学位論文要旨



No 114299
著者(漢字) 金,濬圭
著者(英字)
著者(カナ) キム,ジュンキュ
標題(和) 部分酸化Ti粉添加BaTiO3基セラミックス真空中焼結体のPTCR特性の研究
標題(洋)
報告番号 114299
報告番号 甲14299
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4425号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 小田,克郎
内容要旨

 科学技術の進展に対して,材料は極めて重要な役割を果してきているが,最近は,半導体,ポリマーなどを並んでエレクトロセラミックスが特に重要視されている.すなわち,エレクトロセラミックスは,コンピューターや通信器などの電気機器において,コンデンサ,バリスタ,サーミスタ,圧電体,センサー,IC基板などの材料として多用され,不可欠のものとなっている.このような用途に用いられる各種エレクトロセラミックスの中で最も広く利用されているものの一つとして,チタン酸バリウム(BaTiO3)がある.

 純粋のBaTiO3セラミックスは,電気抵抗率()が1010・cm以上の電気絶縁体であるが,このセラミックスにLaなどの3価のランタニド元素,またはSbなどの5価の元素の酸化物を0.1〜0.3mol%添加したものは,室温付近ではが101〜103・cmの半導体となる.そして,温度(T)がキュリー点{Tc;強誘電体(正方晶)常誘電体(立方晶)へ変態する温度}以上となると,は急昇して107〜108・cmとなる.このような特性を示すセラミックスは,一般にPTCR(Positive Temperature Coefficient of Resistivity)サーミスタと呼ばれ,本BaTiO3基セラミックスはこの特性がとくに優れており,定温発熱体,カラーTVの自動消磁装置,電気回路における無接点スイッチや限流素子,定電流・定電圧素子などに利用されている.

 半導体化されたBaTiO3基セラミックスにこのようなPTCR特性を発現させるためには,同セラミックス粉末の成形体を固化するための焼結における雰囲気としては,空気などの酸化性ものにしなければならず,真空では不適とされてきた.しかし,本研究により,粒子表面を若干酸化させたTi粉{TiO2(Ti)と呼称}を少量添加したBaTiO3基セラミックス粉成形体は,真空中で焼結した場合に明瞭なPTCR特性を示すこと,ならびにこの焼結体は,焼結中に緻密化も粒成長も起こらず,このため多孔質で微粒組織となることなどを初めて見出した.本論文は,この新型のTiO2(Ti)添加BaTiO3基セラミックスについて,PTCR特性に及ぼす種々の調製因子,すなわち,TiO2(Ti)量,TiO2(Ti)中TiO2量,Ti粒度,焼結温度・時間,ペースト焼き付け(加熱処理)の温度と雰囲気などの影響を定量的に明らかにすると共に,BaTiO3基相の結晶形と酸素量,焼結体の誘電率と相対密度(Ds)およびBaTiO3基相の粒度などを基礎的に調べ,本系サーミスタの特徴を明らかにしたものである.

 第1章の総論では,本研究の内容を理解するのに必要な関連事項,すなわち,BaTiO3系の状態図,BaTiO3の結晶構造および自発分極現象,BaTiO3基セラミックスのPTCR特性に及ぼす製造条件,添加物および電極材料の影響,PTCR特性発現の機構およびBaTiO3基PTCRサーミスタの応用などについてまとめると共に,本研究の目的について示した.

