内容要旨 | | マイクロプロセッサの著しい性能の向上や,ネットワークを通過するデータ量の増大により,計算機システムの性能を決定している主要な要因が,システムを構成している「端末」の能力ではなく,端末間の通信の能力であるケースが顕在化している.言い換えれば,通信能力が計算能力の向上に追従できていない.このような貧弱な通信のバンド幅の問題を解決することができるだけの能力を有した技術として,光技術は大変有望である.大容量の通信回線を実現した光ファイバ通信に明らかに見られるように,光が有する物理的属性は優れた通信の物理層を提供するが,本論文が対象としている「自由空間光インターコネクション」は,従来の光ファイバ通信技術に見られるような特性ばかりでなく,「高密度な空間的並列性」や「処理能力と通信能力の合体」といった新しい概念を含有する技術であり,非常に高い通信の物理層の能力と計算能力を与えるデバイスとの密な結合を与える.面発光レーザーアレイなどのように空間的に高密度に多くの要素が実装された光デバイスと,何らかの処理機能を実現する電子回路系を結合したデバイスは「光電子VLSI(Optoelectronic VLSI,スマートピクセル)」と呼ばれ,現在の計算機システムでの問題点である計算能力と通信能力の不均衡を改善するものとして有望である. 自由空間光インターコネクションによってもたらされる強力な通信能力をコンピューティングシステムに導入することは,通信能力の貧弱さ故にパフォーマンスの向上が望めないような多くのシステムやアプリケーションにブレイクスルーを与えると期待できるが,計算の方法あるいは物理的なシステムの実装において,従来の枠組みでは問題とされなかった困難が浮上する.言い換えれば,自由空間光インターコネクションをシステムの物理層に導入することにより,アルゴリズムの構成の仕方や,現実のシステム構築方法に変革が要請され,逆にそのような変革がなければ,物理層が潜在的に有する能力を発揮させることができない.このような動機に基づき,本論文では,光電子並列処理システムの実装における3つの課題を扱った. 第一に通信能力と計算能力が「コンパチブル」になり得る状況において計算の実装方式を与える理論的研究である.具体的には行列演算を光電子VLSIシステムに最短時間で実装するためのアルゴリズムを示し,また,通信能力と計算能力がコンパチブルになる状況におけるシステムのパフォーマンスの向上に考察を与えた.光電子VLSIや光インターコネクションが利用できる状況下では,「ある一つの通信」を行うための「コスト」(時間)と「ある一つの演算」を行うための「コスト」がほとんど等しくなる.従来の計算の分解の理論においては,対象となる計算自体に内在する並列性の抽出だけに注目したり,ネットワークの性能の貧弱さ故に端末間の通信を極力使用しないような方法が考察されていたが,光インターコネクションによる物理層の性能の極端な向上により,通信と計算の双方の特性に注意を払った上で,アルゴリズムを構築する必要が生じる.本論文では,対象とするアプリケーションとして行列演算を考え,その光システムへの実装を,システム内部のモジュールに対する「処理」の割り当て問題,あるいは,最短時間で解を得るためのネットワークフローの問題と捉えることにより,システィマティックにアルゴリズムを得る枠組と具体的な手法を提案した.既存の電気的なインターコネクションを用いたシステムとの差異を吸収するために,単位面積当たりに実装される通信能力や計算能力(本論文では「通信能力密度」,「計算能力密度」と定義)等を主要なパラメータとして,提案するアルゴリズムは構成されており,物理層の能力の違いを反映したものとなっている. また,通信能力と計算能力がコンパチブルになる状況におけるシステムのパフォーマンスの向上ついて,具体的なマイクロプロセッサ(MPU)と光電子VLSIの能力(通信能力密度と計算能力密度)を踏まえて考察を与え,通信能力と計算能力がバランスすることのメリットについて定量的な評価を与えた. 前述の研究により,光を通信の物理層に用いることによる効果は非常に大きいことが明らかとなるが,現実の光システムを実装する際には,利用し得るデバイス自体の性能やデバイス間を結合する物理的手段などにおいて様々な困難な問題が発生する. そこで本論文の第二の主要な内容として,光システム実装に関する実証的,実験的な検証を示した.