学位論文要旨



No 114258
著者(漢字) 森野,博章
著者(英字)
著者(カナ) モリノ,ヒロアキ
標題(和) 動画像の可変速度伝送に適した交換方式の研究
標題(洋)
報告番号 114258
報告番号 甲14258
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4384号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,忠夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 助教授 相田,仁
 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨

 本論文では、ディジタル通信網で扱われるマルチメディアトラヒックのうち、将来の需要の大幅な増大が予想される可変速度で符号化された動画像通信トラヒックについて,動画像トラヒックの特性を利用することにより従来の交換方式よりも品質保証の処理量を削減した新たな交換方式と、動画像符号化方式の提案を行っている。

 マルチメディア統合通信網の実現を目的とする従来の研究は、ATM方式により全てのトラヒックを扱うという理念の元で行われてきた。しかし、実際に各トラヒックに対して品質を保証するためには,トラヒックの伝送レートの監視制御,異種トラヒックの混在する状態での優先制御,パッファ管理等が必要であり、処理の複雑化を避けることができない。将来の伝送速度の高速化に対応するためには、各トラヒックの発生情報量,時間間隔の特性をうまく利用して、処理を簡素化できる新たな交換方式が必要である。本論文では対象とするトラヒックを可変速度動画像情報に限定し、ATMに代わって動画像通信に最適なトラヒック制御機能をもつ専用スイッチの提案を行っている。

 一方、符号化方式については、従来の階層符号化方式に代わり、交換機と端末の間での通知情報を利用した動的符号化制御方式の提案を行っている。

 本論文で提案するスイッチおよび符号化方式は、以下の特徴を持っている。

 ・提案するスイッチは電話網のTDM方式の改良を行った可変速度TDM交換方式に基づいて動作する。本スイッチでは、TDMフレームを単位として統計多重効果を利用したトラヒック制御が行われる。本方式では、コネクション受け付け時に申告するパラメータに基づき、最も優先度の高い情報に関して、エンド・ツー・エンドの遅延分散がTDMフレームの範囲内に抑えられる。また、より優先度の低い情報については、復号器の処理時間に影響を与えない範囲でより大きい遅延分散が保証され、損失率の低減が図られる。

 ・符号化方式については、時間的に変動する経路上の利用可能帯域の情報を交換機が送信端末に通知し、端末ではその情報を利用した動的符号化制御が行われる。これによって、従来の代表的な符号化法である階層符号化方式に比べ効率を改善する。

 本論文の構成は以下の通りである。

 第1章は本論文の序論であり、問題提起を行って本論文の全体構成を示している。

 第2章は研究の背景であり、統計多重効果を利用した可変速度動画像伝送の性質と,交換方式に要求される性能についてまとめている。さらに,既存のATM方式のVBRサービスクラスによる品質保証の限界を述べ、本論文のテーマである確定的なトラヒック品質保証の考え方を示している。

 第3章では、階層符号化方式の画像品質の改善をATMの枠組の中で実現する方法として、ATMの動的帯域予約方式であるABT方式を利用した伝送方式を検討している。

 ABT/DT方式によれば送信端末は、経路上の帯域変動を把握することができるため、その変動に応じて符号量を動的に調整することで、階層符号化方式よりも効率が改善される。

 本章ではまず、既存方式の中でピクチャ差し替え制御方式の性能評価を行い、画像品質が階層符号化方式よりも優れていることが定量的に示している。次に、交換機と端末との間で事前交渉をせずに帯域予約を行うABT/ITをベースとした伝送方式の提案が行われる。提案方式は、ABT/ITにおいて,帯域予約が許可されない場合に,交換機自らが送信端末に通知する機能を新たに追加したものである。これにより,ピクチャ差し替え制御と同等の機能をもつ符号化制御が,ABT/ITベースの帯域予約にも適用できるようになる。ABT/ITでは帯域予約に関して無駄に予約される帯域が存在しないため、ABT/DTによるよりも適用できる網の範囲が広い。

 一方、通知機能を利用した符号化制御としては、階層符号化を改良した2つの方式として、リフレッシュ方式と,参照画像切り替え方式の2つを提案している.これらは、総符号量の増加を伴うことなしに、階層符号化よりも優れた画像品質特性を示す.

 本方式の有効な適用範囲は、帯域予約の不許可通知を端末に送る交換機と、端末との往復の伝搬遅延が1画像フレーム時間間隔よりも短い場合である。したがって、呼の設定時に端末と交換機の間でこの条件が満たされていることを確認するによって本方式は適用可能になる。

 第4章では、呼の多重度の高まる基幹網を対象として、扱うトラヒックを動画像に限定した専用交換機の提案を行う。専用交換機は、電話網に用いられているTDM方式に改良を加えたものである。

 TDM方式は、冒頭で述べた遅延分散の保証と無廃棄の保証が容易であり、さらにトラヒック制御、バッファ管理その他がATMと比べて大幅に簡素化できる。また可変速度動画像情報は多重度を十分に高めれば、多重化されたトラヒック特性は固定速度に近づき、TDM方式で扱いやすい。しかし元来のTDMでは各々の可変速度動画像伝送の呼を効率よく交換することは困難であり、何らかの改良が必要である。本章では可変速度トラヒックの収容効率の向上を目的とした既存のTDMの改良方式の中から,最も効率が良いと考えられる可変速度TDM交換方式に基づいた設計を行っている。

 可変速度TDM交換方式に基づくスイッチは、

 ・TDMフレーム内のタイムスロットを全て一旦バッファに蓄積してから転送する。

 ・トラヒックの偏りによって、出力TDMフレームに割り当てることのできないタイムスロットは、優先度の低い順に直ちに廃棄する。

 という動作原理を持ち、遅延分散の保証能力に優れている。

 ただし、既存のクロスポイントバッファ型スイッチは、クロスポイントあたりTDMフレームの1フレーム分のバッファが必要であり、その冗長性が問題となっていた。

 本章では、この問題を解決するため、出力バッファ型の新たなスイッチ形式の提案を行っている。提案するスイッチは、優先制御を行う機能と、複数の出力バッファを均等に利用する機能をバッファの前段に設けることによって、必要なバッファ量は出力ポートあたりTDMフレームの1フレーム分にまで削減されている。この値は本交換方式に基づくスイッチで実現できる最小の値である。

 なお、コンピュータシミュレーションによる評価結果では、提案するスイッチに対して、平均レート4.8Mbps、ピークレート12.6MbpsのMPEG2トラヒックを、負荷85%まで多重化して入力した場合のタイムスロット損失率は約10-3である。この値は、画像品質の維持の点からみて十分低い値である。

 本章の後半では、よりバースト性の大きい動画像トラヒックに備えて、出力TDMフレームに割り当てることのできないタイムスロットを次の周期のTDMフレームに遅延させる方式を提案している。

 提案する2つの方式はいずれも復号器の処理時間に影響を与えないことが特徴である。2つの方式について、上述と同じ条件を設定してシミュレーションを行った結果画像フレームの時間を単位として遅延を行う方式2には、標準動作の場合と比較してタイムスロット損失率が約一桁低減され、10-4を達成できることが明らかとなった。

 第5章では、可変速度TDM交換方式の上で、交換機から端末への情報廃棄通知を利用した実時間動画像伝送方式を提案している。本方式は第3章で提案した符号化方式と同じ原理に基づくものである。ここではスイッチでタイムスロットの廃棄が行われた場合、そのスイッチ自身が送信端末に対して、タイムスロットのヘッダ情報を通知する。送信端末はヘッダ情報を利用して廃棄された画像情報の箇所を把握し、後続のフレームで、廃棄により劣化した箇所のみについてフレーム内符号化を適用することで劣化を改善する。フレーム内符号化を利用した伝送方式は、既存の情報廃棄通知方式を利用しても実現可能であるが、本方式によれば廃棄された画像情報の内容を端末側でより詳細に把握することができる。したがって、既存方式と比べフレーム内符号化に要する符号量の削減が可能である。

 提案する符号化方式は階層化された画像情報の他、様々な画像情報の伝送に有効であるが、本章では階層化を行わず通常の方法で符号化された画像情報に対して適用した場合の評価を行っている。

 性能評価の結果、本方式が有効になるのは、画面の中で動きの比較的小さい部分の情報が失われた場合であり、またタイムスロットの廃棄された画像フレームの直後に送られる画像フレームで対応する符号化を行うことが必要であることが明らかとなった。したがって本方式は、情報の廃棄が動きの小さい画像情報に限定されるようにタイムスロットの優先度を設定することで有効になる。また本方式の適用可能な網の範囲は第3章と同様であり、呼設定もまた同じ処理が行われる。

 第6章では、第4章で提案した出力バッファ型可変速度TDMスイッチをClos網により多段接続した大規模可変速度TDMスイッチの構成方法について検討している。本章では、タイムスロットの無廃棄を保証できるという出力バッファ型スイッチの性質をClos網でも保証するため、一TDMフレーム周期の中でClos網に入力されるすべてのタイムスロットに対してClos網の内部で輻輳を生じさせることのない経路設定方法の提案を行っている。新たに提案する経路設定アルゴリズムは、この条件を満たすと共に、分散網スイッチの内部にバッファを必要としないことが特徴である。また後半では、提案する分散網をクロスポイントバッファ型スイッチの前段回路として用いる場合の性質について検討を行い、実現に必要なハードウェア量および計算量の見積もりを行っている。本方式は、クロスポイント数が少ないため、スイッチエレメントが大規模になる場合に実装が容易になる可能性があることを示している。

 第7章には、本論文の結論を示している。

 本論文の成果をまとめると以下の通りとなる。

 動画像通信専用スイッチに関する成果

 ・ 可変速度TDM交換方式に基づいた、バッファ量の削減が可能なスイッチ方式の提案

 ・ タイムスロットの無廃棄を保証するトラヒック制御の枠組の提案

 ・ タイムスロットの損失率を低減する遅延制御方式の提案

 ・ 内部非閉塞の多段接続網可変速度TDM交換方式を実現する経路設定方式の提案

 交換機から端末への通知を利用した動的符号化方式に関する成果

 ・ATMにおける,帯域予約不許可通知機能をもつABT/IT方式と、それを利用したフィードバック型符号化制御方式の提案

 ・可変速度TDM交換方式における,情報廃棄通知方式を利用したリフレッシュ制御制御方式の提案

審査要旨

 本論文は「動画像の可変速度伝送に適した交換方式の研究」と題し、MPEG方式に代表される動画像情報の高能率符号化された可変速度情報を効率良く交換する方式について論じたものであって全7章よりなる。

 第1章は「序論」であって、可変速度情報の交換に従来から用いられるインタネット方式、ATM方式等について検討し、伝達の品質を保証し、効率性を確保するために新たな方式が必要であることを述べ、本論文の目的と構成を明らかにしている。

 第2章は「研究の背景」と題し、動画像の可変速度符号化に対応した交換方式に関する従来の研究を整理している。ATM方式においては可変速度トラヒックに対応したVBR方式がある。またVBR方式のセル損失に対応した符号化方式として階層符号化方式がある。これらの方式について整理したうえで、交換機から端末への使用可能帯域の通知、遅延と廃棄率をより確定的に保証する方式が必要である旨を述べている。

 第3章は「ATMの動的帯域予約方式を用いた可変速度動画像伝送方式の検討」と題し、交換機で利用可能な帯域を交換機から端末に通知し、端末で動的に符号量を判断することによる画像品質向上についての研究結果を述べている。ATMにおける動的帯域予約はITU標準においてABT(ATM Block Transfer)として定義されている。ABT方式は要求についての許可を与えるDT方式と、許可を与えずに帯域がとれないときには情報を廃却するIT方式に分れている。まずABT/DT方式では動画像をMPEG符号化する場合において、帯域の大きいIピクチャを伝送する必要がある場合には、画像をIピクチャ、Pピクチャの両方で符号化しておき、交換機に対して、ABT方式により要求を行ない、帯域が確保されればIピクチャを、さもなければ、Pピクチャを送信する。これをピクチャ差し替えと呼ぶ。本章ではこの方式と従来から知られている階層符号化方式を比較し、受信画像で約1dBの品質改善があることを示している。またABT/IT方式を改良し、許可されなかったときには、不許可をフレーム棄却後に通知する方式と階層符号化方式を組み合せて適用する方式を提案している。この場合不許可通知を受けたときの送信側符号化の方式について2つの方式を提案し、符号量を増大することなく、画質が改善されることを示している。

 第4章は「可変速度TDM交換方式に基づく動画像通信専用スイッチの提案」と題し、TDM(時分割多重)交換方式で可変速度情報を扱う方式について提案している。TDM方式では個別のコネクション単位ではなく、TDMフレームごとにバッファ管理、スケジューリングを行ない、全体の品質を考慮した制御を行なうことができる。可変速TDM交換方式ではTDMフレームごとのタイムスロット割当を可変にし、交換用スイッチ段ごとに割当を変更する。このためTDMフレームの先頭にはそのフレームの構成を示すヘッダをおく。画像用ではTDMフレームはNTSC,PAL両方式の画像フレームを収容するよう3.3m秒のフレームを設定し、622Mbpsの場合、多重数128のフレームを形成する。交換ネットワークではクロスポイントごとにバッファを設け、出側ではクロスポイントバッファの情報を新しいフレームに形成して送信する。この方式について、タイムスロット遅延を制御する方式、順序を保存する方式等について検討したのち、その性能評価を行ない、利用効率80%以上でもタイムスロット損失率を充分低くできることを示している。

 第5章は「可変速度TDMスイッチを用いた情報廃棄通知に基づく実時間動画像伝送方式」と題しBピクチャを用いない符号化を想定し、交換機からの廃棄通知を行なう可変速TDMスイッチに対応した画像符号化について検討している。画像の廃棄が生じたときには、そのスイッチが送信端末に対してその通知を行なう。この通知によって送信側端末は符号器のリフレッシュを行なう。これについて対応するマクロブロックのみをリフレッシュする方式と、画像全体をリフレッシュする方式の2つの方式を示し、伝送情報量、画質について評価し、第2の方式が良い結果を示すことことを明らかにしている。

 第6章は「多段接続網による大規模可変速度TDMスイッチの構成方法」と題し、第4章で提案した可変速度TDMスイッチを多段接続して大規模スイッチを形成する方法について論じている。大規模化のためにスイッチ内部で複数の経路の中から選択ができるネットワークとしてCLOS形のネットワークをとりあげ、バッファを一部の段にのみ設ける形式のネットワークを提案している。そのための経路選択アルゴリズムを出力バッファ型スイッチについて提案評価している。また提案方式をクロスポイントバッファ型スイッチの前段に用いることによって効果を上げる可能性を示している。

 第7章は「結論」であり、本論文を要約すると共に今後の課題を述べている。

 以上本論文は可変速度符号化された画像符号を効率的に扱い、画像の品質を保証する交換方式について、多くの創案を行ない、その適用条件を明らかにしたものであって、電子情報工学上貢献するところ少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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