本論文は五章より構成されており、分子性磁性材料としてのプルシアンブルー類似体の57Feメスバウアー分光法を用いた評価と、人工脂質二分子膜を用いた新規複合機能材料の設計について述べている。第一章では問題の設定と研究の方向付けがなされ、第二章以降に具体的な研究成果を示している。最後の章は全体の総括と研究に関する将来展望を述べている。 第一章は序論であり、前半では分子性磁性材料が近年積極的に研究されるようになってきた背景と、その特徴を述べている。また、分子性磁性材料の開発の際にはその評価が不可欠であるにもかかわらず、未だ研究の初期段階にあるため、機構等の解明が不十分であることを指摘している。次にその分子性磁性材料を利用した新規複合機能材料として、機能性有機化合物を複合する試みの有用性を提示しており、新規材料開発という観点から、この試みが多くの可能性を有していることを述べている。 第二章では、プルシアンブルー類似分子性磁性材料の57Feメスバウアー分光法を用いた評価について具体的に述べている。はじめに、分子性磁性材料の評価において、遷移金属の電子状態、スピン状態を直接反映する57Feメスバウアー分光法の有用性について記述している。次に、機能発現のメカニズムを具体的に評価した錯体について解析している。はじめに、光誘起磁気転移の観測されるコバルト-鉄シアノ錯体については、光照射で誘起された鉄-コバルト間の分子内電子移動により生じたスピンが磁性を発現させているということを明らかにしている。配位子を置換したコバルト-鉄ペンタシアノアンミン錯体については、脱水によりやはり分子内電子移動が起こることなどを明らかにし、さらには、光照射により磁化が減少する鉄-クロムシアノ錯体については、光照射が磁気交換相互作用の大きさに変化を与えているということを、それぞれ57Feメスバウアー分光法から直接に明らかにしている。 第三章では、コバルト-鉄シアノ錯体の光誘起磁化における外部磁場の効果について検討している。磁気特性の新しい外場による制御を目指し、外部磁場を適用した結果について述べている。強磁場下では、光誘起磁化過程でスピンの生成量が多くなることを明らかにし、協同的相互作用の存在を示唆している。 第四章では、光異性化するアゾベンゼンを含む二分子膜(ベシクル)中に分子性磁性材料としてのプルシアンブルーを複合化した、光機能性複合材料の設計について述べている。二分子膜の可視、紫外光照射によるシス-トランス異性化に伴って磁気特性を制御することに成功したという結果は、磁性材料のみならず、機能性材料の複合化によって、純粋な有機物や無機物ではみられない新たな機能を発現させ得る大きな可能性があることを示唆している。 第五章では、本研究で得られた結果の総括および将来への展望を述べている。この中で、無機-有機複合材料のような方法で新たな機能を発現させる試みが材料科学の分野への更なる発展につながる可能性を示唆している。 本論文における結果は、材料科学の分野において、新機能の創製という観点できわめて有益な知見を与えるものである。さらには、そのような機能性材料の開発に伴い、メスバウアー分光法をはじめとするそれらの基礎的な機構の解明がきわめて有用となることも示しており、基礎、応用いずれの見地からも高く評価でき、かつこれらの分野における今後の発展に寄与するものと認められる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |