学位論文要旨



No 114247
著者(漢字) 内山,靖弘
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,ヤスヒロ
標題(和) 半導体レーザを用いた高効率紫外域SHGの研究
標題(洋)
報告番号 114247
報告番号 甲14247
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4373号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨

 紫外光領域(波長380〜390nm程度以下)におけるコヒーレント光源は光計測・高密度光記録・高精細印刷・医療・リソグラフィー等、多方面への応用が期待されている。必要とされる紫外光出力も計測・記録・印刷分野等のmW、mW級からリソグラフィーのW級まで多岐に渡り、用途、要求に応じ様々な方式の紫外光源の研究開発が行われている。

 第二次高調波発生(SHG,Second-Harmonic Generation)等の波長変換技術を用いた紫外光発生技術には、固体レーザ、半導体レーザ等のレーザ単体から直接に発生できない波長領域の拡大の可能性が秘められている。そのような観点から「レーザ+非線形光学結晶・デバイスを用いた波長変換」による全固体型紫外光源の実現に向けて活発に様々な研究が行われている。半導体レーザを基本波光源とするSHG光源もその有力な候補の一つであり、小型・高効率・高速変調可能といった半導体レーザ特有の魅力的特徴を生かすべく、研究が展開されている。しかし、半導体レーザ基本波SHGによる紫外光発生には、波長変換の高効率化の上で障害が存在する。その一つは、青・緑色領域(波長400〜550nm)で有効とされる非線形光学結晶が紫外域では不透明となり、またたとえ透明であってもその非線形光学定数が小さいことである。もう一つは、基本波光源として使用されるAlGaInP系半導体レーザの出力レベルが青・緑色領域での基本波GaAs系半導体レーザと比較して低いことである。これらの問題の克服のために、擬似位相整合SHGデバイスの作製、半導体レーザ増幅器の導入、外部共振器の導入等の効率改善の試みが為されているが、未だに決定的方策は無い。

 本研究ではこのような背景に基づき、半導体レーザ基本波による紫外域第2次高調波発生システムにピコ秒パルス動作の概念を導入し、波長変換効率改善の方法とその有効性の理論的・実験的検討を行ったものである。

 最初に、基本波をCW発振からパルス発振に変え、パルス特性の最適化を図ることで、波長変換効率の大幅な改善が可能なこと及び結晶長無依存化が図れることを理論的に示した。基本波平均パワー50mW時において、CW発振時に得られる紫外光平均パワーはLiIO3結晶で1〜5W、BBO、LBO結晶ではsub-W程度である。一方、位相整合波長許容幅と同程度の光スペクトル幅を有するフーリエ変換限界パルスを適用することにより、LiIO3結晶で平均パワー1mW、LBO、BBO結晶を用いた場合で平均パワー0.1〜0.2mWの紫外光発生が期待できるを理論的に示した(図1)。また、さらに擬似位相整合LiTaO3デバイスを用いた場合には、基本波平均パワー50mW時において、30mW以上の紫外光発生が可能であることを示した。フーリエ変換限界パルス基本波の適用により、通常のバルク結晶を用いた場合でもmW級の紫外光発生が可能となる。更に、波長変換効率の結晶長無依存化が図れることは、均一な結晶作製という観点から結晶長の短い非線形光学結晶・デバイスの利用を可能とし、大幅な負荷低減をもたらす。その上、結晶長の短い結晶が使用可能となることは光学レンズの焦点距離の短縮を可能とし、システムの小型実装化に対しても非常に魅力的であると期待される。結晶長光学系効率の結晶長無依存化及び効率改善の可能性の予測については、モード同期チタンサファイアレーザを用いた実験によりその正当性を確認した。

