学位論文要旨



No 114255
著者(漢字) 三須,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) ミス,トシヒコ
標題(和) 自然画像に基づく宇宙探査機の自律的誘導法に関する研究
標題(洋)
報告番号 114255
報告番号 甲14255
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4381号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 近年の深宇宙探査は,探査対象,探査内容ともに多様化の一途にある。太陽系の起源・進化,生命の起源を追求すべく,探査の対象は惑星等の大天体から惑星の衛星,小惑星,彗星などの小天体にまで及んでいる。フライバイ,周回探査,着陸そして表面移動探査へと進化してきた形態も,今後は標本採取・地球帰還なども加わり,より詳細な科学的知見が得られることと期待されている。しかし,深宇宙探査では対象天体が遠方にあるため,通信は狭帯域とならざるを得ず,また大きな遅延が存在する。このため,地球上からの宇宙機の遠隔操作には困難が伴う。とくに,軟着陸のように誘導制御の実時間性と安定性が要求される高度なミッションや,小惑星などの詳細未知の天体を対象とする場合には充分な地上支援が期待できないと考えられ,宇宙機の誘導航法制御を自律化する必要が生じている。その一方で,各種のミッションを適切な頻度で効率よく実施するために,中小規模の宇宙機が注目されるようになってきた。こうした背景から,高性能化,低コスト化の著しいカメラを用いて宇宙機と天体の相対情報を取得する自律航法の研究が盛んになりつつある。しかし,従来の航法は,電波航法とある種の光学航法のみに依って実施できるフライバイや,地上で予め定めた目標地点に対し主に慣性航法と高度計に基づいて着陸誘導するような場合に限られ,障害物を自律的に回避しての着陸や所望の特徴を持つ地点への接近・ランデブなどの将来の進んだミッションへの適用には不十分である。本研究は,安全を考慮した自律着陸や天体表面近傍において,宇宙機が探査目標を自律的に選定し航法誘導制御を行なうような探査システムの実現を目標とする。

 提案する誘導航法制御手法は,自律光学航法と自然地形認識の二つを柱としている。まず第2章では,天体の比較的近傍において目標点に対する宇宙機の位置を決定すべく,自律光学航法の一手法を新しく提案する。この航法においては,カメラによる画像と距離計による距離情報を用いる。すなわち,対象天体表面を撮像したカメラ画像上から視覚的に特徴的な領域を注視点として自動的に抽出し,その領域をブロックマッチングにより追跡する。併せて注視点までの距離または直下点までの高度を測定することで,宇宙機と目標点の間の相対位置を決定することができる。目標点と注視点を独立に扱えることが本手法の特徴の一つであり,必ずしも両地点が一致する必要はない。このため,誘導目標点が視覚的に無特徴な平地であっても,視野内に特徴的な地形があれば航法が確立される。また,必要に応じて別の注視点を抽出し,注視対象を切り替えることで,高度数10kmから数10mという広い高度範囲で連続的に航法を維持することができる。

 本航法は,(a)ロバストで高精度な注視点追跡のための注視点の高速抽出法,(b)注視点追跡と高度情報に基づく宇宙機の航法,および(c)宇宙機の移動によって追跡が困難になった注視点の自動継承法で構成される。(a)の注視点抽出は,カメラ画像の平均平滑化,サブサンプリング,ラプラシアン演算,そして局所分散演算という比較的簡単な演算によって高速に実行される。こうして抽出された注視点を用いることにより,マッチングのロバストさと精度向上が達成されることを幾つかの例により示している。さらに,大きさの異なる複数の注視領域を組み合わせて,大きな注視領域のロバスト性と小さな注視領域の高精度性の両特長を活かす航法性能改善の手法を示している。さらに,適切な注視点とその数の選び方についても論じている。(b)の航法に関しては,1注視点によるものと3注視点を用いる手法を定式化して航法精度の解析を行なうとともに,画像に含まれる雑音の除去や,未知の重力パラメータ推定のために拡張Kalmanフィルタを適用し,本航法の有効性を示している。また,(c)としては宇宙機の目標点への接近による注視点の移動を予測し,注視点が視野外に逸れそうになった場合に別の注視点を抽出して注視対象を自動的に切り替える手順を与えている。

