学位論文要旨



No 114292
著者(漢字) 神原,淳
著者(英字)
著者(カナ) カンバラ,マコト
標題(和) 過冷凝固法による固溶体Nd123酸化物超伝導体の組織制御
標題(洋)
報告番号 114292
報告番号 甲14292
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4418号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 教授 北澤,宏一
内容要旨

 高温酸化物超伝導体の発電機器をはじめとする電力系統への導入を考えたとき、工業的に有効な高効率利用のためには作製プロセスに大きく依存する臨界電流密度(Jc)値の向上が最大の課題の一つとされる。一般に酸化物超伝導体の高Jc特性は、超伝導体の凝固組織に依存するものと認識されている[1]。Y系酸化物超伝導体(:Y123相)の場合、123相が高温安定相(Y2BaCuO5:Y211)と液相からの包晶反応によって生成する特徴を利用した半溶融凝固法を用いたバルク超伝導体の作製プロセスにより、高温安定相211相粒子を超伝導123相中に効果的に磁束ピン止め点として微細分散した組織に制御することで0テスラ近傍の比較的低磁場下において高Jc特性を得ることに成功している。またNd123超伝導体は、低酸素雰囲気下における溶融プロセスによりY123結晶よりも高臨界温度(Tc=96K)及びJcのピーク効果と呼ばれる高磁場中において高Jc値の優れた超電導特性を有すると認識されている[2]。従って、低磁場では高温安定相Nd4Ba2Cu2O10(Nd422)の微細分散により、高磁場ではピーク効果により、低磁場から高磁場にわたる極めて優れたJc特性を有する超伝導体の可能性が考えられる。しかし固溶体を形成するNd123相は、Nd/Ba原子の置換量xの増加とともにTc値は低下して、xが0.4以上で非超伝導相となる問題点を含み[3]、高Jc化の組織制御と同時に置換量を制御する必要があるが、溶融凝固作製プロセスの開発、最適化に不可欠となる平衡状態図の基礎的な情報が不足している。従って、Nd123超伝導体の溶融凝固プロセスの多くは依然として試行錯誤に依存している状態である。そこで本研究では始めに平衡状態図を作成し基礎的知見を把握した上で過冷凝固法を適用して固溶体Nd123相の成長機構を明確にすることにより高Tc、高Jc値を同時に達成する手法を確立することを目的とする。

 始めに溶融凝固法によるNd123結晶の作製、置換制御に必要とされる知見を得ることを目的として、包晶温度近傍温度のプロセス温度におけるNdO1.5-BaO-CuO系擬3元系高温平衡状態図を作成した。典型的な状態図を図1に示す。温度、組成、酸素分圧雰囲気による"Nd123+L"の2相共存領域の等化学ポテンシャルタイラインの変化に注目した結果、固溶体を形成するNd123結晶の置換を制御する有効手段として、1)低酸素分圧雰囲気、2)高BaO/CuO比の初期組成、3)低作製プロセス温度、が状態図より判明した。1)は従来のOCMG法[3]が有効な溶融凝固手法であることを支持する結果であり、2)、3)は本状態図作成により判明した新たな置換制御手法である。この知見を基に溶液引き上げ法によりNd123単結晶を作製し置換の制御性を調査した結果では、高BaO/CuO比の溶媒組成を使用した低温での作製により、Nd123の置換量は効果的に抑制され低酸素分圧下において作製されたNd123単結晶に匹敵する高い臨界温度を示し、1)、2)、3)の状態図より判明した知見が有効な置換制御・抑制手法であることが確証された。

図1 1070℃に於けるNdO1.5-BaO-CuO系擬3元系高温平衡状態図。

 溶融法を適用した作製プロセスでは一般に融液構造及び特徴が最終結晶の品質を決定付ける重要な因子として認識されている。そこで固溶体を形成するNd123結晶の置換を制御する有効手段として平衡状態図より明らかにされた、高BaO/CuO比の初期組成、低温度作製プロセスの有効性、妥当性を、融液の局所構造とNd123結晶の構造とを比較することにより、局所構造の観点から調査、検討した。RE123相の結晶化直前の種々の高温融液に対してin-situでCu-K吸収端のXANES測定を行うことにより、固溶体形成に関わる融液局所構造の特徴を調査した結果、置換が抑制される高BaO/CuO比組成及び低保持温度での融液には、共にCu-K吸収端の高エネルギー領域へのシフトとして現れる局所構造変化が観察され、RE溶質が添加されると更に高エネルギー側への局所構造変化となることが確認された。この一連の高エネルギー側へのCu-K吸収端の変化はNd123結晶のXANESスペクトルに近いエネルギー領域への変化であり、特に高BaO/CuO比組成の融液にRE溶質が添加された結晶化直前の融液の吸収端エネルギーは、置換の抑制されたNd123結晶の吸収端に極めて近いものであった(図2)。従って、高BaO/CuO比の初期組成及び低保持温度を育成条件に設定することは、少なくとも融液構造が低置換量のNd123結晶構造と類似の局所構造へと変化することにより、置換を抑制する有効手段となりうることが判明した。

図2 0.5at%Nd添加した種々のBaO/CuO比組成の高温融液及び異なる置換量を有するNd123結晶のCu-K吸収端のXANESスペクトル。

 高BaO/CuO比の初期組成を使用するNd123結晶中のNd/Ba置換制御手段を、種付けを過冷凝固法に適用してバルクNd123結晶の作製を行い、Nd123結晶の成長過程を平衡状態図上に於いて定性的に議論した。その結果、溶液引き上げ法と同様に高BaO/CuO比の初期組成の使用によりNd123結晶の平均的な置換量は減少することが確認された。そこで溶融凝固法によるNd123結晶組織制御には重要とされる{100}面、{001}面の成長速度と過冷度の関係を調査した結果、いずれの初期組成を用いても過冷度の増加に伴い成長速度は増加し、同一温度においては初期組成中のBaO/CuO比の増加と共に成長速度は遅くなる特徴を確認した。これらNd123結晶の置換量抑制、過冷度に対する成長挙動は擬3元系状態図を用いることにより定性的に説明された。

 またNd123凝固組織観察の結果、高BaO/CuO比の試料に於いてNd123結晶中にNd422高温安定相粒子の微細分散組織が確認された。低成長速度にも拘わらず微細なNd422相粒子が導入される結果は既往の粒子の捕捉・排出理論を固溶体を形成する系に展開することにより定性的に解釈された。結果的に、初期組成に高BaO/CuO比の組成を用いたバルク体作製の場合には、低置換量Nd123相マトリックスによる高臨界温度とNd422相粒子の微細分散による高臨界電流密度を同時に達成する可能性がある組織に制御されることが判明した。

 そこでNd123結晶の高Tc、高Jc化が達成されうる有効な溶融凝固プロセスが判明したことから、大型シングルドメイン化を目的として、長時間の等温保持過冷凝固によりNd123結晶成長を作製しNd123結晶の大型化の可能性を調査した。結晶の成長距離と保持時間の関係を調査した結果、図3に示すように成長初期の段階ではほぼ一定成長速度が達成されるものの保持時間の増加に伴い成長速度が急激に低下する非定常成長が確認され、Nd123結晶中には固相組成のミクロ偏析が観察され、成長時間に伴う置換量の減少が確認された。この非定常成長はNd123相がNd/Baの置換を持つ固溶体であることに起因し、成長に伴う質量保存則を満足するために液相組成が高Ba濃度領域に変化して"Nd123+Nd422+L"の3相共存領域の液相組成にまで達した時点で結晶成長の駆動力となる過飽和を得ることができなくなり成長が停止するものと擬3元系状態図により解釈される。従って、Nd123結晶の大型化には、液相組成の変化を緩和する手段が重要になることが判明した。

図3 過冷凝固法により作製されたNd123結晶の成長距離及び置換量の成長時間依存性。

 ところが固溶体を形成しないY123相の等温過冷凝固による結晶成長時にも成長速度が保持時間に対して急激に減少する非定常的な成長が確認されたことから、123結晶の成長を非定常化させる要因が新たに存在するものと考え、結晶成長時に溶質供給源並びに介在物として振る舞うY211相粒子に注目した。凝固試料中のY211相粒子の体積率の分布を測定したところ、結晶成長界面におけるY211相粒子の捕捉・排出挙動の結果として、図4に示すように成長に伴いY211相粒子がY123結晶中では減少し液相中においては増加する傾向が観察された。さらに成長速度が著しく低下した時点におけるY211相粒子の体積率を調査した結果、育成条件によらずY211相粒子の液相中に於ける体積率として約0.6程度に達していることが明らかになった。そこで、結晶成長界面により押し出されるY211相粒子が排出されるCu(又はBa)の拡散に必要となる有効拡散領域に影響を与え、体積率0.6程度にまで堆積したY211相粒子は拡散領域を無くし結晶成長を停止させる物理モデルを考慮した凝固モデルを提案し、実験結果と比較した。モデルに基づく計算結果は実験結果と良い傾向の一致を示すことが確認され、上述の物理モデルによりY123結晶の非定常成長が説明されることが判明した。また体積率約0.6程度にまで堆積したY211相粒子がCu(又はBa)の拡散流束を無くならせる物理的な解釈として、液体中においてY211相粒子は連続体として存在し逆に液体がもはや連続性を持たなくなる液体の流動限界状態にあることによるものパーコレーション現象により定性的に説明できることが解った。本章の研究結果として、固溶体形成の有無に依らずバルク123結晶の大型化を検討する際には、高温安定相粒子の成長界面における押し出し堆積現象を緩和する考慮しなければならない。固溶体を形成するRE123系では密接に関連する液相組成変化と粒子排出現象を同時に緩和するプロセスの改善が必要であることが判明した。

図4 過冷凝固後の試料中のY211相粒子の体積率の分布。成長時間の増加と共に結晶成長界面に於いて排出されたY211相粒子は堆積し98時間の保持時間では体積率約0.6となり成長はほぼ停止していることが確認された。

 バルク超伝導体の実用化に際してTc、Jc特性と共に重要視される捕捉磁場特性を向上させるためには、123結晶の大型シングルドメイン化が達成されなければならない。そこで123結晶の大型化を阻む問題として、従来より問題とされている過冷に伴う核発生に注目し、これらの問題点を同時に解決し得る有効な溶融凝固プロセスを検討、提案した。123結晶の非定常成長を招く粒子の排出・堆積現象を緩和することは、同時に123結晶中に多量の粒子を捕捉・導入し高Jc化を図ることと等価であり、既往の粒子捕捉・排出理論に依れば高速成長速度が達成される高過冷度状態が必要となる一方で、核発生を抑制させるためには低過冷度状態とする必要がある。即ち、大型シングルドメイン化と高Jc化を同時に可能とするためには相反する過冷度状態を達成することが要求され、両者のバランスの下で育成温度を導く必要があることが明らかになった。固溶体を形成するRE123系の過冷凝固の場合には、まず第一に置換量が抑制された組織に制御しなければならない。バルク体作製に関して、NdO1.5-BaO-CuO系擬3元系平衡状態図の作製を通して判明した高BaO/CuO比の初期組成を使用する手法はSm系等の123相の固溶限が比較的狭い系に対しては高Tc、高Jcを達成する有効な作製プロセスとなる。その上でY系に対して考慮した核発生と粒子挙動を同時に制御するプロセスを適用することにより、大型シングルドメイン結晶が可能になるものと考えられた。

参考文献[1]Y.Shiohara and A.Endo,Mater.Sci.Eng.,R19(1998)1.[2]M.Nakamura,Y.Yamada,T.Hirayama,Y.Ikuhara,Y.Shiohara and S.Tanaka,Physica C,259(1996)259.[3]K.Takita,H.Kotoh,H.Akinaga,M.Nishino,T.Ishigaki and H.Asano,Jpn.J.Appl.Phys.,27(1988)L57.
審査要旨

 酸化物超伝導体NdBa2Cu3O6+d(Nd123)相は高い臨界温度(Tc)と臨界電流密度(Jc)特性を有し、実用化に近い超伝導材料として注目されている。本論文はバルク形状のNd123超伝導体の実用化に向けた更なる高超伝導特性化を達成し得る最適組織制御に関して検討、新規作製プロセスを開発したもので、全8章からなる。

 第1章は序論である。本論文の背景、目的と構成について述べた。

 第2章では溶融凝固法によるNd123結晶の作製に不可欠な組成制御に必要とされる知見を得ることを目的として、包晶温度近傍温度のプロセス温度におけるNdO1.5-BaO-CuO系擬3元系高温平衡状態図を作成した。化学量論相であるY123とは異なり、Nd123はNd/Baの置換により固溶体を形成し置換量の増加とともにTc特性が低下する。作成した状態図を基に、Nd123結晶の置換を抑制、制御する有効な手段として、従来利用されてきた1)低酸素分圧雰囲気化、に加え、新たに2)高BaO/CuO比の初期組成、3)低作製プロセス温度、を指摘し、この知見を基に置換量の抑制された高Tc特性を示すNd123単結晶を作製して新規手法の有効性を確証した。

 第3章では、第2章で提案された高BaO/CuO比の初期組成、低温度作製プロセスの有効性、妥当性を融液と結晶の局所構造の観点から調査、検討した。溶融法により作製された最終結晶の品質を決定づける重要な因子として認識されている融液構造及び特徴をXAFS(X線吸収微細構造解析)を用いてin-situ観察により調査し、Nd123結晶と比較、検討した結果、高BaO/CuO比の初期組成及び低保持温度を育成条件に設定することは、少なくとも融液構造が低置換量のNd123結晶構造と類似の局所構造へと変化することにより、置換を抑制する有効手段となりうることを指摘した。

 第4章では、高BaO/CuO比の初期組成を使用するNd123結晶中のNd/Ba置換制御手段を、種付けを伴う過冷凝固法に適用してバルクNd123結晶の作製を行い、Nd123結晶の成長過程を擬3元系平衡状態図上に於いて定性的に議論した。実験により結晶の成長速度と過冷度の関係が示され、また高Jc特性を満足しうる微細な組織を達成することに成功した。状態図及び既往の粒子の捕捉・排出理論の展開により実験結果への定性的な解釈を与え、初期組成に高BaO/CuO比の組成を用いたバルク体作製の場合には、低置換量に制御された母相Nd123単結晶による高Tc特性とNd422相粒子の微細分散による高Jc特性とを同時に達成する組織に制御され得ることを指摘した。

 第5章では、第4章においてNd123結晶の高Tc、高Jc化が達成されうる有効な溶融凝固プロセスが判明したことから、大型シングルドメイン化を目的として、長時間の等温保持過冷凝固によりNd123結晶成長を作製しNd123結晶の大型化の可能性を調査した。その結果、結晶成長時間の増加に伴い成長速度は急激に減少し、結晶中の置換量も減少する非定常成長が確認された。この非定常成長がNd123相のNd/Ba置換を有する固溶体に起因した液相組成の変化により結晶成長の駆動力となる過飽和を得ることができなくなる結果として成長が停止する挙動を状態図を用いて明確にし、Nd123結晶の大型化に際して液相組成の変化を緩和する手段が重要になることを指摘した。

 第6章では、固溶体を形成しないY123相に於いても等温過冷凝固時の非定常結晶成長を確認し、結晶成長時の溶質供給源並びに介在物として振る舞うY211相粒子に注目してY123の非定常結晶成長機構を明らかにした。結晶成長に伴い液相中に押し出されるY211相粒子の堆積現象を排出される溶質の有効拡散体積として考慮した凝固モデルを提案し、液相が拡散場を失い成長が停止することを指摘した。実験結果との比較によりモデルの妥当性を示すと共に、バルク123結晶の大型化を検討する際に考慮すべき問題として液相組成変化と粒子排出現象を明確にして、解決策を提案した。

 第7章では、バルク超伝導体の実用化に際してTc、Jc特性と共に重要視される捕捉磁場特性に着目して、123結晶の大型シングルドメイン化を阻む核発生の問題を取り扱った。保持温度、時間に対する核発生状況を系統的に調査して、過冷に伴う核発生抑制と同時に高温安定相粒子堆積現象を緩和し得る有効な溶融凝固プロセスを検討、提案した。その結果、粒子堆積緩和と核発生抑制を同時に達成するためには相反する過冷度状態が要求され、両者のバランスの下で育成条件を導出する必要があることを指摘した。最終目的である123大型シングルドメイン結晶作製のために、1)液相組成変化、2)粒子堆積挙動、3)核発生、を同時に抑制する有効なプロセスを提案した。

 第8章は本論文の総括である。バルク123超伝導体の実用化に必要とされる高Tc、Jc、大型シングルドメイン化を達成する要因を系統的に明らかにして、組織制御プロセスの新たな展開を示したもので、金属工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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