学位論文要旨



No 114250
著者(漢字) 鈴木,健二
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ケンジ
標題(和) ガリウムアンチモン自己組織化量子ドットの形成とその光物性
標題(洋) Epitaxial Growth of Gallium Antimonide Self-assembled Quantum Dots and Their Optical Properties
報告番号 114250
報告番号 甲14250
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4376号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 高橋,琢二
内容要旨 1.序論

 量子ドットは、電子を3次元的に閉じ込めることができる。近年、結晶歪みによる自己組織化現象で量子ドットの形成が可能になった。その結果、半導体レーザの特性向上や新たな半導体光デバイスに役立つことが期待されている。しかしながら、その形成技術や物理的性質には、いまだ未開拓な部分が多く残されているのが現状である。そこで、本研究では半導体量子ドットの新展開として、ヘテロ界面でのバンドアライメント制御(バンドエンジニアリング)を提案し、その実現のためにアンチンモン系化合物半導体に着目した。また、その特徴的な量子効果に起因した光物性を解明していく。

 本論文は、以上に述べた観点から、筆者がこれまでに研究してきたガリウムアンチモン(GaSb)量子ドットの形成技術と構造評価、及びそれらの光学的性質と物理的機構の解明に関する一連の研究成果をまためたものである。

 本研究では、アンチモン系量子ドットの作製技術の確立を目指すとともに、次世代光デバイスの原理となるの特徴的な量子効果を見い出し、その物理的性質を解明する。II章ではGaSb量子ドットの自然形成、III章ではGaSb量子ドットの発光特性、IV章ではGaSb量子ドットの発光寿命、V章ではGaSb量子ドットの磁気光学特性、VI章ではType-I InAs and Type-II GaSb結合量子ドット、VII章ではInSbドット及びGaAs上のGaSbの平坦化について述べる。

II.GaSb/GaAs量子ドットの形成

 第II章では、原子オーダーで結晶成長を制御できる分子線エピタキシー法(MBE)で、GaSb量子ドットの形成について述べる。GaSbとガリウムヒ素(GaAs)の間の格子定数差は7.8%ある。それゆえ、GaAs上のGaSbはストランスキークラスタノフ(Stranski-Krastanow)モードで成長し、3次元構造が形成されることが期待できる。すなわち、これは格子歪みによる自己組織化現象である。しかし、従来まで困難であったMBEでのV族元素のヒ素とアンチモンの制御法が課題であった。ナノスケールGaSb量子ドットを形成するための結晶成長の条件(成長温度、成長速度、V/III比、シャッターシーケンス、アンチモンとヒ素の表面置換反応、ヒ素用バルブドクラッカーセルの利用)などについて論じ、これらの基礎的成長条件について明らかにした。さらに、電子線回折像で成長過程の表面状態を観察し制御した。

 さらにドットの形成には、次の3つのことが必要となってくる。(1)量子効果が現われるようなサイズの量子ドットを形成すること。(2)量子ドットの密度を高くすること。(3)量子ドットサイズ揺らぎを小さくすること。これらをふまえて、ドット密度の制御をした。図1にGaSbドットの原子間力顕微鏡(AFM)像を示す。(a)2.5原子層(ML)(b)2.8ML(c)3.1ML成長したときの様子を示す。成長するにしたがって密度が増大していった。それぞれのドット密度は(a)2.6x109cm-2、(b)7.5x109cm-2、(c)1.2x1010cm-2であった。直径dや高さhは(a)d=32±5nm,h=9.5nm(b)d=28±6nm,h=6.7nm(c)d=26±6nm,h=6.2nmであった。ここで、測定値の密度や高さは正確であると考えられるが、サイズはAFMのチップの針先の形状を反映している。ゆえに、本来のドットはさらに小さいものであろうと考えられる。また、GaSb量子ドットの積層構造(スタック)の形成も実現した。

図1:ガリウムアンチモン量子ドットの原子間力顕微鏡像。数十ナノメートルのドットが形成された。(a)2.5,(b)2.8,(c)3.1原子層成長したときの様子。
III.GaSb/GaAs量子ドットの発光特性

 第III章では、GaSb/GaAs量子ドットの発光、吸収特性について示した。試料構造は、図2に示すようにGaAs(001)基板上にGaAsバッファ層を積み、GaSb量子ドットを形成後、GaAsでキャップした。ここで、ウェッティングレイヤーと呼ばれる2次元層をともない、その後に3次元成長により量子ドットが形成された。まず、そのドットとウェッティングレイヤーからの明瞭な図3のような発光を観測した。それぞれのピークは明らかに分離しており、それらの半値幅はウェッティングレイヤー(40meV),ドット(100meV)が得られた。この発光スペクトルは、従来報告されているInAs/GaAsドット程度のものである。すなわち、AsとSbの切替えが困難であった問題を改善したことが証明された。

図2:(a)GaAsで埋め込まれたGaSb量子ドットの試料構造。(b)Type-IIGaSb量子ドットのバンドダイヤグラム。図3:(a)GaSb量子ドットからの発光スペクトル。(b)発光ピークの励起強度依存性。

 またこの系での特徴は、ドットの中に正孔だけを閉じ込められ、そのクーロン力により電子がドットのまわりに局在するような電子構造である。これは、図2に示すようなType-IIと呼ばれるバンドアライメントである。図3に示すように励起強度を強くしていくと、発光ピークは高エネルギー側にシフトしていった。この原因は、ドット内に正のチャージがたまることにより、伝導体のバンドベンディングの効果が起こったことが考えられる。これにより、電子の量子準位は高エネルギー側にシフトしていく。これらの様子は、バンドベンディングモデルの理論計算とも良い一致を示した。さらに、エネルギーレベルのバンドフィリングの効果も含まれいると考えられる。

 さらにドット内部の価電子帯でLOフォノンの緩和(26meV)が起きていことを観測した。検出光を変えた両方のフォトルミネッセンス励起(PLE)スペクトルにおいて、検出光位置の25〜27meV高エネルギー側にピークを見つけた。これは、GaSb量子ドット内部のLOフォノンである。このPLEの結果は、ラマン散乱の報告例ともよく一致する。

IV.GaSb/GaAs量子ドットの発光寿命

 第IV章では、GaSb/GaAs量子ドットの発光寿命について述べる。GaSb/GaAsドットはType-IIの構造であるがゆえ、長い発光寿命をもつことが考えられる。時間相関単電子蛍光測定法により、図4に示すようにGaSb量子ドットからの発光寿命が23nsであることが観測された。これは、従来報告されているType-I量子ドットにくらべて、1桁以上長い発光寿命である。また、励起強度を上げていくと発光寿命が短くなっていった。これは、伝導体のバンドベンディングにより、電子のドット中へしみだす波動関数が大きくなっていくことが考えられる。よって、バンド間再結合の振動子強度が大きくなるため、発光寿命が短くなる現象が生じたのである。

 このモデルは、次のような式で書き表すことができる。

 

図4(a)GaSb量子ドットの時間分解蛍光測定結果。励起強度(i)0.56,(ii)2.2,(iii)5.6W/cm2のとき。(b)発光寿命の励起強度依存性。

 ハミルトニアンの最後の項が、クーロンポテンシャルによる影響を表している。ここでは、量子ドットを半径aの球と仮定し、いくつかのクーロン力は無視して数値計算した。ドット内部にキャリアがたまることで、振動子強度が強くなっていく計算結果は、実験結果を説明している。また、実験データと比較すると、伝導体のバンドオフセットは、50meV程度であることがわかった。また、図4に見られるようにドットとウェッティングレイヤーの発光寿命の違いを明確にした。これは、それぞれのチャージ密度の違いやキャリアの流れ込みの違いによるものであると考えられる。

V.GaSb/GaAs量子ドットの磁気光学特性

 第V章では、GaSb/GaAs量子ドットの磁気光学特性について示した。図5に示すように8Tまでの磁場依存性PLから、顕著な発光強度の増大を観測した。これは、Type-IIであるゆえ、励起子のボーア半径が小さくなることにより、その振動子強度が強くなっていったと考えられる。また、ドットの反磁性シフトは、ウェッティングレイヤーよりも小さかった。これは、ドットの方は3次元的な閉じ込めであるのに対して、ウェッティングレイヤーは1次元的であることの違いである。さらに、Type-Iにくらべて大きな反磁性シフトは、Type-IIに特徴的な量子効果の一つである。また、この系の励起子結合エネルギーは10meV程度あることを、変分法による計算で確認した。

図5(a)磁場中のGaSbドットの発光強度。(b)磁場中のGaSbドットの発光ピークエネルギーシフト。
VI.Type-I InAsとType-II GaSb結合量子ドット

 第VI章では、Type-I InAsとType-II GaSb結合量子ドットについて述べる。それぞれの量子ドットはGaAs2nmと5nmの2種類の間隔で分離されている。図6に示すように発光スペクトルに次の2つの特徴が見られた。(1)励起強度依存性では、発光ピークのエネルギーシフトが明らかに異なる。これは、GaSbとInAs量子ドットが近接することによって、電子が影響を受けていることに起因している。(2)GaAs5nmからは、InAsドットの2番目から発光ピークが存在する。2nmに近接した場合、励起準位の電子はGaSbドットの影響を受けるのでピークが存在しない。

図6:Type-I InAsとType-II GaSb結合量子ドットの発光スペクトラム。(a)2nm(b)5nmのGaAsで隔離されたとき。(c)その試料構造。
VII.InSb/GaSb量子ドット

 第VII章では、InSb/GaSb量子ドットの形成及びそのバッファ層について述べる。まず、GaAs基板上に歪みが7%もあるGaSbを平坦に積むために、超格子バッファ層を導入した。その結果、最も適した成長条件では表面ラフネスが3原子層程度まで平坦化した。超格子バッファ層を導入した場合の方が表面ラフネスを平坦化できることを明らかにした。また、GaSb上へのInSbドットの形成も試みた。

 以上の一連の研究により、ナノメートルスケールのガリウムアンチモン自己形成量子ドットの形成技術が確立された。また、その光物性が解明され、その本質的な物理的な機構を理解することが可能になった。すなわち、量子ドットにおいても、バンドアライメント制御(バンドエンジニアリング)ができることが実証された。これらの結果は、新しい半導体光デバイスの実現に役立つと考えられる。

審査要旨

 本論文は、「Epitaxial Growth of Gallium Antimonide Self-assembled Quantum Dots and their Optical Properties」と題して、分子線エピタキシー法(MBE)を用いてGaSb系量子ドットの自己形成に関する結晶成長技術の確立と、その構造評価、及びそれらの光学的性質と物理的機構の解明に関する一連の研究成果をまためたものである。8章からなり英文で書かれている。

 第1章は序論であって、研究の背景、動機、目的と、論文の構成について述べている。特に、量子ドットの形成技術や物理的性質には、未開拓な部分が多く残されており、量子ドットの新しい展開として今後ヘテロ界面でのバンドアライメント制御の重要性を指摘している。

 第2章は「Epitaxial Growth of Self-assembled GaSb/GaAs Quantum Dots」と題し、原子オーダーで結晶成長を制御できるMBEによるGaSb量子ドットの形成について論じている。ナノスケールGaSb量子ドットを形成するための結晶成長の条件、すなわち、成長温度、成長速度、V/III比、シャッターシーケンスなどの最適化を行った。さらに、電子線回折像で成長過程の表面状態の観測、アンチモンとヒ素の表面置換反応の理解、およびヒ素用バルブドクラッカーセルの導入などをはかはかった。その結果、横寸法20nmオーダーでかつ10の10乗程度の密度を有する良質なタイプII量子ドットを形成することに成功した。さらに、量子ドット形成過程の制御に有用であることを示すとともに、またGaSb量子ドットの積層構造も実現した。

 第3章は「Photoluminescence of Type-II GaSb/GaAs Quantum Dots」と題し、GaSb/GaAs量子ドットの蛍光、蛍光励起特性について論じて、量子ドットからの蛍光スペクトルのピークと、濡れ層からの蛍光スペクトルのピークを明確に分離することに初めて成功した。また、この系の特徴としていわゆるタイプII量子構造が形成されていることが期待されるが、蛍光スペクトルの励起強度依存性を測定することにより、確かにタイプII量子構造の効果が顕れていることを立証した。さらに蛍光励起分光により量子ドットの緩和にGaSbのLOフォノンが関与していることを示唆する結果を得た。

 第4章は「Time-resolved Photoluminescence of Type-II GaSb/GaAs Quantum Dots」と題しGaSb/GaAs量子ドットの発光寿命について論じている。GaSb/GaAsドットはタイプIIの構造であるがゆえ、長い発光寿命をもつことが考えられる。時間相関単電子蛍光測定法により、GaSb量子ドットからの発光寿命が20nsec程度であることを観測し、従来報告されているタイプI量子ドットにくらべて、1桁以上長い発光寿命であることを示した。また、励起強度を上げていくと発光寿命が短くなることから、伝導体のバンドベンディングにより量子ドット内への電子の波動関数のしみだしが大きくなることを、簡単な理論計算と比較しながら示すことができた。

 第5章は「Magneto-photoluminescence of Type-II GaSb/GaAs Quantum Dots)」と題し、GaSb/GaAs量子ドットの磁気光学特性について示した。8テスラまでの磁場依存性において、印加磁場の増大に伴い、発光強度も増大することを見出した。また、タイプI量子ドットに比べて大きな反磁性シフトを観測し、これがタイプIIに特徴的な量子効果の一つであると結論づけた。

 第6章は、「Type-I InAs and Type-II GaSb Coupled Quantum Dots」と題し、タイプI InAsとタイプII GaSb結合量子ドットの形成とその光学的性質について述べている。それぞれの量子ドットの間の結合状態を障壁層の厚さを変えることにより制御した。蛍光スペクトルの励起強度依存性が結合度によって変化することから電子の波動関数の挙動を明らかにした。

 第7章は、「InSb/GaSb Self-assembled Dots」と題し、InSb/GaSb量子ドットの形成について論じている。まず、GaAs基板上に歪みが7%もあるGaSbを平坦に積むために、超格子バッファ層を導入した。その結果、超格子バッファ層を導入した場合、表面もラフネスを平坦化が促進されることを明らかにした。さらに、GaSb上へのInSb量子ドットの形成も試みた。

 第8章は結論であって、本研究で得られた成果を総括している。

 以上これを要するに本論文は、分子線エピタキシー技術を用いたGaSb系自己形成量子ドットの作製技術の確立をはかるとともに、タイプII量子ドットの構造評価と光学的性質および物理的機構の解明をおこない、量子ドットにおいてもバンドアライメント制御が可能であることを実証したものであって、電子工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1892