酸化物超伝導体NdBa2Cu3O6+d(Nd123)相は高い臨界温度(Tc)と臨界電流密度(Jc)特性を有し、実用化に近い超伝導材料として注目されている。本論文はバルク形状のNd123超伝導体の実用化に向けた更なる高超伝導特性化を達成し得る最適組織制御に関して検討、新規作製プロセスを開発したもので、全8章からなる。 第1章は序論である。本論文の背景、目的と構成について述べた。 第2章では溶融凝固法によるNd123結晶の作製に不可欠な組成制御に必要とされる知見を得ることを目的として、包晶温度近傍温度のプロセス温度におけるNdO1.5-BaO-CuO系擬3元系高温平衡状態図を作成した。化学量論相であるY123とは異なり、Nd123はNd/Baの置換により固溶体を形成し置換量の増加とともにTc特性が低下する。作成した状態図を基に、Nd123結晶の置換を抑制、制御する有効な手段として、従来利用されてきた1)低酸素分圧雰囲気化、に加え、新たに2)高BaO/CuO比の初期組成、3)低作製プロセス温度、を指摘し、この知見を基に置換量の抑制された高Tc特性を示すNd123単結晶を作製して新規手法の有効性を確証した。 第3章では、第2章で提案された高BaO/CuO比の初期組成、低温度作製プロセスの有効性、妥当性を融液と結晶の局所構造の観点から調査、検討した。溶融法により作製された最終結晶の品質を決定づける重要な因子として認識されている融液構造及び特徴をXAFS(X線吸収微細構造解析)を用いてin-situ観察により調査し、Nd123結晶と比較、検討した結果、高BaO/CuO比の初期組成及び低保持温度を育成条件に設定することは、少なくとも融液構造が低置換量のNd123結晶構造と類似の局所構造へと変化することにより、置換を抑制する有効手段となりうることを指摘した。 第4章では、高BaO/CuO比の初期組成を使用するNd123結晶中のNd/Ba置換制御手段を、種付けを伴う過冷凝固法に適用してバルクNd123結晶の作製を行い、Nd123結晶の成長過程を擬3元系平衡状態図上に於いて定性的に議論した。実験により結晶の成長速度と過冷度の関係が示され、また高Jc特性を満足しうる微細な組織を達成することに成功した。状態図及び既往の粒子の捕捉・排出理論の展開により実験結果への定性的な解釈を与え、初期組成に高BaO/CuO比の組成を用いたバルク体作製の場合には、低置換量に制御された母相Nd123単結晶による高Tc特性とNd422相粒子の微細分散による高Jc特性とを同時に達成する組織に制御され得ることを指摘した。 第5章では、第4章においてNd123結晶の高Tc、高Jc化が達成されうる有効な溶融凝固プロセスが判明したことから、大型シングルドメイン化を目的として、長時間の等温保持過冷凝固によりNd123結晶成長を作製しNd123結晶の大型化の可能性を調査した。その結果、結晶成長時間の増加に伴い成長速度は急激に減少し、結晶中の置換量も減少する非定常成長が確認された。この非定常成長がNd123相のNd/Ba置換を有する固溶体に起因した液相組成の変化により結晶成長の駆動力となる過飽和を得ることができなくなる結果として成長が停止する挙動を状態図を用いて明確にし、Nd123結晶の大型化に際して液相組成の変化を緩和する手段が重要になることを指摘した。 第6章では、固溶体を形成しないY123相に於いても等温過冷凝固時の非定常結晶成長を確認し、結晶成長時の溶質供給源並びに介在物として振る舞うY211相粒子に注目してY123の非定常結晶成長機構を明らかにした。結晶成長に伴い液相中に押し出されるY211相粒子の堆積現象を排出される溶質の有効拡散体積として考慮した凝固モデルを提案し、液相が拡散場を失い成長が停止することを指摘した。実験結果との比較によりモデルの妥当性を示すと共に、バルク123結晶の大型化を検討する際に考慮すべき問題として液相組成変化と粒子排出現象を明確にして、解決策を提案した。 第7章では、バルク超伝導体の実用化に際してTc、Jc特性と共に重要視される捕捉磁場特性に着目して、123結晶の大型シングルドメイン化を阻む核発生の問題を取り扱った。保持温度、時間に対する核発生状況を系統的に調査して、過冷に伴う核発生抑制と同時に高温安定相粒子堆積現象を緩和し得る有効な溶融凝固プロセスを検討、提案した。その結果、粒子堆積緩和と核発生抑制を同時に達成するためには相反する過冷度状態が要求され、両者のバランスの下で育成条件を導出する必要があることを指摘した。最終目的である123大型シングルドメイン結晶作製のために、1)液相組成変化、2)粒子堆積挙動、3)核発生、を同時に抑制する有効なプロセスを提案した。 第8章は本論文の総括である。バルク123超伝導体の実用化に必要とされる高Tc、Jc、大型シングルドメイン化を達成する要因を系統的に明らかにして、組織制御プロセスの新たな展開を示したもので、金属工学に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |