内容要旨 | | ジルコニアセラミックスは高強度・高靭性あるいは高酸素イオン伝導性を示し,実用材としての利用が期待されている.このような機能の発現は,固相間相転移,特に立方晶(c-ZrO2)-正方晶(t-ZrO2)相転移およびぞれに伴い形成される微細組織に大きく依存していると考えられる.本研究は,ジルコニアのc-t相転移に対する解析を行い,その機構およびc-ZrO2の構造安定性に関する議論を行うことを目的としている. 従来までの報告で,ジルコニアのc-t無拡散相転移は連続的であり,二次相転移の性質を有することが指摘されてきた.そこで,このc-t無拡散相転移を二次転移と仮定し,次式のようなLandauの現象論的解析に基づいた熱力学的モデルの構築を行った. ここでx,i,Tは,組成,秩序変数および温度を,a,B,Cは正の定数をそれぞれあらわしている.Fig.1は,このモデルを用いてZrO2-R2O3(R:Nd,Sm,Gd,Y)系のc-t二相域を計算した結果である.この図から明らかなように,計算結果は測定結果とよく対応していることが分かる.またこのモデルはその他に,不定比ジルコニア(ZrO2-x)系やZrO2-CeO2系などのc-t相平衡も説明しうるものである.このモデルによるc-t二相域は,スピノーダル領域を内包した溶解度ギャップとしてあらわされており,従来までの二相域とは大きく異なった形状を有している.また,計算によるスピノーダル領域は,層状組織と呼ばれる特異な組織の出現領域と良く一致したものとなっている.このことは,この層状組織がスピノーダル分解に起因する変調構造組織であるとする報告を支持するものである. Figure 1:Calculated c-t two-phase fields for four systems ZrO2-R2O3(R:Nd,Sm,Gd,Y).Dots exhibit the experimental data examined with EPMA. このモデルと既報のデータを比較すると,ジルコニアのc-t相転移は酸素イオンの変位が支配的な役割を果たしていることが推察される.このことは,c-ZrO2の安定性は,隣接する酸素イオン間の干渉と密接な関連があることを示唆している. 以上のような熱力学的モデルを用いることにより,ジルコニアセラミックスのc-t相転移に伴う微細組織形成のコンピュータシミュレーションを行うことが可能となる.シミュレーションには局所的な組成x(r,t)と秩序変数i(r,t)の時間発展を計算するtime-dependent Ginzburg Landau(TDGL)方程式を用いて行った.Fig.2(a)はZrO2-4mol%Y2O3の試料をc-ZrO2単相領域から急冷した際のシミュレーション結果である.規則-不規則変態で見られる逆位相境界(APB)に類似したコントラストを有するドメイン構造が形成されており,実際に観察される組織(Fig.2(b))を非常によく再現していることが分かる.またこの計算の結果,ドメイン境界がc-ZrO2あるいはそれに非常に近い構造を有することが示された.Fig.3(a)はZrO2-6mol%Y2O3の試料を1473Kで等温熱処理した際の微細組織形成シミュレーション結果である.また,Fig.3(b)は同一の処理を施した試料のTEM暗視野像であるが,両者ともに特定の方向性を有した周期的な層状組織が形成されていることが分かる.このようにこのモデルは,ドメイン構造組織や層状組織などの特異な組織の再現や,前述のように各種ジルコニアセラミックスのc-t相平衡を説明しうるものであることが分かる.次にZrO2-R2O3(R:Nd,Sm,Gd,Y)系におけるc-t相分離のコンピュータシミュレーションを行ったところ,添加陽イオン半径が大きくなるに従いc-t相分離速度が上昇する傾向にあることが示された.このことは,既報のZrO2-R2O3系の微細組織観察結果をうまく説明しうるものである.またこの結果は,ジルコニアセラミックスの微細組織形成は,c-t無拡散相転移と拡散型相分離の競合に支配されることを意味している. Figure 2:Calculated (r,t)-field in ZrO2-4mol%Y2O3 together with the observed micrograph. このコンピュータシミュレーションを用いて仮想的な実験を行ったところ,t-ZrO2ドメイン構造組織におけるドメイン境界に,溶質イオンであるY3+イオンが偏析することが明らかとなった.このようなt-ZrO2ドメイン境界へのY3+イオンの偏析を実験的に確認する為に,ZrO2-Y2O3-TiO2系を用いたモデル実験を行った.このZrO2-Y2O3-TiO2系におけるt-ZrO2ドメイン境界直上およびその周囲をTEM-EDSにより点分析した結果がFig.4である.この図から明らかな様に,Y3+イオンがドメイン境界に偏析しており,シミュレーションによる予期と良い一致を示していることが分かる.このようなドメイン境界へのY3+イオンの偏析は,ドメイン境界がc-ZrO2あるいはそれに非常に近い構造を有している為であると考えることができる.すなわち,Y3+イオンはc-ZrO2安定化に非常に有効であるので,ドメイン境界を安定化させることができる為に偏析したと解釈することができる. 同様の微小領域分析をFig.3(b)の様な層状組織に対して行った結果を示したものがFig.5である.図中でハッチングをしてある領域は黒いラメラ上の,それ以外の部分は白いラメラ上の分析結果を示してある.この図から明らかな様に,白と黒のラメラではY3+イオンの濃度が異なっており,その界面では濃度が連続的に変化していることが分かる.このような濃度プロファイルはシミュレーションにより計算された変調構造のそれと良く合致するものである.このような解析からはこの組織の形成機構を予期することは困難であるが,本研究結果はこの層状組織がスピノーダル分解に起因する変調構造と極めて類似した性質を有することを示唆している. Figure 3:Calculated (r,t)-field in ZrO2-6mol%Y2O3 annealed at 1473K together with observed micrograph.Figure 4:Normalized intensity ratio of TEM-EDS spectra plotted against the distance from the domain boundary in ZrO2-3mol%Y2O3-12mol%TiO2 annealed at 1773K for 4h.Figure 5:Concentration profile of yttrium ions.Hatched and unhatched areas represent the dark and bright lamellae, respectively.The analysis was made using the probe size of aboutlnm. 前述したように,c-ZrO2の構造安定性は,隣接酸素イオン間の干渉に支配されていると考えることができる.そこで,この干渉とc-ZrO2安定性の関係を調べるためにDV-X分子軌道計算法を用いた第一原理計算を行った.ジルコニアのようなイオン結合性が支配的な結晶では,このイオン間の干渉は電気的なものであると予想される.そこで,DV-X分子軌道計算法により求められる酸素イオンの有効電荷(net charge,NC)を用いて,隣接酸素イオン間の電気的反発力を求めた.Fig.6は,ZrO2-Y2O3,ZrO2-CeO2およびZrO2-TiO2系に対して計算を行った結果である.また,比較の為に純ZrO2に対して計算を行った結果も同時に示してある.ZrO2に対するY2O3およびCeO2の添加はc-ZrO2安定化に有効であるが,TiO2添加はc-ZrO2安定化効果はほとんどないと考えられている.また,Y2O3の方がCeO2よりも大きなc-ZrO2安定化効果を有するとされている.このこととFig.6から,酸素イオン間の反発力とc-ZrO2安定化効果には,よい相関性があることが示唆される.すなわち,c-ZrO2安定化は隣接酸素イオン間の反発力を低下させることにより実現されると考えられる.また同様の計算を仮想的ジルコニアに対して行ったところ,c-ZrO2安定化に対する「イオン半径効果」と「酸素イオン空孔効果」が確認された. Figure 6:Calculated coulomb forces between neighboring oxygen ions in ZrO2,ZrO2-Y2O3,ZrO2-CeO2 and ZrO2-TiO2. |