D-T核融合炉において、トリチウム燃料サイクルの確立は極めて重要な課題であり、リチウムセラミックスブランケット増殖材内で生成したトリチウムがスイープガス中に放出されるに至る各移行過程に関する研究に努力が注がれてきている。しかしながら、表面へのスイープガスの影響を直接調べる研究としては、ごく数例が報告されているだけで、その試みは十分になされてきたとは言えないのが現状である。さらに、ブランケット材料の重要な特性の一つとして、蒸発挙動に関する研究も行われているが、それらは真空中での蒸気圧測定にとどまっているものがほとんどであり、スイープガスの影響を考慮したものはほとんどなかった。以上の諸点より、本研究は「高温・雰囲気制御下」におけるセラミックス増殖材の物性測定が重要と考え、世界的に見ても比類のない2つの測定システムを開発し、新しい測定手法を提示することに成功しており、全体は本論4章ならびに付録2章より構成されている。 第1章では、上記のような、研究の背景と現状を述べた上で本研究の目的を明らかにしている。 第2章は、雰囲気制御型高温質量分析計による蒸気圧測定について述べている。これは、従来用いられているKnudsen Effusion質量分析計を、雰囲気ガス添加条件下での蒸気圧測定が行えるように改良したもので、1200〜1800Kの温度範囲で微小圧一定流量のD2またはD2Oを導入することに成功した。蒸気圧測定は、Li4SiO4、LiAlO2、Li2TiO3、Li2ZrO3に対し、D2またはD2Oを導入した場合とガスを導入しない場合の結果を比較した。いずれの材料においても、D2やD2Oの導入により、それぞれ、Li(g)ならびにLiOD(g)の蒸発の促進が認められた。 また、これらの実験結果をもとにして、Li損失と温度の関係を評価した。ここでは、上流側から一定分圧の水素を導入した場合の系内のLiを含む蒸気種の合計分圧を、各測定から得られた平衡定数を用いて算出した。計算の結果、Li損失の観点からは、LiAlO2がもっとも有利であり、他の3種についてはほぼ同程度であることを示すことができた。一方で、Li4SiO4とLi2ZrO3については、D2導入による酸素ポテンシャルの変化が蒸発反応の平衡定数に変化をもたらすことを観測した。その結果を踏まえて上記の計算を行うと、低酸素ポテンシャルではLi損失が低く抑えられることがわかり、その傾向は特にLi4SiO4で顕著に見られた。この原因として、表面近傍層の非化学量論性(酸素不足層)を提唱した。 第3章では、高温ケルビン計の開発と、それを用いた仕事関数測定について述べられている。本研究における仕事関数の測定は、振動容量法(ケルビン法)に基づき、試料と参照電極の間の接触電位差(CPD)を測定することによって行われた。従来、この手法は、低温で、また真空中や一定の雰囲気下で専ら用いられていたが、本研究では、高温・雰囲気制御下でも活用できるよう開発を行い、室温から1000Kまでの温度範囲で、水素、酸素または水蒸気を導入して仕事関数測定を行うことが可能となった。 ブランケット候補材料の仕事関数測定に先立ち、バルクでの酸素空孔の振舞いに関するデータが比較的豊富であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を用いてPtとの間のCPD測定を行った。973Kにおける測定結果は理論的予測と良く一致し、この結果は、単に本研究で開発された高温ケルビン計の妥当性と有用性を証明するだけでなく、YSZ表面近傍層の欠陥生成挙動に関するデータを提供する結果としても位置付けられる。 続いて、Li4SiO4、Li2TiO3、Li2ZrO3、について、水素の導入による仕事関数変化をそれぞれ973K、933K、943Kで測定した。Li4SiO4仕事関数には、水素導入により2段階の変化が見られた。Li2TiO3の仕事関数変化は1段階であり、Li4SiO4における第2段階目の変化に類似していた。また、Li2ZrO3仕事関数変化は不連続な1段階のものであることを見出すなど、材料により特有の振舞いを呈することを見出した。これらの実験事実を綜合することにより、1段階目の変化は酸素空孔によるドナー準位形成が原因であると考え、2段階目の変化はH2やH2Oの吸着量の変化によるものであると結論した。さらに、酸素分圧の急変化に対する仕事関数の挙動を調べたところ、Li4SiO4とLi2ZrO3については、それらの仕事関数が酸素分圧変化に追随して変化する一方で、Li2TiO3については、酸素分圧が急激に上昇しても仕事関数変化は見られなかった。これらのことより、Li4SiO4とLi2ZrO3では表面近傍層に酸素空孔が生成している一方で、Li2TiO3では生成していないか、またはドナー準位を形成する濃度に達していないと考えた。これらの結果が、第2章での雰囲気制御型高温質量分析計から導出した考察と一致することを示した。 以上で述べられたことから、本研究の結論が第4章で導かれる。 以上を要約すれば、本研究では、従来限定的にしか活用されなかった高温蒸発質量分析法ならびに仕事関数測定法を飛躍的に発展させ、高温、気相雰囲気制御下での各種測定を実現させることに成功した。得られた結果は、熱化学ならびに欠陥化学の未開拓の学問分野に多くの足跡を残すものとなった。特に高温質量分析計から得られた結果は、EUにおけるブランケット材料選定作業の中で活用されているなど、実用的な面でも大きく貢献している。また、高温ケルビン計による成果は、広く表面物理化学に新しい研究領域を開くことを約束する業績と言える。このように、本研究は、システム量子工学の中でも核融合炉工学、さらには、熱化学、固体表面化学の発展に寄与するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |