本研究は、吹き付けSFRCの力学特性を解明することを第一の目的としている。まず、実際に吹き付けを行い製作した鋼繊維補強モルタルを用いて、一軸引張試験を行った。その結果、吹き付け方向に引張った時の特性は、プレーンのモルタルとほぼ同様であった。吹き付け方向と垂直な方向の引張強度も、今回の試験範囲内では鋼繊維混入率によりさほど変化しなかったが、残留強度は大いに増加した。法面やトンネルでは、吹き付け方向と垂直な方向に引張応力が作用するので、この方向の残留強度特性は応用面で重要である。残留強度は鋼繊維混入率すなわち破断面に含まれる鋼繊維密度にほぼ比例した。よって1種類の鋼繊維混入率での試験を行えば、異なった混入率での残留強度は推定できる。さらに,ひび割れ幅と残留強度の関係も明らかにした。 鋼繊維混入率1.5%までの範囲で一軸圧縮試験をおこなった。試験結果から、ピーク強度までの特性は、鋼繊維の有無にあまり左右されないことがわかった。鋼繊維に発生する力は、引き抜き抵抗に起因するものであり、マトリックスであるモルタルにクラックないしひび割れが発生してはじめて生じる。したがって、ピーク強度までの特性に、鋼繊維混入の有無はあまり影響しないためと考えられる。ピーク強度以降では、荷重軸と直角に鋼繊維が配向している場合、靭性が大きく増す。鋼繊維がクラックと直交するように混入していると、クラックの進展を抑制する効果が大きいためと考えられる。実験結果をまとめ残留強度の大きさを推定する実験式を提案した。また、破壊に要するエネルギは鋼繊維混入率に比例することを見出し、実験結果をまとめ破壊に要するエネルギを推定する実験式を提案した。 長手方向に鋼繊維が配向した試験体の曲げ試験を実施した。鋼繊維混入率最少の0.5%でも、たわみが2mmに達しても大きな残留強度を示すが,曲げ強度は、鋼繊維を含まない試験体とほとんど変わらなかった。一方,鋼繊維が1.0%と1.5%では、曲げ強度も顕著に上昇した。理論的な検討結果によれば、曲げ強度の上昇に最も寄与するのは、亀裂開口変位0.5mm以下での残留強度であることが判明した。鋼繊維混入率が増加すると、この範囲における残留強度が増加するので曲げ強度が増加したといえる。曲げ強度に寄与するにはある閾値があり、残留強度がその値を越えてはじめて曲げ強度が上昇することである。鋼繊維混入率0.5%の場合には、残留強度が大幅に上昇したが、この閾値に達していなかったため、曲げ強度の上昇がみられなかった。曲げモーメントの最大値とそのときの亀裂長さを推定する理論式により、課題であった圧縮試験、引張試験、曲げ試験の3試験における強度を結び付けることにある程度成功した。 SFRCの耐久性を関する研究は、既にいくつか行われているが、耐久性試験は一般に困難で時間のかかる試験であり、いまだ判然としない事項がかなりある。そこで、本研究では、3地点にてSFRCの耐久性について調査・検討をした。まず、約20年前に吹き付けられたSFRCについて調査をした。表面に錆が発生していたが、内部の鋼繊維はまったく錆びていないことがわかった。コンクリートの中性化も普通コンクリートと同程度しか進行しておらず、コンクリート内部のpHも12程度であった。一軸引張試験および一軸圧縮試験を実施した結果をみると、劣化しているとは言えないことが判明した。第二の場所では、3年経過した法面保護用SFRCの調査をおこなった。表面にひび割れが発生していたが、プレーンモルタル法面に比べてその密度は1/3であった。表面の鋼繊維は全て錆が付いていたが、内部は健全であった。以上の結果より、SFRCは法面におけるひび割れを抑止する働きがあると判断した。第三の地点では、2年半にわたり海岸暴露試験をおこなった。2.5ヶ月後のプレーンモルタル法面にはひび割れがかなり発生していたのに対して、SFRC法面ではひび割れは観察できなかった。また、海岸に多数の試験体を暴露し、適宜数個ずつ実験室に持ち帰って圧縮強度試験等を実施した。その結果、暴露された試験体は、室内に放置した試験体と比べて密度、強度などのばらつきが大きかったが、平均値の差や経時変化(力学特性の劣化)は認められなかった。 本研究では、従来知見の少なかった吹き付けSFRCの一軸引張試験、一軸圧縮試験および曲げ試験をおこない、3者の関係について論じた。特筆すべきは、従来困難とされてきた、SFRCの一軸引張試験法を開発し、信頼できる実験結果を提供したことである。一軸引張試験の結果、ひび割れ幅とその時の残留強度との関係が明らかになった。この関係を利用すれば、任意の形状のSFRC構造物の引張破壊挙動を、従来よりはるかに正確に見積もることができることを示した。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |