学位論文要旨



No 114307
著者(漢字) 関,安宏
著者(英字)
著者(カナ) セキ,ヤスヒロ
標題(和) バナジウム置換ヘテロポリ酸を触媒前駆体とするメタン選択酸化に関する研究
標題(洋)
報告番号 114307
報告番号 甲14307
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4433号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 講師 范,立
内容要旨 1.緒言

 天然ガスはその埋蔵量がエネルギー換算で石油にも匹敵する大資源であり、石油の代替炭化水素資源として注目されている。その中に多量に含まれるメタンをはじめとする反応性の低いアルカンを触媒的に高選択的に部分酸化する反応開発は、応用面においても基礎反応化学においても重要な課題である。一方、ヘテロポリ酸は酸化力と酸性を有し、かつその構成元素を種々の元素に置換することができるためアルカン酸化の触媒材料として適している。本研究では、過酸化水素を酸化剤としたメタンの液相選択酸化反応における高活性な触媒の探索をヘテロポリ酸をベースとして行い、反応条件の最適化および活性種について検討を行った。

2.実験

 メタン(99.9%)、過酸化水素水(35.5%)、トリフルオロ酢酸無水物(98%)(TFAAと略す)、Keggin型バナジウム置換ヘテロポリ酸、およびの触媒、試薬は全て市販品をそのまま使用した。標準的な反応は、撹拌子をいれたテフロン内筒ステンレス製オートクレープを用いて80℃,24h,メタン分圧50atm,TFAA1.8ml,H2O22.4mmol(1.2M),触媒5mol(2.5mM)の条件で行った。生成物の分析はガスクロマトグラフ(気相:Molecular Sieve5A,Porapak QSカラム、液相:Porapak QS,HayeSep DBカラム)で行った。また活性種は、反応後の液相を一部分取し、アセトニトリルで5倍に希釈してそのUVスペクトルを室温で測定し同定した。

3.結果と考察3.1.H4PMo11VO40触媒の反応特性

 Fig.1にTFAA溶媒中でのメタンの選択酸化反応の時間依存性を示す。反応生成物は、HCOOCH3,HCOOH,CF3COOCH3,CH3OH,CO2であった。24h以内の主生成物は、ギ酸メチルとギ酸であった。選択酸化生成物(CH3OH,HCOOH,HCOOCH3,CF3COOCH3)の収量は24hで最大となった。36h後は逐次酸化が進みCO2が主生成物となった。選択酸化生成物の収量は、50-100℃の範囲では、80℃で最大となった。

Figure 1.Product distribution as a function of reaction time at 80℃.Catalyst,H4PV1Mo11O40;solvent,(CF3CO)2O.□,▲,●,○,■,and △ are selectivities to CH3OH,HCOOH,HCOOCH3,CF3COOCH3,C2H6, and CO2,respeclively.

 次に溶媒効果を検討した。水とDMSOを用いた場合は、反応は進行しなかった。一方、CH3CNや(CF3CO)2Oの場合には、反応が触媒的に進行した。CH3CNの場合にはCH3CN自身の反応がかなり進行し、(CF3CO)2Oを溶媒とした場合に活性は最も高かった。したがって、以後の反応は溶媒にはTFAAを用いた。

 メタン分圧20atm以下ではほとんど反応が進行しなかった。メタン分圧が20atmから50atmにかけて増加するとメタン転化率もそれにともない増加し、50atm以上で頭打ちとなった。

 過酸化水素濃度0-2.4M,触媒濃度0-25mMの範囲で選択酸化生成物の収量は、それぞれ1.2M,2.5mMで最大となった。

 以上より、TFAA溶媒中でのPMo11Vを用いたメタンの選択酸化反応の最適条件は反応時間24h、温度80℃、メタン分圧50atm、過酸化水素濃度1.2M、触媒濃度2.5mMであることがわかった。したがって、3.2.以降の実験はこの条件で行った。

 また、同様な条件で液相の体積のみを10mlに増加し、気体部の体積を減少させて(メタン量,19.0mmol)反応を行うと、メタン転化率25%、選択酸化生成物収率25%、過酸化水素有効利用率87%が得られた。

3.2.種々のV触媒の活性比較

 Table 1はH3+nPMo12-nVnO40(n=0-3,PMo12-nVnと略す)のメタンの選択酸化反応結果である。メタン転化率はVを1置換すると増加し、それ以上置換すると減少した。PMo12の主生成物はCO2であった。一方、Vを置換すると、選択酸化生成物の選択性が増加した。その結果、選択酸化生成物の収量の序列は、PMo11V>PMo10V2>PMo11V3>PMo12となり、V1置換体で最大となった。

Table1.Effects of V5+-substitution on selective oxidation of CH4 with H2O2a

 次に、V1置換ヘテロポリ酸のヘテロ元素とポリ元素の効果を検討した。PMo11V,PW11V,SiW11V,SiMo11Vで、選択酸化生成物の収量の割合は、2.0:1.5:1.5:1.0となった。したがって、ヘテロ元素としてはPを含むヘテロポリ酸の方がSiを含むものよりも活性が高く、ポリ元素としてはMoの方がWよりも高いことが明らかとなった。

 Table2はPMo11Vと種々のVを含む化合物のメタンの酸化反応結果である。選択酸化生成物の収量は、PMo11V≫V2O5>VOF3>V(metal)=VO(acac)2≫VOSO4・5H2Oの順に減少した。したがって、TFAA溶媒中でのメタンの選択酸化反応の触媒としてPMo11Vが最適であることがわかった。

Table2.Sclectivc oxidation of CH4 with H2O2 catalyzed by V-containing catalystsa
3.3.活性種のキャラクタリゼーション

 Keggin型バナジウム置換ヘテロポリ酸の反応活性種をUVスペクトルを用いて検討した。Figs.2a,2bは、それぞれPMo11Vを触媒としたときの反応前と反応後のUVスペクトルである。Fig.2aでは308nmにヘテロポリ酸のKeggin構造に特徴的なOからMoへの電荷移動に帰属される吸収帯が観測された。したがって反応前の溶液中ではヘテロポリ酸のKeggin構造が保たれていることがわかる。反応開始とともに、この吸収帯は消失し、290(sh)nmと447nmに吸収帯が速やかに出現した。したがって反応中はKeggin構造が壊れていることがわかった。

Figure2.UV-vis spectra of solutions before and after reaction.(a),before reaction;(b),after reaction.Reaction conditions;80℃,24h.

 次に447nmと290nmの吸収帯の帰属を行った。447nmの吸収帯は活性の見られたV化合物の反応後の溶液でも観測された。また、447nmの吸収帯は反応初期から生成し、過酸化水素が完全に消費されると消失した。447nmに吸収帯をもつ化学種は反応直後ヘテロポリ酸構造が壊れると同時に生成していることから、ヘテロポリ酸の構成元素を含む化合物と考えられる。一般に、MoやVの酸化物は溶液中で過酸化水素と共存すると液中のpHに依存して様々なペルオキソ種となることが報告されている1-3。したがって447nmの吸収帯はMoやVの酸化物のペルオキソ種であると推定できる。Moのペルオキソ種としては、mono-,di-,tri-peroxomonomolybdateおよびtetraperoxomonomolybdateれ報告さている1-3。mono-,di-,tri-peroxomonomolybdateは400-500nmには吸収帯を有さない。tetraperoxomonomolybdateは450nmに吸収帯がある。しかし、この化学種はpH5-12で安定であることが報告されており、pHが低いと考えられる本反応系では不安定であると考えられる。以上より、447nmの吸収帯はVのペルオキソ種に帰属できる。

 一般に、Vは酸性溶液中(pH≦2)ではVO2+として存在する3-5。これが過酸化水素と反応すると酸性条件下では455nmに吸収帯を有するモノペルオキソ種VO(O2)+として存在することが報告されている3-5。本反応系におけるpHは1-2でVO(O2)+が安定に存在する。さらに吸収帯の位置(455 nm)は、CF3COOHの添加により446nmにシフトする。したがって447nmの吸収帯をもつ化学種は、VO(O2)+にCF3COO-が配位した化合物であると推定される。

 Fig.3は447nmの吸収帯強度と選択的酸化生成物の収量の関係である。収量は447nmの吸収帯強度とともに増加した。したがって、VO(O2)+が活性種であると考えられる。

Figure 3.Correlation between yields of selective oxygenates and UV-vis bandintensities at 447 nm. Reaction conditions;80℃,24h.Catalyst;5mol.●,H4PV1Mo11O40;,H4PV1Mo11O40(2.5mol); O, H5PV2Mo10O40; ▼,H6PV3Mo9O40; □, H5SiV1Mo11O40; ▲,H4PV1W11O40; ◆, VOSO4・5H2O; ◇,VO(acac)2;■,V(metal);▽,VOF3;△,V2O5

 (1)308nmのKeggin構造に特徴的な吸収帯が消失し、290nmの吸収帯が出現した。(2)PMo11O392の吸収帯は285-295nm(max=20600M-1cm-1)に観測される。290nmの吸収帯強度から見積もったPMo11O392の濃度は0.41mMで、反応前のPVMo11O404の濃度0.5mMとほぼ一致した。以上の結果より、290nmの吸収帯はPMo11O392であると推定した。

 以上のUVスペクトルの検討により、以下の式にしたがってVO(O2)+,PMo11O392が生成し、生成したVO(O2)+が活性種であることが明らかとなった。

 

