【緒言】 半導体熱電発電は変換効率が低いことから、これまで普及してこなかったが、近年はエネルギー問題や環境問題が注目されるようになり、ごみ焼却炉やエンジンの廃熱等を有効利用しようという気運が高まってきた。熱電材料の普及のためには、無次元性能指数ZT>3が大きな当面の目標であり、性能指数Z=S2/(Sはゼーベック係数、は電気伝導率、は熱伝導率)の向上のために、これまでIoffeの指導原理に基づいて、最適なキャリア密度のもとで移動度と有効質量が大きい材料の探索が行なわれてきた。Ioffeの指導原理はボルツマンの輸送方程式を緩和時間近似して導出されているため、電子相関や電子-格子相互作用が強い系では、熱電特性を説明できない場合が生じ、最近になって、高温熱電変換材料として新たな探索指針の存在が示唆されることから、ボロン系や酸化物系などの移動度の小さい材料も注目されるようになってきた。 ボロン系半導体は、三中心結合を有するB12正20面体クラスターから構成され、クラスター内外の強固な結合を反映して、2000℃以上の高い融点をもつ。電気物性に電子-格子相互作用による電子局在の効果を示すことが知られており、3族の元素を主成分としながらも通常の金属のような電気伝導率は示さず、ノン・ドープでp型の半導体となっている。ボロン系半導体は、結晶の並進対称性とは相容れない5回対称性を持つクラスターから構成されるために、隙間の多い大きな単位胞をもち、熱伝導率が小さい。さらに、ボロン・カーバイドは、電子-格子相互作用によるフォノン介助ホッピング伝導を示し、キャリアに多くのエントロピーが付加されているために、大きなゼーベック係数を持つことで知られている。また、ボロン系正20面体クラスター半導体において、構造の制御および設計(クラスター・デザイン)によって電子状態を制御して、従来材料にない熱電特性の高性能化と低公害化の両方を同時に実現するとともに、最適動作温度の制御された新規材料を創製できる可能性がある。 表1:Fe1.0B105のMossbauer測定結果 本研究では、高温熱電変換材料としてp型では高い性能を示す菱面体晶ボロンに金属をドーピングすることによって、電子-格子相互作用の強い系での熱電材料探索指針の確立を目指し、(1)ボロンのクラスター・デザインの基礎となるボロン原子の結合状態とドーパントの占有状態を解明すること、(2)電気伝導率の制御機構を解明すること、(3)ゼーベック係数の制御機構を解明すること、(4)金属ドーピングしたボロンの性能指数を評価すること、(5)電気伝導率・ゼーベック係数を独立に制御する方法を検討および解明することを目的として実験を行った。 【ボロンへの金属ドーピングと構造】 最大エントロピー法による電子密度分布解析から、ボロン単体である菱面体晶ボロンと菱面体晶ボロンを構成する2種類のB12クラスターとB28ユニット内外の結合様式を調べた。図1に示すボロンを構成するB12クラスターの電子密度分布から、ボロン中のB12クラスターは、B12クラスターのみから構成されるボロンと同様に、ボロン3原子による三角形面内で三中心の共有結合をしている。 アーク溶解法によって金属(V,Cr,Fe,Co,Zr)を侵入型にドーピングした菱面体晶ボロン試料を作製し、粉末X線構造解析からドーピング・サイトの占有率を求めた結果、VとCrはA1サイトの占有率が高く、FeとCoはA1サイトとDサイトを占有するが、ZrはA1サイトをほとんど占有していないことが分かった。 57FeMossbauer効果測定によって得られたスペクトルを図2に示すような3つのスペクトル成分に分解することによってFeドーパントの原子価状態を調べた結果、各スペクトル成分の四極子分裂(Q.S.)から0成分がA1サイト、2成分がDサイトであること、異性体シフト(I.S.)の値から0成分がFe3+、1と2成分がFe2+であると同定した。温度依存性や相対強度と粉末X線構造解析から求まったサイト占有率との関係、相対強度の組成依存性、およびFeと同じA1サイトを占有するAlを添加した場合の相対強度の変化を考慮して、A1サイトにFe3+(0成分)として、DサイトにはFe2+(1成分,2成分)として占有していることが分かった。Dサイトが1,2の2種類になる理由として、Dサイトを占有するFe2+間の相互作用が考えられる。表1に結果をまとめる。 【金属ドーピングしたボロンの熱電特性】 ボロンの熱電特性(電気伝導率、ゼーベック係数、熱伝導率)の制御機構を明らかにするために、電気伝導率とゼーベック係数の温度依存性および組成依存性を調べた。 菱面体晶ボロンB105および金属ドーピングしたボロンMxB105(M=V,Cr,Fe,Co,Zr)の電気伝導率の温度依存性は、ボロン・カーバイドのフォノン介助ホッピングとは異なり、図3に示すような可変領域ホッピング伝導機構によって、温度上昇とともに増加する。A1サイトを高く占有するV、Cr、Fe、Coのドーピングによって電気伝導率は増大し、とくに図4に示すように、VまたはCrのようにA1サイトを高く占有する元素では著しく増加する。逆にA1サイトを占有しないZrでは電気伝導率の上昇はわずかであった。そのため、電気伝導率はA1サイトの占有率で制御することが可能である。光電子分光と電子エネルギー損失分光の結果から、Vをドーピングしたボロンの電気伝導率の上昇は、A1サイトを占有するVとボロンとの混成によるものであることが分かった。 ボロンおよびMxB105のゼーベック係数Sは電気伝導率が可変領域ホッピング型で説明できるのに対し、むしろフォノン介助ホッピング型のような温度依存性S=A+BT(A,Bは定数)を示し、図5に示すように温度上昇に伴って増加する。A1サイトを占有するドーパントではゼーベック係数が減少し、とくにVとCrではn型を表す負のゼーベック係数を示す。一方、A1サイトを占有せず、D、Eサイトのみを占有するZrではドーピングによってp型でボロンよりも大きなゼーベック係数を示す。 MxB105の出力因子P=S2は、通常の金属や半導体とは異なり、温度上昇によって電気伝導率もゼーベック係数も増加するため、図6に示すように、室温まで上昇し続ける。A1サイトを占有するドーパントでは電気伝導率の増加がゼーベック係数の減少を凌駕し、最高でボロンよりも3-4桁高い出力因子を示すp型(Coドープ)・n型(VまたはCrドープ)双方の材料が得られた。 CoとZrはともにp型のドーパントで占有するサイトも異なり、CoはA1,Dサイトを占有して電気伝導率を増加させ(図7)、ZrはD,Eサイトを占有してゼーベック係数を増加させる(図8)ため、Zr1.0B105のZrの一部をCoで置換したCoxZr1-xB105試料を作製して電気物性を評価した結果、電気伝導率とゼーベック係数を独立に制御できる可能性が示唆されるものの電気伝導率・ゼーベック係数はCo量によってほぼ決まり、Zrによるそれらの増加はわずかであった。 【総括】 1.ボロンを構成するB12クタスターやB28ユニットの結合には特異な三中心結合が存在する。ボロンにFeをドーピングした場合は、A1サイトをFe3+として、DサイトをFe2+として占有する。 2、菱面体晶ボロンB105および金属ドーピングしたボロンMxB105(M=V,Cr,Fe,Co,Zr)の電気伝導率の温度依存性は、ボロン・カーバイドのフォノン介助ホッピングとは異なり、可変領域ホッピング伝導機構によって、温度上昇とともに増加する。A1サイトを高く占有するV、Cr、Fe、Coのドーピングによって電気伝導率は増大し、とくにVまたはCrのようにA1サイトを高く占有する元素では著しく増加する。逆にA1サイトを占有しないZrでは電気伝導率の上昇はわずかであった。そのため、電気伝導率はA1サイトの占有率で制御することが可能である。 ボロンおよびMxB105のゼーベック係数はフォノン介助ホッピング型のような温度依存性を示し、温度上昇に伴って増加する。Zr以外ではゼーベック係数が減少し、とくにVとCrではn型を表す負のゼーベック係数を示す。一方、Zrではドーピングによってp型でボロンよりも大きなゼーベック係数を示す。 出力因子は、温度上昇によって電気伝導率・ゼーベック係数ともに増加するため、室温まで上昇し続け、ボロンよりも室温で最高3-4桁高い出力因子を示すp型(Coドープ)・n型(VまたはCrドープ)双方の材料が得られた。 3.ボロンの電気伝導率とゼーベック係数を独立に制御するために、Cr,FeおよびCo,Zrダブル・ドープ試料を作製した。CoxZr1-xB105試料の電気伝導率・ゼーベック係数はCo量によってほぼ決まり、Zrによる増加はわずかであった。 図1:ボロンを構成するB12クラスターの電子密度分布図2:57Fe Mossbauer スペクトルの成分分解図3:金属ドープしたボロンの電気伝導率の温度依存性図4:Crドープしたボロンの電気伝導率とサイト占有率の組成依存性図5:金属ドープしたボロンのゼーベック係数の温度依存性図6:金属ドープしたボロンの出力因子の温度依存性図7:Co,Zrダブル・ドープしたボロンの電気伝導率の組成依存性図8:Co,Zrダブル・ドープしたボロンのゼーベック係数の組成依存性 |