 第3章および第4章は目標点の自動選定や安全判断のための地形認識手法について述べている。第3章では陰影画像から地形の形状復元を経て定量的に起伏を評価する手法を,第4章では陰影画像を直接的に評価し地形を認識する手法を扱う。前者は,陰影画像から作成される高度地図に基き,(d)宇宙機を安全に着陸させ得る地点を効率的に評価・選択する手法,および(e)所望の地形形態を認識する手法を構築している。(d)は,宇宙機の形状を凹凸許容関数として考慮することにより無駄に候補を絞りすぎることなく安全な平坦地を抽出する手法である。なお,この手法は着陸候補点の適格な選定のみならず,ローバの経路計画にも応用可能である。また,この場合に対し高速Fourier変換を用いて周波数空間で演算を行なう高速な近似手法を開発して,約20倍の高速化を達成している。また,(e)は高度地図の2階差分を評価することで,地形を「山」,「谷」といった定性的な地形概念(地形カテゴリ)に分類する手法である。高度地図を平滑化した後で,2階差分をとる標本点の間隔を変えることで,変えたスケール毎の分類地図が作成される。この分類地図により,スケールを含めてどこにどのような地形があるかを一目で判断することができる。これらの手法の有効性を確かめるために,幾つか既存のShape from Shading法により高度地図を作成し,これに提案する地形分類法を適用して提案手法の実用性を明らかにしている。

 第3章の手法では地形認識の前処理として形状復元操作を必要とする。この操作に要する演算を削減し,実時間性をさらに向上させるため,第4章では陰影画像から直接認識を行なう高速でロバストな手法を提案している。本手法では,「山」,「谷」といった地形カテゴリを法線方向の分布でによって区別・表現し,地形カテゴリと陰影画像の局所領域を表参照により直接的に照合することで,非常に少ない演算量で地形を分類・認識することができる。この表は輝度値(q階調)と法線方向(勾配空間の部分空間Nカテゴリ)を引数にとり,その両者の整合度を与えるq×N要素の表であるが,著者は反射率分布図に基づく表の作成法を提唱している。次に,「大きな山の上の小さなクレータ」のように自然言語で与えられた地形概念をファジィ論理で用いられる演算子等を用いて記述することを考察し,該当する地形を陰影画像から抽出する手法を構築している。本記述法では,地形カテゴリ,地形のスケール,複数地形の位置関係と論理関係,地形らしさの度合を記述することができる。CG画像を用いたシミュレーションの結果,クレータ等の検出や,さらに複雑な地形が抽出できることを示している。また,本手法のロバストさを実証するため,月面の反射特性をもつ対象をLambert反射を仮定した地形分類手法で認識するなど,反射モデルに誤差がある場合のシミュレーションを行なっている。また,反射特性や光学系のモデル誤差を画像のコントラスト変換により吸収する処理を導入することで,入射光方向の誤差は十数度程度まで許容でき,入射光高度は30°〜60°の場合に有効であることなど,手法の適用限界の検討を行なっている。さらに,所望地形を論理式で表現する代わりに,サンプル画像で示された地形を対象画像内から探索する手法を示し,シミュレーションによりその有効性を示している。

 第5章では,以上の航法と地形認識を融合することにより,自律誘導システムを構築している。まず,(f)第4章で提案した自然地形認識により探査目標を選定する。続いて,(g)第2章の自律光学航法で自己位置を推定し,スラスタ制御を行なうことで,宇宙機が目標点へと誘導される。(f),(g)を繰り返すことで,人間が論理式等によって与えた地形を時系列的に探査したり,何らかの外乱によって生じた航法誤差に起因する危険を地形再認識により回避することができる。前者は,例えば,平地に着地する場合にまず平地を目標点として抽出し,その上空をサブゴールとして誘導し,サブゴールに到達したら再び平地を認識して誘導誤差による危険地形への誤誘導を防止するといった戦略である。一方,後者では初めにクレータを観測して,次に山,そして平地に着陸するようなミッションを自律的に行なうことができる。自律探査プロセスの計算機シミュレーションにより,これら地上からの遠隔操作では不可能なミッションが実現できることを示している。さらに,本論文で提案した手法を用いれば,たとえば誘導制御に要する燃料消費のコストと地形認識の評価値を統合することにより,残存燃料の許す範囲内で可能なミッションを実行するといった,より高度の自律性を実現することも可能である。

