学位論文要旨



No 114269
著者(漢字) 来海,暁
著者(英字)
著者(カナ) キマチ,アキラ
標題(和) 画像センシングの新しい原理とデバイスに関する研究
標題(洋)
報告番号 114269
報告番号 甲14269
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4395号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 武田,常廣
 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨 1本論文の目的と課題

 本論文では、時間軸情報と能動性を利用する画像センシング法の提案、およびこれを実現するためのセンサデバイスである時間相関型イメージセンサの集積化を目的とする。

1.1時間軸情報と能動性を利用する画像センシング法の提案

 画像センシングはCCDイメージセンサや計算機インターフェイスの発達により幅広い方面で利用されるようになっているが、その一方でフレームレートによる時間分解能の制約や画像処理アルゴリズムの実用化の難しさなど、様々な問題点が指摘されてきている。本論文では、これらの問題点がビデオ用CCDイメージセンサの画像の利用とそのソフトウェア処理として発展した画像処理技術を前提としているところに起因しているとの認識に立ち、新しい画像センシング法として相関計測の考え方を導入し、画像の時間軸方向の情報を能動性と一体化して利用する方法を提案する。

 本論文で提案する画像センシングの基本構造は次の二要素からなる。

 1.イメージセンサあるいは照明に対する能動的操作により、抽出したい空間情報xijを画像の時間軸方向の信号fij(t)に変調する。fij(t)はxijのキャリアg(t)による変調成分にg(t)と無相関な雑音などの信号n(t)が加わったもの

 

 になる。

 2.fij(t)に対し時間相関演算

 

 を施すことによりxijを求める。

 本方法の特色は、主として三次元画像センシングにおいて用いられている能動性という要素と、画像センシングでは運動検出において導入される程度であった時間軸という要素を空間情報の変調という概念で結び付け、さらに時間相関という復調検出構造を導入することにより、相関計測を画像センシングにおいて実現しようとするところにある。このような特色により本方法は以下の利点を有する。

 1.空間演算を行わないため、画素雑音の影響が最小限に抑えられる。

 2.時間相関の有する周波数選択性・雑音抑圧効果により高SN比が達成される。

 本方法を具体的な問題に応用する際には、抽出したい空間情報xijをxijg(t)という形に変調するためにイメージセンサや照明に対しどのような能動的操作を加えればよいかを考えることが重要になる。これに対する具体的な解答として、本論文では以下のセンシング法を提案する。

1)固視微動型センシング

 人間の眼球の固視微動にヒントを得て、後述の時間相関型イメージセンサの像に能動的に微小振動を与え、振動に同期する電気信号との時間相関をとることにより画像処理を実現する。像の振動によって空間パターンが時間軸方向に展開される性質を利用し、空間のパターンマッチングを時間軸上で行うところに特色がある。具体例として焦点距離と回転方向に振動を与え、振動周波数の正弦波およびその高調波との時間相関をとることにより、複素対数座標系に関する画像特徴を抽出する方法を示す。センサ出力として得られる走査信号のフーリエ展開係数については、これらがどのような画像特徴に対応しているのかを考察する。また像に振動を与えるための走査鏡を製作し、実時間の特徴抽出やテンプレートマッチングを試みる。

2)任意曲面のきず検査のための画像センシング

 汎用のCCDイメージセンサを用いつつ三次元計測を高い空間分解能で実現するための方法を提案する。照明の垂直走査による時間軸方向への変調と対象の微小変位を組み合わせ微分積和型演算を施すことにより、対象表面の凹凸・反射率の空間勾配をそれぞれ分離して高精度に抽出するというところに特色がある。

3)三色ストロボ照明とRGBイメージセンサを用いる速度場センシング

 同じく汎用のCCDイメージセンサを用いつつ速度場計測を高い時間分解能で実現するための方法を提案する。三色のストロボ照明の順次発光とRGBイメージセンサによる1フレーム撮像の組み合わせにより各ストロボ発光時刻の画像の濃淡値がRGB画素値ベクトルの空間に写像されることを利用し、逆行列演算によって各濃淡値すなわち各時刻の画像が容易に分離できるところに特色がある。高速運動の対象についても、発光間隔の調整により時系列画像間の変位量を小さくすることができる。

