発展し膜厚を原子レベルで制御することが可能となり、このため量子井戸の作製が可能になった。しかし、量子細線や量子ドットなどさらに低次元の構造を作るには現段階ではまだ十分に技術が確立されているとは言い難い。これは、量子井戸が膜厚のみを制御すればよいのに対して、量子細線や量子ドットでは面内方向(成長方向に垂直な方向)の成長も制御する必要があるが、この制御が現段階では困難だからである。面内方向の制御を行うために様々な方法が提案されている。そのなかで、結晶性や構造の二次元・三次元的密度の問題などから、この中で現在主に利用されているのは、選択成長法および段差基板上の利用である。段差基板上への成長による方法は、簡便なプロセスや作製の自由度といった点で優れているため様々な研究がなされている。また、段差基板は様々な面方位が同一基板上にあるため結晶面上での基本因子の異方位面間相互関係を求めることが可能なため結晶成長機構の研究にも非常によく用いられる。 これまで量子構造の作製では経験的手法によって制御が行われてきたが、より高品質な構造作製のためには作製プロセスである結晶成長を理解することが必須である。そこで本研究では、段差基板を用いて結晶成長機構に関する研究を行いこの結果を利用して量子構造作製のための技術確立を目的とする。 段差基板上においては、面間拡散が起こる。面間拡散とは、隣接する面と面との間に生じる拡散であり、この現象はGa吸着原子の寿命が長い面では表面原子濃度が高くなり、Ga吸着原子の寿命が短く表面原子濃度が低い隣接する面へとGa吸着原子が拡散するために起こる。段差基板を用いた量子構造の作製では、一般にこの面間拡散を利用して作製されている。このため、面間拡散の実験的データ、および、拡散距離を測定し結晶成長機構を解析することによってはじめて段差基板状へのデバイス作製を制御することが可能になる。 本研究におけるすべての実験において、成長装置にはmicroprobe-RHEED/SEM MBEを使用した。面間拡散の測定は、(001)-(111)B面および(001)-(110)面に対して行った。 (001)-(111)B面面間拡散は図1のような基板に対して測定を行った。ここで、R(001)cornerおよびR(111)Bは面間拡散の量に依存する。ここで、次のようなパラメータを定義する。 このパラメータから面間拡散の方向を測定することが可能である。 ・ 面間拡散方向(111)B→(001) ・ 面間拡散方向(001)→(111)B 図1 基板と入射フラックス方向の関係 図2にその測定結果を示す。図2より、As圧を上げるにつれて面間拡散の方向は2回反転し、(001)側から見た場合(111)B側から見た場合とも同じAs圧で反転することが分かる。ここでAs圧が1.3×10-4Pa以下、1.3×10-4Pa以上3.6×10-3Pa以下、3.6×10-3Pa以上の領域をそれぞれ領域1,領域2,領域3と呼ぶ。なお、この測定範囲内では、(001)面の表面再構成は常に(2×4)であった。 図2 斜面が十分長い(001)-(111)Bメサ基板における面間拡散のAs圧依存性 面間拡散方向の反転はGa原子が取り込まれるまでの寿命によって説明することが可能である。面間拡散方向は隣り合う2つの面におけるGa原子の寿命の大小関係によって決まる。すなわち、1.3×10-4Paでの反転は、領域1では(001)面の寿命が(111)B面での寿命より小さいが、領域2ではこの関係が逆転し(111)B面の寿命が(001)面の寿命より小さくなることにより起こると説明される。ここで、各面での拡散距離の測定より、領域1のAs圧では(001)面での拡散距離はAs圧の-1/2乗に比例する、すなわち寿命は-1乗に比例することが分かっている。これに対して、(111)B面での拡散距離のAs圧依存性は-1乗に比例するため、As圧の上昇に対して(111)B面における寿命の減少は(001)面に比べて大きくなるため寿命の大小関係の逆転が起こる。 実験的に得た拡散距離および面間拡散に関するデータを拡散方程式に基づいて解析した。その結果、上面での拡散定数と斜面での拡散定数の比は図3および4のような結果が得られた。 図3(001)-(110)面間拡散定数の比図1(001)-(111)B面間拡散定数の比 (001)-(111)B面間拡散の測定においてAs圧によって(111)B面では表面再構成が変化した。これに対応して拡散定数が変化していることが確認され、(001)-(111)B面間定数の比は(111)B面の表面再構成がのとき(001)面と比較して約20倍、表面再構成が(2×2)のとき(001)面と比較して約2倍となることが分かる。すなわち、の場合の(111)B面と(2×2)の場合の拡散定数は約10倍異なることが分かった。寿命は拡散距離と拡散定数を用いて次のように表される。 さらに、(001)-(111)B-(110)の3つの面を有する基板上での面間拡散とその解析より(001)、(110)、(111)および(111)B(2×2)での拡散定数は となることが分かった。 上記の面間拡散のAs圧依存性の測定結果を用いて、微細構造の作製とその制御を試みた。図5に(001)基板上の(111)Bリッジ構造作製の実時間観察の結果を示す。(a)は成長前、(b)は6.4×10-4Pa(図3上のRegion1)で60分成長、(c)は2.3×10-3Pa(図3上のRegion1)でさらに60分成長したときのSEM写真である。図5(a)と(b)より成長するにつれて線幅は細くなり、図5(b)と(c)より成長するにつれて線幅は太くなっていることが分かる。これによって、メサ線幅はAs圧によって制御することが可能であることが確認された。 図5 逆メサ(001)基板への成長の実時間観察(a)成長前(b)As圧6.4×10-4Paで60分成長(c)As圧2.3×10-3Paで60分成長 次に、細線の線幅制御を実現するために、リッジ頂上の線幅および{110}斜面のモルホロジの温度依存性を実時間SEM観察した。その結果を図6に示す。線幅は、成長温度が低くAs圧が高いほど小さくなり、適切な成長条件を選択することによって任意に制御できることが確認された。 図6 リッジ構造頂上の曲率半径の成長条件依存性 |