 第2章は,「部分酸化Ti{TiO2(Ti)}粉添加によるBaTiO3基セラミックス真空焼結体におけるPTCR特性の発現に関する研究」をまとめたものである.Sbドープした(Ba0.7Sr0.3)TiO3セラミックス粉に,部分酸化させたTi粉すなわちTiO2(Ti)粉{Ti粉を873K-3.6ks酸素中加熱により,表面部を酸化させたもの;12.5mass%TiO2量; TiO2層厚さは0.43m}を添加した粉末成形体を1623K-3.6ks真空焼結し,その後,空気中,853K-0.3ksでペースト焼き付けしたものについて,PTCR特性(-T曲線)に及ぼすTiO2(Ti)量の影響を調べ,以下の諸結果を得た.(1)PTCR特性は,添加量が5〜7vol%で明瞭に発現した.(2)TiO2(Ti)添加によりPTCR特性が発現する主因は,Tiであり,TiO2は副次的な役割を果す.(3)(Ba,Sr)TiO3相の室温における結晶形は,焼結状態では高温と同様に立方晶であったが,銀ペースト焼き付け加熱処理後は,粒子表面部または粒界部の薄層のみで正方晶となると見做せた.(4)(Ba,Sr)TiO3-x相中酸素量は,添加焼結体では添加量の増加と共に減少し,5〜7vol%ではかなり低酸素の組成となり{(Ba,Sr)TiO3-x;x=0.5〜0.7},加熱処理により上昇した(x=0.2〜0.4).すなわち,PTCR特性は,酸素量が若干低下すると発現しなくなるが,かなり減少すると再び発現した.(5)誘電率(r)は,無添加空気中焼結体と同様に,測定温度によって大きく変化し,r,540K/r,rtは後者の1/3よりも低い1/8であった.(6)TiO2(Ti)添加により(Ba,Sr)TiO3真空中焼結体にPTCR特性が発現したことは,上記の結果とHeywang-Jonkerモデルなどを考慮すると,(i)(Ba,Sr)TiO3相中の酸素の一部が焼結中にTiO2(Ti)のTi中に吸収されると共に真空中へ脱出し,その酸素量がかなり減少するが,(ii)その後の低温での空気中ペースト焼き付け処理によって(Ba,Sr)TiO3-X粒の表層部と粒界部に酸素が供給され,このため,粒界部には高電気抵抗の通電障壁層が生じることにより,Tc以上ではは大であるが,Tc以下では表層部で立方晶(常誘電体)→正方晶(強誘電体)変態を起こして自発分極を生じるようになることから粒界部の電気抵抗が実質的に小さくなるためが小となる,と定性的に考えられた.(7)TiO2(Ti)量の増加と共にDsは94%から54%(ほぼ圧粉体の相対密度の値)となり,粒度は6mから1m(ほぼ原料粉の粒度)となった.この原因は焼結時に液相が発生しなくなるためと考えられた.

 第3章は,「TiO2(Ti)粉およびTi粉添加(Ba,Sr)TiO3真空焼結体のPTCR特性に及ぼすTiO2(Ti)粉中TiO2量およびTi粒度の影響に関する研究」をまとめたものである.TiO2(Ti)粉またはTi粉を添加した(Ba0.7Sr0.3)TiO3真空中焼結体(1623K-3.6ks)のPTCR特性が,TiO2(Ti)中TiO2量(TiO2表面層厚)を第2章における12.5mass%より増大させた場合ならびにTi粉粒度を第2章の18mより小さい2m(Ti粒子間距離を小)とした場合に,それぞれどのように変化するかを調べ,以下の諸結果を得た.(1)25,37.5,50mass%TiO2のTiO2(Ti)添加真空中焼結体についても,PTCR特性が発現した.(2)同特性が発現する金属Ti量範囲は,TiO2(Ti)粉中TiO2量の増加と共に最大約1.7倍ほど拡大し,かつ,最小のrtmax/rtはそれぞれ小と大となり,rtの最小値として5×102・cm,max/rtの最大値として7×105が得られた.すなわち,本試料の焼結条件の下では25と37.5mass%TiO2のTiO2(Ti)粉を添加したものは,12.5mass%TiO2のTiO2(Ti)粉の場合よりも,PTCR特性が優れることが分かった.(3)2mのTi粉を添加した焼結体でも,PTCR特性が生じたが,室温付近では一定とならず,室温用PTCR特性としては劣ることが分かった.(4)PTCR特性が発現する(Ba,Sr)TiO3-x相中の加熱(ペースト焼き付け)処理後の平均酸素量は,TiO2(Ti)粉中のTiO2量が多い場合でも,x=0.2〜0.4の範囲内にあり,かつr,540K/r,rt比は,同様に1/3以下であった.(5)上記の(2)の現象は,焼結状態での(Ba,Sr)TiO3-x粒子内中のOイオンの濃度分布が,TiO2層厚さが大となるほど均一となり,これによりが場所によらず均一になることによると思われた.