1.2時間相関型イメージセンサの集積化

 時間軸情報と能動性を利用する画像センシング法は従来のCCDイメージセンサでは原理的に実現不可能である。これに対し本方法を実現するための新しいセンサデバイスとして時間相関型イメージセンサが提案されている。時間相関型イメージセンサは1)フォトダイオード、2)各画素共通の外部電気信号、3)電流モード乗算器、4)キャパシタ、5)読み出し回路の5要素から構成され、各画素への入力光強度fij(t)と外部から各画素共通に与えられる電気信号g(t)とのフレーム時間Tにおける時間相関

 

 を各画素個別に出力する。従来のCCDイメージセンサとは異なり、フレームレートは従来のまま光検出器の限界帯域までの高周波情報が獲得可能である。またセンサのレベルで処理を行うという点では他のビジョンチップの研究と共通点を有するが、これらの多くが網膜神経の工学的実現や実時間性などセンサ単体での情報処理機能の向上に主眼を置いているのに対し、時間相関型イメージセンサはセンサと他の計測系が一体となった画像センシングの相関計測の手法による実現を目的としている点が大きく異なる。

 時間相関型イメージセンサの実現については、光学系の組み込み、画素特性の均一化、消費電力、操作性の観点から集積化が望ましく、これまでに実現回路例の提案、個別素子による試作、マルチチップサービスを利用した部分的集積化が行われてきた。これらに続き本論文では、回路要素が一体化された画素セルの設計ならびにCMOSプロセスによるイメージセンサの試作を行う。マスクレイアウトレベルからの設計に取り組むため、試作には東京大学のVDECで提供されているCMOSプロセスを利用する。

 集積化の要点は高密度化のために画素サイズをどこまで縮小できるかにあり、厳しい設計規則の制約下で、寄生容量や漏れ電流など回路図にない要因を考慮しつつ期待する性能をいかに実現するかが大きな課題となる。その第一歩として、まず基本動作の確認とさらなる集積化への見通しを得ることを目標に、日本モトローラの1.2mルールプロセスにより8×8画素のセンサアレイおよび画素セル単体のテスト用回路を試作する。ここで得られた結果をもとに性能の向上と画素数の拡大を図り、続くNTTエレクトロニクス(0.5mルール)と再び日本モトローラのプロセスによりそれぞれ16×16画素、64×64画素のセンサアレイを試作する。

2本論文の構成

 本論文は序論、結論と下記6章の8章構成となっている。

 第I部-CMOSプロセスを利用した時間相関型イメージセンサの集積化

 1)時間相関型イメージセンサの集積化(I)-CMOS画素構造の提案とVDECによる一体型センサの試作

 2)時間相関型イメージセンサの集積化(II)-画素数拡大と性能向上

 第II部-時間軸情報と能動性を利用する画像センシング法の提案

 3)固視微動型センシング

 4)円走査信号のフーリエ展開係数に基づく局所画像特徴の記述

 5)任意曲面のきず検査のための画像センシング

 6)三色ストロボ証明とRGBイメージセンサを用いる速度場センシング

3本研究の結果3.1時間相関型イメージセンサの集積化1)CMOS画素構造の提案とVDECによる一体型センサの試作

 可変コンダクタンス差動増幅器型の画素回路を面積効率よく実現するため、共通ソースをフォトダイオード、ドレインをキャパシタとして用いる拡大ソース・拡大ドレイン構造を提案した。この構造を75m角の画素セルとして設計し、2.3mm角チップ内部に8×8画素のセンサアレイを試作した。画素単体のテスト回路について、外部電気信号の大きさに応じてキャパシタの蓄積電荷の差成分に変化が現れることを確認し、また100kHzのLED変調光および外部電気信号の位相差に対する出力の変化から時間相関の理想値に近い出力結果を得た。これらの結果により時間相関型イメージセンサの集積化の見通しが得られた。

2)画素数拡大と性能向上

 前回の試作を踏まえて対称性の改善、遮光の徹底を図るとともに、回路動作の安定化のため、前回とは逆に相関器本体を基板より導電率の高いnウェル内にPMOSで構成し、各回路要素を電源電位の拡散層ガードリングで分離する構造を採用した。また画素数の増加に対応するため初めてデコーダ、マルチプレクサを内蔵した。前回よりも小さい60m角の画素セルを用いて試作を行い、NTTエレクトロニクスのプロセスでは2.3mm角チップ内部に16×16個、モトローラのプロセスでは7.3mm角チップ内部に64×64個のセンサアレイを集積化した。LED変調光を用いて実験を行い、数十kHzまでの帯域において外部電気信号の位相差に対し蓄積電荷の差成分が正負に変化する様子、すなわち時間相関に類似の動作を確認した。

3.2時間軸情報と能動性を利用する画像セシシング法の提案1)固視微動型センシング

 まず基本理論として、空間相関がイメージセンサ像の振動と時間相関の組み合わせによって実現できることを定式化した。続いて、時間相関型イメージセンサの焦点距離・回転振動とその振動周波数・倍周波数の正弦波信号との時間相関を組み合わせることにより、複素対数座標系で表現される画像特徴が抽出されることを理論とシミュレーションにより示し、従来の画像処理アルゴリズムを用いた場合に比べて勾配の抽出精度が改善されることを実験により示した。最後に像に振動を与えるための振動走査鏡を試作し、個別素子の時間相関型イメージセンサとともに用いて実時間の特徴抽出、テンプレートマッチングを実現した。

2)円走査信号のフーリエ展開係数に基づく局所画像特徴の記述

 固視微動型特徴抽出センサの出力である円形走査経路の走査波形のフーリエ展開係数が画像のどのような局所特徴を記述しているかを考察するため、まず各次数のフーリエ係数が走査半径が0の極限で同じ次数の明暗微係数の荷重和に等しくなることを解析的に示した。続いて各次数のフーリエ基底関数の表す明暗形状分布が、走査経路内部の表現の仕方により回転対称なパターン、あるいは一方向のみに変動するパターンとして表現されることを示した。これらの性質により、フーリエ展開係数が何らかの画像記述力を有していることを確認した。

3)任意曲面のきず検査のための画像センシング

 対象の微小変位の前後で照明を対象に垂直に走査させつつ連続撮像することにより、表面の凹凸勾配と対数反射率勾配が変位前後の時系列画像差成分に直交変調されることを定式化し、これらが微分積和型演算により分離して抽出できることを示した。実験により、汎用のCCDイメージセンサを用いつつも、対象表面の深さ数十m程度の微小なきずを表面の汚れなどと分離して検出するのに成功した。

4)三色ストロボ照明とRGBイメージセンサを用いた速度場センシング

 まず三色のストロボ照明を1フレーム間に順次1回ずつ発光させRGBイメージセンサで撮像することにより、各発光時刻の濃淡値がRGB画素値の空間に線形写像されること、および逆行列演算によってRGB画素値から各時刻の濃淡値が容易に分離できることを定式化により示した。また分離された時系列画像から時空間勾配法を用いて速度場ベクトルを求める手続きを示した。実験により、1フレーム1/30s間に180°回転する高速な対象について、汎用RGBイメージセンサのフレーム画像から回転変位量約1°の時系列画像を精度良く分離し、速度場ベクトルを抽出した。

審査要旨

 画像センシングは,CCDイメージセンサや計算機技術やソフトウエア技術の格段の発達により幅広い方面で利用されるようになっているが,その一方で,様々な問題や性能的な限界が指摘されてきている。本論文は,このような限界がビデオ映像を主目的としたイメージセンサと,計算機のソフトウエア技術として発達した画像処理技術に起因するとの立場に立ち,計測技術,特に相関計測の原理とシステム構成と信号処理の方法論を画像センシングに導入し,画像の時間軸方向の情報とセンサの能動性を一体化して利用する新しい画像センシングの基礎デバイスの開発と応用を目指したもので,全体で8章から構成されている。

 第1章の序論においては、能動性と時間軸情報の利用という上記の問題意識が整理されるとともに,本論文の画像センシングの基本デバイスである時間相関型イメージセンサの構造とその信号処理上の役割を示し,他のビジョンチップの開発とは基本的な目的と応用展開において異なっていると述べている。

 第2章は「CMOSプロセスを利用した時間相関型イメージセンサの集積化(I)」と題し,時間相関型イメージセンサの画素セルの構成法を提案し,VLSI設計教育センター(VDEC)提供の1.2m CMOSプロセスを利用して試作と評価結果を行った最初の結果について報告している。具体的には,拡大共通ソース-拡大ドレイン構造という,画素の光検出-乗算-積分を1個のMOSトランジスタで構成し,これに2個の読み出しトランジスタを加えた面積効率の高い画素セルを考案し,数種の動作確認用単一セルと8×8画素を集積したセンサを試作した。これを用いた評価実験により,光検出から乗算積分に至る基本的動作を確認したほか,回路の対称性や遮光の面で問題点が明らかになったと述べている。

 続く第3章は,上記の結果を踏まえて「CMOSプロセスを利用した時間相関型イメージセンサの集積化(II)」と題し,同じVDECのCMOSプロセスを用いて時間相関型イメージセンサの性能と集積度の向上を試みた結果を報告している。具体的には,前章とは相補的なトランジスタを用い,対称性と遮光性を向上させた拡大共通ソース-拡大ドレイン構造を利用して,0.5mCMOSプロセスを用いた16×16画素のセンサ,ならびに1.2m CMOSプロセスを用いた64×64画素のセンサを試作した。これを用いた評価実験により,正弦波で振幅変調された光で照明された対象の明るさが変調正弦波の位相と参照正弦波の位相に応じて変化することから,センサの原理的な正当性が確認されたと述べている。

 第4章は「固視微動型センシング」と題し,人間の目が凝視時にも微少に振動していることにヒントを得て,センサや像の振動と時間相関イメージセンサを組み合わせた特徴抽出型のイメージセンサの構成原理を提案している。具体的には,像とセンサの画素との間に円状の振動を与え,sinとcosの参照信号によりイメージセンサ上で直交位相検波を行うと,画像のエッジ,線素,交差点などが抽出されること,渦巻き状の走査のもとにテンプレート像の走査信号を参照信号に与えることによって任意パターンの整合フィルタが実現できることを示している。また,焦点距離方向と光軸回りの振動の組み合わせによって複素対数特徴が抽出できることを理論とシミュレーションによって示したほか,振動走査鏡と個別素子の時間相関イメージセンサを用いて,上記の特徴抽出原理のいくつかを実験によって確認している。

 続く第5章は「円走査信号のフーリエ展開係数に基づく局所画像特徴の記述」と題し,固視微動型センシングの基礎理論として,画像の局所的な明暗分布と円走査信号のフーリエ展開係数との関係について,数学的な解析を与えている。

 第6章は「任意曲面のきず検査のための画像センシング」と題し,通常のCCDイメージセンサと照明光の垂直方向の走査とを組み合わせて,大きな凹凸をもつ自由曲面上の微細な凹凸傷と反射率の変化を検出する高分解能の画像センシングシステムを提案し,実験によって確認している。この方法は時間相関型イメージセンサは利用しないが,照明の垂直走査という能動性と,これによる対象表面情報の時間軸への変調という点で,共通した原理に基づいている。

 第7章は「三色ストロボ照明とRGBイメージセンサを用いた速度場センシング」と題し,通常のRGBイメージセンサと三色ストロボによる時間ずれパルス照明とを組み合わせて,イメージセンサの走査周期に比べて遙かに高速に移動する対象の速度分布を計測する画像センシングシステムを提案し,実験によって確認している。この方法も時間相関型イメージセンサは利用しないが,三色ストロボの間欠照明という能動性と,これによる対象運動パターンの3枚のRGB画像への符号化という点で,本論文の共通した原理を実現したものである。

 第8章は結論であり,以上の成果を総括し将来の発展方向を論じている。

 以上,要するに,本論文は,画像の時間軸方向の情報とセンサの能動性を一体化して利用する新しい画像センシングの基礎デバイスの開発と応用を目指し,基礎的なデバイスとしての時間相関型イメージセンサの集積化,画像特徴抽出のためのシステムの提案と実証実験および基礎理論の構築,共通の原理に基づきつつ従来のイメージセンサを用いた実用性の高いセンシング原理の開発を行ったもので,本研究のセンシング技術への波及効果は大きく,計測工学上の貢献が大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54068