学位論文要旨



No 114257
著者(漢字) 三好,匠
著者(英字)
著者(カナ) ミヨシ,タクミ
標題(和) マルチキャスト通信網構成に関する研究
標題(洋)
報告番号 114257
報告番号 甲14257
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4383号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 斎藤,忠夫
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 助教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨

 高速広帯域通信網の実現に伴い,1対1通信サービスのほか多種多様なサービスの展開が予想される.放送等のような映像を伴うサービスは非常に広帯域であるため,通信網の効率的利用の観点からマルチキャスト通信により提供されると考えられる.マルチキャスト通信では,同じ情報を2箇所以上の目的地に伝送する場合,途中までの経路が同じであれば,そこまでは一つの情報を伝送し,分岐点にて複製を作成(分岐接続)することにより,伝送路トラヒックを大幅に減少させることができ,全体としての網資源の節約,伝送コストの低減が可能となる.しかし,マルチキャスト接続は,従来の接続形態とは明らかに異なるため,従来どおりの網設計ではサービスの品質劣化や網構成にかかるコストが増大する恐れがある.よって,マルチキャスト通信に適した網構成を検討する必要がある.本論文では,マルチキャスト通信と1対1通信が混在する場合を想定し,通信網の最適構成についての検討を行った.

 まず,全国を覆うような非常に広範囲にわたる大規模通信網の最適階層構成について検討を行った.図1に示す通信網の簡単な幾何学モデル,図2の加入者分布,3の基本網トポロジーを用いて,コスト関数やマルチキャスト通信サービスの割合が変化した場合のマルチキャスト通信網の最適な形態を明らかにした.

図1 大規模通信網モデル図2 人口分布モデル図3 トポロジーモデル

 人口分布が2極集中,マルチキャスト通信の呼量が加入者呼量の80%を占める場合の計算結果を,図4(スター構成敷設),図5(リング構成敷設)に示す.横軸は光ファイバ156Mbps,1m当りのコストに対する敷設1mに要するコスト比,縦軸は光ファイバ156Mbps,1m当りのコストに対する交換機156Mbpsポート当りのコスト比である.このように,マルチキャスト通信呼量が十分に大きい場合,メッシュ-スター2階層構成,メッシュ-リング・スター複合2階層構成が最適となる.リング・スター複合構成は,1対1通信に適したスター構成とマルチキャスト通信に適したリング構成の両方の特性をもっているため,交換機コストが小さい領域で最適となるようである.マルチキャスト通信では分岐接続が行われるため,上位層ではそれほど多くのトラヒックとはならない.そのため,上位層では現状と同様のメッシュ構成が最適となる.

図4 スター構成敷設の場合の最適構成図5 リング構成敷設の場合の最適構成

 通信網を階層的に構築する場合,全体が最適となるには各階層を最適にする必要がある.そこで,階層構成された通信網の一部を取り出し,局所的な最適構成について検討を行った.図6の交換局配置モデル,図7の人口分布モデル,表1のトラヒックモデルにおいて,メッシュ,スター,リング,マルチリング,デルタスターの各トポロジーを用いて網構成を行った場合の網構成コストを算出した.

図6 小エリア交換局配置モデル図7 小エリア人口分布モデル

 トラヒックモデル1の結果を図8に,同モデル2の結果を図9に示す.横軸は光ファイバ156Mbps,1m当りのコストに対する交換機156Mbpsポート当りのコスト比,縦軸はスター構成の網構成コストを1とした場合の相対コストである.なお,敷設網は既知とし,マルチキャスト通信サービスの受信確率は幾何分布を仮定する.図から,デルタスター構成は他のトポロジーに比して最も網構成コストを抑えることが可能であることがわかる.また,マルチキャスト通信のサービス数が増加した場合にデルタスター構成の優位性が増加していることから,デルタスター構成はマルチキャスト通信に適していると結論できる.

図8 トラヒックモデル1の相対網構成コスト図9 トラヒックモデル2の相対網構成コスト

 そこで,将来マルチキャスト通信が開始され,トラヒックが増大した場合に,現在のスター構成からデルタスター構成へのどのように移行を行えばよいかを検討した.マルチキャスト通信トラヒック増加のたびにリンクを数本ずつ追加して,最終的にデルタスター構成へ移行を行う.リンク増設方法として,(1)局間の直線距離の小さい順(NNF),(2)増設リンク長の短い順(SLF),(3)経路長変化分の大きい順(MLC),(4)グリーディ法(GPA)の4通りを用いた.

表1 トラヒックモデル

 計算結果を図10,図11に示す.図の横軸はピリオドを,縦軸はスター構成のまま容量増強を行う場合を1とした相対容量を表す.このモデルでは,ピリオド5までは1対1通信が増加し,ピリオド6からマルチキャスト通信は開始されるものとする.図10から,SLF法はGPA法に次ぐ良い特性を示していることがわかる.また,各ピリオドにおける網構成総コストからも同様の結果を得た.GPAは,各時点における適切なトラヒック予測が必要となるが,SLF法はリンク長のみから増設順序を決定しているので,有効な手法であると考えられる.

図10 増設による必要伝送路容量特性図11 増設による必要交換機容量特性

 本論文では,マルチキャスト通信が普及した場合の通信網の最適構成について検討し,現状の通信網構成からの移行方法について検討した.その結果,最終的にはメッシュ-デルタスター構成が最適であること,通信網増設手法としてはSLF法が適しており,網構成総コストをかなり抑えることが可能であることがわかった. 以上

審査要旨

 本論文は「マルチキャスト通信網に関する研究」と題し、全7章よりなる。

 第1章は「序論」であり本論文の課題、即ち光ファイバを用いた高速広帯域通信網の必要性と、網構築にあたって、マルチキャスト形通信を意識して通信網の最適形態を見出すことの重要性について述べている。

 第2章は「マルチキャスト通信技術」と題し、B-ISDN及びインターネットにおけるマルチキャスト通信を実現するために必要となるファブリック・ルーティング・プロトコルなどの諸技術について概観し、その中での本研究の位置づけを行っている。

 第3章は「大規模マルチキャスト通信網の最適階層構成」と題し、日本全国網レベルの大規模マルチキャスト通信網に対して、通信網の運用や管理の点から比較的簡単な数種のトポロジーの階層網を仮定した上で、それらのコストの比較を行い最適な網トポロジーを導出している。最適網はトラヒックパターンやノード・リンクなどの相対コストによって変化するが、マルチキャスト通信サービスの選択確率が増加した場合には、リング-スター-スターの3階層構成が最適となる場合が多いことを示している。

 第4章は「新しい網形態を用いた大規模マルチキャスト通信網の最適階層構成」と題し、1対1通信とマルチキャスト通信サービスが混在する環境下においてコストを削減しうる網トポロジーとして、リング・スター複合構成を提案し、伝送路トポロシーと伝送路敷設網が異なるという現実の網の実情に即した仮定を置いた上で、その特性評価を行っている。その結果、リング・スター複合構成はシンプルなトポロジーで網運用が容易であるにも関わらず、伝送路敷設網がスター、またはリング構成であればノードコストが相対的に小さい領域において最適であることを示し、提案トポロジーの有効性を明らかにしている。

 第5章は「小規模マルチキャスト通信網の最適構成」と題し、階層構成通信網の最下位層の最適化を行っている。まず、全国網規模の大規模網の最適構成をもとめた場合、上位層がメッシュとなる2階層網が最適となるケースが多いことから、下位層のトポロジーとして、非階層単一トポロジーを用いることが有効であることを示している。その上で、各種の網トポロジーの比較検討を行い、伝送路敷設網がスター構成の場合には、伝送路にもスター構成を用いるのが最適であること、それ以外の敷設網トポロジーの場合には、伝送路にデルタースター構成を用いることが最適なケースがほとんどであることを見出している。

 第6章は「マルチキャスト通信網増設法」と題し、既存の通信網からマルチキャストに適した通信網へ転換するための網計画と伝送路増設の方法について述べている。マルチキャスト通信トラヒックが増加した場合には、最終的にデルタスターの網形態へ移行する必要があるが、まず1対1通信とマルチキャスト通信のトラヒックが同時に増加するトラヒック需要のシナリオの場合には、網コストは増設手法に依存しないこと示している。一方、1対1通信トラヒックが増加した後にマルチキャスト通信トラヒックが増加していくというシナリオを想定した場合には、伝送路増設手法によって最終的な網構成コストにかなりの違いが生じることを明らかにし、GPA法及びSLF法を用いれば、トラヒック増加途上の時点においても、網構成コストを相対的に小さくできることを示している。また、GPA法とSLF法の利害得失についても検討を行い両者の適用領域を明らかにしている。

 第7章は「結論」であり、以上の研究で得られた成果をまとめると共に、今後の展望に言及している。

 以上これを要するに、本論文は将来急速な増加が見込まれるマルチキャストサービスに適した通信網の最適構成について、網トポロジーとコストの関係を始めて明らかにし、本研究は電子工学、特に通信工学に貢献するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1895