学位論文要旨



No 114302
著者(漢字) 遠山,暢之
著者(英字)
著者(カナ) トオヤマ,ノブユキ
標題(和) セラミックス基複合材料の酸化機構と高温力学特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 114302
報告番号 甲14302
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4428号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 航空・宇宙分野及び高効率熱機関等の分野における構造材料として繊維強化型セラミックスが期待されている。これらの材料における破壊過程は主にマトリックス割れ、界面剥離、繊維破断の3つに分類され、主要な高靭化機構としてはブリッジング機構およびプルアウト機構が挙げられる。これら高靭化機構の発現のためには、界面剥離の発生および進展が不可欠である。そのため、繊維表面に炭素コーティングを行ったり、複合材料作製時において界面に脆弱な層を析出させるなどして容易に界面剥離が生じるような材料設計が行われている。SiC系繊維強化複合材料においては高温酸化雰囲気で表面酸化膜を形成し、優れた耐酸化性を発現するためにSiC/SiC複合材料やSiC/LAS複合材料が注目されている。しかし、界面層として炭素層が存在している場合には、高温酸化雰囲気中において界面層が容易に酸化され消失し、繊維やマトリックスの酸化によって形成された酸化物層に置換される。これによって繊維/マトリックス界面結合強度が高くなり、界面剥離の進展が抑制されて脆性的な破壊形態を取る。そのため、高温酸化雰囲気中における繊維強化型セラミックスの力学特性を評価する上で、まず界面層を含めた複合材料全体の酸化機構を解明することが不可欠である。にもかかわらず、複合材料の酸化機構に関する研究は少なく、さらに酸化機構を考慮に入れた高温力学特性の評価を行った例は非常に少ない。

 ここで、Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックス(宇部興産)は材料作製時のホットプレスの際に繊維中に存在する非化学量論的組成の余剰炭素が遊離して、繊維/マトリックス界面に約10〜20nmと非常に薄い炭素層を形成している材料である。また、余剰炭素は-SiC微結晶の周辺に偏析しており、高温不活性化雰囲気中における、-SiC結晶粒の粗大化を抑制する役割も果たしている。このため、酸化雰囲気中で余剰炭素が酸化されるとSi-Ti-C-O繊維の熱安定性が劣化する恐れがあることから、界面炭素層に加えて、余剰炭素の酸化機構を解明することも非常に重要である。

 本研究ではSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスについて、高温大気中における材料を構成する各要素を含めた材料全体の酸化機構を解明し、モデル化を行う。確立したモデルを用いて反応速度解析を行い、酸化機構を定量的に解析する。また界面炭素層の酸化領域を損傷領域と定義し、損傷領域に及ぼす因子について定量評価を行う。そこで得られた知見を基にして、セラミックス基複合材料の耐酸化性向上のための指針を得ることを本研究の目的とした。

1.Si-Ti-C-O繊維の酸化機構および速度解析

 高温酸化雰囲気中でSi-Ti-C-O繊維の熱重量測定を行い、アモルファス相の酸化速度定数を求め、速度解析を行った。酸化速度は、酸化初期では繊維/酸化皮膜界面の反応律速に支配され、その後酸化皮膜中の酸素分子の拡散速度に支配されることを明らかにした。さらに酸化皮膜成長速度と熱重量測定による質量変化率を対応づけを行うことで、酸化皮膜厚の予測を可能にした。予測した酸化皮膜厚を利用して酸化皮膜が繊維強度に及ぼす影響についてワイブル解析を行い、繊維強度の低下が荷重負担する有効面積が減少することおよび酸化皮膜が新たな欠陥源となることに起因することを明らかにした。

2.Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの酸化機構の解明

 熱重量測定、微細構造解析および元素分析を行うことで、Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの酸化機構の解明を試みた。773〜1023Kの低温領域、1073K以上の高温領域で酸化機構が異なることが明らかになった。低温領域においては繊維断面部より遊離炭素の酸化が生じることで、繊維内部および繊維/マトリックス界面にポアが多数のポアが形成されることを明らかにした(図1)。

図1 酸化試験後の繊維のSEM写真

 高温領域においては繊維の保護酸化によって形成される酸化皮膜が材料内部の遊離炭素の酸化を抑制するために、非常に優れた耐酸化性を有することを示した。さらに1673K以上の温度では繊維の熱分解反応が生じていることを熱重量測定およびX線回折を行うことで明らかにした。以上から得られた知見を基にSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの酸化機構モデルを構築した。

3.Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックス酸化機構の定量評価

 構築した酸化機構モデル(図2)に基づいて、繊維、遊離炭素層および界面炭素層の酸化速度解析を行うことで、熱重量曲線の予測を試みるとともに、Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの酸化速度に影響を及ぼす因子について定量評価を試みた。解析の結果、温度の上昇とともに、炭素層の酸化速度は炭素層の反応律速からポア内に侵入する酸素の拡散律速へと移行することを定量的に示すことができた。さらに繊維、遊離炭素層、の酸化曲線をそれぞれ求めることで、Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの熱重量曲線の予測を可能にした。界面炭素層の酸化による損傷領域の大きさについて数値シミュレーション行った結果を図3に示す。これより、通常1m程度の界面層を有する他のSiC系CMCに比較してチラノヘックスが非常耐酸化性に優れていることを定量的に示すことができた。このように損傷領域の形成抑制のためには、界面炭素層を薄くすることが非常に効果的であることを示した。さらに高温よりもむしろ中低温領域における損傷領域が形成されやすいことを併せて示すことができ、熱重量測定による実験値と非常によい一致を示した。

図2 チラノヘックスの酸化機構モデル図3 界面炭素層厚が損傷領域に及ぼす影響
4.表面コーティング処理による耐酸化性の向上

 セラミックス基複合材料の耐酸化性向上のための様々な提案が行われており、最も有効であると考えられている耐酸化コーティングに着目して、耐酸化性向上のための新たな指針を得ることを試みた。コーティングクラックを通じた酸化機構モデルに従って、コーティング処理を施したC/C複合材料の酸化速度解析を行い、コーティングクラックの形態が酸化速度に及ぼす影響について定量評価を行うことができた。その結果、耐酸化コーティングに必要な条件が母材との熱膨張係数の差が小さいこと、および可能な限り厚くすることであることを明らかにした。この知見を基に、酸化皮膜を耐酸化コーティング材として有効利用する試みを行った。各種温度条件で酸化皮膜を形成させることで、Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの低温領域における炭素層の酸化を低減、さらには完全に抑制することができた。酸化皮膜のクリストバライトへの結晶化を防ぐことが最も効果的であることを明らかにした。さらに繊維強度劣化の原因となる熱分解反応を有効利用することで、酸化皮膜の成長速度を劇的に増加できることが明らかになった。以上の知見を基に耐酸化コーティングとして酸化皮膜を用いるための提言を行うと同時に、耐酸化性に優れた複合材料の製造プロセスへの提言を行った。

5.Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの高温力学特性

 酸化挙動が既知の条件で四点曲げ試験および界面せん断試験を行うことで、界面炭素層の酸化がSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの破壊機構および強度に及ぼす影響を明確にすることを試みた。一方向材および直交積層材の四点曲げ試験において、繊維断面部から酸化による損傷領域の進行とともに著しい強度低下が生じた。さらに直交積層材の積層界面にはマトリックス体積率が小さいことに起因して多数のポアが存在していること示し、積層界面近傍の繊維の脆性破壊の原因が、積層界面を通じて酸素は材料内部に拡散するためであることを明らかにした。さらに高温酸化雰囲気中における界面せん断試験として打ち抜き法を提案し、治具の設計を行った。打ち抜き試験を行うことで、損傷領域の進行とともに、界面せん断強度は劇的に低下した。さらに1673Kの高温においてはマトリックスの軟化現象によって、局所的な界面剥離しか発生せず、マトリックスが界面近傍において塑性変形したため、見かけ上界面せん断強度は高い値を示した(図4)。図4より分かるように、界面せん断強度に最も影響を及ぼすのが界面炭素層の酸化機構であることを示すと同時に界面炭素層の酸化速度解析を行うことで、界面せん断特性の評価を行うことができることを示唆した。

図4 熱重量曲線と界面せん断強度の関係

 以上のように本研究では、セラミック基複合材料の酸化機構の解明手法および酸化速度解析手法を確立することによって、高温用構造材料として致命的な界面層の酸化を抑制するための定量的な指針を得ることができた。SiC基複合材料の耐酸化性をさらに向上させるために、比較的容易で、コストのかからない耐酸化コーティングとして酸化皮膜の有効利用法および形成法を提言し、SiC基複合材料の実用化へ向けて最適な材料設計の道を見出した。

審査要旨

 本論文「セラミックス基複合材料の酸化機構と高温力学特性に関する研究」は、セラミックス基複合材料であるSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの界面炭素層の酸化によって引き起こされる力学特性の劣化現象に対する定量評価、さらにその抑制方法を明らかにすることを目的としている。本論文は序論並びに本研究の総括を含めて八章より構成されている。

 第一章は序論であり、宇宙・航空分野における高温用構造材料として期待されているセラミックス基複合材料の研究開発の現状および問題点を紹介し、本研究の目的、背景、本研究の内容と特徴を述べている。

 第二章では、現在までに行われてきた強化繊維およびセラミックス基複合材料に関する研究結果の具体例を挙げ、酸化機構の定量化手法および破壊機構の定量化手法について紹介し、本研究の位置付けを明確にしている。

 第三章では、高温酸化雰囲気中におけるSi-Ti-C-O繊維の熱重量測定を行い、得られた熱重量曲線について速度解析を行い、酸化速度が放物線則に従うことを明らかにしている。酸化被膜成長速度と質量変化率との対応づけを行うことで、酸化被膜厚の定量化を可能とし、さらに酸化被膜が繊維強度に及ぼす影響についてワイブル解析を行い、繊維強度の低下が荷重負担する有効面積が減少することおよび酸化被膜が新たな欠陥源となることを明らかにしている。

 第四章では熱重量測定、微細構造解析および元素分析を行うことで、Si-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの酸化機構の解明を試みている。773〜1023Kの低温領域、1073K以上の高温領域で酸化機構が異なり、低温領域においては繊維断面部より遊離炭素および界面炭素層の酸化が生じることで、繊維内部および繊維/マトリックス界面にポアが形成されることを明らかにしている。高温領域においては繊維の保護酸化によって形成される酸化被膜が材料内部の遊離炭素の酸化を抑制するために、非常に優れた耐酸化性が発現することを示し、得られた知見を基にSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの酸化機構モデルを構築している。

 第五章では繊維、遊離炭素および界面炭素層の酸化速度解析を行うための、解析モデルおよび解析手法を新たに構築している。特に繊維内部に存在する遊離炭素の形状についてポア閉塞時間を用いることで定量評価を可能としている。構築した解析手法に基づいて熱重量曲線の予測を試みるとともに、界面炭素層が酸化された領域を損傷領域と定義し、損傷領域の進展に及ぼす温度、界面炭素層厚、酸素分圧などの因子の影響について数値シミュレーションを行うことで定量評価を行っている。

 第六章ではセラミックス基複合材料の耐酸化性向上の手法として最も有効であると考えられている耐酸化コーティングに着目して、コーティング処理を施したC/C複合材料の酸化速度解析を行い、コーティング層中のクラックの形態が酸化速度に及ぼす影響について定量評価を行っている。さらにSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの表面に形成される酸化被膜を耐酸化コーティングとして有効利用する試みを行い、酸化被膜のクリストバライトへの結晶化を防ぐことが最も効果的であることを明らかにし、アモルファス状態の酸化被膜を形成させることで、低温領域における炭素層の酸化をほぼ完全に抑制させることを可能としている。以上の知見を基に、耐酸化コーティングとしての酸化被膜の形成条件を明確にしている。

 第七章では損傷領域が既知の条件で四点曲げ試験および界面せん断試験を行うことで、界面炭素層の酸化がSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの破壊機構および強度に及ぼす影響を明確にしている。特に高温酸化雰囲気中における界面せん断試験として打ち抜き法を提案し、界面せん断強度の劣化に最も影響を及ぼすのが界面炭素層の酸化であることを示すと同時に界面炭素層の酸化速度解析を行うことで、界面せん断特性の評価が可能であることを明らかにしている。

 第八章では、本論文全体を総括してその成果をまとめている。本論文ではSi-Ti-C-O繊維結合型セラミックスの酸化機構の解明手法および酸化速度解析手法を確立することによって、高温用構造材料として致命的な界面層の酸化を抑制するための定量的な指針を得ている。SiC基複合材料の耐酸化性をさらに向上させるために、比較的容易でコストのかからない耐酸化コーティングとして酸化被膜の有効利用法および形成法を提言し、さらに実際に耐酸化性の向上を実現したことによって、SiC基複合材料の実用化へ向けて最適な材料設計の道を見出している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54071