学位論文要旨



No 114282
著者(漢字) 鈴木,隆博
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タカヒロ
標題(和) 乱流プラズマにおける内部電流の間歇的揺動
標題(洋) Intermittent Fluctuations of Internal Current in a Turbulent Plasma
報告番号 114282
報告番号 甲14282
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4408号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉田,善章
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 羽島,良一
内容要旨

 間歇性は様々な複雑系の物理において重要な問題の一つである。根底にある物理は低次元のカオスや高次元の統計的な動力学である。後者の典型的な例は乱流に見られる。乱流に渦管のフィラメント構造がある場合、流れ場、または流れ場に関連した物理量には間歇的な揺動が見られる。3次元の乱流は渦管を引き延ばし、強い渦度を持った細い渦管を作る。プラズマでは、電磁誘導とそれに対応したLorentz力により流れ場と磁場Bの結合が起こり動力学はさらに複雑になる。引き延ばしの効果は磁束管に対しても起こり、磁場は不規則な分布をする傾向にある。磁場の小スケールへの移行については乱流のカスケード過程と自己組織化に関連して多くの研究がある。間歇性とフィラメント構造は様々な物理量に見られる。太陽大気においては磁場は0〜0.2Tの範囲で変化し、変化の典型的な長さのスケールは100kmの程度である。地球の磁気圏尾においてはイオンの流速や磁場に間歇的な揺動が観測されている。間歇的な揺動は実験室におけるプラズマにも見られる。トカマクの周辺プラズマでは、密度とポテンシャル揺動の確率分布関数が非Gauss分布をしており、周波数、波数スペクトルは冪乗則に従う広いスペクトルを持つ。別のトカマク実験ではフィラメント状の電子温度プロファイルも得られている。間歇的な揺動は乱流プラズマにおける局所電流測定にも見られる。ZT-40M逆転磁場ピンチ(RFP)装置で内部電流が静電エネルギーアナライザー(EEA)を挿入することにより測定された。データは強い揺動を示し、電流密度が非一様に分布していることを示唆している。REPUTE-1 Ultra low q(ULQ)/Very Low q(VLQ)プラズマにおいても同様の揺動が観測されている(図1参照)。このような100%を超える激しい揺動は電磁流体的な緩和や、単なる不安定性では説明ができない。

図1:局所電流密度

 本研究ではプラズマ中の磁場の渦度である電流j=▽×B/0(0は真空中の透磁率)の間歇的な揺動を実験により詳細に調べた。電流フィラメントの統計モデルを提案し、統計分布を導いた。統計モデルにより生成された電流の周波数スペクトルは実験による間歇的な電流密度揺動の特徴的な周波数スペクトルを再現することを示した。このことは内部電流の間歇的な揺動が電流のフィラメント化により生じていることを強く示唆する。

 本研究ではプラズマ内部電流をEEAおよびRogowskiコイルにより測定した。内部電流は主として電子により運ばれるが、EEAは高速電子の運ぶ局所電流を測定する。一方、Rogowskiコイルは全局所電流を測定する。また、EEAは電子のLarmor半径程度(0.33mm)の空間分解能を持つため、電流密度を測定するのに対してRogowskiコイルは半径7mm程度の領域で空間平均した電流密度を測定する。さらに、EEAは内部電流を直接測定するのに対してRogowskiコイルは電流により生ずる磁場により電流を測定する。それぞれの測定器は測定原理、電子のエネルギー、空間スケールなどが異なるが、共に内部電流の間歇的な揺動を観測した。内部電流の周波数スペクトルは特徴的な形をしており、10kHz程度より低周波数側では白色、高周波数側では冪乗則f-2に従うことが解った。内部電流の作る磁場揺動にも内部電流の間歇的揺動を示唆する周波数スペクトルを得た。

 内部電流の間歇的な揺動を説明するために理論モデルを提案した。モデルは内部電流がフィラメント状に流れていると考え、フィラメントは全電流一定の下に電流をやりとりして平衡状態(エントロピー最大)に達しているとするものである。理論によれば電流密度Jmのフィラメント"m"が断面積mを持つ確率はBoltzmann分布

 

 により与えられる。周波数スペクトルを見るためにフィラメントが速度でランダムに運動していると考え、電流密度の時系列を生成した。周波数スペクトルを実験と比較したところ両者は良い一致を示す(図2参照)。本モデルの重要なパラメータは電流密度揺動の強度を表すとフィラメントの移動速度を表すである。無限大の極限が古典的な一様電流分布に対応する。理論によれば、スペクトルの折れ曲がり周波数(fc)はフィラメントが観測点を通過する典型的な時間に対応する周波数である。fcより低周波数の白色のスペクトルはフィラメントのランダムな運動を表し、高周波数の冪乗スペクトルはフィラメント内の電流密度が比較的一様に分布していることを示している。理論モデルは磁場揺動の周波数スペクトルも再現する。

図2:周波数スペクトルの比較(実験と理論)

