学位論文要旨



No 114289
著者(漢字) 八巻,徹也
著者(英字) Yamaki,Tetsuya
著者(カナ) ヤマキ,テツヤ
標題(和) 界面化学的手法を用いた半導体低次元系の構築と電子物性制御に関する研究
標題(洋) Preparation and Electronic-Property Control of Low-Dimensional Semiconductor Systems Using Methods of Interface Chemistry
報告番号 114289
報告番号 甲14289
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4415号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 長崎,晋也
 東京大学 助教授 浅井,圭介
内容要旨 1.

 物性物理学と化学の境界領域として発展を遂げてきた半導体に対する研究において,人為的な構造・形状を作りだし積極的にその物性をコントロールすることが最近の興味の中心になっている。そのような例の一つである"半導体低次元系"は,いわゆる量子サイズ効果によって三次元的バルク結晶や分子とは異なる特性を示すことから,新機能性材料や物性理論研究の対象として期待されている。ところが,このようなナノスケールの材料では,物質のサイズの減少とともに,物質と接している周囲媒体との相互作用が強くなり,その物性に複雑な影響を受ける。このため,計画設計と物性制御は非常に困難となる。従来の半導体エレクトロニクス分野で用いられてきたリソグラフィーやエッチングなど,バルク固体の微細加工技術とは異なる,構造規制のための新しい方法論が必要である。

 そこで著者は,極限微細構造の形成に対する化学合成法の有用性に着目し,Langmuir-Blodgett(LB)法などの分子ハンドリング技術で形成される分子組織系を利用することによって,低次元性物質の構造と物性を精密に制御することを考えた。この発想をもとに,本研究では"ポリシラン"と"半導体超微粒子"の二つの物質系を対象にした。半導体物理の見方をすれば,前者は一次元量子細線,後者はゼロ次元量子ドットである。これら試料の合成から物性の測定に至るまで一貫して行い,相互にフィードバックをかけることによって,効率的な低次元構造の構築と物性制御を目指した。

2.アンモニウム側鎖を有するポリシランの合成と分子相互作用の制御

 ポリシランの光機能材料としての基礎物性において重要な役割を担うのは,数十個単位のSi連鎖が形成する共役の発達した"Domain-like"の非局在領域である。このような高次構造を決定づける分子相互作用を制御しようという試みは,ポリシランの基礎物性解明や機能材料としての用途の拡がりを期待させる。本研究では,分子相互作用の制御を狙って多種類のアンモニウム側鎖型ポリシランを設計・合成し,その溶液,薄膜の励起緩和過程について分子相互作用の観点から検討を行った。

 Si-フェニル基間のメチレン鎖長yが異なるポリシランを出発物質として,アンモニウム基に結合したアルキル基の鎖長mを変化させ,種々のポリシランPS1-PS5を得た(図1)。LB法を用いて,基板の引き上げ方向にSi主鎖が配向した薄膜も作製した。

図1:合成したアンモニウム側鎖型ポリシラン

 これらの試料のうち,フェニル基置換,すなわちy=0のポリシランPS1-PS3の溶液にブロードな可視域発光が観測された(図2)。この発光帯の起源が,共役系を構成するSi主鎖から同一分子内のアンモニウム基への電子移動によって形成される,特異的なエキサイプレックスであることを明らかにした。エキサイプレックス形成を担う各サイト間の距離を立体配座の解析により計算し,それによって試料間の発光特性の違いを説明した。また,このような分子内相互作用が主鎖上における励起キャリアの挙動に大きな影響を及ぼすことを示した。

図2:(a)PS3,(b)PS4,(c)PS5の発光スペクトル

 一方,薄膜試料の発光特性は,分子が配向したLB膜と無秩序のキャスト膜とで異なるものであった。LB法で分子間相互作用を変化させることによって,エネルギー緩和過程が制御されていることが示唆された。

3.ラザフォード後方散乱分析による半導体超微粒子-LB膜複合体の構造解析

 ナノスケールの半導体超微粒子が有する機能的特性を新規材料に応用するためには,安定で均一粒径の超微粒子を合成し,それを空間的に制御して配置することが必要である。本研究では,アラキン酸カドミウム(C19H39COO)2CdのLB膜を硫化水素(H2S)と反応させることによって,硫化カドミウム(CdS)超微粒子の粒径と空間的配列の制御を試みた。さらに,析出したCdS超微粒子の形態評価を目標に,薄膜の構造解析をラザフォード後方散乱分析(RBS)によって行った。

