学位論文要旨



No 114301
著者(漢字) 北薗,幸一
著者(英字)
著者(カナ) キタゾノ,コウイチ
標題(和) 内部応力超塑性に関する研究
標題(洋)
報告番号 114301
報告番号 甲14301
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4427号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨 1.序論

 結晶性材料が高温,低応力下で非常に大きな延性を示す超塑性挙動は,微細粒超塑性と内部応力超塑性に大別される.近年,複合材料やセラミックス材料おける微細粒超塑性の工業的応用が積極的に研究されているが,結晶粒界がほとんど存在しない耐熱超合金等に適用することは原理的に不可能である.一方,内部応力超塑性はこれらの材料を塑性加工する有力な手段と考えられるが,その適用範囲の狭さ,変形速度の小ささなどの理由から研究例は少なく,変形機構も不明瞭なままであった.本論文ではこれまでの変形モデルの再検討及び修正,モデル材料による実験的検証を通じて内部応力超塑性の変形機構を解明するとともに,実用材料を用いて内部応力超塑性の工業的応用の可能性を探ることを目的とする.

2.理論的解析

 内部応力超塑性は,周期的な温度変化によって材料内部に誘起される不均一な内部応力が,外力による巨視的な変形を促進させる現象である.このとき1サイクルあたりのひずみ,つまりひずみ速度は付加応力に比例(応力指数が1)する.内部応力超塑性は,内部応力の生じ方により以下の3つに分類される.

 (i)変態超塑性:相変態に伴う体積変化によって内部応力が誘起される.

 (ii)異方性CTE(Coefficient of Thermal Expansion)ミスマッチ超塑性:個々の結晶粒の異方性のあるCTEによって内部応力が誘起される.

 (ii)複合材CTEミスマッチ超塑性:金属基複合材料(MMC)において,マトリックスと介在物のCTEのミスマッチにより内部応力が誘起される.

 それぞれの内部応力超塑性についてこれまでに提案されている3種類の変形モデルを再検討する.ここで加熱時間と冷却時間tが等しく,温度幅が一定の温度プロファイルT(t)の熱サイクルを仮定する.

 Satoら[1]は,複合材CTEミスマッチ超塑性に関して,マイクロメカニックスによる変形モデルを提案した.球状のマトリックスの中心に半径の球状の弾性介在物が存在する材料を考える[図1].ここでマトリックスは,

 

 という多軸のべき乗則に従ってクリープ変形すると考える(n>3).Qはクリープの活性化エネルギー,Kは定数であり,介在物の体積分率fは十分小さいと仮定する.加熱冷却速度の熱サイクル中に外力(0i1j1)による塑性ひずみのミスマッチは,介在物界面の界面拡散によって緩和され[図 1a],熱ひずみのミスマッチは,マトリックスの体積拡散では緩和されず塑性変形によって緩和される[図 1b]という2種類の緩和機構を考え,準定常的な応力分布が達成されると仮定する.このときのマトリックス中の偏差応力は,外力による位置に依存しない成分と,温度変化に伴う位置に依存する成分の和で与えられ,それらは

 

 

 となる.ここではマトリックスと介在物のCTEの違い,xは介在物の中心からの距離であり,とnの温度依存性は無視する.

 <<つまり低付加応力の場合,(2),(3)式を(1)式に代入することにより,付加応力方向の平均ひずみ速度は,

 

 と算出される.ここでTeqは熱サイクルの等価温度であり,

 

 という式で定義できる.

図1 複合材料の熱サイクルクリープにおける緩和プロセス.

 Greenwoodら[2]は,変態超塑性に関して連続体塑性理論からべき乗則クリープ変形する材料における1サイクルあたりの変態ひずみcと付加応力との関係を,相変態による体積変化V/Vを用いて,

 

 と導出した.I0は内部応力であるが,その物理的意味は不明瞭であった.したがって筆者は,材料内部に生じた変態ミスマッチひずみTにより内部応力I0が誘起され,それがべき乗則に従って塑性緩和されるという仮定をおくことにより,I0

 

 と書き直した.ここでTは,変態ミスマッチひずみ速度である.

 Sherbyら[3]は,べき乗則クリープ変形する材料に熱サイクルを付加することによりある一定の内部応力iが発生し,この半分が転位の運動を促進(0+i)し,他の半分が抑制(0-i)させると仮定して,CTEミスマッチ超塑性の定性的モデルを提案した.それは高応力域(0>>i)ならばべき乗則クリープ式となり,低応力域(0<<i)ならば

 

 という線形クリープ式となる.しかしながらiの具体的な値は不明であった.そこで筆者は,変態超塑性と同様に材料内部に生じたCTEミスマッチひずみCTEにより内部応力iが誘起され,それがべき乗則に従って塑性緩和されるという仮定をおくことにより,i

 

 と書き直した.ここでは,CTEミスマッチひずみ速度である.

 上記のように3種類の変形モデルに修正を加えて得られた構成方程式を表1にまとめた.Grenwoodらの式におけるは相変態に要する時間で,相変態の温度域でのみ熱サイクルを付加すれば,である.3種類を比較すると,定数項を除いて平均ひずみ速度に対するミスマッチひずみ速度,等価温度依存性が一致している.これより内部応力超塑性の本質は,熱サイクルを付加することにより誘起された内部応力が塑性緩和されるという条件下で外力による変形が促進される現象であるということができる.

表1 変形モデルの比較
3.Al-Be共晶合金による実験的検証3.1.実験方法

 粒子分散複合材料のモデル材料として,Al-Be共晶合金(Be相の体積分率1.2%)を用意した.高周波コイルによる誘導加熱方式のクリープ試験装置を用いた.加熱冷却速度一定の三角波形の熱サイクルを付加し,熱サイクルクリープ速度は平均ひずみ速度として算出した.

3.2.温度プロファイルの効果

 等温,熱サイクル圧縮クリープ試験によるひずみ速度と付加応力の関係をプロットした[図2].熱サイクルクリープは,高応力域でn=7の等温べき乗則クリープに漸近し,低応力域では等温クリープよりはるかに大きなひずみ速度を有する線形クリープ挙動を示した.この領域は超塑性域といえる.破線は(4)式を用いて計算した熱サイクルクリープの予測値である.予測値と実験値は2倍以内でよく一致しており(4)式の妥当性が証明された.

図2 Al-Be共晶合金の等温,熱サイクル圧縮クリープ試験結果.

 測定結果(実線)が予測値(破線)をわずかに下回っていた原因は,加熱冷却の反転に伴う遷移過程の影響であると考えられる.つまり加熱冷却の反転後に内部応力場が形成されるまでの待ち時間を要するからである.本実験条件においてその時間は16sと算出された.

3.3.等価温度の効果

 一定の温度プロファイルのもとでTeqをパラメータとして熱サイクルクリープ試験を行った.なおひずみ速度は,純アルミニウムの格子拡散係数DLとDL1/n(n=7)で規格化した[図3].図3aから明らかなように低応力域ではDLで規格化されたひずみ速度は大きく異なっているが,図3bでは一本の直線にのることが示されている.この結果は超塑性域におけるひずみ速度が,DL1/nに比例することを意味する.

 図3の超塑性域でArrheniusプロットを行い,変形の見かけの活性化エネルギーを算出すると,21.9kJ/molとなった.この値は,純アルミニウムの格子拡散の活性化エネルギー(QL=120〜145kJ/mol)や粒界拡散の活性化エネルギー(QGB=86kJ/mol)のどちらよりも著しく小さいが,QL/n(n=7)=17〜21kJ/molに近いことがわかる.これは,内部応力超塑性の見かけの活性化エネルギーがQL/nに相当することに他ならない.

図3 異なる温度域におけるAl-Be共晶合金の熱サイクル圧縮クリープ試験結果.ひずみ速度をマトリックスの(a)格子拡散係数,(b)格子拡散係数の1/n乗で規格化した.
4.繊維分散複合材料への応用4.1.実験方法

 実用材料における内部応力超塑性挙動を解析するために短繊維分散複合材料のモデル材料として,Al-Al3Ni共晶合金を選択し,一方向凝固により,純アルミニウムのマトリックス中に繊維状のAl3Ni相を晶出させた.Al3Ni相の体積分率は10%で,その平均アスペクト比は84であった.凝固方向に平行,垂直に応力を付加しながら,等温,熱サイクル圧縮クリープ試験を行った.

4.2.結果及び考察

 Al-Be共晶合金と同様に熱サイクルクリープは,低応力で線形クリープ,高応力で等温べき乗則クリープに漸近した.破線は(4)式を用いて算出した予測値である.どちらの場合も低応力域で内部応力超塑性が生じたが,その変形機構は異なる.繊維に垂直に応力を付加したときの実験値は,理論値ととよく一致した[図4b].これは,粒子分散MMCと同様に界面拡散による完全緩和が生じていることを表している.一方,繊維に平行に応力を付加したときの低応力域における実験値は,理論値の1/6程度である.[図4a].これは界面拡散距離が長くなることにより界面拡散緩和速度が小さくなったためである.したがって界面拡散による緩和ではなく塑性変形による緩和が生じていると考えられる.

図4 一方向凝固Al-Al3Ni共晶合金の等温,熱サイクル圧縮クリープ試験結果.付加応力は(a)繊維に平行,(b)繊維に垂直.
5.Ni基超合金への応用5.1.実験方法

 実用Ni基超合金Mar-M247の単結晶材を用意した.溶体化,時効熱処理を行うことにより,マトリックス中に体積分率70%の立方体’相が整合析出している組織を得た.<001>方向に一定荷重を負荷しながら,’相がラフト化せず,完全固溶しない温度域でクリープ試験を行った.

5.2.結果及び考察

 1373〜1473Kで熱サイクル引張りクリープ試験を行った結果,破断なしに約100%の伸びが得られた[図5a,b].試験中の組織を調べた結果,図5cのように体積分率の小さな球状の’相が分散した形態に変化していた.この組織は粒子分散MMCの組織とよく似ているため,本材料で内部応力超塑性が生じた理由を間接的に説明できる.また試験後,試験前と同様な熱処理を行った結果,組織は試験前と同等の組織が得られた[図5d].これは,変形後の試験片が試験前と等しい単結晶構造とクリープ強度を有することを意味しており,実用上重要である.

図5 Mar-M247の熱サイクル引張りクリープ試験結果.(a)試験前,(b)試験後,(c)変形中のSEM組織,(d)変形後に再熱処理をしたSEM組織.
6.結論

 ・ これまでの3種類の変形モデルを再検討,修正することにより,内部応力超塑性の本質は熱サイクルを付加することにより誘起された内部応力を塑性緩和する条件で,外力による変形が促進される現象であることを理論的に明らかとした.

 ・ モデル材料であるAl-Be共晶合金を用いて,平均ひずみ速度の温度プロファイル,等価温度依存性を調べ,実験結果が理論的解析結果と一致することを示した.

 ・ 短繊維分散Al-Al3Ni共晶合金を用いて介在物の形状の影響を調べ,繊維に対する付加応力方向により緩和過程に違いが生じることを明らかにした.

 ・ 従来,塑性加工が困難とされていたNi基単結晶超合金を内部応力超塑性プロセスにより塑性加工できることを実験的に明らかにした.

参考文献1.E.Sato and K.Kuribayashi,Acta metall.mater.41,(1993),1759.2.G.W.Greenwood and R.H.Johnson,Proc.Roy.Soc.London 283A,(1965),403.3.O.D.Sherby and J.Wadsworth,Mater.Sci.and Tech.1,(1985),925.(overview)
審査要旨

 高温、低応力下で大きな延性を示す超塑性は微細粒超塑性と内部応力超塑性に大別される。前者は複合材料やセラミックス等の難加工性材料の塑性加工法として工業的にも広く適用されているが、粗大粒あるいは単結晶が用いられる耐熱超合金に適用することは原理的に不可能とされている。他方後者は結晶粒径には依存しないことからこれらの材料への適用が期待されるがその詳細には不明な点が多い。本論文では、従来断片的、現象論的に扱われてきた内部応力超塑性に関して、これまで提唱されてきたモデルの再検討ならびに整理、統一化と、モデル材による実験的検証を踏まえた内部応力超塑性の本質の解明が試みられ、併せて実用材料による工業的応用の可能性が検討されている。

 論文は全6章から構成されている。第1章は序論であり、本研究の背景を述べている。第2章では理論的解析の章であり内部応力超塑性の定義と定式化を行っている、すなわち、内部応力超塑性に関してこれまでに提唱された変形モデルの整理と再検討を行い、以下のような統一的解釈を提案している。

 内部応力超塑性は内部応力の生じ方により現象論的に以下の三つ、

 (i)変態超塑性:相変態に伴う体積変化によって内部応力が誘起される、

 (ii)異方性CTE(Coefficient of Thermal Expansion)ミスマッチ超塑性:CTEに異方性がある材料では結晶粒の配向に伴うCTEの異方性によって内部応力が誘起される、

 (ii)複合材CTEミスマッチ超塑性:金属基複合材料(MMC)において、マトリックスと介在物のCTEのミスマッチにより内部応力が誘起される、

 に分類されてきたが、その本質は、熱サイクルの付与によって誘起された内部応力がマトリックスの塑性変形によって緩和される場合の材料のマクロな変形が、外力の付加によって促進される現象である。本章では、これらの変形を定量的に記述する一般化された構成方程式も導出している。

 第3章と4章では先に導出した一般化された構成方程式の妥当性をモデル材料により実験的に検証している。3章では粒子分散複合材料のモデル材料としてAl-Be共晶合金を、4章では繊維強化複合材料のモデル材料としてAl-Al3Ni共晶合金を用い、それらの熱サイクルクリープ挙動の解析から、界面における完全緩和を仮定したモデルがよく当てはまることを述べている。また繊維強化複合材料では繊維に対する付加応力方向により緩和過程に違いが生じることも指摘している。

 内部応力超塑性は微細結晶粒であることを必要としないところから、第5章では実用材料への応用として、実用Ni基超合金の単結晶への適用を試み、以下のような結果を得ている。’相がラフト化せず、また完全固溶しない温度域、すなわち’の体積分率が小さく、かつ球状に分散する温度域での熱サイクルクリープでは、破断なしに約100%の伸びが得られ、変形後も単結晶が維持されていること、すなわち変形前と同様な熱処理により変形前と同等な組織、クリープ強度が得られることを指摘している。

 第6章は結論であり、本研究の成果を要約している。

 以上本論文は、介在物や分散粒子とマトリックスの界面に生じる内部応力を利用した超塑性加工の概念の確立と定量化を目的としており、従来の各論的に扱われて内部応力超塑性に対して統一的な概念に基づく一般化された構成方程式を導出し、その実験的検証を通して著者の提案したモデルの妥当性を示している。また、難加工性金属材料の典型例であるNi基超合金へ同手法を適用し、組織、強度特性を損なうことなくこれまでの常識を越える大きなクリープ伸びを得る等、実用的可能性も明らかにしており材料工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54070