1986年にBednorzとMullerによって高温超伝導体が発見以来、その発現機構の解明のため高温超伝導の超伝導及び常伝導状態の特性の研究が行われてきている。とりわけ、転移温度以上での常伝導状態の抵抗率の温度依存性の異方的な振る舞いおよびその温度依存性が転移温度以下で超伝導を抑制した際にどうなるのかということが注目を集めている。転移温度以下での常伝導状態を研究する手段としては、化学的なドーピングを行って超伝導を抑制する方法と磁場により超伝導を抑制する方法がある。前者による方法では本質的に乱れによる影響を無視できないので、磁場による超伝導の抑制が必要となる。 高温超伝導体においては、転移温度(Tc)が高くコヒーレンス長が非常に短くなるために上部臨界磁場(Hc2)が非常に大きくなる。このため、磁場により超伝導を抑制する方法での低温まで常伝導状態の抵抗率の測定は殆ど行われていない。最近、BoebingerやAndo等がパルス強磁場を用いて超伝導を抑制して低温までの面内・面間の抵抗率の測定を行った。LSCOにおいては、面内が"metallic"で面間が"insulating"という振る舞いが転移温度以下の低温まで続かずに低温では面内・面間ともに同じ温度依存性を示すのに対し、Bi(2201)に5%Laドープした少しオーバードープ領域の試料においては面内が"metallic"で面間が"insulating"という振る舞いが以下の低温まで続くことが報告されている。このような測定を他の系でも行うことは、高温超伝導体のメカニズムを明らかにするために重要であると考えられる。 Hc2の測定も同様の理由から比較的転移温度の低い物質もしくはTc近傍のみに限られている。例えば、Tcが20K前後の過剰ドープのTl系やBi系などでは、抵抗から求められた上部臨界磁場がmKの低温まで急激に増加するという振る舞いが報告されており、これは従来のWerthamer-Helfand-Hohenberg(WWH)から予測される振る舞いとは全く異なる。高温超伝導体においては非常に短いコヒーレンス長と強い二次元性のためにゆらぎが強くなる。この結果、Hc2が明確な相転移点とはならずに単なるクロスオーバーになると考えられており、抵抗から決定されたHc2が何を意味するかは注意深く考える必要がある。しかしながら、いろいろな物質系で転移温度の高い最適ドープ組成付近も含めて低温まで抵抗測定を行い、Tc近傍からの外挿でなく直接Hc2を求めることは、これらの振る舞いが系やキャリア濃度に依存するのかを調べるうえでも重要であると考えられる。 そこで本研究では、代表的な酸化物高温超伝導体である二つの物質の超強磁場物性の研究を行った。 (1)低温でHc2が100Tを越えるためにこれまで測定が行われていない90K相の(YBCO)の低温までの常伝導状態の抵抗率およびHc2の大きさとその異方性の測定を試みた。 (2)キャリアタイプによる違いを調べるために、電子系の高温超伝導体Nd2-xCexCuO4(NCCO)について、より精密な測定が可能な長時間パルス磁場下で同様の実験を行った。 100Tを越える磁場は、一巻コイル法(B<150T)や電磁濃縮法(B<600T)、爆縮法(B<800T)という磁場発生法を用いて発生することができるが、磁場の発生時間が非常に短いためにこれまで輸送現象の測定は殆ど行われてこなかった。一巻コイル法は、試料を壊すことなく150Tに及ぶ磁場を発生できる。そこで、一巻コイル法を用いた150Tまでの超強磁場下において抵抗測定を行うために技術の開発を行った。 一巻コイル法では約7sの間に100Tを越える磁場が発生するため、直径3mmのループに誘導される起電力は約1000Vにも及ぶ。これを回避するために、試料を含めた測定回路の磁場に垂直な面積を極力小さくし、アンプの高周波特性やインピーダンス整合に注意を払った測定系を開発した。 測定に用いたのはTc=84.5K(midpoint),T〜4Kのややアンダードープのc軸配向のYBCO薄膜で、ISTECより提供を受けた。150Tに及ぶ超強磁場をc軸に平行に印加し、4.2Kまでの温度領域で、c軸配向のYBCO薄膜の面内の抵抗のDC・AC測定を行った。図(a)からわかるように最低温の4.2Kに於いても120T付近で磁気抵抗がほぼ飽和する傾向が見られ、ほぼ常伝導状態が実現されていると考えられる。60Kに於ける測定データで、一巻コイル法による短パルス超強磁場下(〜7s)のデータと、非破壊型のロングパルス磁場下(〜25ms)のデータの比較を行ったところ、磁気抵抗が急激に立ち上がる磁場は一致しないが、磁気抵抗がある程度大きくなって常伝導状態に近づいてくると両者はほぼ一致することがわかった。このことから、常伝導状態に近い領域を議論する場合には両者を同等に扱うことができると考えられる。これらのデータから、磁気抵抗の傾きが緩やかになり飽和傾向を示す磁場から相図を求め、これを図(b)に示す。磁気抵抗が飽和傾向を示す磁場を上部臨界磁場(Hc2)と考えると、温度依存性は従来のWWHから予想される振る舞いに近く、低温において120T付近で飽和傾向を示すことがわかった。Tc以下での常伝導状態の面内の抵抗の振る舞いを調べるために、ある一定磁場での抵抗値を温度に対してプロットし、超伝導がほぼ抑制された110Tに於ける磁気抵抗の値に注目すると、面内の抵抗は、温度とともに減少し低温においてある有限の値に近づく"metallic"な振る舞いを示すことがわかった。 図(a)交流測定(5MHz)図(b)Hc2の温度依存性(B//c-axis) さらに超強磁場下の輸送現象測定のためのもう一つの手段として、New South Wales大学(オーストラリア)のClark教授のグループと共同でストリップライン法による高周波測定技術を開発し、爆縮法による800Tまでの超強磁場下でYBCO薄膜のトランスミッションの測定を行った。温度は1.6K、磁場と高周波電流(0.9-1.9GHz)が互いに平行でCuO2面に平行になる配置で測定を行った。磁気抵抗の立ち上がりに相当するトランスミッションの増加が150±20Tに見られ、トランスミッションが飽和する磁場の値から磁場がCuO2面に平行な場合の上部臨界磁場としてHc2=(240±30)Tが得られた。この磁場配置での高温側の実験は一巻コイル法による150Tまでの超強磁場を用いて測定を行った。この結果を図(c)に示す。これらの測定から求めた上部臨界磁場の相図を図(d)に示す。60K〜86Kでは、Hc2はほぼリニアに立ち上がり65Kではおおよそ150Tにも及ぶ。この傾きから、WWHの関係式を用いてHc2(0)を推定すると約400Tにもなってしまう。実際の測定では、1.5KでHc2〜240Tであるから、WWHからのこのずれの原因の一つとしては、この磁場配置におけるスピンゼーマン効果の重要性が考えられる。 図(c)Transmission測定(B//CuO2)図(d)Hc2の温度依存性(B//CuO2) 次に、電子ドープ系の高温超伝導体であるNd2-xCexCuO4の上部臨界磁場および常伝導輸送特性の測定を行った。試料は、SrTiO3上に成長したc軸配向のNCCO薄膜で、膜厚は1000Åである。Ceのドープ量の異なる、過剰ドープ(x=0.166)、最適ドープ(x=0.15,0.146)、不足ドープ(x=0.131,0.137)の試料を用い、c軸及びCuO2面方向に最高50Tに及ぶ非破壊型長時間パルス磁場を印加して面内の抵抗率の測定を行った。この試料は、これまでの試料に比べて抵抗率も小さく単結晶よりも良質の試料で、NTTより提供を受けた。 図(e)は、磁場をc軸方向に印加した場合の最適ドープx=0.146の磁気抵抗の測定結果である。14.2Kでは、超伝導状態が壊れたあとの磁気抵抗は正だが、1.5Kに於ける抵抗率は10T付近で最大となり、これより強磁場側では負の磁気抵抗が観察された。更に強磁場側(B>38T)では、異常な振る舞いが抑えられて正に転じ、Tc直上のトレースに重なることがわかった。超伝導が破れた直後の10Tに於ける抵抗率に注目すると低温においてほぼ1n(1/T)で増加しT<2Kでは飽和する傾向が見られている(図(f))。このような低温での抵抗率の増加及び飽和傾向はすべての組成の試料で観察されたが、過剰ドープ領域の試料においてはかなり小さくなる。面内の抵抗率が過剰ドープ領域においても低温で増加することと、更に低温で飽和傾向を示すことは、LSCOでの報告と異なる結果である。異常な振る舞い(負の磁気抵抗)は、Ceドーピング(キャリアの増加)とともに抑えられて、その温度-磁場領域は低温・低磁場に方向に狭まることがわかった。 図(e)磁気抵抗(B//c-axis)図(f)10Tでの抵抗率の温度依存性 CuO2面に平行に磁場をかけた場合は、Hc2が非常に大きくなるため低温までの測定が行えなかった。しかし、x=0.146の組成の試料で抵抗の飽和値の中点からHc2を求めると(図(g))温度依存性がc軸に磁場を印加した場合と異なりこの配置では従来の負の曲率を持つことがわかった。x=0.166に於ても同様の傾向が見られ、x=0.137ではほぼリニアであることがわかった。 図(g)Hc2の温度依存性(x=0.146) |