学位論文要旨



No 114261
著者(漢字) ネートシリ,チャイヤポット
著者(英字)
著者(カナ) ネートシリ,チャイヤポット
標題(和) fMRIおよびMEGを用いた心内和英翻訳に関わる脳活動
標題(洋) Cortical Activations of Japanese-English Mental Translation Revealed by fMRI and MEG
報告番号 114261
報告番号 甲14261
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4387号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨

 母国語・外国語(L1・L2)に関する言語神経科学では、L1およびL2に対応する脳領域が、それぞれどこに局在しているかを中心とした研究がなされている。しかし、L1からL2への言語翻訳過程に対する脳活動の局在や動的挙動については明らかにされていない。人間の言語機能における脳活動を非侵襲的に測定するには空間分解能の優れた機能的磁気共鳴イメージング(fMRI)および時間分解能の優れた脳磁界計測(MEG)が有力的な方法である。本研究は視覚的に呈示されたひらがな単語を心内和英翻訳する課題を導入し、1.5テスラfMRIおよび全頭型148チャンネルMEGを用いて実験を行った。日本語を母国語とする健常者を対象とし、L1からL2に心内で翻訳するタスクをテスト条件とし、L1を心内で読むタスクをコントロール条件とした。

 一方、先行研究の心理実験によって提案されたL1およびL2の認知モデルを考慮し、L1からL2への言語翻訳する認知モデルを提案した。それに基づいて脳内の情報がL1の文字形状認識および音韻処理レベルからL2の文字形状認識および音韻処理レベルへ伝達する際L1・L2の共通する意味処理レベルにアクセスすることが考えられる。

 fMRI実験は、被験者6人(右利き、男3人・女3人)に対し、テストおよびコントロール条件の脳活動をfMRIで計測した。相関係数を用い、有意水準p<0.0001で評価した。結果としては、被験者全員の左脳および被験者3人以上の左前頭下部(ブローカ野および島を含む)・両側補足運動野・両側前頭部・左中心前溝・左頭頂間溝に有意な活動の差が認められた。そのうち、言語に関わる部位のみを見出し、図1に示すように機能局在が左前頭下部および補足運動野となり、それぞれが意味検索および運動準備の機能を持つと考えられる。

図1 fMRIを用いた心内和英翻訳課題における機能局在

 MEG実験は、被験者7人(右利き、男4人・女3人)に対し、テストおよびコントロール条件の脳活動をMEGで計測した。最小二乗推定法で電流源を推定した結果、被験者3人以上の右頭頂後頭溝(潜時150〜250ms)・左側副溝(潜時150〜250ms)・左上側頭溝後部(潜時200〜650ms)・左外側溝後部(潜時350〜450ms)・両側帯状溝後部(潜時150〜600ms)に電流源を認めた。そのうち、言語に関わる部位のみを見出し、図2に示すように機能局在の時間的な推移が右頭頂後頭溝、左側副溝、左上側頭溝後部および左外側溝後部で認められ、それぞれが文字認識、単語認識、単語読み出しおよび音韻処理の機能を持つと考えられる。

図2 MEGを用いた心内和英翻訳課題における機能局在の時間的な推移

 fMRIおよびMEGを用いた実験的研究により得られた結論として、L1からL2への言語翻訳過程に対する脳活動の機能局在を図3に示す。MEG実験より、潜時150〜250msに右頭頂後頭溝および左側副溝が活動し、それぞれがL1の文字および単語の認識の機能を持つと考えられる。次の潜時200〜650msに左上側頭溝後部が活動し、L2の単語の読み出しの機能を持つと考えられる。次の潜時350〜450msに左外側溝後部が活動し、L2の音韻処理の機能を持つと考えられる。fMRI実験より、左前頭下部および補足運動野がそれぞれL2の意味処理および運動準備の機能をもつと考えられる。しかし、これらの部位は、MEGによる計測はきわめて困難であり、また、fMRIによる計測では時間的な情報が得られないため、機能局在の時間的経過は得られない。本研究の心内和英翻訳では、L1に関わる部位は右頭頂後頭溝および左側副溝、L2に関わる部位は、左上側頭溝後部・左外側溝後部、左前頭下部および補足運動野と考えられる。以上、本研究では母国語から外国語に翻訳する脳の情報処理活動について、fMRIおよびMEGによる計測から、脳機能局在とその脳内過程を明らかにした。

図3 心内和英翻訳課題における脳活動部位の機能局在。L1=日本語、L2=英語。
審査要旨

 本論文は、Cortical Activations of Japanese-English Translation Revealed by fMRI and MEG(fMRIおよびMEGを用いた心内和英翻訳に関わる脳活動)と題し、母国語から外国語に翻訳する脳の情報処理活動について、機能的磁気共鳴イメージングfMRI(functional magnetic resonance imaging)および脳磁界計測MEG(Magnetoencephalography)を用いて、脳機能局在とその脳内情報処理過程を明らかにしたものであり、全5章より、英文で書かれている。

 第1章はIntroduction(序論)であり、fMRI、MEGおよび母国語と外国語に関わる言語神経科学の研究の歴史と問題点について述べている。

 第2章はCognitive model of mental translation(心内翻訳の認知モデル)であり、心理実験よりこれまで提案されたバイリンガルの母国語と外国語の認知モデルを基に、バイリンガルでない人の母国語から外国語に翻訳する脳の情報処理モデルを提案している。

 第3章はfMRI study on Japanese-English mental translation(心内和英翻訳に関するfMRI研究)であり、日本人健常者6名を対象に、母国語である日本語から外国語である英語に心内で翻訳するタスクをテスト条件とし、母国語を心内で読むタスクをコントロール条件として、fMRIによる脳機能の局在を調べている。fMRI実験では、両条件の脳活動を相関係数を用いて有意水準p<0.0001で評価している。結果として、被験者全員の左脳および被験者3人以上の左前頭下部(ブローカ野および島を含む)、両側補足運動野、両側前頭部、左中心前溝および左頭頂間溝に有意な活動の差を得ている。

 第4章はMEG study on Japanese-English mental translation(心内和英翻訳に関するMEG研究)であり、日本人健常者7名を対象に、母国語である日本語から外国語である英語に心内で翻訳するタスクを、母国語を心内で読むタスクをコントロール条件としてMEGによる脳機能の局在を調べている。MEG実験では、両条件の脳の電気活動の電流源を電流双極子と仮定して、最小二乗推定法を用いて脳の機能局在を推定している。その結果、被験者3人以上の右頭頂後頭溝(潜時150〜250ms)、左側副溝(潜時150〜250ms)、左上側頭溝後部(潜時200〜650ms)、左外側溝後部(潜時350〜450ms)および両側帯状溝後部(潜時150〜600ms)に電流源を推定している。

 以上より、母国語から外国語への言語翻訳過程に対する脳活動の機能局在は、MEG実験より、潜時150〜250msに右頭頂後頭溝および左側副溝が活動し、それぞれが母国語の文字および単語の認識の機能を持ち、次の潜時200〜650msに左上側頭溝後部が活動し、母国語および外国語の単語の読み出しの機能を持ち、次の潜時350〜450msに左外側溝後部が活動し、母国語および外国語の音韻処理の機能を持つと結論している。一方、fMRI実験より、左前頭下部および補足運動野がそれぞれ意味検索および運動準備の機能を持つと結論している。ここで、左前頭下部および補足運動野の機能局在推定は、MEGによる計測では困難であり、また、fMRIによる計測では時間的な情報が得られないため、機能局在の時間的推移が推定出来ないと論じている。

 第5章はConclusion(むすび)であり、本論文で得られた知見を要約し、今後の論文の研究の展望について述べている。

 以上要するに、本論文は母国語から外国語に翻訳する脳の情報処理活動について、機能的磁気共鳴イメージングfMRIおよび脳磁界計測MEGを用いて、脳機能の活動部位の時間的推移を明らかにし、言語神経科学に関する新しい知見を得たものであって、電子工学、特に生体情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1896