学位論文要旨



No 114294
著者(漢字) 三木,貴博
著者(英字)
著者(カナ) ミキ,タカヒロ
標題(和) 溶融シリコン中不純物元素の熱力学的性質
標題(洋)
報告番号 114294
報告番号 甲14294
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4420号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 助教授 月橋,文孝
内容要旨

 太陽光発電はクリーンな次世代のエネルギー源として注目されているが、基礎材料である半導体用シリコンの規格外品の不足が顕在化しており、今後の太陽電池発展に影響することが懸念されている。Si結晶系太陽電池の原料を安価に安定供給できるプロセス開発が進んでいるが、最も有望な方法はMG-Siを原料として用い、冶金学的処理を施しSOG-Siを製造するプロセスである。しかし、不純物の除去の可能性や低減限界を予想し、SOG-Si製造プロセスの設計に不可欠な溶融Si中微量元素の熱力学的性質に関する情報が極めて不足している。本研究では、太陽電池の電気的特性を決定づけるP、太陽電池の変換効率を低下させるTi,Fe,Al,Mg,Caの不純物に着目し、溶融シリコン中での熱力学的性質を明らかにした。

 第一章では、序論として太陽光発電やSi太陽電池の位置づけや現在の状況についてまとめ、現行の太陽電池用Siの精製プロセスの問題点を挙げた。新たな太陽電池用Siの製造プロセスについて検討し、プロセス設計する際に必要な溶融Si中の不純物元素の熱力学的性質の重要性について述べた。

 第二章では、Si半導体の特性を決定づける中Pに注目し、溶融Si中Pの熱力学的性質を調べた。赤りんを加熱し、Arをキャリアーガスとして用いた気体輸送法によりP4ガスを発生させた。P4ガスを電気抵抗炉内に導入しSi中平衡P濃度から、1723〜1848Kにおける1/2P2(g)=(mass%,in Si)の標準Gibbsエネルギー変化として次式を得た。

 

 本実験結果から1823KにおいてSi中P濃度が0.005mass%以下の領域では、溶融Si-P合金と平衡する蒸気種はP2ではなくPが支配的になることがわかった。また、溶融Si中のPは溶融Ag中のPよりも除去が困難であるが、溶融Mn、Fe、Cu中のPよりも除去が容易であることがわかった。

 第三章は、Si太陽電池の変換効率を大幅に低下させる有害なライフタイムキラー元素であるTi、Feを取り上げ、溶融Si中Ti、Feの熱力学的性質を調査した。溶融Siと相互溶解度の小さいPbを用いSi-Pb間にM(M:Ti、Fe)を分配平衡させ、両相中のMの化学ポテンシャルが等しいことから以下の式が成り立つ。

 

 上式を用い、1723Kでの無限希薄溶液における溶融Si中Ti、Feの活量係数、および、自己相互作用パラメーターを求めた。結果を以下に示す。

 

 クヌードセンセルの実験についてはピンホールのあいたBN製のセルにSi-Fe合金を入れ、質量分析計を用いて蒸発したFeのイオン電流値を測定し、以下の式を用いて溶融Si中Feの活量係数、および、自己相互作用パラメーターの温度関数を求めた。

 

 結果を以下に示す。

 

 本実験結果とSiとTi、Feの混合熱に関する既往の研究を比較した結果、SiとTi、Fe間の強い親和力のため、混合のエントロピー変化は理想溶液の場合よりも小さいことがわかった。

 第四章では、太陽電池の変換効率を低下させるAl、Ca、Mgに着目し、溶融Si中でのこれらの元素の熱力学的性質を調べた。1723Kにおいて溶融Si、Pb間にM(M:Al、Ca、Mg)を分配平衡させ、両相中のMの化学ポテンシャルが等しいことから以下の式が成り立つ。

 

 上式からの値として、それぞれ18.0、9.90、6.02を得た。

 また、溶融SiとAl6Si2O13,SiO2ペレット、SiO2飽和CaO-SiO2スラグ、MgSiO3,SiO2両相飽和MgO-SiO2-Al2O3を平衡させることで系内のMの化学ポテンシャルを固定し、実験終了後の溶融Si中M濃度から、不純物濃度が低い領域における溶融Si中Al、Ca、Mgの活量係数を求めた。分配平衡実験の結果を用いて1723Kにおける溶融Si中Al、Ca、Mgの活量係数の濃度関数として以下の式を得た。

 

 また、溶融Si中無限希薄溶液におけるMgの活量係数の温度関数として下の式を得た。

 

 クヌードセンセルの実験についてはピンホールのあいたBN製のセルにSi-M(M:Al、Ca)合金を入れ、質量分析計を用いて蒸発したMのイオン電流値を測定し、以下の式を用いて溶融Si中Mの活量係数、および、自己相互作用パラメーターの温度関数を求めた。

 

 結果を以下に示す。

 

 

 本実験結果を既往の研究を比較した結果、比較的よく一致していることがわかった。

 第五章では、溶融Si中CaとAl、Ti、Fe間の相互作用パラメーターを測定した。1723Kにおいて溶融Si、Pb間にCaおよびM(M:Al、Ti、Mg)を分配平衡させ、両相中のCaあるいはMの化学ポテンシャルが等しいことの値として、それぞれ6.46、25.3、2.31を得た。その結果、SiにCaを添加することによりAl、Ti、Feの活量係数を増大させることができ、不純物の除去に有利であることがわかった。また、Psudopotential理論および剛体球模型による相互作用パラメーターの推定値と本論文中で測定した相互作用ポテンシャルは比較的よく一致し、溶融Siなど基礎的な熱力学的諸量が不足しているケースなどでは有効であると考えられる。

 第六章では、溶融Si中の不純物除去法の一つである真空溶解処理法を取り上げ考察を行った。本論文の実験結果を用い蒸発係数を見積もり、その結果、溶融Si中P、Al、Ca、Mgは真空溶解処理により除去が可能であり、Ti、Feは除去ができないことがわかった。また、本実験結果を用い真空溶解処理において不純物が自由蒸発すると仮定した場合の速度定数を計算し、これまで報告されている真空溶解処理の実測結果と真空溶解処理の初期においてよく一致した。このことから、真空溶解処理による不純物除去の律速段階は気/液界面における不純物の蒸発過程であると考えられる。また、真空溶解処理時のSiの蒸発損失について見積もりを行い、1823KにおいてPを30mass ppmから0.1mass ppmまで除去する場合のSiの蒸発損失は8.4%であることがわかった。また、真空溶解処理による不純物濃度の経時変化について考察を行い、その結果、効果的に不純物を除去するためには不活性ガスの吹き込み等を行う必要があることがわかった。また、溶融Si中Ti、Feの塩化処理による除去について検討を行い、Tiに関しては理論的には除去が可能であるが、Ti濃度を1/10にする場合のSiの歩留まりは50%程度であり、Feに関しては除去できないことがわかった。以上の結果を検討し、金属Siを出発原料として用い太陽電池用シリコンを製造する際のプロセスの提案を行った。金属Siの製造の際にCaを数%添加し凝固させ、酸浸出法によりTi、Feを90%程度除去する。その後、Siを溶解し、プラズマによる酸化精製によりB、Cを除去し、続いて、真空溶解処理を行いP、Al、Ca、Oを除去し、凝固精製を行う。この方法では、Siの溶解を1回で済ますことができ、エネルギー的にメリットが大きい。

 第七章では、溶融Si中の不純物元素の熱力学的性質、および、溶融Si中不純物除去の総括を行った。

 Appendixでは、酸浸出法によるTi、Feの除去を行った。Caを数%添加したSi-Ca-M(M:Ti、Fe)合金を凝固させ、王水を用いて酸浸出を行い、Ti、Feを90%以上除去することができた。Ti、Feの除去率と凝固時における液相中Ti、Feの熱力学的性質の間には相関は見られなかったものの、Siの歩留まりは、熱力学的計算ソフトであるThermo-Calcを用いて得た3元系状態図から推定した値と比較的よく一致した。

審査要旨

 本研究では、結晶系Si太陽電池の電気的特性を決定づけるP、太陽電池の変換効率を低下させるTi,Fe,Al,Mg,Caの不純物に着目し、溶融Si中でのそれら不純物元素の熱力学的性質を明らかにしている。本論文は7章およびappendixよりなる。

 第一章では、序論として太陽光発電やSi太陽電池の位置づけや現在の状況についてまとめ、現行の太陽電池用Siの精製プロセスの問題点を挙げている。現在提案されている新たな太陽電池用Siの製造プロセスについて検討し、プロセス設計の際に必要な溶融Si中の不純物元素の熱力学的性質の重要性を示している。また、これまでに行われた太陽電池シリコンに関する基礎研究や試験結果、さらに、本研究で採用した種々の熱力学測定の方法についても総括している。