 第6章では本論文で得られた成果を要約している。本研究の特徴は,低価格化,小型・軽量化が著しく,殆んどの深宇宙ミッションで搭載されるようになったカメラを用いることで,中小規模の宇宙機の誘導航法制御の自律化,ロバスト化,高精度化を目指したことにある。本論文の手法に従えば,宇宙機上の限られたハードウェアで自律光学航法及び誘導を行なうことができる。また,自然地形認識において,曖昧表現の可能な論理式によって要求を記述するなど,人間の馴染みやすいインタフェースを提供したことも本論文の一つの特徴と言えよう。本研究の成果により,従来,工学的制限のため反映することが難しかった科学者の探査要求を積極的に採り入れることが可能となり,より実りの多い深宇宙探査が可能になるものと考えられる。

審査要旨

 宇宙探査機と地球局の通信に伴う時間遅延や帯域制限などの制約と、将来の多様かつ高度な宇宙探査要求を考えるとき、探査機の自律化、特に目標天体の近傍および天体上における航法・誘導の自律化は重要な課題である。本論文は「自然画像に基づく宇宙探査機の自律的誘導法に関する研究」と題し、固体型の目標天体と宇宙探査機とのランデブ後に於いての降下・着陸時あるいは近接探査時を主な適用範囲として、天体表面画像を用いた自律光学航法および地形認識手法を研究し、その統合として探査機の自律的誘導法を提案するものである。中・小規模の探査機でこの自律化を可能とするために、搭載カメラと距離計からの情報を用い、対象天体表面の陰影画像を機上で処理して安全な地形や科学探査に望ましい地形を認識・抽出し、自律光学航法によって目標点へ宇宙機を誘導する手法を構築している。本論文は以下のように6章から構成されている。

 第1章では,研究の背景として,宇宙探査における地上からの遠隔操作の問題点,ミッションの高度化とそれに伴う誘導自律化の必要性,および誘導技術への要件を述べ,本研究の目的と概要を記述している。

 第2章では,天体から数10km以内という比較的近傍において目標点に対する宇宙機の位置を決定する自律光学航法として,陰影画像と距離情報を用いる手法を新しく提案している。すなわち,画像上から視覚的に特徴的な領域を注視点として高速に自動抽出する手法を考案し,その注視点を画像上で追跡し,併せて注視点までの距離または直下点までの高度を測定することで,宇宙機の位置を決定する手法を提案している。目標点と注視点を独立に扱えることが本手法の特長の一つであり、誘導目標点が視覚的に無特徴な平地であっても,視野内に特徴的な地形があれば航法が確立される。また,注視点の自動継承アルゴリズムを構築し、注視対象を切り替えることで,高度数10kmから数10mという広い高度範囲で連続的に航法を維持することができる。本手法では,注視点追跡のためのブロックマッチングに適した空間周波数およびコントラストを有する陰影領域が抽出される結果、マッチングのロバストさと精度が保証されることが示されている。さらに,大小異なる複数の注視領域の組み合わせによる航法のロバスト化と精度向上法や,追跡すべき適切な注視点とその数の選び方についても論じている。航法に関しては,1注視点によるものと3注視点を用いる手法を定式化して航法精度の解析を行なうとともに,画像に含まれる雑音の除去や未知の重力パラメータ推定のために、着陸のための降下過程を例として拡張カルマンフィルタを適用し,本航法の有効性を示している。

 第3章および第4章では,探査目標点の自動選定や着陸に安全な地点の選択のための地形認識手法を提案している。第3章は,陰影画像から地形の形状復元を経て定量的に起伏を評価することによって所望の地形を抽出する場合を扱っており,第4章では,陰影画像を直接的に評価し地形を認識する手法について述べている。第3章ではまず,宇宙機の形状を凹凸許容関数として考慮して,陰影画像から作成される高度地図に基づき,宇宙機を安全に着陸させ得る平坦地を効率的に評価・選択する手法を与えている。また,この場合に対し高速フーリエ変換を用いて周波数空間で演算を行なう高速な近似手法を開発して,約20倍の高速化を達成している。なお,提案の手法は着陸候補点の適格な選定のみならず,ローバの経路計画にも応用可能である。次に,所望の地形形態を抽出するための地形分類手法を提案している。これは高度地図の2階差分を評価することで,地形を「山」,「谷」といった定性的な地形概念(地形カテゴリと呼ぶ)に分類する手法である。高度地図に対しフィルタリングを行ない,さまざまのスケールで地形を評価して,スケール毎の分類地図が作成される。Shape from Shading法により陰影画像から幾つか高度地図を作成し,提案した地形分類法を適用して提案手法の実用性を明らかにしている。

 第4章では,陰影画像から直接地形認識を行なう高速でロバストな手法を提案している。本手法は,「山」,「谷」といった地形カテゴリを地表法線方向の分布によって区別・表現し,地形カテゴリと陰影画像の局所領域を表参照により直接的に照合することで,非常に少ない演算量で地形を分類・認識することを可能にしている。この表は輝度値(q階調)と法線方向(N個の勾配部分空間に分類)の「整合度」を与えるq×N要素の表であり,著者は反射率分布図に基づく表の作成法を提示している。次に,「大きな山の上の小さなクレータ」のように自然言語で与えられた地形概念をファジィ論理の演算子等を用いて記述することを考案し,該当する地形を陰影画像から抽出する手法を構築している。本記述法では,地形カテゴリ,地形のスケール,複数地形の位置関係と上述の論理関係,および"地形らしさ"の度合を記述することができる。CG画像や実写画像を用いた評価の結果,クレータ等の検出や,さらに複雑な地形が抽出できることを示している。また、月面の反射特性をもつ対象をランベルト反射特性を仮定した地形分類手法で認識を行い,本手法のロバスト性を示している。また,反射特性や撮像光学系のモデル誤差を画像のコントラスト変換により吸収する処理法を導入し,これを用いることで入射光方位方向誤差は十数度程度まで許容でき,入射光高度は30°〜60°の場合に有効であることなど,手法の適用限界の検討を行なっている。さらに,所望地形を論理式で表現する代わりに,サンプル画像で指示された地形を対象画像内から探索する手法を提唱し,シミュレーションによりその有効性を確認している。

 第5章では,上述の自律航法と地形認識法を融合することにより,自律誘導システムを構築している。まず,第4章で提案した自然地形認識により探査目標を選定する。続いて,第2章の自律光学航法で自己位置を推定し,スラスタ制御を行なうことで,宇宙機が目標点へと誘導される。この過程をを繰り返すことで,人間が論理式等によって与えた地形を時系列的に探査したり,何らかの外乱によって生じた航法誤差に起因する危険を地形再認識により自律的に回避することができる。また,本論文で提案された手法を用いれば,たとえば誘導制御に要する燃料消費のコストと地形認識の評価値を統合することにより,「残存燃料の許す範囲内で所望の条件を最もよく満たす近接観測を実行する」といった,より高度の自律性を実現することも可能である。

 第6章では,本論文で得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は、固体型天体の近傍あるいは着陸時における宇宙探査機の誘導に関し、陰影画像の巧みな画像処理に基づく新しい地形認識手法ならびに自律光学航法を考案し、これをもとに、人間の馴染み易い形式で誘導目標を記述するユニークな自律的誘導手法を提案して、その有効性や適用範囲を明らかにすることにより、当該手法は中・小規模の探査機による将来の高度の探査要求にも対応できることを示したものであり、宇宙工学および画像応用工学の分野での貢献が少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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