 第4章は,「TiO2(Ti)粉添加(Ba,Sr)TiO3真空焼結体のPTCR特性に及ぼす焼結およびペースト焼き付け条件の影響に関する研究」をまとめたものである.ここでは,25〜37.5mass%TiO2のTiO2(Ti)粉に比べて,酸化加熱時間がはるかに短く(1/8〜1/20)てすむ12.5mass%TiO2のTiO2(Ti)を,3.9mass%添加した真空中焼結体のPTCR特性に及ぼす焼結温度(Ts;1573〜1748K)と時間(ts;0.6〜14.4ks)およびペースト焼き付け温度(Tb;673〜1273K.時間は0.3ks一定.雰囲気は空気)の影響を調べ,以下の諸結果を得た.(1)高Tsとなるほど,1723Kまではrtmax/rtはそれぞれ低下,増大し,1723Kでのrtは1.8×102・cmの低い値となり,max/rtは107の高い値となった.(2)tsについては,7.2ksにおいて,rtは最小の2.6×103・cmとなり,max/rtは3.6ksでの値とほぼ同じ約105となった.(3)Tbが823Kでrtは最小の1.0×103・cmとなった.(4)焼結体の(Ba,Sr)TiO3相中の酸素量は,Tsとtsが増加と共に減少し,Thの増加と共に,逆に大となった.そして,TiO2(Ti)添加焼結体にPTCR特性が生じる(Ba,Sr)TiO3-xのxは,Ts,ts,Tbによらず,焼結状態ではx=0.5〜0.7,ペースト焼き付け(加熱)処理後でx=0.2〜0.4であった.(5)Ts,tsおよびTbの最適値は,上記のように,それぞれ1748K,7.2ksおよび823Kであったが,これらの条件での(Ba,Sr)TiO3-x中酸素量は上記のx=0.2〜0.4のうちx=0.3〜0.4の場合,すなわち低酸素量の場合{(Ba,Sr)TiO2.7〜2.6}であった.(6)PTCR特性が発現する焼結体のr,540K/r,rt比は,Ts,ts,Tbの値によらず1/3以下であった.(7)添加焼結体の-T特性曲線に及ぼすTs,ts,Tbの影響は,いずれも無添加空気中焼結体のものに比べ大きかった.これは,前者は後者と異なり,焼結体が多孔質であることにより焼結時の真空雰囲気への脱酸素とペースト焼き付け(加熱)時の空気雰囲気からの吸酸素が起こり易いことなどによると考えられた.

 第5章では,本研究の結果を総括すると共に,今後の研究課題を示した.

審査要旨

 本論文は,粒子表面層のみを部分酸化させたTi粉{TiO2(Ti)粉と表記}を少量添加したBaTiO3基セラミックスは,(1)通常のTiO2(Ti)粉無添加のBaTiO3基セラミックスについては焼結雰囲気を空気などの酸化性とした場合にPTCR(Positive Temperature Coefficient of Resistivity)特性が発現し真空とした場合には発現しないのに対し,焼結雰囲気を逆に真空とした場合にPTCR特性が発現すること,(2)通常のBaTiO3基セラミックスと異なり,焼結中に緻密化も粒成長もほとんど起こらず,このため多孔質・微粒組織となることなどを見出し,(3)この新型のTiO2(Ti)粉添加BaTiO3基セラミックスについて,PTCR特性および組織・結晶構造などに及ぼす諸因子の影響を定量的に調べることにより,その特徴と利用可能性を明らかにしたものである.

 第1章の総論では,通常のBaTiO3基セラミックスのPTCR特性に及ぼす製造条件および添加物などの影響,同特性発現の機構などについての従来の知識をまとめると共に,本研究の目的について示している.

 第2章では,「TiO2(Ti)粉添加によるBaTiO3基セラミックス真空中焼結体におけるPTCR特性の発現」についての研究結果を述べている.半導体化のためのSbとキューリー点Tcを降下するためのSrが添加された(Ba0.697Sr0.03Sr0.3)TiO3セラミックス粉(平均粒子直径は1m)にTiO2(Ti)粉(TiO2量は12.5mass%;TiO2表面層厚さは0.4m,内部のTi直径は18m)を添加した粉末成形体を1623K-3.6ks真空中焼結し,その後,853K-0.3ks空気中でペーストを焼き付けたものについて,PTCR特性に及ぼすTiO2(Ti)量の影響を調べ,(1)PTCR特性は,TiO2(Ti)量が3.9〜5.5mass%で明瞭に発現し,それ以下でもそれ以上でも発現しないこと,(2)同特性発現の主因はTiであり,TiO2は副次的な役割を果たすこと,(3)(Ba,Sb,Sr)TiO3-x相中酸素量は,TiO2(Ti)量の増加と共に減少し,3.9〜5.5mass%ではかなり減少し(x=0.5〜0.7),ペースト焼き付けにより増加する(x=0.2〜0.4)こと,すなわち,PTCR特性は,酸素量が若干減少すると発現しなくなるが,かなり減少すると再び発現すること,(4)誘電率(r)は,通常の無添加空気中焼結体と同様に,測定温度によって大きく変化し,変化率r,540K/r,rtは3.9〜5.5mass%TiO2(Ti)量で約1/8であること,(5)TiO2(Ti)添加によりPTCR特性が発現するのは,実験結果とPTCR特性発現に関するHeywang-Jonkerモデルなどを考慮すると,(i)(Ba,Sb,Sr)TiO3-x相中の酸素の一部が,焼結中にTiO2(Ti)のTi中に吸収されると共に真空中へ脱出することにより,同相の酸素量はかなり減少するが,(ii)その後の空気中ペースト焼き付けにより同相粒子の主として表層部と粒界部に酸素が供給され,(iii)このため,粒界には高電気抵抗の通電障壁層が生じることにより,Tc以上では電気抵抗率は大であるが,Tc以下では粒界部で立方晶(常誘電体)→正方晶(強誘電体)変態を起こして自発分極を生じることから,粒界の電気抵抗が実質的に小さくなるためにが小となることによると考えられること,(6)TiO2(Ti)粉添加により,焼結中に緻密化も粒成長もほとんど起こらなくなる原因は,焼結時に液相が生じなくなることに起因すると考えられることなどの多くの重要な基礎的知見を得ている.

 第3章では,「TiO2(Ti)粉およびTi粉添加(Ba,Sb,Sr)TiO3真空中焼結体のPTCR特性に及ぼすTiO2(Ti)粉中TiO2量およびTi粉粒度の影響」についての研究結果を述べている.TiO2(Ti)粉中TiO2量を12.5〜50mass%と変化させた場合,(1)いずれの量でもPTCR特性が発現すること,(2)室温電気抵抗率rtの最小値とmax/rtの最大値はTiO2(Ti)粉中TiO2量が約50mass%の場合に得られること,一方,Ti粉添加の場合,2mと微粒粉の場合に低いrtと高いmax/rtが得られるが,室温付近では一定とならず,室温用PTCR特性は劣化することを明らかにしている.そして,PTCR特性が発現する(Ba,Sb,Sr)TiO3-x相中のペースト焼き付け後のx値は,TiO2(Ti)粉中のTiO2量にかかわらず0.2〜0.4の範囲内にあること,上記の(2)の現象は,焼結状態での(Ba,Sb,Sr)TiO3-x粒子内中の酸素イオン濃度分布が,TiO2層厚さが大となるほど均一となるためにが場所によらずほぼ均一になることに起因するとしている.

 第4章では,「TiO2(Ti)粉添加(Ba,Sb,Sr)TiO3真空中焼結体のPTCR特性に及ぼす焼結およびペースト焼き付け条件の影響」ついての研究結果を述べており,(1)rtmax/rtは,焼結温度Ts,焼結時間tsおよびペースト焼き付け温度Tbによって種々変化し,rtの最小値として1.8×102・cm,max/rtの最大値として107の値が得られ,これらの値は通常のPTCRサーミスタに比べて遜色がないこと,(2)(Ba,Sb,Sr)TiO3-x相中の酸素量は,Tsとtsの増加と共に減少し,Tbの増加と共に逆に増加するが,最小のrtと最大のmax/rtが得られるのはx値が0.3〜0.4の場合であること,(3)TiO2(Ti)粉添加真空中焼結体のPTCR特性に及ぼすTs,tsおよびTbの影響は,いずれも通常の無添加空気中焼結体のものに比べ大であること,これは,無添加空気中焼結体とは異なり,多孔質・微粒組織であることにより,焼結時の真空雰囲気への脱酸素とペースト焼き付け時の空気雰囲気からの吸酸素が起こり易いことに起因することなどを明らかにしている.

 第5章では,本研究の結果を総括すると共に,本セラミックスはその多孔質・微粒組織を活かしてガスセンサーなどへの利用可能性があることなどを示している.

 以上のように,本論文は,新たに開発した部分酸化Ti粉添加BaTiO3基セラミックス真空中焼結体のPTCR特性などに及ぼす諸因子の影響を定量的に明らかにすると共に同特性の発現機構について検討し,多くの有用な知見を得ており,材料学に寄与するところが大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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