【参考文献】(1)V.Nardello,J.Marko,G.Vermeersch,and J.M.Aubry,Inorg.Chem.,34,4950(1995).(2)M.Camporeale,L.Cassidei,R.Mello,O.Sciacovelli,L,Troisi,and R.Curci,Stud.Org.Chem.(Amsterdam),33,201(1988).(3)M.S.Reynolds,A.Butler,Inorg.Chem.,35,2378(1996).(4)N.I.Moiseeva,A.E.Gekhmann,I.I.Moiseev,J.Mol.Catal.A:Chemical,117,39(1997).(5)A.E.Gekhmann,N.I.Moiseeva,I.I.Moiseev,Russ.Chem.Bull.,44,584(1995).(6)L.A.Combs-Walker,C.L.Hill,Inorg.Chem.,30,4016(1991).【発表状況】

 (1)Y.Seki,N.Mizuno,M.Misono,Appl.Catal.A.,158,L47(1997).

 (2)Y.Seki,N.Mizuno,M.Misono,Chem.Lett.,1195(1998).

 (3)Y.Seki,N.Mizuno,M.Misono,Appl.Catal.A.,in press.

 (4)Y.Seki,N.Mizuno,M.Misono,in preparation.

 (5)M.Watanabe,H.Uchida,Y.Seki,M.Emori,J.Electrochem.Soc.,143,3847(1996).

審査要旨

 本論文は「バナジウム置換ヘテロポリ酸を触媒前駆体とするメタン選択酸化に関する研究」と題し、過酸化水素を酸化剤としたメタンの液相選択酸化反応における高活性な触媒の探索をヘテロポリ酸をベースとして行い、反応条件の最適化および反応機構について検討したものであり全6章からなる。

 第1章では、メタンの選択酸化反応とりわけメタンからメタノールへの化学的直接転換技術の開発の重要性を天然ガスの化学的接転換技術の最近の動向とともにまとめている。さらに本研究の目的である過酸化水素を酸化剤とするメタンの液相選択酸化反応をおこなうためには炭素-水素結合の活性化が必要であり、これまでの報告を整理するとバナジウムが有効であることを述べている。

 第2章では、過酸化水素を酸化剤とし、トリフルオロ酢酸無水物溶媒を用いたメタンの液相選択酸化反応にバナジウム化合物が活性を示すこと、反応生成物は、メタノール、ギ酸、ギ酸メチル、トリフルオロ酢酸メチル、エタン、二酸化炭素であることを報告している。触媒としてはバナジウム置換ヘテロポリ酸が最も高い活性を示し、なかでも11-モリブド-1-バナドリン酸が高活性かつ過酸化水素の有効利用率も高いことを明らかにしている。

 第3章では、11-モリブド-1-バナドリン酸の反応条件の最適化を行っている。最適反応条件は、反応時間、反応温度、メタン分圧、過酸化水素濃度、触媒濃度がそれぞれ24h、80℃、50atm、1.2M、2.5mMであり、メタン転化率25%、過酸化水素有効利用率87%が得られることを見出している。これらの値は過酸化水素を酸化剤としたメタンの液相選択一段酸化反応の報告値のなかでもかなり高い値である。

 第4章では、この反応の反応経路について検討をしている。選択率のメタン転化率依存性やその反応性を検討した結果、反応の律速段階はメタンが酸化されてメタノールあるいはトリフルオロ酢酸メチルが生成する段階であること、メタノールが酸化されてギ酸が生成する段階は速いことを明らかにしている。CO2はおもにギ酸を経由して生成してくることを推定している。さらにラジカル補足剤を添加すると反応が進行しないこと、シス-スチルベンのエポキシ化反応を行うと立体選択性が保持されないこと、等から本反応にはラジカル反応が関与していることを明らかにしている。

 第5章では、この反応の活性種の解明について検討を行っている。反応中のUVスペクトルおよびIRスペクトルの検討により、11-モリブド-1-バナドリン酸は過酸化水素と速やかに反応して447nmにUVスペクトルの吸収帯をもつモノペルオキソバナジウムイオン(VO(O2)+)と欠損型の11-モリブドリン酸が生成することを明らかにしている。さらにモノペルオキソバナジウムイオンはカチオンラジカルへと変化し、メタンから水素を引き抜いて反応が進行すると推定している。また、ヘテロポリアニオンが共存するとモノペルオキソバナジウムイオンの生成量が増加し、その活性が高いことを明らかにしている。

 以上、本論文は過酸化水素を酸化剤としたメタンの液相一段選択酸化反応に対して、バナジウムを含む化合物が活性を示すとともに、活性種がモノペルオキソバナジウムイオンでありヘテロポリアニオンが共存するとその活性が高いこと、反応の律速段階はメタンからの水素引き抜きであることを明らかにした点で、触媒化学のみならず反応化学の分野において有用な知見を得たものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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