学位論文要旨



No 114259
著者(漢字) 山敷,昭人
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシキ,アキト
標題(和) マイクロプローブ-RHEED/SEMを用いたGaAs分子線エピタキシにおける面間拡散とその制御
標題(洋)
報告番号 114259
報告番号 甲14259
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4385号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 発展し膜厚を原子レベルで制御することが可能となり、このため量子井戸の作製が可能になった。しかし、量子細線や量子ドットなどさらに低次元の構造を作るには現段階ではまだ十分に技術が確立されているとは言い難い。これは、量子井戸が膜厚のみを制御すればよいのに対して、量子細線や量子ドットでは面内方向(成長方向に垂直な方向)の成長も制御する必要があるが、この制御が現段階では困難だからである。面内方向の制御を行うために様々な方法が提案されている。そのなかで、結晶性や構造の二次元・三次元的密度の問題などから、この中で現在主に利用されているのは、選択成長法および段差基板上の利用である。段差基板上への成長による方法は、簡便なプロセスや作製の自由度といった点で優れているため様々な研究がなされている。また、段差基板は様々な面方位が同一基板上にあるため結晶面上での基本因子の異方位面間相互関係を求めることが可能なため結晶成長機構の研究にも非常によく用いられる。

 これまで量子構造の作製では経験的手法によって制御が行われてきたが、より高品質な構造作製のためには作製プロセスである結晶成長を理解することが必須である。そこで本研究では、段差基板を用いて結晶成長機構に関する研究を行いこの結果を利用して量子構造作製のための技術確立を目的とする。

 段差基板上においては、面間拡散が起こる。面間拡散とは、隣接する面と面との間に生じる拡散であり、この現象はGa吸着原子の寿命が長い面では表面原子濃度が高くなり、Ga吸着原子の寿命が短く表面原子濃度が低い隣接する面へとGa吸着原子が拡散するために起こる。段差基板を用いた量子構造の作製では、一般にこの面間拡散を利用して作製されている。このため、面間拡散の実験的データ、および、拡散距離を測定し結晶成長機構を解析することによってはじめて段差基板状へのデバイス作製を制御することが可能になる。

 本研究におけるすべての実験において、成長装置にはmicroprobe-RHEED/SEM MBEを使用した。面間拡散の測定は、(001)-(111)B面および(001)-(110)面に対して行った。

 (001)-(111)B面面間拡散は図1のような基板に対して測定を行った。ここで、R(001)cornerおよびR(111)Bは面間拡散の量に依存する。ここで、次のようなパラメータを定義する。

 

 

 このパラメータから面間拡散の方向を測定することが可能である。

 ・ 面間拡散方向(111)B→(001)

 

 

 ・ 面間拡散方向(001)→(111)B

 

 

図1 基板と入射フラックス方向の関係

 図2にその測定結果を示す。図2より、As圧を上げるにつれて面間拡散の方向は2回反転し、(001)側から見た場合(111)B側から見た場合とも同じAs圧で反転することが分かる。ここでAs圧が1.3×10-4Pa以下、1.3×10-4Pa以上3.6×10-3Pa以下、3.6×10-3Pa以上の領域をそれぞれ領域1,領域2,領域3と呼ぶ。なお、この測定範囲内では、(001)面の表面再構成は常に(2×4)であった。

図2 斜面が十分長い(001)-(111)Bメサ基板における面間拡散のAs圧依存性

 面間拡散方向の反転はGa原子が取り込まれるまでの寿命によって説明することが可能である。面間拡散方向は隣り合う2つの面におけるGa原子の寿命の大小関係によって決まる。すなわち、1.3×10-4Paでの反転は、領域1では(001)面の寿命が(111)B面での寿命より小さいが、領域2ではこの関係が逆転し(111)B面の寿命が(001)面の寿命より小さくなることにより起こると説明される。ここで、各面での拡散距離の測定より、領域1のAs圧では(001)面での拡散距離はAs圧の-1/2乗に比例する、すなわち寿命は-1乗に比例することが分かっている。これに対して、(111)B面での拡散距離のAs圧依存性は-1乗に比例するため、As圧の上昇に対して(111)B面における寿命の減少は(001)面に比べて大きくなるため寿命の大小関係の逆転が起こる。

 実験的に得た拡散距離および面間拡散に関するデータを拡散方程式に基づいて解析した。その結果、上面での拡散定数と斜面での拡散定数の比は図3および4のような結果が得られた。

図3(001)-(110)面間拡散定数の比図1(001)-(111)B面間拡散定数の比

 (001)-(111)B面間拡散の測定においてAs圧によって(111)B面では表面再構成が変化した。これに対応して拡散定数が変化していることが確認され、(001)-(111)B面間定数の比は(111)B面の表面再構成がのとき(001)面と比較して約20倍、表面再構成が(2×2)のとき(001)面と比較して約2倍となることが分かる。すなわち、の場合の(111)B面と(2×2)の場合の拡散定数は約10倍異なることが分かった。寿命は拡散距離と拡散定数を用いて次のように表される。

 さらに、(001)-(111)B-(110)の3つの面を有する基板上での面間拡散とその解析より(001)、(110)、(111)および(111)B(2×2)での拡散定数は

 

 

 

 となることが分かった。

 