筆者らが設計・制作・実現した二つの光電子融合システムを,将来の理想的システムのある種のスケールアップモデルとして,あるいは光電子システムの実現性の実証として提示した.具体的には,再構成可能な自由空間光インターコネクションを有する光電子システムSPE-II(Sensory Processing Element-II)の設計・製作・実験結果と,モジュールレベルの実現がなされた2層構造を有する光電子システムOCULAR-II(Optoelectronic Computer Using Laser Arrays with Reconfiguration-II)の設計・製作である.これらのシステムは,複数の光電子VLSIをパイプライン状に並べ,その間が光インターコネクションで結合されたアーキテクチャを模擬している.このアーキテクチャでは,プロセッシングエレメント(PE)間の通信に光インターコネクションが用いられ,空間的な並列性により大規模なバンド幅が光電子VLSI間あるいは外界とのインターフェース部分に提供される.汎用の処理能力を有するPEがもたらすプログラマビリティばかりでなく,空間光変調器(SLM)上の計算機ホログラム(CGH)の書き換えによる光インターコネクションの再構成可能性により,PE間の相互結合網もコントロール可能となっており,高い汎用性がシステムにもたらされている.SPE-IIは第一世代のシステムであり,占有体積がやや大きいものの,行列演算や画像の特徴抽出などのアプリケーションが実現されている.OCULAR-IIでは,システムの拡張性(階層化)とコンパクト化に主眼が置かれ,電子回路のモジュールと光インターコネクションのモジュールをビルディングブロックとして組み合せることにより,システムの大規模化を可能としている.またOCULAR-IIではモジュールレベルのコンパクト化を実現した. 第三の主要な内容は,光電子並列処理システムの実装において,本質的な困難と認識されているアライメントに関する取り組みである.自由空間光インターコネクションでは,少なくとも発光デバイスと受光デバイスの二つの異なる座標系を絶対的に整合させる必要がある.すなわち,従来の多くの光学系のように,物体の「像」と「撮像デバイス」の間の相対的なアライメントではなく,「物体」(発光素子)と「受光面」(受光素子)の絶対的な位置合わせが要求される.このような異なる座標系同士の絶対的な位置合わせを,空間的に高密度に実装された光デバイス間の光インターコネクションを正常に実行可能な精度で実現することは,技術的に大変難しく,デバイスの位置姿勢を自動的,能動的に制御・調整する技術(アクティブアライメント)等の技術を検討する必要性がある.しかし,光システムを構成する「自由度」は膨大であり,すべての自由度を可制御とするメカニズムを実装することは現実的にもほとんど不可能である.そこで,本論文は光デバイス間において正常な通信を確保するための機器のアライメントにおいて,どの自由度が重大であるかをシスティマティックに提示する理論を示した.この理論は,特異値分解と呼ばれる数学的手法を用いて,アライメントに大きく寄与する自由度を特定する.この理論により,アライメントに大きく寄与する自由度には高性能のアクチュエータを用い,比較的寄与の少ない自由度に対しては手動あるいは低性能のアクチュエータで制御するといった,光学系設計上の指針が得られ,システムのパフォーマンスを維持するための最小限のコストで最大の効果を得ることができると言える. 光インターコネクションと光電子VLSIは,現在の計算機システムあるいは通信システムが抱える通信能力の貧弱さを根底から解決できるポテンシャルを有するが,半導体製造技術や光デバイス製造技術だけの性能の向上,すなわち物理層の性能の改善のみでは,全体としての問題は解決されない.本論文では,物理層の変化が,アルゴリズムの構築そのものにおける考え方を変化させたり,現実のシステム実装において,例えば古典的には注目されることのなかった「アライメント」の問題が本質的問題として浮上することを示し,いずれの問題に対しても具体的な手法を含めて解決策を提示した.半導体集積化技術や光デバイス実装技術の能力が究極的に向上しつつある今,与えられた制約条件のなかで利用可能な物理層をいかに使用するかという問題こそが本質的に重要な課題であり,本論文で示した枠組や手法は有望であると考える. |