットが単独では無理であった機能の実現を可能にしたとも言える。 以上の内容を含めて本論文では移動ロボットの新しい自己位置及び自己認識手法を提案、検証した。さらに、本研究で示した環境とロボットの協調の延長線上には現在、脚光を浴びているITS(Intelligent Transportation Systems)もあり、近未来には車と移動ロボットが屋内、屋外の区分なく走る統一環境の出現も期待できる。 |