審査要旨 | | 本論文は,カーボンナノチューブに外部から応力を加えたとき生成する構造について,高分解能電子顕微鏡(HREM)と電子エネルギー損失分光法(EELS)によって観察して,これと計算機シミュレーションを対比させて調べた成果をまとめたもので,全10章からなる. 第一章は序論である.カーボンナノチューブの構造の特徴と電子的物性について紹介した後,ナノチューブのうねり部分をナノ電子デバイスとして利用する可能性を示して,本研究の意義を述べている. 第二章では,ナノチューブの作製法および電子顕微鏡試料の作成法を述べている.ガス中アーク放電法によって作製した束状のナノチューブを機械的にほぐして,電子顕微鏡試料とした. 第三章では,HREM内のその場観察によって,外力によってナノチューブにうねり(原子的な寸法での挫屈)構造が生じることを発見した事実を述べている.観察法は,電子線照射によって試料支持膜が変形することを利用したもので,簡単ではあるが独創的なものといえる. 第四章では,経験的および半経験的ポテンシャルを用いて,うねり部の構造を計算機シミュレーションした結果を示している.うねりの形成機構として,ナノチューブの6員環網目から5員環-7員環の対が生成するモデルよりも,炭素原子の結合状態が変化するモデルの方が妥当であるということを形成過程のエネルギー変化に基づいて結論した. 第五章では,EELSの原理および測定法,測定結果を述べている.用いた方法では,約4nmの空間分解能が得られた.うねり部からのスペクトルには,約300eVと約304eVにこの部分に特徴的なピークが見い出された.スペクトルは,吸収エネルギーの比較的低い内殻電子の吸収端微細構造(ELNES)と吸収エネルギーがさらに高い領域でのスペクトル構造(EXELFS)に分けて検討されている.この章では,EXELFSの解析から求まる原子の動径分布について,第四章で検討したうねり部の構造との対応を論じた.EXELFSの解析には,X線吸収端EXAFSの解析理論を応用している. 第六章では,ELNESに相当する部分のEELSの計算法の概要を説明している. 第七章では,多重散乱法によるスペクトルの計算機シミュレーション結果について,第八章では,分子軌道法によるシミュレーション結果を述べている. 第九章では,測定結果と計算結果を対比させて,うねり部の構造について論じている. EXELFSの解析結果は,EELSから得られる情報には限りがあるために,十分に結論を出せないにしても,炭素原子の結合状態変化モデルの方が妥当であると考えるべきであることを示した.ELNESの解析結果からも,うねり部に特徴的なピークの位置は,結合状態変化モデルと一致していると結論した.ピーク強度の定量的議論は,実験上の測定状態と解析モデルの状態が完全には一致させられないために,困難であった. 第10章は総括である. 以上を要するに,本論文はカーボンナノチューブのうねり部分の原子的構造および電子的状態を高分解能電子顕微鏡観察,電子エネルギー損失分光測定,計算機シミュレーションによって調べたもので,カーボンナノチューブという新奇材料の電子デバイスとしての応用に有益な示唆を与えたものである. よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる. |