 H2S処理前後におけるRBSスペクトル(図3)を比較することによって,反応によるCd原子の膜内分布の乱れ,すなわち膜の層状構造の破壊が明らかになった。この結果から,LB膜本来の秩序性から期待された二次元的な板状結晶ではなく,その構造を破壊しながら析出する球状の凝集粒子を,CdS超微粒子の形態として考えることができた。さらに,他の手法を用いたCd原子の深さ分析やスペクトルのシミュレーションにより,有機薄膜の構造解析へのRBSの適用可能性を示した。

図3:(a)H2S処理前,(b)処理後のRBSスペクトル
4.LB法による希薄磁性半導体超微粒子の調製

 CdS超微粒子の調製法を応用し,それに磁性イオンMn2+を加えた希薄磁性半導体Cd1-xMnxSの超微粒子を作製した。H2S処理をアンモニア共存下で行うことで反応性の向上を図った。試料中のMn分率xは,LB膜累積時の下層水におけるMn/Cd比によって容易に制御可能であった。

 この新規試料の電子スピン共鳴(ESR)スペクトルを反応前後で測定し,Mnイオンの分散性や低次元スピン系に関する知見を得た。超微粒子の析出によって,Mnイオンの二次元的配列が完全に破壊されると同時に,面内のMn-Mn交換相互作用が増大することが明らかになった。これより,Cd1-xMnxS超微粒子の形態に関して,二次元的な板状結晶である可能性は小さいという,前章と矛盾のない結論を得た。

5.半導体超微粒子系の表面電子状態に対する高エネルギーイオン照射効果

 半導体超微粒子の特性は,大きな割合を占める微粒子表面の電子状態によっても左右される。このような表面状態を制御する手法として,種々の化学種で表面を修飾する試みが広くなされてきた。著者は,近年明らかになってきた高エネルギーイオンの表面改質法としての有用性から,微粒子表面の改質にイオン照射を適用することを発想した。本研究では,LB膜中のCdS超微粒子,Cd1-xMnxS超微粒子への1MeV H+照射による表面電子状態変化について,イオン誘起発光をin situで測定することで評価を行った。

 CdS超微粒子については,H2S処理時の温度調節により粒径を制御し,各試料の照射初期と高線量照射時のスペクトル(図4)を得た。イオン照射がCdS超微粒子のバンドギャップ中に存在する準位を,非常に浅い準位を残してほとんど除去し,バンド端発光の量子収率を著しく向上させることが明らかになった。Cd1-xMnxS超微粒子へのイオン照射においても同様の効果が観測された。化学的手法を用いない,超微粒子の新たな表面改質法として,イオン照射が広く有用であることを示した。

図4:(a)室温,(b)80℃で作製したCdS超微粒子のイオン誘起発光スペクトル
6.半導体超微粒子における三次非線形光学現象の制御

 半導体超微粒子が関心を持たれている第一の理由は,それが強い光学的非線形性を示すことにある。しかしながら,これまでの精力的な研究にも関わらず,性能指数が未だ実用に見合うものに達していない。さらなる性能の向上には,表面・界面構造の制御が必要となるのは言うまでもない。そこで本研究では,表面状態の制御が半導体超微粒子の三次非線形光学現象に及ぼす効果について検討した。

 これまで用いてきたLB膜試料は光散乱が大きく光学測定が困難であった。そこで,新しい薄膜試料として,化学的な表面修飾を施したCdSコロイド溶液のキャスト膜を作製した。得られた薄膜の三次非線形感受率(3)(-:,-,)を縮退四光波混合法により評価した。

 試料膜は,図5のように強い励起子発光を示したことから,極めて効率的な表面処理が達成されていることが明らかとなった。この試料に対する(3)は,励起子遷移に共鳴して最大値10-7esuを示した(図6)。従来から盛んに研究の行われてきた半導体ドープガラス(10-10-10-9esu)に比べてかなり大きく,かつ実用化への要求も十分満たす性能であった。本試料において高濃度にCdSが含まれていることの他に,表面処理効果が効率よく働いていることをその原因と考えた。

図5:キャスト膜の吸収(実線)と発光(点線)スペクトル図6:(3)の波長依存性と吸収スペクトル(点線)
7.まとめ

 本論文は,LB法を初めとする化学的手法を用いてポリシランと半導体超微粒子という次元性の異なる二つの半導体低次元系を創製し,それらの電子構造に基づく物性の系統的な制御の可能性について追求したものである。以上より,本研究で用いた手法の材料開発手段としての有用性が明らかになった。

審査要旨

 半導体低次元系は、いわゆる量子サイズ効果によって、3次元バルク結晶や分子とは異なる物性を示すことから、新しい機能性材料として期待され、近年活発な研究が進められている。このようなナノスケールの材料では、その物性を制御するための構造規制の新たな手法が求められている。本研究は、一次元量子細線に対応するポリシランとゼロ次元量子ドットに相当する半導体超微粒子の二つの物質系をとりあげ、Langmuir-Blodgett(LB)法などの分子ハンドリング技術を用いて分子組織系を形成し、低次元系半導体の構造と物性を精密に制御することを目的としたものであり、全体は8章から構成されている。