 上記の面間拡散のAs圧依存性の測定結果を用いて、微細構造の作製とその制御を試みた。図5に(001)基板上の(111)Bリッジ構造作製の実時間観察の結果を示す。(a)は成長前、(b)は6.4×10-4Pa(図3上のRegion1)で60分成長、(c)は2.3×10-3Pa(図3上のRegion1)でさらに60分成長したときのSEM写真である。図5(a)と(b)より成長するにつれて線幅は細くなり、図5(b)と(c)より成長するにつれて線幅は太くなっていることが分かる。これによって、メサ線幅はAs圧によって制御することが可能であることが確認された。

図5 逆メサ(001)基板への成長の実時間観察(a)成長前(b)As圧6.4×10-4Paで60分成長(c)As圧2.3×10-3Paで60分成長

 次に、細線の線幅制御を実現するために、リッジ頂上の線幅および{110}斜面のモルホロジの温度依存性を実時間SEM観察した。その結果を図6に示す。線幅は、成長温度が低くAs圧が高いほど小さくなり、適切な成長条件を選択することによって任意に制御できることが確認された。

図6 リッジ構造頂上の曲率半径の成長条件依存性
審査要旨

 本論文は走査型電子顕微鏡と分子線エピタキシ装置を一体化した装置を用いてGaAs分子線エピタキシにおける面間拡散の振舞を明らかにし、その知見を用いて微細構造の作製を制御した研究をまとめたもので7章からなる。

 第1章は序論であり、本研究の歴史的背景、目的および意義を述べている。

 第2章は本研究に用いたマイクロププローブ-RHEED/SEM MBEシステムに関し、その特徴について述べ、段差基板の作製法および原子が結晶にとり込まれるまでの拡散距離の測定法につき述べている。

 第3章では拡散距離の成長条件依存性につき述べている。基板表面としてはGaAs(001)面、(110)面、(111)B面を選び、これ等の表面におけるGaの拡散距離をAs4分圧(以下As圧と記す)の関数として求めている。これによると、拡散距離は(001)面、(110)面の場合、As圧が低い所ではAs圧の-1/2乗に、As圧が高い所では-1乗に比例するが、(111)B面上では各々-1乗、-2乗に比例することを示した。

 第4章では特定の低指数面間をGa原子が表面拡散により行き来する面間拡散について述べている。面の組合せとしては(001)-(111)B面および(001)-(110)面を選び、表面拡散流束のAs圧依存性を求めている。(001)-(111)B面では、As圧を増加させて行くと最初は(111)Bから(001)面に、次に(001)から(111)B面に、最後に(111)B面から(001)面にGa原子が流れることを示している。(001)と(110)面間の拡散に関しても同様にAs圧を変えるとGaの拡散方向が変わることを示している。

 第5章では拡散方程式を用いて面間拡散を解析した結果について述べている。それによると(001)-(111)B-(110)面間拡散を解析し、(001)面での拡散定数として580℃において2.5x10-8cm2/secの値を得ている。これを基準として、(110)面、(111)B面、(111)B(2×2)面の拡散係数を求めているが各々(001)面の8倍、70倍、6倍の値を得た。このように拡散係数が与えられたため、各面におけるGaの結晶にとり込まれるまでの寿命を求めることができる。この結果、(001)-(111)B面間拡散においては(001)上でのGaの寿命はAs圧の-1乗に比例するのに対し、(111)B面上では-2乗に比例することがわかった。したがって、As圧が低い場合には(001)面上における寿命は(111)B面上の寿命より小さくなり(111)B面から(001)面への拡散が起こる。しかし、As圧が増加すると(111)B面上の寿命が(001)面上より短くなりGaは(001)面から(111)B面へと流れると述べている。さらにAs圧を増加すると(111)B面上の表面再構成構造が114259f13.gifから2×2に変化するが、2×2構造をとると寿命が不連続的に大きくなるので(111)B面上の寿命が(001)面上の寿命より長くなり再びGaは(111)B面から(001)面へ流れると説明している。

 一方、(001)-(110)面間の場合は、この二つの面とも低As圧のとき寿命はAs圧の-1乗に比例するが、高As圧側では-2乗に比例する。しかし、この移り変わりのAs圧の大きさは(110)面の方が(001)面より低As圧側にあり、この差のためAs圧が約1×10-3Pa程度で寿命の大小が入れかわると説明している。

 第6章では、以上の研究を通して得られた知見をもとに、メサ構造やリッジ構造を制御性良く作製する新しい方法について述べている。第4章で述べたAs圧の変化による面間拡散方向の反転現象を利用すると、リッジ構造の先端を平らにしたり鋭くしたりすることが出来ることを指摘し、実際に実験によりこれを確認している。例として(111)B面を側面に、(001)面を上面に持つリンジ構造をエッチングにより作製し、先ず低As圧で成長を行うと先端は鋭くなるが、As圧を上昇させると逆に先端は平らになることを示した。この原理を利用するとリッジの先端に細線構造を作ることが出来ると述べている。

 第7章は総括であり、本研究の結果をまとめ、今後に残された問題を述べている。

 以上これを要するに、本論文はマイクロプローブ-RHEED/SEM MBE装置を用いてGaAsエピタキシャル成長時におけるGa原子の面間拡散につき調べ、面間拡散の方向、表面拡散係数、結晶にとり込まれるまでの寿命等を求め、これ等の知見をもとに微細構造の制御を行ったもので電子工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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