学位論文要旨



No 114279
著者(漢字) 佐伯,壮一
著者(英字)
著者(カナ) サエキ,ソウイチ
標題(和) 水平平面噴流による自励スロッシング
標題(洋) Self-Induced Sloshing Excited by Horizontal Plane Jet
報告番号 114279
報告番号 甲14279
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4405号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 前田,宣喜
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨 1緒言

 自由液面を有する容器内流体に、定常的に流体が流入されているにも拘らず、流れによって自励的にスロッシングが発生する場合がある。流れと自由液面が共存している状態は、土木水路など様々な工業プラントにおいて見られ、自励スロッシングが発生する可能性がある。特に、炉容器等に自由液面を持つ高速増殖炉において自励スロッシングが発生した場合、炉容器等の内壁に高熱応力付加による疲労をもたらす可能性があり、非常に危険である。従って、自励スロッシングの現象を把握することは工学的に重要である。特に現象の発生機構を解明することは、発生の予測を行う上で有効である。

 そこで本論文では、自励スロッシングが観測された二次元的な流れ場の代表例である、矩形噴流が矩形容器側面から水平に流入する場合を対象とし、発生機構の解明を行った。まず、実験及び数値解析を行い、基本的な現象の把握を行った。また、数値解析結果の検証を詳細に行なった上で、数値解析で得られたデータを基に、自励スロッシングの振動発生機構の検討を行なった。振動発生機構の検討結果を基に、本現象の支配パラメータの導出を行い、本現象発生の整理を行った。以上の考察結果から、新たな振動発生機構を提案した。

2実験・実験結果

 実験 図1に、本研究で対象としたテストタンクを示す。このタンクにおいて発生する自励スロッシング現象の基本的な振動特性について調べた。流入流速・液位の初期条件及び容器形状などの影響についての検討を行った。また、粒子画像測定法(PIV)を用いて、振動流れ場の特徴を考察した。

 実験結果 図2に代表的な容器形状における、発生領域のマップを示す。流入流速に関し2領域に渡って発振することを発見した。本現象は流入流速に強い依存性を持つことが明らかとなった。2領域の発振条件下において、流入流出口間での変動流れ場(噴流変動)をPIVを用いて計測した。両発振条件下では、噴流変動のモードが異なっていることを確認した。即ち、噴流変動の様相が本現象の発生機構に大きな役割を果たしていると考えられた。なお、噴流変動は発振時においてのみ観測された。また、本現象は容器形状に関しても強い依存性を持ち、容器形状を変化させた場合には、複数モード自励スロッシングが発生することも確認された。

3数値解析、数値解析結果の検証

 数値解析 本研究では境界適合座標(BFC)を用いた2次元層流コードにより、実験と同形なタンク内の流動を数値解析した。その結果、液面振動が時間と共に増幅していく自励スロッシング現象が発生した。

 数値解析の検証 本数値解析で確認された自励スロッシング発生領域を、実験と共に図2に示す。数値解析においても実験と同様に、流入流速に関し2領域に渡って発振した。本数値解析が実験を良く模擬できていることが確認された。更に、振動成長率や噴流変動など様々な検証を行い、数値解析によって得られた自励スロッシングが、単なる数値的不安定現象ではなく、実験で観測されたものと同種の物理現象を模擬していることを示した。その結果、数値解析によって得られた自励スロッシングと実現象とは、同一の発生機構を有することを確認した。

4数値解析を用いた発生機構の考察

 フィードバック機構 一般に自励振動現象には、何らかのフィードバック機構が存在している。本現象は、液面と流れ場との相互作用によって発生していることは明白である。そこで、スロッシング運動と流れ場の変動との相互作用を簡略化したフィードバック機構を提案し、流れ場の変動がスロッシング運動に供給するエネルギーの考察を行った。以下に、数値解析結果を用いた供給振動エネルギーの算出法についての説明を行なう。

 スロッシング・ポテンシャルの決定 自励スロッシング運動がポテンシャル解で表現できると仮定し、数値解析結果で得られた液面形状を基に、スロッシング運動の速度ポテンシャルsを決定した。

 流体力の算出 非定常流れ場を、運動量の法則によって決定される変動流体力として代表させた。即ち、ナビエ・ストークス方程式における各項に対応した流体力Fnを、数値解析によって得られる流速・圧力分布を用いて各項別々に算出した。

 供給振動エネルギーの算出 各流体力が、スロッシング運動に与える影響を考察する。各流体力とスロッシング運動の流速grads(x,y,t)との内積を取ることにより、固定検査面内の流体がある時刻にスロッシング運動に供給する振動エネルギーEn(x,y,t)を求める。

 

 ある時刻における振動エネルギーEn(x,y,t)をスロッシング運動1周期で時間積分することにより、スロッシング運動1周期間に流れが供給する振動エネルギー分布を求める。更に、この供給振動エネルギー分布を容器内全域で空間積分することにより、スロッシング運動1周期間に流れが供給する振動エネルギーEnを求める。

 ,

 4.2考察結果 液位を固定し流入流速U0を変化させた各条件において、供給振動エネルギーEnと振動成長率Gを算出し、図3に示した。

 供給振動エネルギー 非定常項と対流項に対する供給振動エネルギーEunst,Econが正の場合に自励スロッシングが発生し、負の場合にスロッシング運動が減衰している。この結果はGに良く対応しており、供給振動エネルギーによって、自励スロッシングの発生を評価することができた。この結果から、本フィードバック機構の妥当性が示された。また、その他の項に対する供給振動エネルギーは、発振に相関が無いことも明らかになった。

 供給振動エネルギー分布 供給振動エネルギー分布を考察することによって、発生機構に密接な関係をもつ領域を特定することや、発生機構ついて定性的考察を行うことができる。そこで、発振に密接な関係をもつ移流項に対する供給振動エネルギーEconの分布について、考察を行った。2領域に渡る発振条件下におけるエネルギー分布を図4、5に示した。供給振動エネルギー値の大きな領域が噴流に沿って存在し、供給振動エネルギーの塊が正負交互に並んでいる。この噴流に沿って現れる供給振動エネルギーのパターンによって、発振が予測できることが明らかになった。即ち、本現象の発生は液面振動に応じた噴流変動の位相状態によって決定されていることが解明された。この結果から、循環流や自由液面流れは発生機構に関与していないと考えられた。

5考察

 支配パラメータ 数値解析を用いた振動発生機構の考察結果を基に、本現象の支配パラメータの導出を行った。流体の振動現象を取り扱う場合には、一般にストローハル数を用いる。本現象では、代表長さを流入流出口間距離、代表周波数をスロッシング周波数fs、代表流速を空間的な減衰を考慮した乱流噴流の擾乱伝搬速度として、支配パラメータStsを導出した。Stsは噴流変動の空間的な位相状態を表している。

 

 上式で表されるStsを実験結果に適用した。図6に示すように、Stsによって発振がよく整理され、Stsが本現象の支配パラメータであることが示された。また、Stsを用いて自励スロッシングの発生条件式が求められた。下式におけるmは整数であり、噴流変動のモードを表すと考えられる。

 

 スロッシングモードと噴流変動 レイノルズ数ReとStsとの関係より、スロッシングモード変化と噴流変動のモード変化との関係を考察することができる。この考察結果より、自励スロッシングは、同一スロッシングモードにおいて噴流変動のモード変化が発生する場合、同一噴流変動のモードにおいてスロッシングモードが変化する場合、噴流変動のモード及びスロッシングモードが共に変化する場合、の3種類が確認された。この結果から、自励スロッシングが発振している状態を把握することができた。また、流入流速に関して複数領域に渡る発振条件が存在することも解明された。

 発生機構 数値解析を用いた発生機構の考察と、支配パラメータStsを用いた考察結果から、スロッシング運動と噴流変動とのフィードバック相互作用を基にした、新たな発生機構を提案した(図7)。以下に、本発生機構を説明する。噴流はスロッシング運動に同期した圧力変動によって、流入流速U0及び容器形状L,bに依存したモードで変動する。噴流変動のモードが5式を満たす時、スロッシング運動に正のフィードバックエネルギーが供給され発振する。自励スロッシングの発生が本発生機構を用いて説明された。

6結論

 水平平面噴流による自励スロッシングを対象とし、実験・数値解析の両面から発生機構の解明を行った。実験では、流入流速及び容器形状に対する依存性について検討を行った。その結果、流入流速に関して2領域に渡って発振することを発見し、両発振条件下では噴流変動のモードが異なることを計測した。数値解析では、実験結果との比較検証を詳細に行ない、数値解析で得られるデータを基に、振動発生機構の検討法を提案した。本検討法では、スロッシング運動と変動流れ場との相互作用を簡略化したフィードバック機構を提案し、変動流れ場がスロッシング運動に供給するエネルギーに注目した。その結果、供給振動エネルギーによる発振の評価が可能であり、本フィードバック機構の妥当性が示された。また、供給振動エネルギー分布から、本現象の発生は噴流変動の位相状態によって決定されており、循環流や自由液面流れは発生機構に関与していないことを定性的に解明した。数値解析を用いた振動発生機構の考察結果を基に、本現象の支配パラメータStsの導出を行った。Stsを用いた発振条件式が求められた。また、噴流変動のモードとスロッシングモードによって、代表される発振状態を把握することができた。これらの結果から、スロッシング運動と噴流変動とのフィードバック相互作用を基にした、新たな発生機構を提案した。

