最近の大地震(例えば阪神大震災)において、コンクリート中の鉄骨-鋼材が脆性的に破壊し、それが建築構造物の倒壊あるいは使用不可能に至る例が報告されている。これは大振動の発生による衝撃的な負荷が鉄鋼材料の脆化をもたらすという意味で衝撃脆化と言う現象である。建築構造物の製造過程で、溶接は最も有効な接合手法であるが、溶接された材料は溶接熱サイクルの影響で組織が粗大、不均一になり、最も危険な部分だとされている。従って建築構造物にたいする安全性を確保して人的な被害を食い止めるために、建築用鋼材及びその溶接熱影響部の衝撃特性を評価することが非常に重要である。なお、製造過程で避けない塑性変形は延性や靭性にも悪い影響を与えるはので、塑性変形の影響を検討する必要もある。本研究では、化学組成及び組織が違う三種類の鋼材、その10%予歪み材及びその溶接熱影響部について、静的と動的荷重での破壊機構を解明し、さらに、延性及び破壊靭性を評価することにより、延性と破壊靭性の負荷速度依存性、組織依存性並びに予歪みや溶接熱影響部の影響についてを検討する。 本研究で用いた鋼材は通常圧延材SN490、制御圧延+加速冷却材X-65と焼き入れ+二相域焼き入れ+焼き戻し材SA440とそれらの10%予歪み材である。各々の組織は、SN490でフェライト及びパーライト、X-65でフェライト+ベイナイト、SA440でフェライト、ベイナイト及びマルテンサイトである。この三種類鋼材の中に、SN490は最も脆いので、この材料のIC CG HAZについてを検討した。SN490のIC CG HAZの組織は上ベイナイトである。 試験は、静的及び動的破壊靭性試験を、室温、大気中で行った。試験片形状は、JISシャルピー試験規格に基づいた3点曲げ試験片であり、長さ55mm、幅10mm,厚さ10mmである。静的破壊靭性(JIC)試験は、引っ張り-圧縮万能試験機を用いてASTME813規格を使って行い、負荷速度は0.5mm/minである。KICはJ=(1-v2)K2/Eを利用し、v=0.3とE=200GPaを使ってJICから計算された。動的破壊靭性試験は、計装化シャルピー試験機で歪みゲージ法を用いて4.9m/sスピードで行った。引っ張り試験片のゲージ長さは8mmで、直径3mmである。引っ張り実験を静的、中速と高速負荷速度で行った。試験後の静的と動的破壊靭性試験片の破面は走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した。 SN490、X-65、SA440とそれらの10%予歪み材の強度は歪み速度の増加に伴って、増大するが、伸びと破壊歪みは減少する。母材に比べて、10%予歪み材の強度の増大幅と伸び、破壊歪みの減少幅は小さい。この結果は材料の破壊機構に依存する。 静的と動的負荷でSN490、X-65、SA440とそれらの10%予歪み材の引っ張り試験片は延性的に破壊する。SN490、X-65の空孔はそれぞれMnS介在物、Ca系介在物により形成し、SA440の空孔はMnS介在物と炭化物の二種類粒子により形成する。その破壊過程は大別に空孔発生、空孔成長と空孔合体に分けられ、材料の延性はその三つの過程で評価した。粒子に作用した応力はある臨界値を超えたら、空孔が発生する。この臨界値は結合強度と呼ばれ、粒子とマトリクスの結合強さを評価するパラメータである。本研究では各負荷速度での空孔発生歪みを測定し、これを転位モデルに代入して、結合強度を計算した。この結果から、MnS介在物の界面がCa系介在物と炭化物の界面より弱いことが分かった。なお、10%塑性変形がCa系介在物と炭化物の界面を弱化し、MnS介在物の界面に影響を与えないことも分かった。空孔が発生してから合体まで成長すし、その成長をRiceとTracey規則で評価した。空孔発生と空孔成長の結果を利用して、SN490、X-65及びそれらの10%予歪み材において空孔発生から合体までの歪み(空孔成長歪み)をThomasonモデルで計算した。しかし、Thomasonのモデルは一種類のサイズ均一の空孔を有する材料だけに適用するため、SA440とその10%予歪み材に応用できない。ここで、Thomasonの塑性限界理論を基ついて、二種類サイズ不均一空孔を有する材料に適用した空孔合体モデルを提案した。このモデルを用いて、SA440とその10%予歪み材の空孔成長歪みを定量的に評価した。空孔発生歪みと空孔成長歪みを通じて、延性や10%予歪みの影響を微視的に解明した。 静的荷重でSN490の10%予歪み材を除いて、亀裂を有する他の材料が延性的に破壊する。材料の破壊に対する抵抗が破壊力学的に評価した。その結果はSN490、X-65、SA440とそれらの10%予歪み材の静的破壊靭性がそれぞれ84、97、133、62、101、93である。これから、SN490とSA440の静的破壊靭性はそれらの10%予歪み材より高く、X-65とその10%予歪み材の静的破壊靭性はあまり変わらないことが分かった。静的破壊靭性(KIC)を定量的に評価するため、本研究では、KICを空孔発生により静的破壊靭性(KIC.n)と空孔成長により静的破壊靭性(KIC.g)に分かれることを提案した。KICとKIC.n、KIC.gの関係は次の式で現す KIC.gを次の式で評価する。 式にはysは降伏応力、EはYoung率、X0は粒子間の間隔、(Rv/Ri)|R0は平均粒子半径R0に対応する空孔半径RVと空孔にある粒子半径RIの比率である。以下の式の(3)、(4)、(5)を満足するKはKIC.nである。 式にはyは亀裂進展方向に垂直方向の歪み、は亀裂先端の半径、KIはモードI型の破壊靭性、xは亀裂までの距離、Hは常数、は亀裂前に空孔の空孔発生歪み、cは粒子の結合強度である。Cとmは引っ張り実験で得たとの式=Cmにより確定する。以上の式から得たKIC理論値は実験値と一致することが分かった。10%予歪みのKICに及ぼす影響をKIC.nとKIC.gに与える影響から分析することができる。その結果は、10%予歪みはSN490の破壊を延性から脆性に変化させ、SN490の破壊靭性を減少させる。SA440の静的破壊靭性はその10%予歪み材より高く、X-65とその10%予歪み材の静的破壊靭性はあまり変わらない原因はそれぞれ10%予歪みによりSA440のKIC.nとKIC.g増大、X-65のKIC.nの増大とKIC.gの減少だと考えられる。 動的破壊靭性(KId)も空孔発生により動的破壊靭性(KId.n)と空孔成長により動的破壊靭性(KId.g)で評価する。KIdとKId.n、KId.gの間には式(1)のような関係が存在する。しかし、高速負荷で温度は弾性率に影響を与え、材料の流動応力も歪み速度の影響を受けので、温度と歪み速度の影響を考えなければならない。本研究では、二つの因子MとNを引入し、以上の二つの影響を評価した。MとNは以下の式で定義する。 式にはTは絶対温度、1は主歪み速度、0は300K温度での弾性剪断率、bはBurger’s vectorである。式(6)は鉄系合金に適用し、式(7)の温度範囲は0.4倍融点温度以下である。MとNを用いて、式(2)、(3)と(4)を改善し、高速負荷速度に適用できるようになった。改善された式は以下の通りである。 KId.nは式(5)、(9)、(10)で求められる。KIdはKId.nとKId.gを通じて定量的に評価した。計算値は実験値と比べて、一致することが分かった。 SN490のIC CG HAZの強度、破壊靭性の歪み速度依存性を調べた。歪み速度の増加に伴って、HAZの延性や靭性がさがり、しかも、各負荷速度で、HAZの延性や靭性は母材と10%予歪み材より低いことが分かった。 HAZの破壊は静的と動的荷重でcleavage型である。ベイナイトフェウアイトのpacketの交差点で応力、歪みが集中して、脆性破壊を促成し、この交差点で破壊開始する。高速荷重で、脆性破壊点が増えて、靭性の下がりの一つの原因である。一方、Cleavage facetのサイズからみれば、歪み速度の増加に伴って、facetのサイズが増大、とくにprior austenite grainと同じサイズのfacetの数が増加する。そなわち、prior austenite grain界面の影響は歪み速度の増加に伴って大きくなった。なお、違う平面にある亀裂が延性剪断で接合し、このdimple面積も歪み速度の増加に伴って減少する。従って、脆性破壊点数の増加、prior austenite grain界面の影響とdimple面積の減少は歪み速度の増加に伴って靭性が下がる原因だと考えられる。HAZの組織は上ベイナイトであり、母材はフェライト+少量パーライトである。上ベイナイトはフェライトより脆いので、HAZの靭性は母材より低い。 |