学位論文要旨



No 114280
著者(漢字) 七丈,直弘
著者(英字)
著者(カナ) シチジョウ,ナオヒロ
標題(和) モジュール型シミュレーション手法による仮想実験環境での材料の複雑挙動の導出
標題(洋) Modular Simulation Technique for Virtual Experiment of Complex Phenomena in Materials
報告番号 114280
報告番号 甲14280
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4406号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 河口,洋一郎
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 講師 芦野,俊宏
内容要旨

 今日の工学において、材料の挙動に関する研究・開発は日に日にその重要性を高めつつある。近年における計算能力の向上と、それと同時に発生したシミュレーション手法の開拓によって、計算機による材料挙動予測は工学における材料開発において確固たる地位を占めるにいたっている。それに伴い、さらなる物理現象の機構解明のためのモデル化、ファクト・データの収集および編纂、などに関するさまざまなプロジェクトが行われてきた。

 材料の挙動はさまざまな時間・空間スケールにおいて進行する挙動を総合的に利用・判断する必要があるため、材料設計に関わる個々の要素技術は、その各々が独立したものではなく、互いに複雑な依存関係を持っているということがいえる。各々のシステムは現象全体のうちのごく一部分をカバーするに過ぎず、暗黙の依存関係が存在する上でシステムは構築されていかなければならないが、従来のシミュレーション開発の観点では、複雑な依存関係に対する解決はなされておらず、それによって問題の適用範囲に大きな制約が常に付きまとった。

 既存のシステム開発手法の問題点としては、以下のものがあげられる。第一に、個々のシステムは相互運用性が非常に低いものとなっている。第二に、相互運用性を確保するためには莫大なコストがかかるものとなっている。そして、第三に、シミュレーション環境が対応できる対象を広げるために、システムの規模が巨大なものとなり、メンテナンス性、システムの健全性を維持するのが困難である。以上、三点である。

 これらの問題は、統語論上の問題と、意味論上の問題に分けて考えることが可能である。すなわち、データの相互流用性を確保するには、何らかの共通の規範に整った形で構造が記述される必要があるということ。そして、表現されたデータは数値によって表現された何かである以上に意味が付与された存在であり、それは表現物をそれが用いられるコンテクストによってより利用しやすい形に変換されていくものであるべきものである。そのような形で発生するデータの変換・反応形式もメタ・データの形式で相互運用可能な形で表現される必要があるだろう。シミュレーションはその形をもっとも原子的な単位にまで分解することで、再利用性が高い、一種の部品として使用されるようになると考えられる。

 本研究では、以上のような状況・考察を踏まえ、モジュールによって構成されたシミュレーション環境の提案・構築を行い、その評価を行った。シミュレーションモジュールとしては、弾性力学モジュールと転位動力学モジュールが含まれている。これらを統合的に用いたシミュレーションを一例として実施し、より実践的な仮想実験環境を構築するための基盤技術として位置づけた。

審査要旨

 材料設計に関連する分野において数多くのシミュレーションが行われ、データベースが構築されている。これらの情報資源はネットワーク上に広く分散し、本来同一の材料の様々なレベル・側面を扱うものであってもこれらの協調動作が現状では困難である。それら情報資源の複雑な関係性を記述し、協調動作を実現することによって実際の実験に対比することのできる仮想実験環境を実現することにより、計算機による材料設計支援には新しい局面が開かれるものと考えられる。本論文は、科学的推論作業におけるモデルについての記号的な記述を行い、これを展開することによってネットワーク上の情報資源に対する一般的な記述を与え、材料設計分野における仮想実験環境のプロトタイプシステムを構築したものである。本論文は6章から成る。

 第1章は序論であり、ニッケル基耐熱超合金の設計の歴史的経緯をサーベイし、材料設計分野における実験事実の集積とモデリングとの繰り返し、これらの相互作用によって材料の特性に関する理解が深まって行く過程を明らかにした。さらにこの結果に基づいて材料設計過程における情報資源の共有の重要性と科学的な情報を処理する上での共通の枠組みを構成することの必要性について述べた。

 第2章が本論文の中心を成す部分であり、科学的モデリングの過程における情報操作と概念形成過程を記号的に記述する手法を述べている。これは概念空間と写像空間によって構成される。科学的推論の過程が概念空間と写像空間の要素となる表現構造の集合と、それらの間の写像によって構成される集合の間の階層的構造の逐次的な構築によって表現されることが弾性論を例にとって示されている。

 加えて、この記号的な記述に対してはWWWコンソーシアムの標準として提案されているXML(eXtensible Markup Language)およびRDF(Resource Description Framework)に基づいた計算機上での表現が可能であることを述べ、これを用いて要素間の相互作用を記述する具体的な手法を与えた。つぎに、情報資源の相互運用性に関してのデータベースシステムとシミュレーションシステムについてそれぞれの問題点を述べ、概念レベルにおける記述を用いることでこれらの問題点が部分的に解消可能であることを示した。

 第3章では第2章で述べた枠組みを計算機上に実装する上で必要となる要素の一つであるシミュレーションモジュールの開発について述べている。開発したモジュールは標準的な有限要素法をベースとした弾性計算を行うものと転位動力学を用いて二次元空間での刃状転位の挙動を記述するものである。

 第4章では、第一に複数のデータベースの相互利用を対象として、相互に異なる論理スキーマ、アクセス手法を持ったデータベースに対してクエリ言語XML-QLを用いて検索を行うことで、XMLの汎用性を例示した。次に、第3章において実装したモジュールを用い、これらを互いにXML/RDFを用いた記号表現を用いて相互接続することで、介在物を持った弾性体に与えられた外部応力による転位の運動への影響を計算し、複数の情報資源を協調的に用いることによる仮想実験の例を示している。

 第5章は議論であり、本研究において与えた枠組みについて確認し、XML/RDFを用いた記号表現がネットワーク上での分散協調処理の枠組みとして有効であり、複雑な科学的問題の解決のための枠組みとして他のアプローチと比較して優位であることが示されている。また、実装面の問題等に関しては他領域の研究成果を利用することが必要となることが述べられており、その意味でも本研究で示したような標準に準拠した形での研究基盤が重要となることを述べている。

 第6章は要約として、情報資源の記号論的な記述により異種の情報資源の統合的な利用が可能となったと結論づけている。

 以上要約すると、ネットワーク上に分散した情報資源に対し、標準に準拠した統一記法を与え、これを記号的に操作する枠組みを定義することで情報資源を統合する枠組みを与えており、システム量子工学および人工物工学の分野に対して寄与するものと認められる。

 よって、本論文を博士(工学)の学位申請論文として合格と認める。

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