学位論文要旨



No 114298
著者(漢字) 堀川,敬太郎
著者(英字)
著者(カナ) ホリカワ,ケイタロウ
標題(和) アルミニウム合金の粒界破壊に及ぼす極微量不純物の影響
標題(洋)
報告番号 114298
報告番号 甲14298
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4424号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 栗林,一彦
内容要旨

 アルミニウム合金の中でも固溶強化型合金と時効硬化型合金としてそれぞれ代表的なAl-5%Mg合金とAl-4%Cu合金を対象として、合金中に含まれるppmレベルあるいはそれ以下の極微量元素が粒界破壊にどのような影響をもたらすかということを詳細に検討した。またAl-5%Mg合金の粒界破壊を促進させるような有害元素を含む場合については、他の微量元素添加により粒界破壊を抑制できるかについても検討を行った。

 第1章では、国内外でのアルミニウム産業の概況を述べ、最近活発に行われているアルミニウムのリサイクルの状況についてまとめた。リサイクルを遂行する上で問題となる合金中への不純物の混入を想定し、現時点において混入が予想されている不純物およびその有害性等について整理した。粗粒合金における粒界破壊現象に着目し、これまでアルミニウム合金の粒界破壊がどのように調べられてきたかということについて述べた。特にAl-5%Mg合金の高温脆化現象については、不純物の影響が詳細に調べられているのでその研究経緯についても述べた。また時効硬化型合金の粒界破壊の機構についても概説した。続いて、金属材料で一般的に粒界偏析と粒界破壊の関係が理論的にどのように解釈されているか説明した。以上の背景に基づいて、アルミニウム合金中の粒界破壊に及ぼす極微量不純物の影響を検討する目的を明確にし、序論の最後に本論文の構成を示した。

 第2章では、本研究に着手した当初、従来の報告によると高温脆化を示さないと考えられるアルゴン雰囲気で溶解されたAl-5%Mg合金が顕著な脆化を示したため、アルミニウム地金以外から合金中へNaが混入があると考えられた。そのままではNa以外の微量不純物元素の影響を検討することが困難であると考えられたため、従来の伊藤らや岡田らの報告と照らし合わせて、溶解・鋳造時にAl-5%Mg合金中に混入したNaの混入経路を特定することを行った。まず溶解時に使用するるつぼの材質からのNa混入を調べ、アルミナ製のるつぼを高純度黒鉛製のるつぼに変えて合金の溶解を行い高温延性を調べた結果、高温脆化が改善されることを突き止め、アルミナるつぼからNaが混入していることを明らかにした。しかしながら、黒鉛のるつぼを使用した場合においても完全に粒界破壊が抑えられたわけではなかった。そこで、他のNaの混入経路を検討する必要が生じたため、次にマグネシウム地金からのNaの混入を考えざるを得なくなった。そこで、より高純度と考えられるカナダ製のマグネシウム地金を取り寄せ、黒鉛るつぼを使用して合金溶解を行い、高温延性を調べたところ、高温脆化がさらに改善され、粒界破壊もほぼ抑制することができた。したがって、本研究の手法ではNaは主としてアルミナるつぼとマグネシウム地金の両方から混入しているということが明らかとなった。また通常マグネシウム地金には分析値が添付されていないので、マグネシウム地金中のNa分析を新たに行ったところ、カナダ製の純度99.98%マグネシウム地金からはNaは分析されなかった(Na<4ppm)が、純度99.97%のマグネシウム地金中にはNaが9ppm混入していることを明らかにした。

 以上の各種製造条件の異なるAl-5%Mg合金中のNa量をGD-MS(グロー放電質量分析)により定量分析を行った結果、合金中のNa量の減少と高温延性の向上の関係は対応していることを明確化した。また、アルゴン溶解で作製されたNaのみに起因するAl-5%Mg合金の高温脆化は、Na量を0.1ppmまで低減させることにより、完全に抑制できることが明らかとなった。

 第2章においてNaの混入を制御して合金製造を行える環境が整ったので、第3章では、展伸用アルミニウム合金のリサイクルが本格化した場合に混入が予想される不純物元素として、アルカリ土類金属であるCa,SrとNaと同族のアルカリ土類金属のLiを取り上げ、Al-5%Mg合金の高温延性に及ぼす影響を調べた。その結果、CaおよびSrはNaと同様に2ppm程度の極微量添加で高温脆化をもたらすことが明らかになった。また同一の添加量(2ppm)で脆化への影響を元素毎に比較すると、Ca<Sr<Naの順で大きくなるとなることを示した。

 第2章でNa、Ca、Sr等がAl-5%Mg合金の高温脆化をもたらすことが判ったので、引き続いて第3章では、有害不純物と親和力の高いと考えられる微量元素添加によって粒界破壊が抑制されるかどうか検討した。その結果、2ppmのNaに起因する高温脆化は、僅か2ppmのSb添加により抑制可能であることを明らかにした。Bi添加によっても高温脆化の抑制が見られたが、添加量と脆化の改善の程度をSbとBiで比較することにより、その脆化改善効果はSbよりBiの方が弱いということが判った。Sn添加によってもある程度の高温脆化の改善が認められたものの、完全に粒界破壊を抑制することはできなかった。またGa,P添加による高温脆化の改善は認められなかった。アルミニウム合金における主要な不純物元素であるSi添加についても検討を行い、約1500ppm(0.15%)のSi添加により、2ppmNaに起因する高温脆化が抑制できることを新たに見出した。そこでNaに次いで脆化が顕著であったAl-5%Mg-2ppmSr合金についても、Si添加による高温脆化の改善を検討した結果、Al-5%Mg-2ppmNa合金の場合と同様に、約1000ppmのシリコン添加により、高温脆化が抑制されることを示した。

 次に微量元素の添加による高温脆化の改善機構を検討した。まず2ppmのNaに起因する高温脆化が僅か2ppmのSb添加で抑制できるということから、NaとSbが直接化合物を形成し、粒界上のNa濃度を低下させているのではないかと推定し、そのような化合物の存在の有無を調べることを行った。その結果、実際に化合物が形成されており、またEDXS分析による化合物の同定を行った結果、その化合物がNa,Sb,Siから構成されていることが判った。化合物の分布密度から概算した合金中のNaと実際の分析値のオーダーがほぼ一致したため、前に述べた仮説が実証された。同様の検討をBi添加合金、Sn添加合金についても行ったところ、Sb添加合金の場合と同じく添加元素とNa,Siを含む化合物が形成されていることが判った。したがって、Sb,Bi,Sn添加によるNaに起因した高温脆化の抑制機構はいずれも同じくサブミクロン径の化合物形成によるものと結論された。

 引き続いてSi添加によるNaに起因した高温脆化の抑制機構について検討を行った。Si添加の場合には、Si添加量が約1500ppm(0.15%)と多い添加量で高温脆化が抑制されることから、前に明らかにしたSb,Bi,Sn添加による脆化抑制機構とは中身が異なっている可能性もあると考えられた。化合物の観察の結果では、Si添加によって脆化が抑制されない合金では化合物が観察されなかったが、抑制された合金中には、高密度に化合物が分布していることを見出した。高倍率観察の結果、化合物の多くはSi相であったが、一部Si相の周辺にMg2Si相が析出していることを突き止め、これら化合物に対してEDXS分析を行ったところ、Si相からはNaは検出されなかったが、Mg2Si相からはNaが検出されるということを明らかにした。Al-Mg-Sr合金に対してSiを添加して高温脆化が抑制される場合においてもAl-Mg-Na合金の場合と同様にMg2Si相からSrが検出された。したがって、Si添加によって高温脆化が抑制される場合においては、SbやBi添加による抑制機構とは多少異なり、Mg2Si相に有害不純物は捕捉されることで高温脆化が改善されると判断された。

 第2〜4章までで固溶強化型のAl-5%Mg合金の粒界破壊に及ぼす微量元素の影響を詳細に検討した。第5章では時効硬化型のAl-4%Cu合金の粒界破壊に及ぼす極微量S添加の影響を調べた。Al-4%Cu合金へ7ppmといった極微量のSを添加することにより130℃,24h時効材では粒界破壊が促進されることを明らかにした。S添加材の粒界破面はレッジとディンプルが混在した破面を呈しており、オージェ分析の結果、Sが粒界に偏析していることを示した。粒界破面上にはレッジ以外にもディンプルが観察されたため、粒界偏析したSが粒界上析出相の形態を変化させている可能性があると考えられた。そこで粒界近傍の組織をTEMを用いて観察した結果、S添加の有無に関わらず、粒界上析出相の大きさ、形状等に大きな変化は認められなかった。そこで次に、強度をほぼ一定に保ち、かつ粒界上析出相のサイズを粗大にすることによって、ディンプル型粒界破壊が起こりやすくするために190℃,24h時効材で、粒界破壊に及ぼすS添加の影響を調べた。その結果、190℃時効材においてもS添加によって粒界破壊が促進された。したがって、少なくてもディンプル型の粒界破壊が起こりやすい条件においてはS添加によりAl-4%Cu合金の粒界破壊が促進されるものと考えられた。Sが粒界上にどのような分布で偏析しているというところまでは検討できなかったが、ディンプル型の粒界破壊を促進させることより、少なくても粒界上析出相と母相との界面に偏析したSが粒界のはく離強度を低下させる作用を有するものと結論された。

 以上のように、アルミニウム合金の粒界破壊に及ぼす極微量不純物の影響について詳細に検討を行ってきたが、本論文の中で最も重要な点は、アルミニウム合金中の数ppmの極微量元素を制御することにより、粒界破壊に及ぼす各種不純物の影響を明らかにしたことにある。そのための手段として、アルミニウム合金がいずれも市販材として現在入手可能な限りにおいて、最高純度の地金を用いて作製し、さらに極微量不純物分析についてもGD-MS分析という比較的最近開発された検出下限が1ppbと極めて低い分析技術を用いているという特徴もある。特に有害不純物を極微量添加元素で無害化を可能とした結果や手法については、工業的な観点からも応用価値が高く、将来リサイクルで新たに問題となるような不純物の混入に対する基礎的な指針を与えるものであるといえよう。したがって本研究で得られた結果は、工学的に非常に大きな意義を有するものと考えられる。

審査要旨

 本論文は、アルミニウム合金中に含まれるppmレベル程度の極微量元素が粒界破壊にどのような影響をもたらすかを検討したものであり、全6章より成り立っている。

 第1章は序論であり、アルミニウムのリサイクルを取り巻く諸問題を概観すると共に、リサイクル進展に向けてアルミニウムの諸特性に及ぼす不純物の影響を検討することの重要性をまず指摘している。そして極微量の不純物でも粒界へは顕著な影響を与えうる事を示すと共に、アルミニウム合金の粒界破壊に関する従来の研究結果を取り纏め、本研究の目的を明らかにしている。

 第2章においては、Al-5%Mg合金の高温脆化をもたらすとの報告があるNaについて、それが合金製造時にどこから混入するかということを詳細に検討している。そのため、関係研究で例を見ない純度99.999%の超高純度アルミニウム地金を用いて合金を製造すると共に、微量元素分析でも必要に応じて分析感度が1ppbと極めて高いGD-MS法(グロー放電質量分析)を採用して、合金中の数ppmの微量元素の制御を可能とした。その結果、溶解時に使用するアルミナるつぼとマグネシウム地金からNaが混入し、高温脆化をもたらしていることを明らかにしている。また、Naのみに起因するAl-5%Mg合金の高温脆化では,Na量を0.1ppmまで低減させることにより、脆化が抑制可能となることを示している。これにより、Na-の混入を防止した上で他の微量不純物元素の影響を検討することが可能となった。

 第3章では、リサイクルが本格化した際に混入が予想される不純物元素として、アルカリ土類金属であるCa,SrとNaと同族のアルカリ金属のLiを取り上げ、Al-5%Mg合金の高温延性に及ぼす影響を検討している。その結果、CaおよびSrは粒界に偏析し、Naと同様に2ppm程度の極微量添加で高温脆化をもたらすことを明らかにしている。同一の添加量(2ppm)で脆化への影響を元素毎に比較した場合、Li<<Ca<Sr<Naの順で大きくなることを明確にしている。

 第4章では、上記有害不純物による粒界破壊防止の研究を行っている。すなわち有害不純物と親和力の高いと考えられる元素の微量添加によって粒界破壊が抑制されるかどうか検討している。その結果、2ppmのNaに起因する高温脆化は、2ppm以上のSbや20ppm以上のBi添加により抑制が可能であることを明らかにしている。アルミニウム合金における主要な不純物元素であるSi添加の影響についても検討を行い、約1500ppm(0.15%)のSi添加により、2ppmのNaに起因する高温脆化が抑制できることを見出している。またNaに次いで脆化が顕著であったAl-5%Mg-2ppmSr合金の場合にも、約1000ppmのSi添加により、高温脆化が抑制されることを明らかにしている。

 さらに微量添加元素による高温脆化の抑制機構についても検討している。そしてSbやBi添加による脆化抑制は、添加元素とNaからなるサブミクロン化合物形成により、粒界でのNa濃度の大幅な低下を生じたこと、またSi添加の場合では、SbやBi添加による抑制機構とは異なり、Mg2Si相に有害不純物が捕捉され、粒界における有害不純物の濃度が低下した結果として、高温脆化が抑制されたことを、SEM観察、EDX分析の結果を基に明らかにしている。

 第5章では時効硬化型のAl-4%Cu合金の粒界破壊に及ぼす極微量S添加の影響を検討している。Al-4%Cu合金へ極微量のS(≧7ppm)を添加することによりピーク時効段階の試料では粒界破壊が促進されることを明らかにしている。オージェ分析の結果、S添加材においてはSが粒界に偏析していることを示している。S添加・無添加に関わらず粒界破面上はレッジとディンプルが混在した破面を呈していたが、S添加材の粒界破面のディンプルが微細になっていることを示している。そこでS添加による粒界上析出相の形態の違いを比較するために粒界近傍の組織をTEMを用いて観察した結果、S添加・無添加に関わらず粒界上析出相の大きさ、形状等に大きな変化がないことを示している。以上の結果をもとにして、ディンプル型の粒界破壊が起こる条件においては、粒界上析出相と母相との界面に偏析したSが粒界の剥離強度を低下させ、粒界破壊を助長させるという結論を得ている。第6章は総括である。

 以上のように、本論文では、アルミニウム合金中の数ppmの極微量元素を制御することにより、粒界破壊に及ぼす各種不純物の影響を明らかにすると共に、特に有害不純物については、極微量添加元素で無害化する事も示している。これらは、工業的な観点からも応用価値が高く、将来リサイクルで新たに問題となるような不純物の混入に対する基礎的な指針を与えるものであるといえよう。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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