 第1章は序章であり、本研究の目的と意義が述べられている。試料の合成から物性の測定までを一貫して行い、相互にフィードバックをかけながら効率的な物性制御を目指すことが本研究の特徴であるとしている。

 第2章は多種類のアンモニウム側鎖を有するポリシランの合成と薄膜作製を行った結果について述べている。Si-フェニル基間のメチレン鎖長が異なるポリシランを出発物質として、アルキル基の鎖長を変えた4級アンモニウム基をフェニル置換基として導入した種々のポリシランを合成し、これらにつきLB法を用いて、基板の引き上げ方向にSi主鎖が配向した薄膜が作製できることを示している。

 第3章では、これらの試料の発光測定を行い、Siにフェニル基が直接結合したポリシランのみに溶液中で可視域にブロードな発光が観測されることを見い出し、この発光帯の起源が、共役系を構成するSi主鎖から同一分子内のアンモニウム基への電子移動によって形成されるエキサイプレックスであることを明らかにするとともに、分子動力学法による立体配座の計算により、エキサイプレックス形成に寄与する各サイト間の距離を計算して、試料間の発光特性の違いを説明している。またこの薄膜試料の発光特性がLB膜とキャスト膜で異なることを見い出し、LB法により分子間相互作用を変えることによって、励起エネルギー緩和過程が制御できる可能性を示している。

 第4章では、アラキン酸カドミウムのLB膜を硫化水素と反応させて、生成する硫化カドミウム超微粒子の粒径と空間的配列を制御する可能性について検討している。硫化水素処理前後における試料のラザフォード後方散乱スペクトルの比較とスペクトルのシミュレーションから、硫化カドミウム形成過程で、カドミウム原子の膜内分布の乱れを生じ、膜の層状構造が破壊されて、球状の凝集粒子が析出していることを明らかにしている。

 第5章では、前章で用いた硫化カドミウム超微粒子の調整法を応用し、Cdに種々の分率で磁性イオンMn2+を加えた希薄磁性半導体Cd1-xMnxSの超微粒子を作製し、その電子スピン共鳴(ESR)スペクトルの測定から、Cd1-xMnxS超微粒子の膜内での空間配列に関する知見を得ることができることを示している。硫化水素との反応前の膜試料において、Mn2+は2次元的に配列しているが、反応後はこの配列が破壊され、同時にMn-Mn交換相互作用が増大することを明らかにし、Cd1-xMnxSの超微粒子が2次元的な板状結晶ではなく、前章のCdS超微粒子の場合と同様に球状の凝集粒子となっていることを明らかにしている。

 第6章では半導体超微粒子系に対する高エネルギーイオンの照射効果について述べている。LB膜中のCdS及びCd1-xMnxS超微粒子に1MeVのH+イオンを照射し、照射中のイオン誘起発光の測定を行って、各試料の照射初期と高線量照射時のスペクトルの比較から、イオン照射がCdS超微粒子のバンドギャップ中に存在してトラップサイトとして働く準位を、伝導帯に近い浅い準位を残してほとんど除去し、バンド端発光の量子収率を向上をさせていることを明らかにしている。更にCd1-xMnxS超微粒子に対するイオン照射についても同様の効果を観測しており、イオン照射が超微粒子の表面改質法として有効であることを示している。

 第7章では前述の方法で得られたLB膜CdS超微粒子及び化学的な表面修飾を施したCdSコロイド溶液から作製したキャスト膜について、縮退4光波混合法により、三次非線形感受率(3)(-;,-,)の測定を行った結果について述べている。LB膜試料では非共鳴領域で10-11esu程度の(3)値が得られたが、試料の光散乱が大きく測定が困難であった。他方、キャスト膜は強い励起子発光を生じ、(3)の値も励起子遷移に共鳴して最大値10-7esuを示した。これは、従来研究の行われてきた半導体ドープガラス(10-10〜10-9esu)に比して、相当大きな値であり、CdSが試料中に高濃度に含まれていることの他に、表面修飾効果が有効に働いていることによるものであるとしている。

 第8章は本論文のまとめであり、総括を行っている。

 以上要約すれば、本論文は、主としてLB法を用いてポリシラン及び半導体超微粒子の2種類の半導体低次元系を創製し、レーザ、イオンなどのビームを用いてその構造と物性の解析・測定を行って、その電子構造にもとづく物性の制御の可能性を示したもので、システム量子工学に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54696