 電流の流路が細いフィラメント状に縮む場合、Joule損失は電流密度の2乗の積分に比例するために著しく増加する。すなわち、電流フィラメントは様々な乱流プラズマに見られる"異常抵抗"(観測される電気抵抗率が電子のイオンとの衝突により導かれたものより遥かに大きい現象)を引き起こす機構のひとつとなり得る。理論によれば、実効的な抵抗率はフィラメント構造が無い場合と比べて〈J2〉/〈J〉2倍に増大する。〈〉は統計平均を表す。すなわち、電流分布が非一様である場合、実効的な抵抗率は増大する。

審査要旨

 核融合炉の炉心プラズマや宇宙・天体プラズマにおける乱流現象は、一般流体の乱流よりもさらに複雑であり、未だ十分な理論体系が確立していない困難な研究対象である。しかし、乱流現象に関する理解は、プラズマの巨視的な振る舞いや粒子・エネルギー輸送を解明する上で鍵となる重要なステップであることから、様々な実験的・理論的手法によって研究が試みられている。本研究は、大電流放電プラズマ実験装置を用い、乱流プラズマに見られる間歇的電流揺動を、プラズマ中を流れる電流のフィラメント構造により説明することを試みたものであり、実験結果と統計的理論モデルとの良い一致を得ている。これまでも、乱流プラズマにおける局所電流測定により、間歇的な揺動が多くの実験装置で観測されているが、未だこの揺動を詳細に調べ、原因を解明した研究はなかった。実験では、局所電流は100%以上の揺動レベルを示しており、既存の電流拡散やMHD理論の枠組みでは説明できない。本研究は、プラズマ電流が多数のフィラメント電流に分割されるという現象論的な仮定に基づき、フィラメント群の統計的性質を少数の変数で記述し、実験的な観測を良く説明できることを示している。論文は五つの章から構成されている。

 第1章は序論であり、研究の背景と位置付けについて述べている。一般流体の乱流に見られる渦度の間歇的揺動が、渦度のフィラメント構造により説明されることを例として示し、プラズマにおいては、電流の間歇的揺動が電流のフィラメントにより説明され得ることの理論的な背景が説明されている。さらに、電流のフィラメント構造は自然界のプラズマで広く見られる異常抵抗の原因となること、複雑系の物理で重要な散逸構造の一つであることを示し、非線形科学の一般的視点と本研究の関係を明示している。

 第2章は実験についての記述に充てられている。粒子計測と電磁計測という、測定原理の異なる二種類の電流プローブにより局所電流を測定し、間歇的揺動を観測している。測定においては、ノイズレベルから十分大きな信号レベルで揺動を観測していることの確認が慎重に行われている。二つのプローブによる電流揺動には、共通の特徴的な周波数スペクトルが見られることが示されている。周波数スペクトルは、臨界周波数を境に低周波数側で白色、高周波数側で1/fスペクトルである。これらの内部電流の直接測定に加え、プラズマ外部に設置したコイルによる磁場揺動の測定も行ない、その周波数スペクトルの高周波部分は1/fより広いスペクトルをもつことを示している。

 第3章は電流フィラメント系の理論的解析に充てられている。実験において全電流は揺らぎが小さい平衡量であることに着目し、全電流によって規定されるカノニカル集合を考え、局所電流をフィラメント電流の集団として表す統計モデルを導いている。揺動の強さは抽象的な温度によって表現され、この温度が0の極限は、電流が全領域に一様に分布する場合に相当する。理論により導かれた局所電流及び磁場の時系列、周波数スペクトルは実験的に得られたスペクトルと極めて良い一致を示す。フィラメントのランダムな運動により、低周波数の白色のスペクトルが説明され、またフィラメント中の電流分布が比較的一様であることにより、高周波数の1/fスペクトルが説明されている。平均的な大きさの電流フィラメントが観測点を通過する時間に対応する周波数が、実験で観測された臨界周波数を与える。この結果の重要な意味は、正準分布に従うフィラメントの統計モデルによって、冪乗則に従う周波数スペクトルを得ることができるという指摘である。

 第4章では、実験結果及び理論モデルについての発展的な議論が成されている。プラズマの主要なパラメタを変えても、揺動のスペクトルにはほとんど変化が見られない一方、電流及び磁場の揺動を特徴付ける臨界周波数が観測点の位置に依存することを実験により示している。また、異常抵抗について理論と実験を比較し、理論が観測された異常抵抗の一部を説明することを示している。

 第5章は本研究の結論である。実験において観測された間歇的な揺動の特徴について述べた後、本研究で提案された電流フィラメントモデルとその統計理論によって、実験で観測された間歇的揺動のスペクトル構造が説明できること、理論モデルの主要パラメタは二つであること、及びそれぞれの物理的意味がまとめられている。

 以上を要するに、本論文は乱流プラズマにおける内部電流の間歇的揺動を実験室系で詳細に研究し、そのスペクトル構造を説明する新しい統計モデルを提唱したものである。この結論は、既存の理論では説明不可能であった局所プラズマ電流の間歇的揺動の特徴を明らかにしたものであり、核融合炉心プラズマ、宇宙プラズマなどに広汎に応用できるものである。本研究は、システム量子工学におけるプラズマ理工学の発展に貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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