学位論文要旨



No 114267
著者(漢字) 森成,隆夫
著者(英字)
著者(カナ) モリナリ,タカオ
標題(和) ペアリング描像による量子ホール液体の理論的研究
標題(洋) Pairing Picture of Quantum Hall Liquids
報告番号 114267
報告番号 甲14267
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4393号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 青木,秀夫
 東京大学 助教授 長田,俊人
 東京大学 助教授 小形,正男
内容要旨

 半導体の界面において実現される二次元の電子系に強磁場をかけて電流を流すと,電流に垂直な方向の電気抵抗がh/e2の有理数分の1に量子化されるという現象が起きる.ここでhはPlanck定数で,eは電気素量である.また,有理数はLandau準位の充填率に等しい.この現象は量子ホール効果とよばれ,銅酸化物高温超伝導体とならび現在も精力的に研究がおこなわれている.特にLandau準位の充填率が分数の場合には分数量子ホール効果とよばれ,準粒子の電荷が分数電荷を持ち,かつ分数統計に従うなどの顕著な特徴をもつ.

 分数量子ホール効果の理論的研究では,が奇数分の1の場合にLaughlinによって基底状態の波動関数が変分法により求められた(1983年).分数電荷の存在や,その素励起が分数統計に従うことなどがこのLaughlin波動関数から予言された.GirvinとMacDonaldはLaughlinの波動関数が超流動や超伝導などを特徴付ける非対角長距離秩序をもつことを指摘し(1987年),ZhangらによってChern-Simonsゲージ場による有効理論が構築された(1989年).=1/m(mは奇数)におけるZhangらの有効理論では,まず電子は磁束量子m本の擬フラックスと電荷をもつボソンに変換される.ボソンがになっている擬フラックスが外部磁場をちょうど相殺するため、平均場では無磁場中でのボソンの問題となる.このボソンが基底状態で凝縮し上記の非対角長距離秩序を引き起こす.の分母が奇数である他の分数量子ホール効果については,Jainにより磁束量子を単位として偶数本の擬フラックスをもつ複合フェルミオンに変換することにより,複合フェルミオンのLandau準位の充填率が整数である整数量子ホール効果として定式化できることが示された.さらに複合フェルミオンの各Landau準位のフェルミオンを一本の磁束量子をもつ複合ボソンに変換することにより、基底状熊は複合ボソンの超伝導として表現することができる.このようにの分母が奇数である分数量子ホール系については、基本的には複合ボソンの凝縮として理論的には理解される.

 ところが1987年Willettらによって発見された=5/2における分数量子ホール効果については,の分母が偶数であるため上記のように複合ボソンの凝縮としては定式化できない.HaldaneとRezayiはこの系を複合フェルミオンのペアリングとして表現する理論を提示し,数値的な解析によりd波のペアリングの可能性を指摘した(1988年).一方,複合フェルミオンのペアリング描像による量子ホール効果の理論は,二次元電子系が二層になった二層量子ホール系においても提示された.各層のLandau準位の充填率の和をとすると=1/2の場合の二層量子ホール系においてHoは基底状態の波動関数が複合フェルミオンのp波のペアリング状態として記述できることを示した(1995年).二層間に電子のトンネリングがない場合には系の基底状態はHalperinの(3,3,1)状態であることが数値的に示されており,また逆に層間トンネリングが強い極限では系の基底状態はPfaffian状態であることが定性的に議論されていた.Hoはこれらの波動関数が複合フェルミオンのp波のペアリング状態として統一的に記述できることを示した.

 このように一層系における=5/2の系および二層系の=1/2の系において複合フェルミオンのペアリング描像による量子ホール系の理論が提示されたが,これらはいずれも波動関数の解析や数値的な解析にとどまっており,ペアリング相互作用の起源については明らかにされていなかった.Bonesteelらは二層系についてChern-Simonsゲージ場を媒介とした複合フェルミオン間の有効相互作用を議論したが,彼らはその相互作用が引力的であることを示したもののペアリング状態を特定するまでにはいたらなかった.また層間トンネリングの効果などについても考慮されていない.

 こうした状況のなかで,本論文では量子ホール系における複合フェルミオンのペアリング状態を定式化することを目的として研究をおこなった.本研究で得た結果をまとめると,

 (1)従来のChern-Simonsゲージ場理論の変換を拡張した非ユニタリー変換を行うことによってペアリング相互作用の起源を明らかにするとともに,有効作用を導出することに成功した.

 (2)ギャップ方程式と基底状態エネルギーの解析から二層系において=1/2だけでなく=1/m(mは整数)においても基底状態がp波のペアリング状態であることを示した.

 (3)一層系の=1/2において強磁場の極限で量子ホール効果が可能であることを示した.

 以下これらの結果について詳細を述べる.

 複合フェルミオン間の引力相互作用の起源を同定するに際し,まず二層系における,次の事実に着目した.(a)=1/2でかつ層間トンネリングがない場合,基底状態がHalperinの(3,3,1)状態であること,(b)ペアリング状態はp波であること,(c)複合フェルミオン間の引力相互作用は,なんらかの形でChern-Simonsゲージ場と関係していると予想されること,である.分数量子ホール系におけるLaughlinの波動関数を多成分系に拡張したHalperinの波動関数はJastrow型の波動関数である.4He超流動の基底状態の研究で明らかにされていたように,Jastrow型の波動関数は短距離部分と長距離部分からなる.超流動の場合には長距離部分への寄与としてフォノンモードが存在するが、量子ホール系では非圧縮性という量子ホール液体の最も基本的な性質によりフォノンモードは寄与しない.すなわちJastrow型の波動関数は短距離部分のみできまり,これは二体問題を考察することにより調べることができる.そこで二層系において,二体問題の様々な相対角運動量状態をもつ波動関数を基底にとり,クーロン相互作用によるエネルギーを一次摂動で計算した.その結果,層間距離を変化させたときの最適な相対角運動量を半定量的に特定することができた.この考察から二層量子ホール系における層間距離の効果は二体の相対角運動量に密接に関連していることが明らかになった.

 二体の相関効果が重要であるため,この相関効果を完全に取り入れた変換をおこなえば問題が明瞭になる.そこで従来のChern-Simonsゲージ場理論におけるように位相の自由度のみならず振幅の自由度とLandau波動関数のGauss因子を含めた変換をおこなった.この変換により,通常のChern-Simonsゲージ場理論では3体相互作用項であるChern-Simonsゲージ場の二次の項が消える.この項は,2体相互作用の非エルミート項として表現される,複合フェルミオン間の引力相互作用の起源となる因子は,複合フェルミオンの電流とChern-Simonsゲージ場がminimalに結合している部分である.一方,非エルミート項は対破壊効果をもつ.ここで重要な点としては,引力相互作用の導出において乱雑位相近似などの近似を一切用いていないことである.そのため引力相互作用の起源が明瞭になったといえる.この点はBonesteelらと決定的に異なる点である.

 クーロン相互作用と層間トンネリングがない場合には,ギャップ方程式は正確に解くことができる.しかしながら,基底状態エネルギーの解析から,この状態は不安定であることが示される.一方,複合ボソンによるChern-Simonsゲージ場理論では,非エルミート項と対応する3体相互作用はirrelevantであることが示されている.そこで,複合フェルミオンのペアリング状態においても非エルミート項はirrelevantであると考えられる.非エルミート項を無視したギャップ方程式の解析から,p波のペアリング状態が最も大きなギャップをもつことが明らかになった.一方,基底状態エネルギーの計算から最大のギャップを持つペアリング状態が最も低いエネルギーをもち,かつ非ペアリング状態よりも低いエネルギーであることが示される.ゆえに基底状態はp波のペアリング状態である.

 層間トンネリングの効果については,=1/2の場合に考察をおこない,トンネリングの強さを増すにつれて系の基底状態がHalperinの(3,3,1)状態からPfaffian状態へと近付いていくことを示した.このとき重要な点としては,Pfaffian状態から出発してトンネリングを弱くしていった際には(3,3,1)状態へ近付くことはなく,二つの状態は異なる相であることである.この結果はトーラス上での基底状態の縮重度が(3,3,1)状態とPfaffian状態で異なるという事実と矛盾しない.一方,=1の場合にはトンネリングの強さによらず基底状態は唯一に決まる.

 二層系でおきる複合フェルミオンのペアリング状態は一層系でも実現している可能性がある.=1/2の場合にクーロン相互作用を考慮してギャップ方程式の解析をおこなった結果、が成り立つような強磁場において量子ホール状態が実現されることを示した.ここではLandau準位間のエネルギーギャップであり,は誘電率,は磁気長である.また,スピンの自由度については,スピン偏極していないペアリング状態のエネルギーよりも,スピン偏極したペアリング状態のほうがエネルギーが低い.そのため基底状態は,スピン偏極したp波のペアリング状態となる.

 本研究の独創的な点としては,従来のChern-Simonsゲージ場理論では,乱雑位相近似を用いてゲージ場のプロパゲータを求める必要があり,複合フェルミオン間の相互作用を解析するのは困難かつ不明瞭であった.本研究では,非ユニタリー変換を行うことにより近似を行うことなく極めて明瞭な形で相互作用項を特定することができた.また,3Heの場合と異なり,相互作用項すべてについて明らかになっているためにp波のペアリング状態を確立することが可能となった.また従来の複合ボソン理論による扱いでは不明瞭であった層間トンネリングの効果についても詳細に考察することができる.さらには,複合フェルミオンのペアリング状態を初めて明確な形で定式化したことにより,内部自由度をもつ量子ホール系を全く新しい観点で捉えなおす土台を与えている.量子ホール系の持つ豊かな物性について知見をうる新たな道を開いたといえる.

審査要旨

 半導体の界面において実現される二次元の電子系に強磁場をかけるとホール抵抗がh/e2の有理数分の1に量子化されるという現象が起きる.ここでhはPlanck定数で,eは電気素量である.また,有理数はLandau準位の充填率に等しい.この現象は量子ホール効果とよばれ,低次元強相関電子系として銅酸化物高温超伝導体とならび現在も精力的に研究がおこなわれている.特にが分数の場合には分数量子ホール効果とよばれ,新しい量子流体として多くの顕な特徴をもつ.

 この顕著な現象に対してLaughlinによる基底状態の波動関数と分数電荷,分数統計を持つ準粒子の提唱(1983年),複合ボゾン模型による非対角長距離秩序描像,およびそのChern-Simonsゲージ場による有効理論(1989年)などの理論が構築されてきた.=1/m(mは奇数)における有効理論では,まず電子は磁束量子m本の擬フラックスと電荷をもつボソンに変換される.ボソンがになっている擬フラックスが外部磁場をちょうど相殺するため,平均場では無磁場中でのボソンの問題となる.このボソンが基底状態で凝縮し上記の非対角長距離秩序を引き起こす.一方,の分母が奇数である他の分数量子ホール効果については,Jainにより磁束量子を単位として偶数本の擬フラックスをもつ複合フェルミオンに変換することにより,複合フェルミオンのLandau準位の充填率が整数である整数量子ホール効果として定式化できることが示されこれを複合フェルミオン模型という。ところが複合フェルミオンはペアリングを起こす可能性があり,上記以外の新奇な分数量子ホール状態がこの観点から理論的に調べられて来た.しかしこれらはいずれも波動関数の解析や数値的な解析にとどまっており,ペアリング相互作用の起源については明らかにされていなかった.こうした状況のなかで,本論文では量子ホール系における複合フェルミオンのペアリング状態を定式化することを目的として研究をおこなった.

 本論文は章からなり,第1章では量子ホール系のIntroductionと研究の背景,動機が述べられている。第2章では非ユニタリー変換を行いHamiltonianを厳密に導き,1層系におけるペアリング機構を詳細に検討した。そしてp-波のペアリング状態が最低エネルギーを与える事を示した。特に非ユニタリー相互作用,クーロン相互作用による対破壊効果を検討した。その結果、前者はペアリングを破壊するには至らないが,後者はクーロン相互作用と運動エネルギーとの比がある値以上になるとペアリングを壊すことを見出し,この結果から現実の系に関して更に強磁場ではペアリングが見出される可能性を指摘した。第3章では2層系に対して上記の考察を拡張した.この場合は層のインデックスが擬スピンの内部自由度として働く。この時も基底状態はp波のペアリング状態であることが示された。層間トンネリングの効果については,=1/2の場合に考察をおこない,トンネリングの強さを増すにつれて系の基底状態がHalperinの(3,3,1)状態からPfaffian状態へと近付いていくことを示した.このとき重要な点としては,Pfaffian状態から出発してトンネリングを弱くしていった際には(3,3,1)状態へ近付くことはなく,二つの状態は異なる相であることである.この結果はトーラス上での基底状態の縮重度が(3,3,1)状態とPfaffian状態で異なるという事実と矛盾しない.一方,=1の場合にはトンネリングの強さによらず基底状態は唯一に決まる.

 以上本研究で得た主要な結果をまとめると,

 (1)従来のChern-Simonsゲージ場理論の変換を拡張した非ユニタリー変換を行うことによってペアリング相互作用の起源を明らかにするとともに,有効作用を導出することに成功した.

 (2)ギャップ方程式と基底状態エネルギーの解析から1層系,2層系において=1/2だけでなく=1/m(mは整数)においても基底状態がp波のペアリング状態であることを示した.

 (3)一層系の=1/2において強磁場の極限で量子ホール効果が可能であることを示した.

 (4)2層系で=1/2の場合に層間トンネリングを強くするとHalperinの(3,3,1)状態からPfaffian状態へと転移を起こすことを見出した。

 本研究の独創的な点としては,従来のChern-Simonsゲージ場理論では,乱雑位相近似を用いてゲージ場のプロパゲータを求める必要があり,複合フェルミオン間の相互作用を解析するのは困難かつ不明瞭であった.本研究では,非ユニタリー変換を行うことにより近似を行うことなく極めて明瞭な形で相互作用項を特定することができた.また,3Heの場合と異なり,相互作用項すベてについて明らかになっているためにp波のペアリング状態を確立することが可能となった.また従来の複合ボソン理論による扱いでは不明瞭であった層間トンネリングの効果についても詳細に考察することができる.さらには,複合フェルミオンのペアリング状態を初めて明確な形で定式化したことにより,内部自由度をもつ量子ホール系を全く新しい観点で捉えなおす土台を与えている.量子ホール系の持つ豊かな物性について知見をうる新たな道を開いたといえるので、物理工学に寄与するところ大であると判断する。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54067