Fig.1 Schematic View of Test TankFig.2 Excitation Map(Tank A)Fig.3 The Relation between En and GFig.4 Oscillation Energy DistributionFig.5 Oscillation Energy DistributionFig.6 Modified Strouhal Number StsFig.7 Growth Mechanism
審査要旨

 高速増殖炉の開発では経済性向上が課題となっているが、そのためには炉容器をはじめとする機器の小型化が必要となる。しかし小型化により冷却材速度が上がると自由液面が不安定になり、液面の振動などの問題が発生する恐れがある。本論文は、この高速炉開発過程で見つかった特異現象すなわち容器内水平噴流と液面の相互作用による自励スロッシングについて、その発生機構を調べたものである。

 第1章は序論であり、研究の背景や動機、既往研究についてまとめ、本論文の位置づけと研究の目的について述べている。

 第2章は実験についてまとめている。作動流体は水、試験容器は側面に流入口、底面に流出口を持つ奥行き方向に一様形状の矩形容器である。流入流速と水位および容器幅、流入流出口の位置と大きさをいろいろに変え、振動発生の有無を調べた結果、まず振動発生は流入流速依存性が強いことを見出している。振動発生流速は容器形状に依存し、2つの領域に分かれることもある。流入流速を変化させて振動成長率を調べ、高流速では必ず大きな負の値をとるがそれより低い流速では振動していること、これが正になることと自励振動の発生は対応していることを確認し、高流速側の発生域を第1ステージ、低流速側を第2ステージと名づけでいる。なお、振動モードは容器内の基本モードの場合が多いが、2次モードが成長することもある。実験としてはさらにPIV法を用いて振動する速度場の計測を行っており、流入口から流出口へ向かう噴流に沿ってできる渦の数が第2ステージでは第1ステージの2倍となることを確認している。

 第3章は数値シミュレーション結果を述べている。高さ関数・適合座標系有限差分法コードで、高い粘性係数を用い流れを層流として解くことにより、自励スロッシングの模擬に成功している。数値解析結果では振動発生領域は若干高流速側にずれるものの、2領域で発生することがあるなど定性的にはよい一致が得られることを確認し、数値解析と実験とが基本的に同一であること、すなわち数値解析で生じた振動の発生原因を調べれば実際の振動の発生原因も明らかにできることを述べている。

 第4章では振動成長機構の分析を行っている。流れをスロッシング運動と噴流を含む容器内の定常流れに分離し、両者の相互作用について調べている。スロッシング運動としてはポテンシャル流れを用い、スロッシングの影響をわずかに受けた定常流れとして数値解析結果を用いる。そして後者が前者にどのような力を及ぼすかを調べている。振動発生領域では相互作用で生じる力が振動を成長させるように作用すること、非発生領域では逆に減衰作用を持つことをまず確認している。数値解析結果を用いていることから、作用する力をナビエ・ストークス方程式の各項に分解して調べることが可能で、移流項が現象を支配していることを突き止めている。移流項により振動へのエネルギー供給が負となるところと正となるところが流入口から流出口にかけて交互に並ぶが、正の流域の数が負領域の数を下回らないことが振動発生のため必要であることを見出している。

 第5章は考察で、前章までの結果を基にまず振動発生の支配パラメータを導出している。これは修正ストローハル数と呼ぶもので、流入口・流出口間に並ぶ渦対の数ないし振動への供給エネルギーの負領域と正領域の対の数を代表するものである。実験で生じた全ての自励スロッシングは、これがほぼ1ないし2という整数であることという条件を満たしていることを確認している。次いで、第1・第2ステージと振動モードとの組み合わせで発生領域が多様になることの考察も行っている。最後に発生機構について、エッジトーンと呼ばれる現象と比較しつつ考察を行っている。

 第6章は結論で、本研究の成果をまとめている。

 以上のように本論文は、水平噴流と液面の相互作用による自励スロッシングについてその発生機構を調べたものであり、実験による現象の特徴の整理、数値解析を用いたシミュレーションの実施、発生機構を説明するモデルの提唱と検証等を行っており、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる

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