学位論文要旨



No 114275
著者(漢字) 並木,明夫
著者(英字)
著者(カナ) ナミキ,アキオ
標題(和) 感覚と運動の統合に基づく高速把握システム
標題(洋)
報告番号 114275
報告番号 甲14275
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4401号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石川,正俊
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 井上,博允
内容要旨

 人間の手は優れた把握能力を持っており,環境の状態に応じて複雑なタスクを実現することができる.これは一つには,人間が環境の変化を瞬時に判断する優れた認識能力を持っているためであり,このことは,実環境で動くマニピュレーションシステムにおいても,認識能力の高速化が必要になることを示している.このような考えのもとに,従来より,実時間でのセンサフィードバック,特に実時間視覚フィードバックを用いたマニピュレーションシステムの研究が行われてきた.しかし,従来の多くのシステムでは,視覚センサとしてCCDカメラを用いているために,視覚処理はビデオフレームレート30Hz以下のレートで行われており,ロボット制御に必要といわれる処理レート1kHzに比べて大幅に低いものとなっていた.このため,視覚処理の結果を直接的に把握制御に用いることができず,環境の変化に対する俊敏な応答を実現することができなかった.

 一方,近年,ハードウェア的に並列化されたデバイスに基づいた高速視覚システムの研究とそのロボット制御への応用の研究が進められている.このような高速視覚システムを用いることによって,従来の視覚システムにおける処理の遅れの問題が解決され,実時間で視覚情報を把握制御に用いることが可能となる.このような背景のもとに,本論文では,高速視覚によって実現される環境変化に対する高い応答性能を,汎用マニピュレーションに応用することを目的として,視覚を含む複数の高速センサフィードバックを用いた階層並列情報処理システムを構築し,動的に変化する把握環境に対応した高速な把握・操り動作を実現する.

 まず,把握処理を実現する上での基本となる処理アーキテクチャとして,階層並列高速センサフィードバックアーキテクチャを提案する.これは,高速センサフィードバックを基本要素とした階層並列処理構造を持っている.その階層並列構造は処理時間ではなく,処理の内容によって構成されるものであり,様々な環境に対応した多様な行動を生成するために用いられる.また,階層間のサイクルタイムの違いは存在せず,全ての処理に対してサイクルタイム1msという高速性が保証されるために,多様な環境変化に対して俊敏な対応能力が実現される.

 次に,この階層並列高速センサフィードバックアーキテクチャに対応するものとして構築された1ms感覚運動統合システムについて説明する(図1).これは,7つのDSPを用いて構成した階層並列情報処理システムと,高速視覚処理システムSPE-256を搭載した2軸アクティブビジョン,各関節に力覚センサを備えた総計21自由度を持つ多指ハンドアームからなるものであり,視覚を含む全てのセンサフィードバックを約1msで実現する能力を持っている.

図1 1ms感覚運動統合システム

 最後に,階層並列高速センサフィードバックアーキテクチャに基づいた把握アルゴリズムを1ms感覚運動統合システム上に実装することで,高速な把握行動を実現する(図2).この高速把握アルゴリズムは,把握行動を,(1)対象を視界内に収めるためのアクティブビジョンのトラッキング行動,(2)手先を対象に追従させるためのアームのトラッキング行動,(3)手を伸ばして把握を行うためのアームのリーチング行動,(4)手を閉じて対象を把握するためのハンドのグラスピング行動,(5)対象の形状に応じて把握形状を変更するためのハンドのプリシェーピング行動,といった複数の行動に分解し,それぞれに対応した高速センサフィードバックモジュールを用意し,階層並列構造を構成することで実現されている.このような構成を取ることによって,多様な形態をとる環境変化に対して,高速に対応することが可能となる.

図2 高速把握アルゴリズム

 この高速把握アルゴリズムを用いて,高速に動く移動物体に対する把握実験を行った.その結果を図3に示す.ここでは,高速に移動する対象にハンドが追従し,最終的に把握が実現される様子が示されている.この実験では,把握対象を人間が動かしているために,その動きは規則性が低く,それを予測することは困難である.従来のシステムでは,この予測不可能性がシステムの追従能力を向上させる上での妨げになっていたが,本システムでは,高速センサフィードバックを用いることでこの問題を克服し,高速把握を実現している.この成果は,センサフィードバックの高速化が実環境のマニピュレーションで有効なことを示している.

 以上をまとめると,本論文では,高速センサフィードバックに基づく階層並列処理構造を用いることで,環境の変化に対する高い応答性能を持つ把握システムを構築した.このシステム上で把握実験を行い,高速かつ予測不可能な動きをする対象に対する高速な把握動作を実現した.

図3 実験結果
審査要旨

 本論文は、「感覚と運動の統合に基づく高速把握システム」と題し、7章より構成されている.人間は、複数の種類の感覚情報に対して、神経回路網による階層型並列処理機構を用いて認識・判断を行い、実世界の環境や対象の変化に対して、多様で適応的な行動を実現している.ロボットにおけるセンサフィードバックの研究も、このような人間の情報処理様式に習って、多数のセンサ情報を用いた感覚運動統合システムの研究が行われてきた.しかし、従来の研究では、センサフィードバックの処理速度が遅く、統合処理が静的に行われていたために、高速でダイナミックな感覚運動統合が実現されていなかった.本論文は、この問題を解決するため、感覚運動統合理論並びに実用的なアルゴリズムを提案するとともに、高速なセンサフィードバック処理能力を持つ感覚運動統合システムを構築し、実際に多指ハンドマニピュレーションによる高速把握作業を実現することで、知能ロボットシステムにおける高速な感覚運動統合処理の有効性を示したものである.

 第1章は序論であり、感覚運動統合やセンサフィードバックを用いたシステムについて著者の考えを述べ、本論文の目的と構成を記述している.

 第2章は、「感覚と運動の統合に基づく把握行動アーキテクチャ」と題し、本論文で提案する理論及びアルゴリズムに関して、その目的並びに基本的な考え方、構成するシステムの概要を述べ、次章以降の準備として、階層型並列統合処理モデル並びに仮想接触点を用いた把握モデルを導入している.

 第3章は、「1ms感覚運動統合システム」と題し、本論文で試作したシステムの概要並びに各サブシステムについて述べている.本システムは、DSPを用いて構成した階層型並列処理システムと、高速ビジョンシステムSPE-256を搭載した2軸アクティブビジョン、各関節に力覚センサを備えた21自由度を持つ多指ハンドアームからなり、全てのセンサフィードバックを約1msで実現している.

 第4章は、「最適把握行動」と題し、視覚並びに力センサフィードバックを用いてハンドの最適な把握形状の決定方法を提案している.ここでは、把握行動の全体を接触前の行動としてのプリシェービング行動と接触後の行動であるグラスピング行動に分解し、それらを並列に動作させることを特徴とした制御方法の提案を行っている.また、実際のハンドを用いて把握実験を行い、適応性の高い把握行動が実現されていることを示している.

 第5章は、「高速把握行動」と題し、前章で提案した最適把握行動アルゴリズムを、ハンド、アーム、高速アクティブビジョンという把握に関わる全てのサブシステムの協調動作に拡張するためのアルゴリズムを提案している.ここでは、把握運動を直交する複数の要素に分解し、それぞれを高速センサフィードバックに基づいて並列に制御する点に特徴があり、これにより環境の変化に対して高速に適応することを可能にしている.また、実際のシステムに対してこのアルゴリズムを導入し、不規則な動きをする移動物体に対して、従来にない高速な把握を実現している.

 第6章は、「高速物体操作」と題し、把握行動から操り行動への高速な移行、高速な障害物回避動作、高速な目標物体への追従動作を実現している.ここでは、前章の高速把握アルゴリズムを並列性を高めた形で拡張しており、実際のシステムに導入し、その有効性を示している.

 第7章は結論であり、本研究の成果がまとめられている.

 以上を要するに、本論文は、高速センサフィードバック能力を持つ感覚運動統合システムに関して、統一的な理論構築、その理論的根拠に基づくアルゴリズム並びにアーキテクチャの提案、それらを実現する実システムの構築並びに高速の把握・操り動作の実現を行ったものであり、知能ロボットシステムの研究に対して、従来とは違った視点に基づいたシステム構築とそれに基づいた有効な実験結果を示したものであり、関連する分野の研究の発展に貢献するとともに、計測工学の進歩に対して寄与することが大であると認められる.よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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