マルチメディア社会を切り開くキーデバイスの一つとして、光・電子集積化回路(OEIC)が注目されている。OEICを実現するためには、Siによる集積回路の上に半導体レーザーに代表される光デバイスを作製する必要がある。そのためには、基板とは異なる材料をエピタキシャル成長(ヘテロエピタキシー)する必要がある。通常、異なる材料間では結晶型、格子定数、熱膨張係数などが違うため、基板と異なる材料をヘテロエピタキシャル成長させるためには、特別な技術が必要となる。 本研究では、以上のような格子不整合系材料のヘテロエピタキシーの課題を解決するために、特に有効と思われるMCE(Microchannel Epilaxy)の成長メカニズムの解明を目的とする。マイクロチャンネルエピタキシー成長という手法は、ほぼ十年前に、西永研究室によって提案され、Si、GaP、GaAsとInPのエピタキシーに利用し、大きいな成果をあげた。しかし、その成長に関して、さまざまの不明点が残っており、今後のさらなる転位密度の高効率化実現のため、マイクロチャンネルエピタキシーのメカニズムを解明する基礎研究が不可欠である。 本論文では、我々は、このマイクロチャンネルエピタキシー成長のメカニズムを研究し、その研究成果について述べる。 まず、第一章に、研究の背景について述べる。ヘテロエピタキシーの問題点や、開発されていた解決方法などについて紹介する。次に、マイクロチャンネルエピタキシーの歴史および研究成果、特に、西永研の成塚氏によるInP MCEの報告について述べる。 第二章では、実験の詳細について述べる。マイクロチャンネルエピタキシーを実現するには、酸化膜上に幅の小さいマイクロチャンネルを形成する技術は必要である。本章では、半導体工業で広く利用するフォトリソグラフィック技術の応用を中心に、成長基板上にマイクロチャンネルの形成プロセスについて述べる。また、MCE成長に用いる液層エピタキシーの操作手順についても述べる。最後に、成長層の評価手段について、特に、原子間力顕微鏡(AFM)の特性や操作方法を述べる。 第三章では、MCEの成長ステップ源の研究成果について述べる。一般に、結晶成長においては、三種類のステップ源が存在する。その一つは、微傾斜基板からのステップ供給であり、二番目は、らせん転位からのステップ供給であり、三番目は二次元核発生によるステップ供給である。MCE成長では縦方向成長を押さえるため、低い界面過飽和度を用いて成長をおこなう。その結果、二次元核発生は起こらず、ステップ源としては微傾斜基板とらせん転位が考えられる。成長表面をAFMを用いて観察した結果、スパイラルステップが主のステップ源であることがわかった。さらに、このスパイラルステップ源の数が非常に少ないことから、マイクロチャンネル中に存在する基板の転位のほとんどが成長に寄与しない結論に至った。さらに、我々は、Siの基板を用いて、成長も行い、その結論が検証された。 第四章では、MCE成長条件の最適化を行い、その結果を述べる。我々は、成長層の幅と厚さの比をW/T ratioに定義し、このW/T ratioの値が成長層に転位の低減効率を反映している。本章では、より高いW/T ratioが得られる成長条件の最適化のため、新しい研究手法を試み、その成果を述べる。この研究の中では、我々は界面過飽和度というパラメータを利用した。まず、成長表面にあるスパイラルステップを利用して、界面過飽和度を定量することに成功し、その方法を述べる。次に、界面過飽和度の成長条件依存性とW/T ratioの界面過飽和度依存性を明らかにし、これらの関係から最適成長条件を決定した。最後に、この最適成長条件を用いて、W/T ratioが20にも足した成長層が得られた成長結果について述べる。 第五章では、MCE縦方向の成長メカニズムの解明するために、step velocityについて研究を行い、その結果を述べる。Step velocityは成長速度を反映する基礎的なパラメータである。最初に、我々は、成長表面にあるスパイラルステップおよび成長層の厚さにより、step velocityを定量した。次に、step velocityの界面過飽和度および成長温度の依存性を調べ、その結果から、成長界面における化学反応の活性化エネルギーを定量した。また、step velocityの界面過飽和度依存性から、成長中に微少量不純物によるステップピンニング効果が見られ、そのピンニング効果の成長温度依存性についてもディスカッションした。 第六章では、横方向成長によるMCE成長層の合体、特に、その合体部の転位の発生機構について研究し、その結果について述べる。まず、我々は合体部での転位発生機構に関して、二つのモデルを提案した。次に、新しいマイクロチャンネルを設計し、実験でその二つ成長モデルを実現した。成長結果から、横方向成長による合体するとき、もしその合体が一点から始まれば、転位が発生しないが、合体が二点以上から始まれば、転位が発生することがわかった。この研究の結論として、合体による転位の発生を回避するために、横方向の成長をコントロールし、合体点を一点に収まる必要があることがわかった。我々は、実験で、設計したマイクロチャンネルを用い、横方向の合体点を一つにコントロールすることによって、合体部に転位がない成長層が得られた。 第七章では、MCE成長のsimulationを行い、その結果について述べる。我々は二次元の拡散方程式の数字解を求め、メルト中のりんの空間分布を決定し、その分布の時間依存性から、成長のsimulationを行った。このsimulationの結果から、まず、縦方向成長のファセト面に近いメルトに横方向の拡散流が存在することがわかった。この拡散流の作用が表面拡散と近いことから、バーチャル表面拡散と名付けた。成長界面に、このバーチャル表面拡散が存在することによって、縦方向の成長を押さえられ、逆に、横方向の成長を促進されることが考えられる。また、simulationで横方向成長の速度を計算し、縦方向の成長と比較することによって、W/T ratioが得られた。この計算したW/T ratioの成長条件依存性を調べ、実験で得られたW/T ratioの比較を行った。その結果から、高い成長温度では、計算と実験がよく一致するが、温度が低くなると、計算が実験からずれることがわかった。これは、低い成長温度では、横方向の成長プロセスは、成長界面に小さいサイズのファセトが現れ、または、不純物ピンニング効果が顕著になることによって、拡散律速の条件が満たされなりつつあるが、simulationのアリゴリズムには考慮していないからと考えられる。 最後に、第八章では、この研究の成果をまとめる。 結論として、本研究では、われわれはマイクロチャンネルの成長メカニズムの解明に研究の重点をおき、成長に関する様々なプロセスの理解を深めることができた。また、得られた成長メカニズムの知識を元に、実験では、いくかの成長の改善を行った。例えば、成長条件を最適化することによって、横縦比の大きい成長層が得られた。マイクロチャンネルを新たに設計し、横方向成長のコントロールを強化することによって、合体部に新しい転位を発生しないことに成功した。 |