学位論文要旨



No 114281
著者(漢字) 鈴木,敦士
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,アツシ
標題(和) 蒸気圧測定及び仕事関数測定による酸化物セラミック増殖材の固体-気体相互作用に関する研究
標題(洋) Study on solid-gas interactions of oxide ceramic breeders by means of vapor pressure and work function measurements
報告番号 114281
報告番号 甲14281
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4407号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 山口,憲司
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
内容要旨

 現在開発が行なわれているD-T核融合炉において、トリチウム燃料サイクルの確立は極めて重要な課題であり、リチウムセラミックスブランケット内で生成したトリチウムがスイープガス中に放出されるに至る各移行過程に関する研究に努力が注がれてきている。しかしながら、その研究手法は主に反応生成物同定によるものであった。表面へのスイープガスの影響を直接調べる研究としては赤外吸収測定によるものなどが報告されているが、一般に表面分析手法には真空が必要になる等の実験的制約が多く、その試みは十分になされてきたとは言えないのが現状である。一方、Li損失の観点からブランケット材料の蒸発挙動に関する研究も行なわれているが、それらは真空中での蒸気圧測定にとどまっているものがほとんどであり、スイープガスの影響を考慮したものはほとんどない。そこで、本研究では「高温・雰囲気制御下」における増殖材の物性測定が重要と考え、以下の二つのシステムを開発した。第一に、高温質量分析計を雰囲気制御型に改良し、スイープガスの存在を模擬した条件下におけるブランケット候補材料の蒸発挙動測定を可能にした。その測定結果から、スイープガス存在下でのLi含有蒸気種分圧を算出し、Li損失の観点からブランケット使用温度範囲を評価した。第二に、振動容量法による高温での仕事関数測定装置(高温ケルビン計)を開発し、雰囲気ガスが増殖材表面に及ぼす効果を仕事関数測定により検出する手法を確立した。特に、蒸発挙動に影響を与えたと考えられる表面近傍での非化学量論性の有無を検出することに成功した。

 第1章では、上記のような、研究の背景と現状を述べた上で本研究の目的を明らかにしている。

 第2章は、雰囲気制御型高温質量分析計による蒸気圧測定について記述している。本研究では、従来から用いられているKnudsen Effusion質量分析計を、雰囲気ガス添加条件下での蒸気圧測定が行なえるように改良した。すなわち、Knudsen Cellへガス導入管を取り付けたことにより、導入ガス添加条件下での平衡蒸気圧測定を可能にした。測定は、Li4SiO4、LiAlO2、Li2TiO3、Li2ZrO3について、D2またはD2O導入の条件下で行なわれた。測定温度範囲は、それぞれ、1223-1423K、1573-1773K、1373-1673K、1473-1673Kとした。ガス導入下での測定結果との比較のため、導入ガスなしでの測定も行なっている。D2やD2Oの導入により、Li蒸発の促進とLiODの生成がそれぞれ考えられる。測定結果の例として、Li2ZrO3にD2を導入したときの蒸気種分圧を図1に示す。ガスを導入しない場合の蒸気圧(図1点線)と比較して、Li蒸発が促進されていることが確認できる。他の材料についても、同様のガス導入効果が確認された。これらの実験結果をもとにして、Li損失と温度の関係を評価した。核融合炉設計では、Liを含む蒸気種の合計分圧()を0.01Pa以下に抑えることが望ましいとされている。ここでは、上流側から100Paの水素を導入した場合の系内のLiを含む蒸気種の合計分圧を、各測定から得られた平衡定数を用いて算出した。各候補材料についての温度依存性を図2に示す。この結果によると、例えばブランケットの運転温度を1000Kとした場合、はLi4SiO4、LiAlO2、Li2TiO3、Li2ZrO3についてそれぞれ0.0015Pa、0.0001Pa、0.001Pa、0.002Paとなり、Li損失の観点からは、LiAlO2がもっとも有利であり、他の三種についてはほぼ同程度であることがわかる。ところが、これらの材料のうちLi4SiO4とLi2ZrO3については、D2導入による酸素ポテンシャルの変化が蒸発反応の平衡定数に変化をもたらした。その結果を踏まえて上記の計算を行うと、低酸素ポテンシャルではLi損失が低く抑えられることがわかり、その傾向は特にLi4SiO4で顕著に見られた。この原因として、表面近傍層の非化学量論性(酸素不足層)を仮定した。なお、LiAlO2とLi2TiO3では蒸発特性に酸素分圧依存性は見られず、非化学量論性は存在しないか、存在しても検出限度以下であったと考えられる。

図1:水素導入時のLi2ZrO3蒸気圧測定結果図2:の温度依存性

 第3章では、高温ケルビン計の開発と、それを用いた仕事関数測定について述べられている。仕事関数は、真空中の電子のエネルギーレベルと物質中のフェルミレベルとの差として表され、その値は表面近傍層における欠陥生成や気体分子の吸着・脱離に対して敏感に変化する。例えば、金属酸化物において、電気陰性度が比較的大きい酸素原子のサイトが空孔となった場合、電子に対する束縛力が弱まり、バンドギャップ内にドナー準位が形成され、仕事関数は減少すると考えられる。そのときの仕事関数減少の大きさと酸素空孔濃度の関係は、伝導帯の底Ecとドナー準位Edの差(Ec-Ed)、およびバンドギャップEgと温度Tの関係によって、低温領域(Ec-Ed≫kT)、中間領域(Ec-Ed<kT<Eg)、高温領域(Eg≪kT)の三種類に分類できる。ここで、kはボルツマン定数である。フェルミレベルは、低温領域と高温領域ではそれぞれ(Ec+Ed)/2、Ec-1/2Egと近似され、ドナー濃度に対する依存性は小さい。中間領域では、ドナー準位の電子は伝導帯に移るのに十分なエネルギーを持つ。このとき、伝導帯中の占有率がフェルミ・ディラックの分布関数で表されると仮定すると、フェルミレベルの変化量(すなわち仕事関数変化)は欠陥濃度の対数に依存して変化する。酸素空孔濃度[Vo]が酸素分圧Po2の羃乗に比例して変化する([Vo]∝:nは整数)とすると、Po2と仕事関数の間に以下の関係が成り立つ。

 

 振動容量法(ケルビン法)とは、接触電位差(CPD)測定手法の一つであり、従来は真空中や、一定の雰囲気下で用いられていた。CPDは、試料と参照電極の仕事関数の差として表される。本研究では、この手法を、高温・雰囲気制御下で用いるべく開発を行った。具体的には、昇温時に電気炉等から測定信号に入り込むノイズの低減と、雰囲気の変化による参照電極(本研究ではPt)の仕事関数変化の評価が行われ、室温から700℃の温度範囲で、水素または酸素を導入して仕事関数測定を行うことが可能となった。ブランケット候補材料の仕事関数測定に先立ち、バルクでの酸素空孔の振舞に関するデータが比較的豊富であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を用いてPtとの間のCPD測定を行なった。973Kにおける測定結果を、上記分類の「中間領域」を仮定して解析した結果、(1)式のnの値は4.1±0.4となり、イットリアのドープによる酸素空孔濃度の固定を仮定して得られる値(n=4)とよく一致した。(1)式の予測値が実際の測定から得られた例は今までにない。この結果は、本研究で開発された高温ケルビン計の妥当性と有用性を証明するだけでなく、YSZ表面近傍層の欠陥生成挙動に関するデータを提供する結果としても位置付けられる。続いて、ブランケット材料について実験が行われた。Li4SiO4、Li2TiO3、Li2ZrO3、について、水素の導入による仕事関数変化をそれぞれ973K、933K、943Kで測定した。Li4SiO4仕事関数には、水素導入により二段階の変化が見られた。酸素分圧をゆっくりと変化させて一段階目の変化を詳細に観察したところ、Po2=約10-2PaのときCPDが不連続に変化した。このことから、一段階目の変化は酸素空孔によるドナー準位形成が原因であると考えられた。また、その変化の大きさが酸素分圧変化量に依存しなかったことから、973Kは低温領域であったと考えた。二段回目の変化はH2やH2Oの吸着量の変化によるものであるとしている。Li2TiO3の仕事関数変化は一段階であり、Li4SiO4における第二段階目の変化に類似していた。酸素や水蒸気分圧を急変化させて仕事関数の応答を観察したところ有意な変化が見られなかったことから、水素の吸着が仕事関数変化の主な原因であると考えた。また、Li2ZrO3仕事関数変化は不連続な一段階のものであり、これは酸素空孔生成によるもの(Li4SiO4一段階目と類似)と考えられる。酸素空孔が生成しているとすれば、その濃度は酸素分圧に依存する。つまり、酸素空孔生成による仕事関数変化成分は酸素分圧の急変化に伴って変化するはずである。

 図3(a)〜(c)に、酸素分圧の急変化に対する仕事関数の挙動をLi4SiO4、Li2TiO3、Li2ZrO3についてそれぞれ示す。Li4SiO4とLi2ZrO3については、それらの仕事関数が酸素分圧変化に追随して変化していることがわかる。一方、Li2TiO3については、酸素分圧が急激に上昇しても仕事関数変化は見られなかった。これらのことより、Li4SiO4とLi2ZrO3では表面近傍層に酸素空孔が生成している一方で、Li2TiO3では生成していないか、またはドナー準位を形成する濃度に達していないと言える。これらの結果は、上述した雰囲気制御型高温質量分析計からの結果に関する考察と一致する。

図3:酸素分圧の急変化に対する仕事関数変化

 以上で述べられたことから、本研究の結論が第4章で導かれる。高温質量分析計から得られた結果は、EUにおけるブランケット材料選定作業のなかで用いられている。高温ケルビン計による測定結果には、本研究では考察の対象としなかった微小な仕事関数変化も含まれていた。量子化学計算等と結びつけてこれらの変化をもたらす素過程の同定を行うことにより、本手法の有用性はさらに増すことであろう。

審査要旨

 D-T核融合炉において、トリチウム燃料サイクルの確立は極めて重要な課題であり、リチウムセラミックスブランケット増殖材内で生成したトリチウムがスイープガス中に放出されるに至る各移行過程に関する研究に努力が注がれてきている。しかしながら、表面へのスイープガスの影響を直接調べる研究としては、ごく数例が報告されているだけで、その試みは十分になされてきたとは言えないのが現状である。さらに、ブランケット材料の重要な特性の一つとして、蒸発挙動に関する研究も行われているが、それらは真空中での蒸気圧測定にとどまっているものがほとんどであり、スイープガスの影響を考慮したものはほとんどなかった。以上の諸点より、本研究は「高温・雰囲気制御下」におけるセラミックス増殖材の物性測定が重要と考え、世界的に見ても比類のない2つの測定システムを開発し、新しい測定手法を提示することに成功しており、全体は本論4章ならびに付録2章より構成されている。

 第1章では、上記のような、研究の背景と現状を述べた上で本研究の目的を明らかにしている。

 第2章は、雰囲気制御型高温質量分析計による蒸気圧測定について述べている。これは、従来用いられているKnudsen Effusion質量分析計を、雰囲気ガス添加条件下での蒸気圧測定が行えるように改良したもので、1200〜1800Kの温度範囲で微小圧一定流量のD2またはD2Oを導入することに成功した。蒸気圧測定は、Li4SiO4、LiAlO2、Li2TiO3、Li2ZrO3に対し、D2またはD2Oを導入した場合とガスを導入しない場合の結果を比較した。いずれの材料においても、D2やD2Oの導入により、それぞれ、Li(g)ならびにLiOD(g)の蒸発の促進が認められた。

 また、これらの実験結果をもとにして、Li損失と温度の関係を評価した。ここでは、上流側から一定分圧の水素を導入した場合の系内のLiを含む蒸気種の合計分圧を、各測定から得られた平衡定数を用いて算出した。計算の結果、Li損失の観点からは、LiAlO2がもっとも有利であり、他の3種についてはほぼ同程度であることを示すことができた。一方で、Li4SiO4とLi2ZrO3については、D2導入による酸素ポテンシャルの変化が蒸発反応の平衡定数に変化をもたらすことを観測した。その結果を踏まえて上記の計算を行うと、低酸素ポテンシャルではLi損失が低く抑えられることがわかり、その傾向は特にLi4SiO4で顕著に見られた。この原因として、表面近傍層の非化学量論性(酸素不足層)を提唱した。

 第3章では、高温ケルビン計の開発と、それを用いた仕事関数測定について述べられている。本研究における仕事関数の測定は、振動容量法(ケルビン法)に基づき、試料と参照電極の間の接触電位差(CPD)を測定することによって行われた。従来、この手法は、低温で、また真空中や一定の雰囲気下で専ら用いられていたが、本研究では、高温・雰囲気制御下でも活用できるよう開発を行い、室温から1000Kまでの温度範囲で、水素、酸素または水蒸気を導入して仕事関数測定を行うことが可能となった。

 ブランケット候補材料の仕事関数測定に先立ち、バルクでの酸素空孔の振舞いに関するデータが比較的豊富であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を用いてPtとの間のCPD測定を行った。973Kにおける測定結果は理論的予測と良く一致し、この結果は、単に本研究で開発された高温ケルビン計の妥当性と有用性を証明するだけでなく、YSZ表面近傍層の欠陥生成挙動に関するデータを提供する結果としても位置付けられる。

 続いて、Li4SiO4、Li2TiO3、Li2ZrO3、について、水素の導入による仕事関数変化をそれぞれ973K、933K、943Kで測定した。Li4SiO4仕事関数には、水素導入により2段階の変化が見られた。Li2TiO3の仕事関数変化は1段階であり、Li4SiO4における第2段階目の変化に類似していた。また、Li2ZrO3仕事関数変化は不連続な1段階のものであることを見出すなど、材料により特有の振舞いを呈することを見出した。これらの実験事実を綜合することにより、1段階目の変化は酸素空孔によるドナー準位形成が原因であると考え、2段階目の変化はH2やH2Oの吸着量の変化によるものであると結論した。さらに、酸素分圧の急変化に対する仕事関数の挙動を調べたところ、Li4SiO4とLi2ZrO3については、それらの仕事関数が酸素分圧変化に追随して変化する一方で、Li2TiO3については、酸素分圧が急激に上昇しても仕事関数変化は見られなかった。これらのことより、Li4SiO4とLi2ZrO3では表面近傍層に酸素空孔が生成している一方で、Li2TiO3では生成していないか、またはドナー準位を形成する濃度に達していないと考えた。これらの結果が、第2章での雰囲気制御型高温質量分析計から導出した考察と一致することを示した。

 以上で述べられたことから、本研究の結論が第4章で導かれる。

 以上を要約すれば、本研究では、従来限定的にしか活用されなかった高温蒸発質量分析法ならびに仕事関数測定法を飛躍的に発展させ、高温、気相雰囲気制御下での各種測定を実現させることに成功した。得られた結果は、熱化学ならびに欠陥化学の未開拓の学問分野に多くの足跡を残すものとなった。特に高温質量分析計から得られた結果は、EUにおけるブランケット材料選定作業の中で活用されているなど、実用的な面でも大きく貢献している。また、高温ケルビン計による成果は、広く表面物理化学に新しい研究領域を開くことを約束する業績と言える。このように、本研究は、システム量子工学の中でも核融合炉工学、さらには、熱化学、固体表面化学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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