 第二章では、Si半導体の特性を決定づけるPに注目し、溶融Si中Pの熱力学的性質を調べた。赤りんを加熱し、Arをキャリアーガスとして用いた気体輸送法によりSi中平衡P濃度から、1723〜1848Kにおける1/2P2(g)=(mass%,in Si)の標準Gibbsエネルギー変化を求めている。本実験結果から1823KにおいてSi中P濃度が0.005mass%以下の領域では、溶融Si-P合金と平衡する蒸気種はP2ではなくPが支配的になることがわかった。また、溶融Si中のPは溶融Ag中のPよりも除去が困難であるが、溶融Mn、Fe、Cu中のPよりも除去が容易であることがわかった。

 第三章では、Si太陽電池の変換効率を大幅に低下させる有害なライフタイムキラー元素であるTi、Feを取り上げ、溶融Si中Ti、Feの熱力学的性質について調べた。溶融Siと相互溶解度の小さいPbとの間にM(M:Ti、Fe)を分配平衡させ、両相中のMの化学ポテンシャルが等しいことから、1723Kでの無限希薄溶液における溶融Si中Ti、Feの活量係数、および、自己相互作用パラメーターを求めた。さらに、クヌードセンセル質量分析計を用いて、Si中Feの活量係数、および、自己相互作用パラメーターの温度関数を求めた。また、本実験結果とSiとTi、Feの混合熱に関する既往の研究を比較し、SiとTi、Fe間の強い親和力のため、混合のエントロピー変化は理想溶液の場合よりも小さいことについても明らかにした。

 第四章では、太陽電池の変換効率を低下させるAl、Ca、Mgに着目し、溶融Si中でのこれらの元素の熱力学的性質を調べている。まず、第三章と同様に1723Kにおいて溶融Si、Pb間にM(M:Al、Ca、Mg)を分配平衡させ、Si中でのそれぞれの元素の自己相互作用パラメータの値を明らかにし、溶融SiとAl6Si2O13,SiO2ペレット、SiO2飽和CaO-SiO2スラグ、MgSiO3,SiO2両相飽和MgO-SiO2-Al2O3を平衡させることで系内のMの化学ポテンシャルを固定し、平衡する溶融Si中M濃度から、不純物濃度が低い領域における溶融Si中Al、Ca、Mgの活量係数とその温度関数を得ている。さらに、クヌードセンセル質量分析計を用いて溶融Si中Mの活量係数および自己相互作用パラメーターの温度関数を求め、広濃度範囲、広温度範囲におけるSi中各元素Mの活量係数を濃度と温度の関数として導出している。

 第五章では、溶融Si中CaとAl、Ti、Fe間の1723Kでの相互作用パラメーターの測定を、溶融Si、Pb間にCaおよびM(M:Al、Ti、Mg)を分配平衡させて求めた結果、SiにCaを添加することによりAl、Ti、Feの活量係数を増大し、不純物の除去に有効であることを示している。また、Pseudopotential理論および剛体球模型による相互作用パラメーターの推定値と本論文中で測定した相互作用ポテンシャルは比較的よく一致し、溶融Siなど基礎的な熱力学的諸量が不足しているケースなどでは有効であることも明らかにしている。

 第六章では、最も効率的な溶融Si中不純物除去法の一つである真空溶解処理法について考察を行っている。本論文の実験結果を用い蒸発係数を見積もり、その結果、溶融Si中P、Al、Ca、Mgは真空溶解処理により除去が可能であり、Ti、Feは除去ができないことや、これまで報告されている真空溶解処理による不純物除去の律速段階は気/液界面における不純物の蒸発過程であることを明らかにした。また、真空溶解処理時のSiの蒸発損失について見積もりを行い、効果的に不純物を除去するためには不活性ガスの吹き込み等を行う必要があることなどを述べている。溶融Si中Ti、Feの塩化処理についても検討を行い、効率的に除去できないことを理論的に明らかにするとともに、金属Siを出発原料として用い太陽電池用シリコンを製造する際のプロセスの提案を行っている。

 第七章では、溶融Si中の不純物元素の熱力学的性質、および、溶融Si中不純物除去の総括を行い、Appendixでは、酸浸出試験において、本研究結果からの予測に基づくCaの数%の添加で、Ti、Feを90%以上除去できること等を明らかにしている。

 以上のように、MG-Siから結晶系Si太陽電池を得るために不可欠な溶融Si中微量元素の熱力学的性質に関する多くのデータが本研究により明らかになり、本論文は今後のプロセス設計に重要な指針を与えるものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54697