図1 波長変換効率の結晶長依存性(a)光スペクトル幅=位相整合波長許容幅のガウス型パルス基本波 (b)連続発振基本波

 前述の理論・実験による効率の解析結果を基に、半導体レーザ基本波において結晶の波長許容幅以下のフーリエ変換限界パルス発生を実現させるべく、利得スイッチ動作半導体レーザの特性改善を試みた。最初に利得スイッチ法によるパルス発生及び光帰還によるスペクトルの単一モード化との併用を試み、紫外光変換効率の改善を確認した。パルス幅〜41ps、スペクトル幅〜0.07nmのパルスを5mm長LiIO3結晶を用いたSHGに適用し、光帰還により3.8倍、さらにCW発振との比較において14倍の効率改善に成功し、規格化変換効率として4.2%/Wcmが得られた。またGT干渉計を用いた単一モード利得スイッチ動作半導体レーザパルスの圧縮により、さらなる紫外光変換効率の改善を確認した。パルス幅として15.8psまでの光パルス圧縮を観測した。更にこの基本波をSHGに適用し、パルス圧縮の有無により2.3倍、かつCW発振との比較において約32倍の効率改善に成功した。規格化変換効率は9.6%/Wcmが得られた。紫外光の平均パワーは、基本波平均パワー15.8mW時において10.2Wである。図2に実験で得られた光パルス波形、図3に利得スイッチ動作半導体レーザを基本波として用いた紫外域SHGにおける波長変換効率特性を示す。比較のために図3には連続発振基本波における効率特性も同時に示している。本実験で得られた規格化変換効率4.2%/Wcm、9.6%Wcmは、いずれもこれまでに報告がされている擬似位相整合LiTaO3デバイス、半導体レーザ増幅器を用いた半導体レーザ基本波紫外光発生システムにおいて報告されている値を凌駕するものである。

図2 利得スイッチ動作半導体レーザ基本波パルス波形(a)通常の利得スイッチ動作時における時間パルス波形(b)光パルス圧縮時の時間パルス波形(c)利得スイッチ動作時及び光帰還時における光スペクトル波形図3 利得スイッチ動作半導体レーザ基本波における紫外SHGの波長変換効率特性(a)CW(b)Gain-switching(c)Gain-switching+Self-seeding(d)Gain-switching+Self-seeding+Pulse compression

 更に「短パルス動作」「基本波平均パワーの増大」の両立を図るべく、外部共振器型モード同期半導体レーザを共振器内部型紫外域SHGの基本波として適用することを提案した。外部共振器型能動モード同期動作の半導体レーザを基本波に適用しその有効性の実証実験を行った。図4(a)に提案した実験系の構成を示す。繰返し周波数870MHzにおいて基本波平均パワー33〜73mWの範囲で時間パルス幅16psの光パルス発生に成功した。更に繰返し周波数434MHz時では基本波平均パワー28〜47mWの範囲でパルス幅16psの光パルス発生を確認した。これらの基本波をSHGに適用し、繰返し周波数870MHz、基本波平均パワー73mW時において70Wの紫外光発生に成功した。規格化変換効率は繰返し周波数870MHz時で2.8%/Wcm、434MHzで4.1%/Wcmである。波長変換効率は約0.1%である。波長変換効率特性を図4(b)に示す。発生した紫外光の平均パワーは擬似位相整合デバイスにおける数値を上回る数値であり、本方式の高効率紫外域SHGへの有効性が示された。

図4 (a)モード同期半導体レーザ基本波による共振器内部型SHG実験系(b)モード同期レーザ基本波共振器内部型SHGの効率特性

 最後に、内部共振器型SHGのパルス動作半導体レーザにおいて、電気系統の簡素化を図るべく、外部共振器型の受動モード同期動作半導体レーザを基本波に適用することを理論的に検討した。可飽和吸収体として、非対称ファブリーペロー型半導体可飽和吸収体反射鏡を用いることを想定し、そのモデル化を図るとともに数値解析によりパルス特性を解析した。その結果、繰返し周波数9.3GHz時で平均パワー200mWを超えるピークパワー8W、パルス幅3psのパルス基本波をレーザ共振器内部で発生可能であることを示した。更に、共振器内部に2mm長LiIO3結晶を挿入することにより、注入電流140mAを超える領域で1mW以上の紫外光をシングルパスで発生可能であることを示した。解析結果は直流電流源のみの簡素な電気系でmW級の高効率紫外光発生が可能であることを示しており、小型かつ高効率な紫外光源の実現の可能性を示唆するものである。以上、パルス動作半導体レーザを基本波光源とするSHGシステムの高効率化に向けて半導体レーザに必要とされるパルス特性を明らかにした。更に、必要とされるパルス特性を満足する方式の提案と検証を行い、その有効性を実証した。本研究で得られた結果は、mW級の半導体レーザ基本波SHG紫外光源の実現の可能性を示唆するものである。

審査要旨

 本論文は「半導体レーザを用いた高効率紫外域SHGの研究」と題し、5章から構成されている。

 紫外領域コヒーレント光を発するコンパクト光源の開発への関心は高い。高分解光計測・高密度光記録・高精細印刷・医療・リソグラフィー分野への応用によって、それぞれに技術革新が期待されている。紫外光には、しかしながら、安定・長寿命な固体レーザ・半導体レーザでは発生困難な波長領域が存在する。これに対して、第二次高調波発生(Second-Harmonic Generation:SHG)などの波長変換の高効率化や高出力化が実現されれば、それら波長領域の開拓は可能である。そのような観点から、「固体レーザないし半導体レーザ」+「非線形光学結晶ないしデバイス」という構成による全固体型紫外光源、中でも、半導体レーザを基本波とするSHG光源への期待は大きい。小型・高効率・高速などの優れた特色も魅力である。しかしながら、いくつかの難点のために決定的な方式は確立されていないのが現状である。これに対して、論文提出者はSHG効率が瞬時光電界に比例する事実に着目し、AlGaInP系半導体レーザをピコ秒パルス駆動した上で基本波とするSHG効率改良手法新規手法を考案した。本論文では、波長変換効率および出力の改善に対する左記提案手法の詳細が記され、その有効性の理論的・実験的検討を行った結果を論じられている。

 第一章は、「序論」であり、本論文の背景、位置付け、目的および各章の構成が記されている。

 第二章は「半導体レーザパルス基本波による第2次高調波発生」と題し、パルス状基本波光を用いるSHG現象について、その基本原理に対する考察を理論的および実験的に展開している。すなわち、バルク形状光学的非線形結晶に基本波として入射されるピコ秒およびフェムト秒光パルスに対し、SHG効率とUV光出力パワーを記述する理論の構築とその実験的検証を試みている。前者の結論として、基本波パルス特性およびその入射条件が最適化された場合に波長変換効率が大幅に改善される可能性を指摘している。例えば、位相整合波長許容幅と同程度の光スペクトル幅を有するフーリエ変換限界パルス(690nm)の最適入射条件照射により、基本波平均パワー50mWに対してLiIO3結晶で1mW、LBOないしBBO結晶で0.1〜0.2mWの紫外光発生(345nm、平均パワー)が可能であるとしている。また、擬似位相整合LiTaO3結晶を用いる場合には、基本波平均パワー50mWに対して30mW以上の紫外光発生が可能であるとしている。後者に対しては、モード同期チタンサファイアレーザパルスを用いた実験によって上述理論の一部の正当性を確認している。

 第三章は「利得スイッチ動作半導体レーザを用いた高効率紫外域SHG」と題し、フーリエ変換限界パルスの発生手法として利得スイッチ法と光帰還法およびパルス圧縮法の併用に着目してSHG実験について論じている。光学的非線形結晶の波長許容幅に合致する光スペクトルを有するAlGaInP系半導体レーザパルスの発生を行い、SHG実験に適用した結果は次の通り。パルス幅〜45ps、スペクトル幅〜0.07nmの690nmパルスを5mm長LiIO3結晶に照射したところ、光帰還により3.8倍(CW発振との比較において14倍)のUV光(345nm)出力に成功し、規格化変換効率4.2%/Wcmを得た。さらに、GT干渉計によるパルスを圧縮し、15.8psまでパルス幅を狭め、規格化変換効率を9.6%/Wcmにまで改善した。この際の紫外光平均パワーは10.2Wである。本実験で得られた規格化変換効率9.6%Wcmは記録値である。

 第四章は「共振器内部型紫外域SHGへのモード同期半導体レーザの適用」と題し、「短パルス動作」と「基本波平均パワーの増大」の両立を図るべく、外部共振器型モード同期半導体レーザ構成の導入を提案しその有効性を検証している。まず、能動モード同期動作SHG実験を行い、基本波(670nm)平均パワー73mWに対して70Wの紫外光(335nm)発生に成功した。波長変換効率は約0.1%である。左記紫外光平均パワーは、現時点での世界最高値である。更なる改善の余地も指摘している。本方式の有効性が明示されている。また、電気駆動系の簡素化を目的に、外部共振器型受動モード同期動作半導体レーザの適用の理論的検討を行っている。非対称ファブリーペロー型半導体可飽和吸収体反射鏡の利用を想定し、そのモデル化とシミュレーションによるパルス特性の解析を行った。その結果から、本方式により1mW以上の紫外光発生が可能であると指摘している。

 第五章は「結論」であり、各章の結論を総括するとともに、本論文全体の結論を導出している。

 以上を要するに、本研究は光エレクトロニクス分野で期待される紫外域コンパクト光源の実現のために「ピコ秒パルス基本波の適用」を基本概念とした第二次高調波発生の原理と種々の手法について理論的・実験的な検討を有機的に行ったものであり、幾つかの従来方法を凌駕する記録的データの提示も含めて、その結果および結論は光エレクトロニクス分野への寄与が大きいものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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