核融合炉の炉心プラズマや宇宙・天体プラズマにおける乱流現象は、一般流体の乱流よりもさらに複雑であり、未だ十分な理論体系が確立していない困難な研究対象である。しかし、乱流現象に関する理解は、プラズマの巨視的な振る舞いや粒子・エネルギー輸送を解明する上で鍵となる重要なステップであることから、様々な実験的・理論的手法によって研究が試みられている。本研究は、大電流放電プラズマ実験装置を用い、乱流プラズマに見られる間歇的電流揺動を、プラズマ中を流れる電流のフィラメント構造により説明することを試みたものであり、実験結果と統計的理論モデルとの良い一致を得ている。これまでも、乱流プラズマにおける局所電流測定により、間歇的な揺動が多くの実験装置で観測されているが、未だこの揺動を詳細に調べ、原因を解明した研究はなかった。実験では、局所電流は100%以上の揺動レベルを示しており、既存の電流拡散やMHD理論の枠組みでは説明できない。本研究は、プラズマ電流が多数のフィラメント電流に分割されるという現象論的な仮定に基づき、フィラメント群の統計的性質を少数の変数で記述し、実験的な観測を良く説明できることを示している。論文は五つの章から構成されている。 第1章は序論であり、研究の背景と位置付けについて述べている。一般流体の乱流に見られる渦度の間歇的揺動が、渦度のフィラメント構造により説明されることを例として示し、プラズマにおいては、電流の間歇的揺動が電流のフィラメントにより説明され得ることの理論的な背景が説明されている。さらに、電流のフィラメント構造は自然界のプラズマで広く見られる異常抵抗の原因となること、複雑系の物理で重要な散逸構造の一つであることを示し、非線形科学の一般的視点と本研究の関係を明示している。 第2章は実験についての記述に充てられている。粒子計測と電磁計測という、測定原理の異なる二種類の電流プローブにより局所電流を測定し、間歇的揺動を観測している。測定においては、ノイズレベルから十分大きな信号レベルで揺動を観測していることの確認が慎重に行われている。二つのプローブによる電流揺動には、共通の特徴的な周波数スペクトルが見られることが示されている。周波数スペクトルは、臨界周波数を境に低周波数側で白色、高周波数側で1/fスペクトルである。これらの内部電流の直接測定に加え、プラズマ外部に設置したコイルによる磁場揺動の測定も行ない、その周波数スペクトルの高周波部分は1/fより広いスペクトルをもつことを示している。 第3章は電流フィラメント系の理論的解析に充てられている。実験において全電流は揺らぎが小さい平衡量であることに着目し、全電流によって規定されるカノニカル集合を考え、局所電流をフィラメント電流の集団として表す統計モデルを導いている。揺動の強さは抽象的な温度によって表現され、この温度が0の極限は、電流が全領域に一様に分布する場合に相当する。理論により導かれた局所電流及び磁場の時系列、周波数スペクトルは実験的に得られたスペクトルと極めて良い一致を示す。フィラメントのランダムな運動により、低周波数の白色のスペクトルが説明され、またフィラメント中の電流分布が比較的一様であることにより、高周波数の1/fスペクトルが説明されている。平均的な大きさの電流フィラメントが観測点を通過する時間に対応する周波数が、実験で観測された臨界周波数を与える。この結果の重要な意味は、正準分布に従うフィラメントの統計モデルによって、冪乗則に従う周波数スペクトルを得ることができるという指摘である。 第4章では、実験結果及び理論モデルについての発展的な議論が成されている。プラズマの主要なパラメタを変えても、揺動のスペクトルにはほとんど変化が見られない一方、電流及び磁場の揺動を特徴付ける臨界周波数が観測点の位置に依存することを実験により示している。また、異常抵抗について理論と実験を比較し、理論が観測された異常抵抗の一部を説明することを示している。 第5章は本研究の結論である。実験において観測された間歇的な揺動の特徴について述べた後、本研究で提案された電流フィラメントモデルとその統計理論によって、実験で観測された間歇的揺動のスペクトル構造が説明できること、理論モデルの主要パラメタは二つであること、及びそれぞれの物理的意味がまとめられている。 以上を要するに、本論文は乱流プラズマにおける内部電流の間歇的揺動を実験室系で詳細に研究し、そのスペクトル構造を説明する新しい統計モデルを提唱したものである。この結論は、既存の理論では説明不可能であった局所プラズマ電流の間歇的揺動の特徴を明らかにしたものであり、核融合炉心プラズマ、宇宙プラズマなどに広汎に応用できるものである。本研究は、システム量子工学におけるプラズマ理工学の発展に貢献するところが大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |