学位論文要旨



No 114303
著者(漢字) 中山,高博
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,タカヒロ
標題(和) 正20面体クラスターをもつボロン系半導体の熱電特性
標題(洋)
報告番号 114303
報告番号 甲14303
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4429号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 木村,薫
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 小田,克郎
内容要旨 【緒言】

 半導体熱電発電は変換効率が低いことから、これまで普及してこなかったが、近年はエネルギー問題や環境問題が注目されるようになり、ごみ焼却炉やエンジンの廃熱等を有効利用しようという気運が高まってきた。熱電材料の普及のためには、無次元性能指数ZT>3が大きな当面の目標であり、性能指数Z=S2/(Sはゼーベック係数、は電気伝導率、は熱伝導率)の向上のために、これまでIoffeの指導原理に基づいて、最適なキャリア密度のもとで移動度と有効質量が大きい材料の探索が行なわれてきた。Ioffeの指導原理はボルツマンの輸送方程式を緩和時間近似して導出されているため、電子相関や電子-格子相互作用が強い系では、熱電特性を説明できない場合が生じ、最近になって、高温熱電変換材料として新たな探索指針の存在が示唆されることから、ボロン系や酸化物系などの移動度の小さい材料も注目されるようになってきた。

 ボロン系半導体は、三中心結合を有するB12正20面体クラスターから構成され、クラスター内外の強固な結合を反映して、2000℃以上の高い融点をもつ。電気物性に電子-格子相互作用による電子局在の効果を示すことが知られており、3族の元素を主成分としながらも通常の金属のような電気伝導率は示さず、ノン・ドープでp型の半導体となっている。ボロン系半導体は、結晶の並進対称性とは相容れない5回対称性を持つクラスターから構成されるために、隙間の多い大きな単位胞をもち、熱伝導率が小さい。さらに、ボロン・カーバイドは、電子-格子相互作用によるフォノン介助ホッピング伝導を示し、キャリアに多くのエントロピーが付加されているために、大きなゼーベック係数を持つことで知られている。また、ボロン系正20面体クラスター半導体において、構造の制御および設計(クラスター・デザイン)によって電子状態を制御して、従来材料にない熱電特性の高性能化と低公害化の両方を同時に実現するとともに、最適動作温度の制御された新規材料を創製できる可能性がある。

表1:Fe1.0B105のMossbauer測定結果

 本研究では、高温熱電変換材料としてp型では高い性能を示す菱面体晶ボロンに金属をドーピングすることによって、電子-格子相互作用の強い系での熱電材料探索指針の確立を目指し、(1)ボロンのクラスター・デザインの基礎となるボロン原子の結合状態とドーパントの占有状態を解明すること、(2)電気伝導率の制御機構を解明すること、(3)ゼーベック係数の制御機構を解明すること、(4)金属ドーピングしたボロンの性能指数を評価すること、(5)電気伝導率・ゼーベック係数を独立に制御する方法を検討および解明することを目的として実験を行った。

ボロンへの金属ドーピングと構造】

 最大エントロピー法による電子密度分布解析から、ボロン単体である菱面体晶ボロンと菱面体晶ボロンを構成する2種類のB12クラスターとB28ユニット内外の結合様式を調べた。図1に示すボロンを構成するB12クラスターの電子密度分布から、ボロン中のB12クラスターは、B12クラスターのみから構成されるボロンと同様に、ボロン3原子による三角形面内で三中心の共有結合をしている。

 アーク溶解法によって金属(V,Cr,Fe,Co,Zr)を侵入型にドーピングした菱面体晶ボロン試料を作製し、粉末X線構造解析からドーピング・サイトの占有率を求めた結果、VとCrはA1サイトの占有率が高く、FeとCoはA1サイトとDサイトを占有するが、ZrはA1サイトをほとんど占有していないことが分かった。

 57FeMossbauer効果測定によって得られたスペクトルを図2に示すような3つのスペクトル成分に分解することによってFeドーパントの原子価状態を調べた結果、各スペクトル成分の四極子分裂(Q.S.)から0成分がA1サイト、2成分がDサイトであること、異性体シフト(I.S.)の値から0成分がFe3+12成分がFe2+であると同定した。温度依存性や相対強度と粉末X線構造解析から求まったサイト占有率との関係、相対強度の組成依存性、およびFeと同じA1サイトを占有するAlを添加した場合の相対強度の変化を考慮して、A1サイトにFe3+(0成分)として、DサイトにはFe2+(1成分,2成分)として占有していることが分かった。Dサイトが1,2の2種類になる理由として、Dサイトを占有するFe2+間の相互作用が考えられる。表1に結果をまとめる。

【金属ドーピングしたボロンの熱電特性】

 ボロンの熱電特性(電気伝導率、ゼーベック係数、熱伝導率)の制御機構を明らかにするために、電気伝導率とゼーベック係数の温度依存性および組成依存性を調べた。

 菱面体晶ボロンB105および金属ドーピングしたボロンMxB105(M=V,Cr,Fe,Co,Zr)の電気伝導率の温度依存性は、ボロン・カーバイドのフォノン介助ホッピングとは異なり、図3に示すような可変領域ホッピング伝導機構によって、温度上昇とともに増加する。A1サイトを高く占有するV、Cr、Fe、Coのドーピングによって電気伝導率は増大し、とくに図4に示すように、VまたはCrのようにA1サイトを高く占有する元素では著しく増加する。逆にA1サイトを占有しないZrでは電気伝導率の上昇はわずかであった。そのため、電気伝導率はA1サイトの占有率で制御することが可能である。光電子分光と電子エネルギー損失分光の結果から、Vをドーピングしたボロンの電気伝導率の上昇は、A1サイトを占有するVとボロンとの混成によるものであることが分かった。

 ボロンおよびMxB105のゼーベック係数Sは電気伝導率が可変領域ホッピング型で説明できるのに対し、むしろフォノン介助ホッピング型のような温度依存性S=A+BT(A,Bは定数)を示し、図5に示すように温度上昇に伴って増加する。A1サイトを占有するドーパントではゼーベック係数が減少し、とくにVとCrではn型を表す負のゼーベック係数を示す。一方、A1サイトを占有せず、D、Eサイトのみを占有するZrではドーピングによってp型でボロンよりも大きなゼーベック係数を示す。

 MxB105の出力因子P=S2は、通常の金属や半導体とは異なり、温度上昇によって電気伝導率もゼーベック係数も増加するため、図6に示すように、室温まで上昇し続ける。A1サイトを占有するドーパントでは電気伝導率の増加がゼーベック係数の減少を凌駕し、最高でボロンよりも3-4桁高い出力因子を示すp型(Coドープ)・n型(VまたはCrドープ)双方の材料が得られた。

 CoとZrはともにp型のドーパントで占有するサイトも異なり、CoはA1,Dサイトを占有して電気伝導率を増加させ(図7)、ZrはD,Eサイトを占有してゼーベック係数を増加させる(図8)ため、Zr1.0B105のZrの一部をCoで置換したCoxZr1-xB105試料を作製して電気物性を評価した結果、電気伝導率とゼーベック係数を独立に制御できる可能性が示唆されるものの電気伝導率・ゼーベック係数はCo量によってほぼ決まり、Zrによるそれらの増加はわずかであった。

【総括】

 1.ボロンを構成するB12クタスターやB28ユニットの結合には特異な三中心結合が存在する。ボロンにFeをドーピングした場合は、A1サイトをFe3+として、DサイトをFe2+として占有する。

 2、菱面体晶ボロンB105および金属ドーピングしたボロンMxB105(M=V,Cr,Fe,Co,Zr)の電気伝導率の温度依存性は、ボロン・カーバイドのフォノン介助ホッピングとは異なり、可変領域ホッピング伝導機構によって、温度上昇とともに増加する。A1サイトを高く占有するV、Cr、Fe、Coのドーピングによって電気伝導率は増大し、とくにVまたはCrのようにA1サイトを高く占有する元素では著しく増加する。逆にA1サイトを占有しないZrでは電気伝導率の上昇はわずかであった。そのため、電気伝導率はA1サイトの占有率で制御することが可能である。

 ボロンおよびMxB105のゼーベック係数はフォノン介助ホッピング型のような温度依存性を示し、温度上昇に伴って増加する。Zr以外ではゼーベック係数が減少し、とくにVとCrではn型を表す負のゼーベック係数を示す。一方、Zrではドーピングによってp型でボロンよりも大きなゼーベック係数を示す。

 出力因子は、温度上昇によって電気伝導率・ゼーベック係数ともに増加するため、室温まで上昇し続け、ボロンよりも室温で最高3-4桁高い出力因子を示すp型(Coドープ)・n型(VまたはCrドープ)双方の材料が得られた。

 3.ボロンの電気伝導率とゼーベック係数を独立に制御するために、Cr,FeおよびCo,Zrダブル・ドープ試料を作製した。CoxZr1-xB105試料の電気伝導率・ゼーベック係数はCo量によってほぼ決まり、Zrによる増加はわずかであった。

図1:ボロンを構成するB12クラスターの電子密度分布図2:57Fe Mossbauer スペクトルの成分分解図3:金属ドープしたボロンの電気伝導率の温度依存性図4:Crドープしたボロンの電気伝導率とサイト占有率の組成依存性図5:金属ドープしたボロンのゼーベック係数の温度依存性図6:金属ドープしたボロンの出力因子の温度依存性図7:Co,Zrダブル・ドープしたボロンの電気伝導率の組成依存性図8:Co,Zrダブル・ドープしたボロンのゼーベック係数の組成依存性
審査要旨

 熱電発電は、熱という質の悪いエネルギーを電気という質の良いエネルギーに変換する、大変魅力的な発電方法であり、原理的には様々な廃熱を利用できる可能性がある。また、稼動部を持たないためメンテナンスの労力が少なく、スケールメリットがないため小型分散発電が可能である。ただし、最大で数%程度と変換効率が低いため、宇宙や遠隔地等の極限られた用途を除いて、見捨てられてきた発電方法である。近年の環境問題やエネルギー問題に対する関心の高まりから、再び見直され、期待が高まっている。正20面体クラスターを持つボロン系半導体は、その特異な共有結合や伝導機構から、熱電変換の高温での性能指数が従来材料に比べて大きくなることが期待されている。本研究は、ボロン系半導体の中でも単体で作製が容易な菱面体晶ボロンを取り上げ、その特異な結合や金属ドーピングした場合のドーパント・サイトや原子価状態を調べ、また、電気伝導率やゼーベック係数の振る舞いから特異な伝導機構を明らかにし、これらの制御方法を確立するすることを目的としている。論文は、5章より構成されている。

 第1章は序論で、本研究の目的と論文の構成について述べ、熱電変換の一般論と熱電材料の現状について述べている。

 第2章は、研究の直接の背景となるボロン系半導体の構造と電気物性について概観している。輸送現象の一般論についても述べている。特に、B-C系の正20面体クラスター半導体において提案されているフォノン介助ホッピング伝導においては、通常の半導体や金属におけるバンド伝導の場合と異なり、電気伝導率とゼーベック係数の両者が温度と共に増大することを指摘し、ボロン系半導体が高温での性能指数の大きな材料となる可能性を強調している。

 第3章では、試料作製方法、粉末X線回折測定による相同定と格子定数の精密決定、リートベルト解析による占有率決定、最大エントロピー法による電子密度分布解析、メスバウアー分光法によるFeドーパントの原子価状態の決定について順次述べている。試料作製は、ボロンとドーパント金属をアーク溶解し、共晶温度直下の熱処理によりドーパント分布の均質化を行い、酸によるエッチングで溶け残った金属相を取り除たとしている。アーク溶解法により金属元素(V,Cr,Fe,Co,Zr)をドープすると、格子定数がドープ量と共に増大し、侵入型にドープされたことを示した。リートベルト解析により、ボロンの主要な3つのドーピング・サイト(A1,D,E)の各ドーパント金属の占有率を明らかにした。電子密度分布解析により、菱面体晶ボロン中の正20面体クラスターの結合が、ボロンに特有な3中心結合であることを示した。メスバウアー効果測定のスペクトルを3つの成分に分解し、各成分の四極子分裂や異性体シフトの値、相対強度の組成依存性や温度依存性、およびFeと同じA1サイトを占有するAlを添加した場合の相対強度の変化を考慮して、A1サイトのFe3+とDサイトの2種類のFe2+として同定できると結論している。Dサイトの2種類の起源は、Fe2+間の相互作用が考えられると議論している。

 第4章では、金属元素をドープした菱面体品ボロンの電気伝導率とゼーベック係数の温度依存性と組成依存性を測定した結果について述べている。電気伝導機構を議論し、電気伝導率の制御方法を確立するとともに、ゼーベック係数の制御方法や両者の独立制御の可能性を検討している。さらには、出力因子の温度依存性を求め、室温において最高で3から4桁高い値を持つp型(Coドープ)、n型(VまたはCrドープ)双方の材料が得られており、さらに高温での特性が期待できる。まず、電気伝導率もゼーベック係数も温度と共に大きくなるが、伝導率の温度依存性は可変領域ホッピング伝導的であるのに対し、ゼーベック係数のそれはフォノン介助ホッピング的であることを明らかにした。次に、電気伝導率はA1サイトの占有率が大きいほど大きくなり、VやCrドーピングにおいて特に顕著であることを明らかにした。一方、ゼーベック係数はVやCrドーピングでは負になるのに対し、CoやZrドーピングでは正のままで、特にA1サイトをほとんど占有せずDとEサイトを占有するZrでは、ゼーベック係数が非ドープの菱面体晶ボロンより大きくなることを明らかにした。ただし、この場合、電気伝導率の増加は僅かである。同じp型のドーパントであるCoとZrをダブル・ドープして、Coにより電気伝導率を増大させ、Zrによりゼーベック係数を増大させることを試み、電気伝導率とゼーベック係数の独立制御の可能性を検討している。結果は、電気伝導率もゼーベック係数も、Coのドープ量でほとんど決まってしまい、Zrドープによる効果は僅かだったとしている。ゼーベック係数の二乗と電気伝導率の積である出力因子は、両者が温度と共に増大することから温度と共に単調に増加し、室温で、V1.0B105(n型)で4桁、Cr1.0B105(n型)およびCo1.5B105(p型)で3桁大きくなることを明らかにした。

 第5章は、総括である。

 以上要するに、この研究は、菱面体晶ボロンの結合と伝導機構が特異であることを明らかにし、金属元素ドープによる電気伝導率の制御法を確立し、p型とn型の両者において出力因子が室温で3から4桁大きく、高温でさらに大きくなることを期待させる材料を得ることに成功している。さらに、電気伝導率とゼーベック係数の独立制御の可能性も検討している。これらの結果は、さらなるドーパントの最適化や化合物においては他に8種類ある結晶構造の最適化を行うことにより、正20面体クラスターを持つボロン系半導体が、高温熱電変換材料として期待できることを示しており、材料学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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