内容要旨 | | 人間の手は優れた把握能力を持っており,環境の状態に応じて複雑なタスクを実現することができる.これは一つには,人間が環境の変化を瞬時に判断する優れた認識能力を持っているためであり,このことは,実環境で動くマニピュレーションシステムにおいても,認識能力の高速化が必要になることを示している.このような考えのもとに,従来より,実時間でのセンサフィードバック,特に実時間視覚フィードバックを用いたマニピュレーションシステムの研究が行われてきた.しかし,従来の多くのシステムでは,視覚センサとしてCCDカメラを用いているために,視覚処理はビデオフレームレート30Hz以下のレートで行われており,ロボット制御に必要といわれる処理レート1kHzに比べて大幅に低いものとなっていた.このため,視覚処理の結果を直接的に把握制御に用いることができず,環境の変化に対する俊敏な応答を実現することができなかった. 一方,近年,ハードウェア的に並列化されたデバイスに基づいた高速視覚システムの研究とそのロボット制御への応用の研究が進められている.このような高速視覚システムを用いることによって,従来の視覚システムにおける処理の遅れの問題が解決され,実時間で視覚情報を把握制御に用いることが可能となる.このような背景のもとに,本論文では,高速視覚によって実現される環境変化に対する高い応答性能を,汎用マニピュレーションに応用することを目的として,視覚を含む複数の高速センサフィードバックを用いた階層並列情報処理システムを構築し,動的に変化する把握環境に対応した高速な把握・操り動作を実現する. まず,把握処理を実現する上での基本となる処理アーキテクチャとして,階層並列高速センサフィードバックアーキテクチャを提案する.これは,高速センサフィードバックを基本要素とした階層並列処理構造を持っている.その階層並列構造は処理時間ではなく,処理の内容によって構成されるものであり,様々な環境に対応した多様な行動を生成するために用いられる.また,階層間のサイクルタイムの違いは存在せず,全ての処理に対してサイクルタイム1msという高速性が保証されるために,多様な環境変化に対して俊敏な対応能力が実現される. 次に,この階層並列高速センサフィードバックアーキテクチャに対応するものとして構築された1ms感覚運動統合システムについて説明する(図1).これは,7つのDSPを用いて構成した階層並列情報処理システムと,高速視覚処理システムSPE-256を搭載した2軸アクティブビジョン,各関節に力覚センサを備えた総計21自由度を持つ多指ハンドアームからなるものであり,視覚を含む全てのセンサフィードバックを約1msで実現する能力を持っている. 図1 1ms感覚運動統合システム 最後に,階層並列高速センサフィードバックアーキテクチャに基づいた把握アルゴリズムを1ms感覚運動統合システム上に実装することで,高速な把握行動を実現する(図2).この高速把握アルゴリズムは,把握行動を,(1)対象を視界内に収めるためのアクティブビジョンのトラッキング行動,(2)手先を対象に追従させるためのアームのトラッキング行動,(3)手を伸ばして把握を行うためのアームのリーチング行動,(4)手を閉じて対象を把握するためのハンドのグラスピング行動,(5)対象の形状に応じて把握形状を変更するためのハンドのプリシェーピング行動,といった複数の行動に分解し,それぞれに対応した高速センサフィードバックモジュールを用意し,階層並列構造を構成することで実現されている.このような構成を取ることによって,多様な形態をとる環境変化に対して,高速に対応することが可能となる. 図2 高速把握アルゴリズム この高速把握アルゴリズムを用いて,高速に動く移動物体に対する把握実験を行った.その結果を図3に示す.ここでは,高速に移動する対象にハンドが追従し,最終的に把握が実現される様子が示されている.この実験では,把握対象を人間が動かしているために,その動きは規則性が低く,それを予測することは困難である.従来のシステムでは,この予測不可能性がシステムの追従能力を向上させる上での妨げになっていたが,本システムでは,高速センサフィードバックを用いることでこの問題を克服し,高速把握を実現している.この成果は,センサフィードバックの高速化が実環境のマニピュレーションで有効なことを示している. 以上をまとめると,本論文では,高速センサフィードバックに基づく階層並列処理構造を用いることで,環境の変化に対する高い応答性能を持つ把握システムを構築した.このシステム上で把握実験を行い,高速かつ予測不可能な動きをする対象に対する高速な把握動作を実現した. 図3 実験結果 |